第二話 -1食目-
目が覚めると、いつもの寝室の天井が映る。
どうやら助かったようだ。
「アント! よかったわ」
そばにいたシャルが目を覚ました俺を見て涙をこぼす。
「水は飲めそう?」
「うん。ありがとう」
シャルはすぐに机に用意されていたコップを取ってくれたが、「埃が・・・」と結局水を替えにいってくれた。
窓の外には夕暮れが見えたのでおそらく丸一日寝ていたのだろう。
ずいぶんと心配をかけてしまった。
看病のために無理をさせたのではないかと罪悪感を覚えたが、戻ってきたシャルの顔つきは元気そうでクマもできていない。
何よりだ。
しばらくするとオズとレイも駆けつけてきたので、何が起こったのか説明してもらった。
あの魔獣は六角猪というかなり危険な個体であったこと。
俺が殺されかけたときにオズとレイの固有魔法が覚醒したこと。
レイが植物を操って俺を樹木の根で守り、オズは右腕をゴリラのような獣の腕に変えて六角猪を倒したこと。
そして俺が気を失ってからはレイが麓まで根を使って俺たちを運び、そこで全員気を失ったところを救出されたこと。
2人は興奮気味ではあるが丁寧に教えてくれた。
「すごいな。固有魔法使えるようになったのか・・・」
「へへっ! 俺にかかれば六角猪なんて楽勝だぜ!」
「オズも倒した後気絶してたじゃん。僕が運ばなかったらどうなってたか」
こいつらの成長を兄弟として素直に喜び、称賛したい。
助けてくれてありがとうと言って2人を抱きしめたかった。
だができなかった。
黒くネバネバとした感情がその気持ちを塞ごうとしてくる。
39年も生きておいてなんと醜いのだろうか。
せめて抵抗する力が俺にもあれば何か変わったのだろうか。
いや、今回のような場合は才能による差が大きくでる。
だが努力によって力をつけられた可能性があったことも事実。
恨むべきは怠惰な自分自身だ・・・
「よかっ・・たな、使えるようになって・・・」
悔しさを押し殺し、言葉を詰まらせながらも兄弟を称える。
しかし予想とは裏腹にオズが心配そうな顔でこちらを見た。
「大丈夫かよアント。辛かったらまだ寝とけよ?」
自己満足のために放った言葉がむしろ余計な心配をかけてしまった。
(やめてくれ。俺のことは気にせず素直に喜んでくれ・・・)
「大丈夫。ちょっと唾をうまく飲み込めなかっただけだ。元気だしもう動けるよ」
咄嗟に雑な嘘をついた。
少しふらつきながら歩く俺を心配する視線が痛かった。
黒い感情が身体に張り付いて離れない。
重りのように動きを、頭の働きさえも邪魔してくる。
それからは何があっただろうか。
ハンスが帰ってきていつも通り食卓を囲った。
ご飯の時にはハンスがオズとレイの魔法のことを聞いて喜んでいた気がする。
確かオズの固有魔法がハンスの固有魔法に似ててーーみたいな話を・・・
分からない。
あとはすぐに布団に入った。
ただそれが最も効率的な解決策だと考えて眠った。
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そこから俺たちはいつもの日常に戻った。
変わったことといえばハンスが俺たちに稽古をつけるようになったことだ。
2人のためのものであるだろうが、魔法を使う感覚を十分につかめず、負担を把握しきれないため剣が中心の稽古なので俺にとっても有意義である。
カンッ!カンッ!と木剣のぶつかり合う音が庭から響く。
「切るとみせかけての〜」
オズはハンスに向かって降った剣を突然手放し右腕をゴリラのような腕に獣化させて殴りかかった。
「うわぁ」
しかしハンスに華麗に回避されオズは情けない声を出しながら倒れる。
「ハッハッハッ! いい作戦だが、相手が悪かったな」
「くそ〜、俺の右獣拳が・・・」
この作戦はいつも考えなしのオズを見ていられず俺が提案したものだ。
心の内で兄弟に嫉妬する自分の罪滅ぼしの一環でもあった。
右獣拳という技名も右腕を獣化して太くする技を見て、ライト アーム ビッグの頭文字の音が似ているからと俺が「愛のこもった拳だぞ」と言ってネタで提案した。
本当はRでもAでもBでもないし、むしろ研究室パンチの方が近い気もするが本人が気に入ってくれているならそれで良い。
「今日はここまでにしようか。風呂入ってこい」
稽古終了の合図としてハンスがいつも言う言葉だ。
「アント! 今日は太刀筋がいつもより良かったぞ」
だが今回はいつもと違い葉巻を吸い始めたハンスが突然褒めてくれた。
この調子で頑張れよと笑顔でグッドサインも向けてくれている。
俺は頭を軽く下げ感謝を伝えた。
(よそよそしくなってしまったな)
ありがとうと素直に言えば良かったのだが、固有魔法のない俺を気遣ってくれたのではないかと捻くれた考えが邪魔をした。
ハンスには悪いことをしてしまったな・・・
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4年後。
10歳の誕生日である今日、俺には依然として固有魔法の前兆すらでなかった。
この世界では10歳の時点で前兆が現れなければ基本的に固有魔法を持たないと判断する。
覚悟はしていた。
だが受けたショックは想像以上だった。
せっかくのご馳走の味もほとんどわからない。
早めに自室に入りベッドに横たわる。
「役に立ってもキモがられてお前も不幸だよな」
自室をもらった8歳の頃から2年ほど、こうやって部屋の角に巣を作る蜘蛛に話しかけることが日課となっていた。
体長が1cmあるかどうかの脚の長い蜘蛛だ。
返事はもちろんない。
だが悩みを口に出すだけで気持ちが軽くなり、寝つきも良くなっていた。
「大丈夫、俺も1人だけ固有魔法がなくて不幸なやつだよ。俺たちはきっと似たもん同士だ」
蜘蛛は嫌いじゃない。
ゴキブリの卵を食べたりする益虫と聞いてから前世でも嫌悪感がなくなった。
まして今世では俺の負の感情も少し食ってくれているんだ。
益虫なんて言葉で言い表しきれるような存在ではない。
「でも俺はお前みたいに狭い空間で独り身のまま死ぬつもりはないからな」
謎の対抗心をそう蜘蛛に告げて眠りにつく。
そうだ。
固有魔法がないからと言って戦士になれないわけじゃない。
戦士になれなくても死ぬわけじゃない。
ただ蜘蛛に一方的に語りかけるだけでも、かなり気持ちの整理ができた。
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次の日の夜、夕食も風呂も済ませ自室に入ろうとするとシャルに「言い忘れてた」と呼び止められる。
「今朝アントの部屋を掃除してたら蜘蛛がいたの! 慌ててほうきで叩いちゃったけど、どこに行ったかわからなくなって・・・」
「え・・・」
「多分あたったと思うから、どこかで死んでるかも。ごめんね」
「あ・・・、ああ。掃除してくれてありがとう」
動揺を隠せなかったが急いで感謝を伝え取り繕う。
だが蜘蛛の安否が心配だ。
すぐに部屋に入り明かりをつける。
・・・・・・ない。
昨日まで隅にあった巣が取り払われていた。
落ち着け。
ただ蜘蛛がいなくなっただけだ。
部屋の外に逃げた可能性だってあるし悲観する必要はない。
予想以上に焦る自分をなだめようとするが、胸のざわつきはむしろ強くなる一方だった。
「おーいアント。いいかー」
するとオズが扉をたたき呼びかけてくる。
(プライバシーを守ってくれる子で助かったな)
深呼吸をしてから扉を開け用件を尋ねた。
「なんだどうした?」
「明日だけどさ! レイに木剣作ってもらってみんなで稽古しようぜ!!」
「すっかり身も心も戦士だな・・・」
「いいだろ?」
「いいけど固有魔法つかうなよ。みんな怪我するから」
「おっけー! じゃあ決まり!」
固有魔法を使える人はそんなに多いわけではなく、俺たちの周りでもオズとレイ以外に2、3人ほどだ。
だがこうして固有魔法を話題に挙げて話していると兄弟間の差を強く感じてしまう。
オズには少しぶっきらぼうに返事してしまったな。
嫉妬心も蜘蛛への心配も忘れようと布団に入る。
「どこかでまだ生きてるか? やっぱり俺たちは不幸だな」
いるかもわからない蜘蛛にそう言って眠りにつく。
死体が見つかったわけじゃないんだ。
生きてるということにしてもなんら問題ない。
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1度は眠りについたが夜中に目が覚める。
春先にしては異様に気温が低く、先日衣替えした寝巻きでは薄すぎたようだ。
無論、ショックで睡眠の質が下がっているのも原因だろう。
わずかな意識の中で布団を肩まで引き上げ唾を飲み込む。
ゴクッという音とともに喉を何かが通過する感覚があった。
口の中に食べ残しがあったのか?
少し気になったが再び瞼を閉じる。
薄れていく意識の中で足音が聞こえる。
おそらくオズとレイが部屋から出てきた音だ。
あいつらも寒くてトイレでも行きたくなったのかな。
そんなことを考えているといつのまにかぐっすり眠っていた。
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そして翌日。
「よし! 全員剣持ったな! やるぞ!」
オズの予定通りいつもの仲間達と木剣で稽古をすることになった。
「たまには乱闘形式にしてみるか! ちゃんと斬られたら退場しろよ!!」
そう言うとみんな散開し、剣を構える。
10歳になった俺たちは基礎魔法を使えるようになった。
ただ、火球みたいな放出する技は魔力消費が激しいので、この世界での魔法は身体強化的な使い方が主流だ。
今回も魔法をメインとして戦おうとするメンバーは見当たらない。
「じゃあスタート!」
オズの合図とともに稽古が始まる。
俺のすぐ近くには誰もいないので落ち着いて戦況を観察できそうだと高を括っていた。
「まずは1人!」
しかしそう思えたのも束の間オズが最も近くにいた1人を倒し、次は対角にいた俺のもとに風魔法で加速しながらやってきた。
普段の稽古でオズの剣筋はある程度慣れているため、少しおされつつも打ち合う。
「土鎧!」
少しオズの剣を弾いたタイミングに魔法を纏ってタックルを仕掛け、バランスを崩しにいく。
「やっべ」
今だ!
固有魔法禁止のハンデ付きだが、オズに一矢報いるチャンスだ。
さらに前進して斬りかかる。
「もらった!」
風魔法での移動にタックルを合わされたオズは後方に吹き飛ばされていた。
俺は千載一遇のチャンスだと言わんばかりに接近する。
「右獣拳!!!」
だがオズは地面に向かって獣化した腕でパンチを放ち、その反動で体勢を立て直す。
地面は抉れ、周囲にとてつもない風が吹く。
吹き飛ばされた俺は、急いで受け身を取った。
「おいオズ! 固有魔法は禁止って話だろ!!」
「すまん! 危ないのがダメなら地面に使えばセーフかなって。でもいい作戦だろ?」
本当にこいつには悪気がないのだろうし、それが伝わってくる。
オズにはかなわないな。
「いや地面に使っても実際にあぶなかったよ!」
そんなふうに口論していると背後からレイが斬りかかってきていた。
だが間一髪のところで回避し空振りに終わる。
「あぶなっ!」
「あーざんねん」
相変わらず感情の起伏を感じられない話し方だが、10年も一緒にいると少し悔しさが混ざっているのがわかる。
レイのことだから冷静に観察したうえで俺を狙ってきたのだろう。
俺とレイは互いに少しさがって距離をとり、体勢を立て直して剣を交える。
ここも少しおされるがなんとか不意をつきた・・・
「っ、、」
しまった。
気づけばオズが俺とレイに向かって剣を振りかぶっていた。
「まとめていくぞ!!」
レイにはここまで想定できていたのだろう。
俺に斬りかかると同時に低姿勢をとり回避可能にしていた。
俺はレイの攻撃を受ける剣から手を離すわけにもいかず打開策が見当たらない。
(ダメだ)
だが次の瞬間にはバキバキと木材が割れるような音とともに木剣を持たずに腕を振り抜いたオズとレイの姿が映った。
「一体なにが・・・」
「おい! 固有魔法なしだろ!」
狼狽える俺にオズが真剣な顔で声を張る。
「は? 固有魔法ってなんのことだ?」
「とぼけんなって、その背中のだよ」
振り返ると俺の背中には4本の大きな蜘蛛の脚のようなものが生えており、そのうちの2本が木剣を貫いていた。
2つの関節と鋭い先端。
毛が薄く生えているがその奥では硬そうな外殻が黒光りしているのが透けて見える。
「・・・は?」
「てか固有魔法あったならいえよな!」
「今出たんじゃない? 僕らに隠し通すのは流石に無理だろうし。よかったじゃん」
「そっか!よかったな!!」
全く状況の整理がついていない俺をオズとレイが祝福する。
なぜ突然覚醒したんだ?
何がきっかけだ?
「これで3人だ!」
急な言葉にハッとして周囲を見るとオズが俺の木剣を奪ってレイとまとめて斬りつけると走り去っていった。
だが困惑のあまりそれどころではなかった。
(一体何が起こっているんだ)
幸いなことに戻れと念じると、蜘蛛の脚は折りたたまれて背中に消えた。
だが喜びと戸惑いのせいでそこからの記憶はあまりない。
ただその日はオズの勝利で解散した。
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