第八話 -帰宅-
のどかな天気だ。
もう故郷のそばの平原にまできた。
「やっと帰ってきたな!!」
「やっとだな。よかったな」
なんだかハンスの話し方がよそよそしい。
「どうしたの父さん。そんな他人事みたいに」
「他人事? そりゃあそうだろ。俺は帰れないんだからなあああああぁぁ!!」
怒ったハンスの顔がどんどん俺に近づいて・・・
「ハッ!!!」
どうやら夢だったようだ。
全身から汗が滝のように出ている。
「大丈夫?」
レイが水を渡してくれる。
空は曇っているが明るい。
今は正午あたりだろうか。
どうやら馬車の荷台で眠っていたようだ。
「今どうなってる? これは?」
そう尋ねるとレイはバシバシと寝ているオズを叩く。
「なんだよもう・・・、ってアント! 起きたのか!」
「ああ、さっきな。」
「大丈夫か? どこか痛んだりしてないか?」
「ああ、問題ない。そんなことより今どうなってる」
「ならいいけど・・・、お前が寝てからは俺たちでお前を運びながら帰ってて、そしたらちょっと前に馬車が通りかかって、乗せてもらえることになったって感じだ」
「そうか・・、俺どのくらい寝てた?」
「3日は寝てたぞ。ほんとに大丈夫か?」
「ああ、大したことない」
口ではそう言ったがハンスを食った時の記憶がフラッシュバックしてきた。
手に残る生暖かい感触、筋張った肉を噛み切る感触が。
「オエッ」
「おい! 大丈夫か!!」
吐いて倒れそうになる俺をオズが支えてくれた。
「寝れそうならまだ寝とけ! 本調子じゃねえんだろ!」
「悪いな。そうする」
ほんとに良いやつだ。
俺はそんなやつの父親を食った。
最低だ。
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目が覚めると自室の布団にいた。
「全部、夢だった・・・のか?」
窓の外はすっかり夜で周りからは何の音も聞こえない。
顔を洗って冷静になろう。
まさか人を、しかも自分の父親を食べるだなんてありえない。
そうだ。
興奮していたんだ。
試験の合格に舞い上がっていただけに違いない。
顔を洗い、部屋の鏡を見る。
なんだ?
髪がやけに月の光を反射しているように見える。
「やっぱりよく見えないな」
部屋の明かりをつけると鏡には白髪の男が映った。
顔も酷くやつれ、生気を感じられない。
「これも夢なのか・・・」
頬をつねり、頬を叩く。
何を試してみても目は覚めない。
つねる指を見ると爪の先に赤黒いものが詰まっていた。
「オエェェ」
何もかも夢ではなかったのだ。
赤黒いのはハンスの肉を掴み、喰った残骸だ。
生ぬるい血肉が喉を通る感覚が蘇ってくる。
噛むたびに血が溢れ鼻腔にまでとどく感覚もだ。
「俺は、俺は・・・」
自責の念に押しつぶされそうになる。
「アント、起きてるだろ?」
すると突然扉をノックされレイの声が聞こえてきた。
そっとしておいてほしい。
誰とも話したくない。
返事せずに無視することにした。
「返事しないなら入るよ?」
「や、やめろ!」
咄嗟に拒否していた。
気を使ってくれているかもしれないのに・・・
「そっか、じゃあ寝て安静にしときなよ」
そう言うとレイの足音が遠ざかっていった。
本当に自分のことが嫌になる。
許せるわけがない。
いや、許していいわけがない。
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「スリュムは確実に任務を遂行した。あとは骸喰人が乗り越えるだけだ」
黒い人物が不敵な笑みを浮かべながら話す。
「そしてその次は私の番ですね」
「そうだな。だがまだ時間がある。十分に備えろ」
「はっ!」
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もう嫌だ。
何もしたくない。
このまま餓死してしまおうか。
そんなことを考え、今日で部屋にこもって7日目だ。
レイは毎夜部屋の扉を叩いてくるが、一度も開いていない。
「今日もアントの面倒は僕が見とくよ。母さんは大変だろうし、オズは元気すぎてやっぱり看病に向いてない」
そう言ってレイは毎日俺を1人にしておいてくれている。
水やご飯を部屋の前に置いてくれているがやはり何も食べる気にはならない。
今更あいつらにどう顔を合わせたら良いんだ。
2人の父親を助けられず、あまつさえ食ったような男だ。
「置いとくぞ。今日から学校も行ってくる」
今日もレイが扉の前にご飯と水を置いてくれる。
レイの足音が遠ざかるのを待ち、最低限扉を開いてお盆を部屋に入れる。
今日もお粥と水の差し入れだ。
だが食器の下には紙が挟まれていた。
『今日は入るぞ』
レイの字でそれだけが書かれていた。
無理だ。
あいつと顔を合わせられない。
何を話せばいい?
どうすればいい?
爪を噛むことが習慣になっている。
ハンスのことが脳裏に浮かぶたびに噛んでいる。
今日に関してはレイのことを考える時もだ。
何が目的なんだ。
放っておいてくれればいいのに。
家の扉が開いた、オズとレイが帰ってくる音だ。
食器の音がする。
シャルが配膳しているのだろう。
いや、いつもより少し乱雑な音だ。
オズが手伝っているのか・・・
しばらくして部屋の前を通り過ぎる足音が聞こえた。
オズが自室に向かう音だ。
やがてシャルも自室に入ったであろう音がする。
鼻水をすする音が聞こえた。
震えた声も。
シャルのものだ。
そうだ。
俺は彼女の最愛の人物を喰ったのだ。
ああ・・・
俺はこの家にいてはいけない。
そんなことを考えているとガタガタッとレイが扉を開こうとする。
「入るって言ったのにな」
レイの気遣いは嬉しいがそっとしておいてほしい。
もう構わないでくれ。
そんな願いは叶わずレイの生やした根が扉の鍵を破壊する。
その勢いでズレてしまったのだろう。
扉が地面と擦れてドドッとつまりながら開く。
「イメチェン?」
俺の髪を揶揄っているのだろうか。
レイが少し笑いながら問いかけてきた。
「もう、かまわないでくれないか」
そう言って俺はレイに背を向ける。
「本気でアントが願うならかまわないでおく。でもあの日に何があったか僕にだけ話して。それが条件」
話せるわけがない。
こいつの父親が食われる話だ。
俺がどう思われたって構わない。
だが確実にレイは想像よりも悲しく残酷な現実を知ることになる。
答えることなどできずしばらく沈黙が続いた。
だがしばらくしてレイが沈黙を破り、口を開く。
「あ、ちなみにここは動かないよ。あの日のことを話すのは絶対条件。それさえすれば僕はアントの言う通りにするよ。」
やめてくれ。
思い出すだけで吐き気がする。
生々しい人肉の温度、水分。
助けられなかっただけでなく、敵の言いなりになってハンスを喰った自分への嫌悪感。
全てが気持ち悪い。
「父さんが死んだことは知ってるよ。オズも母さんも」
「・・・・・」
「オズが凍った父さんの頭を見つけてな。耳だけ回収して他は埋めてきた。こっちでも墓は用意したよ」
「そうか・・」
「でも胴体は見つからなかった」
「ああ・・・」
「言わないの?」
「放っておいてくれ」
「そっか。じゃあ独り言だと思っといて。僕はアントが父さんの死体を食べたと思ってる」
「え・・・」
「あれだけ血まみれだったからアントの身体を洗ったんだよ。最初は返り血かなって思ってたけど口の中で血まみれだし、歯の間に人の爪が詰まってた。」
レイの声色は全く変わらない。
淡々と話し続けた。
「な・・・・で」
「アントが跨ってたやつの死体もおかしかった。頭だけ吹き飛んだ感じで。父さんが倒した可能性もあるけど、あれだけやったら父さんの顔も返り血だらけのはずだ。」
「なんで・・・」
「だとしたらアントの固有魔法が関係してるかなって・・・」
「なんでそんな平気そうなんだ!! 俺はお前達の親を助けられなかったどころか喰ったんだぞ!!」
無意識にレイの方を向き、声を荒げていた。
「平気じゃないよ」
「ならなんで!!」
「落ち着けよ。お前の考えは想像つく。自分が許せない。僕たち兄弟に合わせる顔がないこのあたりだろ」
「そうだ!! 事実だろ! 俺を許せないだろ! 俺を憎めよ!!!」
「うるさい」
レイは真剣な眼差しでこちらをみてきた。
あまりの圧に少し後ずさりしてしまう。
「大前提の話だ。アントは父さんを殺してない」
「ああそうだ。けど喰った。これ以上ないほど酷い行いだ」
「でもそのおかげでアントは生きてるんだろ?なら僕はお前を咎めない。あの場面での最悪は父さんとアントの2人ともを失うことだ」
「でも俺は!」
「お前達の親って言ったな? それはアントの親でもあるだろ? なんでそんな言い方をする。異父兄弟とかつまらない冗談でも言う気か?」
「だって、だって・・・」
涙が止まらなくなっていた。
さっきまでも泣き続けていたのに。
もう枯れるほど泣いたと思っていたのに。
「父親を失ったというのはみんな同じだ。アントが僕たちから奪ったんじゃない。みんな平等だ。同じ条件なんだ」
「許す・・のか?俺を・・・」
「許すも何もはじめから怒ってない。アントを助けられたなら父さんも今頃笑って過ごしてると思うよ」
「だといいんだけどな・・」
「絶対笑ってるよ。昨日母さんが聞かせてくれた。どれだけ父さんがアントのことを愛してたか」
「そうか・・・」
「お礼だったら母さんに聞かせてあげて。僕にして欲しいことがあれば紙にでも書いて置いといてくれたらいいから」
そう言い残すとレイは自室に戻って行った。
ほんとうに良い兄弟を持ったものだ。
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次の日の昼頃、俺は1週間ぶりに部屋を出た。
久しぶりによく眠れたな。
オズとレイはすでに学校に行ったようで、リビングにはシャルだけがいた。
「おはよう、母さん」
「おはよう」
優しい笑顔で迎えてくれる。
本当に俺は良い家族に恵まれたな。
「もう体調は大丈夫なの?」
「1週間も寝たからね」
「ご飯は食べられそう?」
「ああ、かるいものなら食べれそう」
そう答えるとシャルは手早く食事を用意してくれた。
その顔は本当に嬉しそうで、改めて心配をかけたことを反省する。
「少し聞いてくれる?」
食事を終えてしばらくするとシャルが口を開いた。
「うん。どうしたの?」
「あなたのお父さんのことを話しても良い?」
「うん。聞かせてほしい」
そこからシャルは父さんの話をしてくれた。
俺たちが初めて立った時に大喜びしていたこと。
小さい俺に嫌いと言われ、熱を出して落ち込んだこと。
固有魔法が発現しない俺を心配してくれていたこと。
俺が悩んでいたら絶対に助けてやりたいと意気込んでいたこと。
俺の固有魔法が発現した夜に泣いて喜んでいたこと。
稽古のたびに俺たちの成長を嬉しそうにシャルに報告していたこと。
話を聞いていると自然と涙が溢れてきた。
「理想としていた形ではないでしょうけど、あなたを守れてあの人も喜んでいると思うわ」
「そっか。余計な心配しちゃったな」
そうだ。
ハンスは俺を恨んだりしない。
助けてもらったこの命を大切にしなければいけない。
すると玄関と扉が開く音がした。
「ただいまー・・・、ってアント! 風邪治ったのか!!」
「ああ、心配かけたな」
「その髪は治らないのか!?
もしかして重い病なのか・・・?」
恐る恐る質問するオズに思わず笑ってしまう。
「ハハッ! 多分違うよ。寒くなってきたからじゃないか?」
オズ達と合流しだ時点ですでに黒髪から変化していたようなのでおそらくはストレスのせいだと考えている。
だがここは冗談で返してみようと思ったのだが・・・、オズはそうなのかと納得している様子だ。
なんて素直なやつなんだ。
そこからは家族で夕食をとり、少しずつではあるが日常に戻っていく。
稽古は3人でするようになった。
ハンスの身体強化も少しずつではあるが慣らしていっている。
家計は貯金とシャルの内職でつないでいる。
特待生になったことで基本的にお金はかからないので。
進学後も安心だ。
そんなある日、風呂から出てきたオズが話し始める。
「なーんかさー」
「ん? どうしたんだ?」
「最近腕に硬いの生えてくるんだよな」
「どういうことだ?」
するとオズは袖を捲って腕をみせてくる。
「これだよ。めっちゃ違和感あって気持ち悪いんだよな」
見ると両腕の上の方に鱗のようなものが3枚ほどついていた。
「触ってみてもいいか?」
「いいけど引っ張るなよ! 引っ張っても取れないし痛いんだ!!」
「わかったよ」
そっと触ってみたが硬い。
鋼鉄以上の強度があるんじゃないか?
「硬いな。想像以上だ」
「だよなー。どうにかなんねえのかな」
「固有魔法の影響じゃないのか? 次は魚にでも変身したりして」
「まじで?! それは俺ちょっと嫌だな・・・」
冗談混じりに返したが、どうしていいかもわからない。
ひとまずは絶対安静だろう。
ありがとうございます。
これにて故郷編が完結です。
拙い文章の駄作ではありますが、また色々な物を吸収しながら書いていくつもりです。
また読んでいただけると幸いです。




