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氷河期ストレージ ~雪が止んだ日、世界は再び動き始めた~  作者: 宵白レン
第一章

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第93話 Day 60 三浦の裏切り

「いや、まだだ」


 蓮はそれ以上、何も話そうとはしなかった。


 朝霧はしばらくその横顔を見つめていた。復讐はまだ終わっていないのなら、これから一ノ瀬や柴田に何をするつもりなのか、聞きたいことはいくつもある。だが、これ以上聞いたところで蓮が答えないことは、もう何となく分かっていた。


「……そう」


 朝霧がそれだけ言って手元のカップへ視線を落とすと、蓮も話は終わりだと言わんばかりに立ち上がった。


「今日はもう寝ろ」


「え?」


「部屋を案内する」


 そう言って歩き出した蓮の後ろを、朝霧も素直についていった。


 リビングを出て廊下を進み、蓮が一つの扉を開ける。


「ここを使え」


 中を覗いた朝霧は、思わず足を止めた。


 決して派手な部屋ではないが、室内は綺麗に整えられており、ベッドには清潔なシーツと厚い布団が用意されている。暖房も当然のように効いていて、窓の向こうでは今も吹雪が続いているというのに、この部屋だけを見れば寒波以前のホテルと大して変わらない。


 六十日間、寒さと空腹に耐えてきた朝霧にとっては、それだけで十分すぎるほどだった。


「……ここ、本当に使っていいの?」


「そのために連れてきた」


「そう……」


 朝霧は改めて室内を見回した。これまで自分がいた部屋とは違い、ここには暖かさも、安全もある。まだどこか現実感がないのか、しばらく黙ったまま立ち尽くしていた。


「今日はもう何も考えずに寝ろ」


「分かったわ」


「明日のことは明日考えればいい」


 蓮はそれだけ言うと、部屋を出ようとした。


「あ、神崎さん」


「なんだ」


「その、ありがとう……おやすみ」


「ああ」


 扉が閉まったあとも、朝霧はしばらくその場に立っていたが、やがて小さく息を吐いてベッドへ近づいた。


 恐る恐る布団へ触れてみると、柔らかく、そして暖かい。ベッドの端へ腰を下ろしただけで身体が僅かに沈み、それだけで張り詰めていた全身から力が抜けていくようだった。


「……嘘みたい」


 この六十日間、自分はいったいどんな場所で眠っていたのだろう。


 最初の頃こそ自宅のベッドで眠れていたが、暖房が止まり室温が下がってからは、毛布も服もありったけ重ね、寒さに震えながら身体を丸めていた。それでも夜中にスマートフォンが鳴り、子供が熱を出した、妻の具合が悪い、父親が倒れた、薬はないか、診てほしいと頼まれれば、眠くても寒くても起きていた。


 医者だから。


 自分にできることがあるのなら、やらなければならない。


 ずっと、そう思っていた。


 朝霧は布団をめくり、その中へ身体を滑り込ませると、思わず目を閉じた。これまで身体的にも精神的にも張り詰めていたせいなのか、暖かな布団に包まれただけなのに、じんわりと熱が染み込んでくるように感じる。


 何より、静かだった。


 誰かが廊下を歩く音を気にする必要もなければ、突然ドアを叩かれる心配もない。今日のように誰かが押しかけてくるかもしれないと怯える必要も、壊された扉を家具で塞ぐ必要もなく、食料を奪われることも、残された僅かな薬を探されることもない。


 今夜はもう、何もしなくていい。


「…………」


 布団の中で身体を丸めながら、朝霧は今日一日の出来事をぼんやりと思い返した。


 住民たちに部屋を襲われ、食料も薬も奪われた。その直後に三浦に追われ、必死に階段を駆け上がって2501まで逃げてきたかと思えば、そこで初めて神崎蓮本人と直接会い、巨大な要塞のような部屋を見せられ、温かい食事を食べ、専属医として雇われた。


 それだけでも十分に現実離れした一日だったのに、その後はあり得ない能力を目の前で見せられ、時間を巻き戻ったという話まで聞かされ、最後には蓮が一度この寒波の中で死に、一ノ瀬と柴田に何をされたのかまで知ることになった。


「……とんでもない一日ね」


 天井を見ながら呟く。


 普通なら一つだけでも頭の整理が追いつかないような話ばかりだったが、不思議と今は何も考えたくなかった。蓮に言われたからではなく、本当にもう、それだけのことを考える力さえ残っていない。


 このまま目を閉じようとして――ふと、今日言われた別の言葉を思い出した。


『匂う』


「…………」


 朝霧の眉がぴくりと動いた。


「……女性に向かって匂って」


 確かに風呂には入れていなかったのだから否定はできない。できないのだが、それでも言い方というものがあるだろう。


「普通、もうちょっと気を遣うでしょ……」


 布団を顎まで引き上げながら今日一日の蓮の態度を思い返してみれば、何だか今さら腹が立ってきた。


 人が必死に2501まで逃げてきたというのに、自分が医者だと分かっていながら三浦を助けるかどうか試された。部屋へ入ったあともまず匂いを指摘され、それから契約だの条件だのと淡々と話し、こちらが能力や時間逆行の話にどれだけ驚いても、本人はほとんど表情すら変えない。


「……あんなだから彼女できないのよ」


 小さく呟いてから、少し考える。


「絶対できないわね」


 本人がいないのをいいことに先ほどより少しだけ強めに言ってやると、それで僅かに気が晴れたのか、朝霧はふん、と鼻を鳴らして反対側へ寝返りを打った。


 すると、また暖かい布団が身体を包んだ。


 さっきまで腹を立てていたはずなのに、それだけでどうでもよくなってしまう。枕は柔らかく、寒くもなければ空腹でもなく、喉も渇いていない。明日の食料を心配する必要もなく、今夜誰かが扉を壊して入ってくるかもしれないと怯える必要もない。


 朝霧はぼんやりと、こんなふうに何も心配せず眠るのはいつ以来だろうと考えた。


 寒波が始まる前。


 いや、もっと前かもしれない。


 救急医として働いていた頃も、いつ呼び出されるか分からない生活をしていた。夜勤を代わってほしいと頼まれれば引き受けていた。自宅へ帰ったあともスマートフォンを気にし、眠っていても着信音で目を覚ますことが当たり前になりすぎて、それを疑問に思ったことすらなかった。


「……何年ぶりだろ」


 声に出した瞬間、目尻から何かが流れた。


「……え?」


 朝霧が自分の頬へ触れると、指先が濡れていた。


 涙だった。


 悲しいわけでも、怖いわけでもない。それなのに一度流れ始めた涙はなかなか止まらず、暖かな布団に包まれているだけで、次から次へと頬を伝っていく。


「……私、こんなに疲れてたんだ」


 自分でも驚いた。


 今日、住民に部屋を襲われた時ですら、ここまで泣かなかった。それなのに今は、誰にも呼ばれず、何も心配せず、ただ暖かい場所で横になっているというだけで涙が止まらない。


 朝霧はもう涙を拭うのをやめた。


 今日はもう何もしなくていい。


 蓮に言われたその言葉を、今になってようやくそのまま受け入れられた気がした。


「……おやすみなさい」


 誰に言ったのか自分でも分からないまま目を閉じると、その直後、朝霧は自分でも驚くほど一瞬で深い眠りへ落ちていった。


 ◇


 ブブッ、と枕元でスマートフォンが震え、蓮は閉じかけていた目を開いた。


 自分のものではない。少し前に朝霧から預かったスマートフォンだった。


 画面には通知内容がそのまま表示されている。


『朝霧先生、すみません。子供が熱を出したみたいで……』


 蓮は何もせず、そのままスマートフォンを置いた。


 だが数分もしないうちに再び振動し、今度は別の住民から『妻がずっと気分悪いって言ってるんですけど、診てもらえませんか?』と届いた。


 さらに少し経つと、『朝霧先生、起きてますか?』『薬ってまだありますか?』と、別々の住民から次々に通知が入ってくる。


「…………」


 さすがに蓮もスマートフォンを手に取り、通知欄を眺めた。


 熱が出た。腹が痛い。気分が悪い。診てほしい。薬はないか。


 内容も送り主も違うが、どれも朝霧を頼るものばかりだった。


 おそらく朝霧は、この六十日間ずっとこんな生活をしていたのだろう。昼間は各部屋を回って住民を診察し、夜になっても誰かが体調を崩せば呼ばれ、自分自身がまともに食べられていない時でさえ、それに応えていた。


「……あいつも大変だったんだな」


 そう呟いた直後、手の中でもう一度スマートフォンが震えた。


 蓮は無言で電源ボタンを長押しし、画面が完全に暗くなったことを確認してから枕元へ戻した。


 これでようやく静かに寝られる。


 蓮も再び目を閉じた。


     ◇


 時間は少し遡る。


「……何やってんだ、あいつ」


 柴田剛は苛立った様子でスマートフォンをテーブルへ放った。


 少し前から何度も三浦へ電話をかけているが、一度も出ない。


 朝霧を連れて来る。


 別に難しいことでもなんでもない。朝霧の部屋へ行き、ここへ連れてくればいいだけなのに、いつまで経っても戻ってこないどころか、電話にさえ出ない。


「剛さん……」


「なんだよ!」


 近くにいた男が、床に横たわっている大野へ視線を向けた。


「大野、やっぱヤバくないっすか」


 大野は先ほどより明らかに状態が悪くなっており、顔色は悪く、呼吸も浅い。だからこそ朝霧を呼びに行かせたのだが、その朝霧どころか三浦まで帰ってこない。


「分かってる!」


 柴田は再びスマートフォンを手に取って三浦へ発信したが、耳元で鳴り続けるのは呼び出し音だけだった。


「……チッ」


 通話を切ると、少し離れた場所にいた田村を睨む。


「田村!」


「は、はい」


「お前、朝霧の部屋行ってこい」


「え、私がですか?」


「他に誰がいんだよ!」


「いや、でも三浦さんが――」


「その三浦が戻ってこねえから言ってんだろ! さっさと行け!」


「……分かりました」


 田村は露骨に嫌そうな顔をしたものの、柴田に逆らうこともできず、渋々部屋を出ていった。


     ◇


 それからしばらくして、柴田のスマートフォンが鳴った。


『柴田さん』


「いたか!?」


『いえ、それが……』


 妙に歯切れの悪い田村の声に、柴田の苛立ちはさらに強くなる。


「なんだよ!」


『部屋のドアが壊されてるんです』


「……は?」


『中もかなり荒らされてまして、朝霧先生もいません』


 柴田は眉間に深い皺を寄せた。


「どこ行ったんだよ!」


『いや……それは分かりません』


「分かりませんじゃねえよ!」


『でも、本当に誰もいないんですよ』


「…………」


 柴田が苛立たしげに舌打ちすると、その会話を近くで聞いていた一ノ瀬が顔を上げた。


「周りの人に聞いてみたら?」


「あ?」


「隣とか。誰か見てるんじゃない?」


 柴田は一瞬黙ったあと、すぐにスマートフォンへ向かって怒鳴った。


「おい田村。周りの奴らに聞け。朝霧がどこ行ったか、誰か見てるかもしれねえ」


『あ……分かりました』


「分かったらさっさと聞け!」


 電話を切った。


     ◇


 田村は朝霧の部屋の前で小さくため息をついた。


 改めて見ても酷い有様だった。玄関の扉は壊され、室内には誰かが物を探して荒らした跡が残っている。


「……何があったんだ」


 呟きながら隣室の前へ移動し、インターホンを押す。


 しばらくすると、警戒した声が返ってきた。


『……何の用ですか?』


「あ、すみません。田村です。隣の朝霧先生のことで聞きたいんですけど、どこへ行ったか知りませんか?」


『朝霧先生? さあ……』


「何か見ませんでした?」


 少し沈黙したあと、住民が答えた。


『少し前に、大勢の人が押しかけてきてましたよ。かなり揉めてたみたいで……最後はドアまで壊して、中に入っていったみたいです』


 田村は壊れた扉へ視線を向けた。


「そのあと、朝霧先生はどこへ?」


『先生は分かりません。ただ、そのあと三浦が来てましたね……』


「三浦さんが?」


『ええ。それから、上の階の方へ走っていきました』


「上に? 朝霧先生と一緒でした?」


『そこまでは見てません。ただ、三浦が上へ走っていったのは見ました』


「……分かりました。ありがとうございます」


 田村は通話を終えると、すぐに柴田へ電話をかけた。


     ◇


「上?」


 田村から報告を受けた柴田は、ますます意味が分からないという顔をした。


『はい。隣の住民が見たそうです。朝霧先生がどこへ行ったかは分からないそうですが、三浦さんが上へ走っていったのは間違いないと』


「……他に見てる奴いねえのか?」


『まだそこまでは』


「聞いて回れ。近くの住民、全部だ」


『……分かりました』


「それと、上も見てこい」


『上って……どこまでですか?』


「三浦が上に行ったんだろ! 階段見ながら最上階まで行け。どっかにいるかもしれねえだろ」


『え……二十五階までですか?』


「さっさと行け!」


『……分かりました』


 電話を切った柴田は苛立たしげに頭を掻いた。


「なんだってんだ……。朝霧を連れてくるって言ったのに、なんで上に行くんだよ!」


「……上?」


 一ノ瀬が呟いた。


「なんだよ」


「…………」


 一ノ瀬はすぐには答えず、田村から聞いた情報を頭の中でもう一度並べた。


 朝霧の部屋には大勢の住民が押しかけ、ドアまで壊して中へ入った。そのあと朝霧はいなくなり、彼女を連れに行ったはずの三浦は、なぜか下ではなく上へ向かっている。


 住民に部屋を荒らされた直後に、朝霧が普通に誰かの診察へ向かったとは考えにくい。


 では、上に何がある。


 そう考えた時、一ノ瀬の頭に一人の男が浮かんだ。


「……ねえ」


「あ?」


「もしかして、神崎のところに行った……とか?」


 柴田が眉を寄せた。


「なんであいつのところに三浦が行くんだよ」


「…………」


 一ノ瀬もそこまでは分からなかったが、三浦が戻ってこないという事実まで含めて考えているうちに、一つの可能性が浮かんだ。


「……裏切った?」


「はあ?」


「三浦」


 柴田の顔が険しくなる。


「何言ってやがる! あいつが裏切るわけねえだろ!」


「でもさ、三浦って前から朝霧には妙に甘かったよね」


「あぁ?」


「あのヤブ医者が来てから、一回、朝霧もこっちに呼ぼうって話あったじゃん。その時、止めたの三浦だったでしょ?」


 言われて、柴田も以前のやり取りを思い出した。


「ああ……今はやらない方がいいって言ってたな。住民から医者まで取り上げたら荒れるとか、なんとか」


「そう。でも、本当にそれだけだったのかな」


「……何が言いてえんだよ」


「前から繋がってたんじゃない? 三浦と朝霧」


「…………」


「朝霧が住民に襲われた。もう住民とは関わりたくない。三浦も前から何か考えてた。それで二人で神崎のところに行ったって考えたら、結構辻褄合わない?」


 柴田はすぐには答えなかった。


 そんなはずはないと思う一方で、三浦がどういう人間なのかは柴田もよく知っている。


 三浦は頭が切れ、自分の利益を考えて動く男であり、義理や人情だけで最後まで誰かについていくような人間ではない。もしここより安全で、十分な食料があり、もっと条件のいい場所があるのなら、考えるまでもなかった。


「……まさか」


「神崎からしたって悪くないでしょ。医者と、私たちのことを全部知ってる元仲間よ? あの二人なら、受け入れる価値は……あるんじゃない?」


「…………」


 考えれば考えるほど、最初は馬鹿げていると思った話に妙な辻褄が合い始める。


 その時、柴田のスマートフォンが鳴った。画面に表示された田村の名前を確認すると、柴田はそのまま通話に出て、スピーカーへ切り替える。


『柴田さん、上まで見てきました』


「三浦いたか?」


『いえ。二十五階まで行きましたけど、どこにもいませんでした』


「……チッ。他は?」


『もう一人、話を聞けました。三浦さんについてです。階段の方で、何か叫んでるのを聞いたみたいで』


 柴田の表情が変わり、一ノ瀬もすぐに顔を上げた。


「……なんて言ってた」


『全部は聞き取れなかったらしいんですが……』


「いいから言え!」


『どうやら三浦さんが、「もうあんな連中のところにいる必要はない」とか、「飯も飲み物もやる」とか、「もう安全だから」……みたいなことを言ってたようです』


「…………」


 柴田は何も言わなかった。


『柴田さん?』


「…………」


 一ノ瀬も黙ったまま柴田を見る。


 柴田も一ノ瀬を見る。


 先ほどまで推測でしかなかった話に、最後の一片が嵌まったように思えた。


「……これで決まりね」


 柴田の顔が一気に歪んだ。


「あの野郎……!」


 握っていたスマートフォンが軋むほど手に力が入る。


「三浦ぁ……!」


『あの、柴田さん。それと……』


「まだなんかあんのか!」


『あ……念のため、非常階段も見てみたんですが……踊り場に大きな窪みみたいなものがありました』


「……窪み?」


『はい。床というか……かなり大きな傷みたいになってます』


「なんだそれ」


 一ノ瀬が横から口を挟んだ。


「揉めた痕跡とかないの? 血とか、何か落ちてるとか」


『いえ、そういうのは何もないですね。ただ、その窪みがあるだけです』


「…………」


『2501って、前にかなり大きな改装してましたよね。その時についたものかもしれませんけど……』


 柴田はしばらく黙っていたが、やがて苛立たしげに舌打ちした。


「……もういい」


 そのまま通話を切った。


「完全に朝霧を誘ってるじゃん」


 一ノ瀬は冷静に、田村から聞いた言葉をもう一度頭の中で繋げた。


「『もうあんな連中のところにいる必要はない』『飯も飲み物もやる』『もう安全』でしょ? 多分、前から話ついてたんだよ」


 実際には、その言葉が向けられていた相手こそ朝霧だったものの、三浦が誘おうとしていた先は柴田たちのところであったが、二人はまるで逆のことを想像していた。


 だが、今の柴田と一ノ瀬にそれを知る方法はない。


 断片だけを繋げれば、三浦は以前から朝霧と通じており、住民に襲われたことをきっかけに彼女を連れて柴田たちを裏切り、二人で神崎蓮のもとへ向かった――そう考える方が自然に思えてしまった。


「ぶっ殺してやる!」


 柴田が勢いよく立ち上がった。


「待って、剛!」


「なんだよ!」


「今行ったらまずいって!」


「何がまずいんだよ! 三浦の野郎、俺らを裏切りやがったんだぞ!」


「だからって今出てってどうすんのよ!」


「あぁ!?」


 一ノ瀬は床に横たわる大野へ視線を向けた。


「大野、もう駄目じゃん。三浦も裏切った、そのうえあんたまで今出てったら、残った私たちどうすんの?」


 柴田も大野を見る。


 先ほどより明らかに弱っており、もう自分で起き上がることすら難しそうだった。


「それにさ、住民に仲間割れしてるって知られたらヤバいでしょ。三浦が裏切ったなんて広まったら、今まで黙ってた奴らまで何するか分かんないよ」


「…………」


 柴田の怒りはまったく収まっていなかったが、一ノ瀬の言っていることが間違っていないことくらいは分かった。


「……じゃあどうすんだよ」


「一回、みんなで集まって話した方がいいわね」


「いつだよ」


「今。下の貯蓄庫に行きましょ。残ってるみんな集めて、これからどうするか決める」


 柴田は苛立たしげに舌打ちすると、もう一度大野を見た。


「……おい、大野どうすんだよ」


 一ノ瀬も苦しそうな呼吸を繰り返している大野へ目を向け、数秒だけその姿を眺めた。


「こいつ、もう使えないじゃん」


「…………」


 柴田はしばらく黙っていたが、やがてもう一度舌打ちして立ち上がった。


「……チッ。分かったよ」


 二人は大野をその場に残し、残った仲間たちがいる下の貯蓄庫へ向かった。



────────────────


Day 60


電力 ▲

ガス ▲

水道 ▲

通信 △

降雪 微弱


生存確認者 88人


【今日のメモ】

「後ろ暗い人間ほど、他人の影も濃く見える。」


────────────────

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― 新着の感想 ―
あ~だから三浦の死体を回収したんだ 蓮は一ノ瀬の小狡さを身を以て体験してるから、三浦が突然行方不明になれば裏切って蓮の所へ行ったんじゃないかと疑うだろうと予測したのか 裏切った=三浦がまだ生きてると思…
一ノ瀬が内憂だな!やーいサゲマン!
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