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氷河期ストレージ ~雪が止んだ日、世界は再び動き始めた~  作者: 宵白レン
第一章

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第81話 Day 57 連帯責任

翌朝、住民グループチャットでは、昨夜14階で起きた宮本和也の転落事故についての話がまだ続いていた。


宮本が以前から同じ階の松本奈緒につきまとっていたこと、昨夜も奈緒の部屋の前に現れ、助けを求められた14階の住民たちが駆けつけたこと、そして宮本が逃げる途中で階段から転落して死亡したこと。すでに大まかな経緯は広まっており、話題の中心は宮本の死そのものより、奈緒を助けるために動いた三人へと移っていた。


『14階の人たち、本当によくやったと思う』

『松本さんに何もなくてよかった』

『今は警察も来ないんだから、自分たちで守るしかないよな』

『三人が行かなかったらどうなってたか分からないもんね』


昨夜までほとんど発言したことのなかった住民からも次々とメッセージが送られ、しばらくの間、三人の行動を称える言葉が続いていた。


そんな中、一つのメッセージが流れた。


『だったらさ、俺たちみんなでまとまって、柴田たちにも立ち向かえないのか?』


それまで続いていた会話が、一瞬止まった。


しかし、その言葉に反応する者はすぐに現れた。


『私もそれ思ってた。絶対そうすべきよ!』

『戦えそうな人を集めて一斉に向かったら、あいつらだってひとたまりもないでしょ!』

『人数ならこっちの方が圧倒的に多いからな』

『いつまであいつらの言いなりになってるんだよ』


一つの意見に別の誰かが賛成すると、それまで胸の中に溜め込んでいたものを吐き出すように次々と住民たちが続き、グループ内は瞬く間に盛り上がっていった。


だが、その勢いを止めたのもまた、一つのメッセージだった。


『それで、誰が行くんだ?』


途端に新しいメッセージが流れなくなった。


先ほどまで十数秒の間に何件もの発言が飛び交っていた画面が静まり返り、誰かが入力していることを示す表示が現れては消え、また別の誰かの表示が現れては消えていく。それでも、自分が行くという言葉だけはなかなか送られてこなかった。


『でもやらなきゃ、このままじゃ皆飢え死にするぞ』


しばらくして一人がそう書き込んだものの、それに対しても反論する者はいなかった。


『じゃあ、誰が行く?』


再び同じ問いが投げかけられた。


また沈黙が続いたが、今度は一分ほど経ったところで、それまでほとんどグループ内で発言したことのなかった一人の男が書き込んだ。


『自分、一人身です。寒波前はジムにも通ってたんで、腕力にはそれなりに自信あります』


すぐにいくつもの反応がついた。


男は続けた。


『でも一人なら絶対に行きません。ある程度人数が集まるなら、自分も参加します』


その言葉を境に、止まっていた空気が一気に動いた。


『すごい!』

『こういう人が必要なんだよ!』

『ありがとうございます!』

『一人でも出てくれるなら全然違うよ』


まるですでに柴田たちへ立ち向かったかのような称賛が並ぶ中、少しして別の男が名乗りを上げた。


『……それなら俺も参加する』


さらに数分後、それまで一度も発言したことのなかった住民からもメッセージが届いた。


『俺も行きます』


そこから一人、また一人と参加者が増え、最終的に名乗りを上げたのは六人だった。マンションに残っている人数を考えれば決して多いとは言えなかったが、これまで誰一人として柴田たちへ正面から立ち向かおうとしなかったことを考えれば、それでも大きな変化だった。


最初に名乗り出た男が再びメッセージを送った。


『一回、参加する人だけで打ち合わせしませんか? ここだと話しにくいこともあるんで、よければうちに集まってください』


六人が参加することを確認すると、男は時間と自分の部屋番号を書き込み、それを見た住民たちからは再び応援や感謝の言葉が送られた。


柴田たちに食料を奪われて以来、住民たちが初めて自分たちの意思でまとまり、動こうとしていた。


そのやり取りを、別の部屋でも一人の男が眺めていた。


男は最後まで住民グループに何も書き込まなかった。


やがて画面から六人が集まる時間と部屋番号を確認すると、住民グループを閉じ、別の相手との個人チャットを開いた。


相手は一ノ瀬美咲だった。


『情報を売りたいんですけど』


少しして既読がついた。


『内容次第ね。』


スマートフォンを見ていた一ノ瀬の口元が、にたりと歪んだ。


◇


約束の時間になると、参加を表明した六人は一人ずつ指定された部屋へ集まっていた。


テーブルを囲むように座った男たちの表情には多少の緊張があったものの、グループチャットで話していた時とは違い、実際に顔を合わせたことで話は急速に具体的なものへ変わっていった。


「六人じゃ、まだ少ないよな」


「そうだな。向こうは七人だったはず。それに全員武器も持ってる」


一人がそう答えると、別の男がすぐに首を横に振った。


「いや、こっちの住民も何人か向こうに行っただろ。今は十人以上いるはずだ」


「だったら、こっちは最低でも二十人は欲しいな。人数で圧倒するくらいじゃないと危ない」


「武器も必要だろ。素手で行くわけにはいかない」


六人は頷きながら、自分たちの部屋にある物の中で武器として使えそうなものを挙げ始めた。金属製の工具や包丁、バールの代わりになりそうな物までいくつか候補は出たものの、それだけで柴田たちと正面からやり合えるのかとなると、誰も自信を持って答えることはできなかった。


「……部屋を狙うか?」


「いや、やめた方がいい。扉を壊すだけでも時間かかるし、そこで体力使ったら中から出てきた時に不利になる」


「じゃあ配給中は?」


その提案に、何人かが顔を上げた。


「それならいけるかもしれない。全員がそこに固まってるわけじゃないし、分散したところを――」


ドンッ!


突然、玄関の方から大きな音が響いた。


六人が一斉に口を閉じた。


「……何だ?」


一人が立ち上がり、玄関の方へ顔を向ける。


ドンッ!!


先ほどよりも大きな衝撃音が室内へ響き、玄関扉が大きく揺れた。


「おい……誰かいるぞ」


「誰だよ」


男の一人が玄関へ近づこうとした、その時だった。


ドンッ!!!


鈍器を叩きつけるような激しい音とともに扉の一部が大きく歪み、六人の表情が一斉に変わった。何度も強い衝撃が加えられ、そのたびに金属の軋む音が室内へ響く。


蓮の部屋に設置された金庫扉とは違う、ごく普通のマンションの玄関扉だった。


何度目かの衝撃で鍵の周辺が大きく変形し、次の瞬間、扉が勢いよく室内側へ開いた。


最初に入ってきた男を見て、六人の顔から血の気が引いた。


柴田剛だった。


その後ろからも次々と男たちが入ってくる。その手には金属バットやハンマー、鉄パイプなどが握られており、誰一人として手ぶらではなかった。


「柴田……」


六人のうち誰かが、その名前を呟いた。


何も準備していない六人と、最初から凶器を持って乗り込んできた六人では、戦いと呼べるものにすらならなかった。


室内には怒鳴り声と悲鳴が響き、テーブルが倒れ、椅子が床を滑り、何かが壁へ激しくぶつかる音が続いた。抵抗しようとした者もいたが、まともに武器を構えることさえできないまま押さえ込まれ、やがて鈍器が何かへ叩きつけられる鈍い音だけが何度か響いた。


それも長くは続かなかった。


数分後、部屋は静かになっていた。


床には先ほどまで柴田たちへの対抗策を話し合っていた六人が倒れており、呻き声を上げる者もいれば、身体を丸めたままほとんど動かない者もいた。


その光景を廊下の後ろから見ていた三浦は、室内を一度見渡すと、少し離れたところに立っていた一ノ瀬へ顔を向けた。


「一ノ瀬。写真撮れ」


「写真?」


「全体グループに送れ」


一ノ瀬は床に倒れている六人へ視線を向け、それから三浦を見た。


「こいつらだけ片付けても意味ねえだろ。逆らったらどうなるか、全員に分からせるんだよ」


一ノ瀬は一瞬だけ三浦を見つめたあと、その意味を理解したように小さく笑った。


「……なるほどね」


スマートフォンを取り出し、室内へ向ける。


数秒後。


全体グループに一枚の写真が投稿された。


床に倒れている六人の男たち。


顔や身体の状態までははっきりと確認できなかったが、どう見ても軽い怪我で済んでいないことだけは、写真を見た誰にでも分かった。


その直後、一ノ瀬からメッセージが送られた。


『面白そうなことしてますね。』


全体グループは静まり返った。


続けて、もう一つ。


『これまでは皆さんが生きていけるように、こちらの食料を提供していました。』


そして、


『でも、こういうことをされるなら話は別です。連帯責任として、明日から全員への食料供給をさらに減らします。』


最後にもう一つだけ送られた。


『それ以上欲しい人は、何かと交換してください。』


それ以降、一ノ瀬からメッセージが送られることはなかった。


◇


住民だけのグループチャットは、その直後から凄まじい勢いで荒れ始めた。


『ふざけんなよ!』

『なんで俺たちまで減らされるんだ!』

『六人が勝手にやったことだろ!』

『こっちは何も知らなかったんだぞ!』

『連帯責任ってなんだよ!』

『これ以上減らされたら本当に死ぬぞ!』

『あいつら最初から俺たちを殺すつもりなんじゃないのか!?』


数秒ごとに新しいメッセージが流れ、六人を応援していた者たちまで、今度は自分たちの食料が減らされることへの怒りをぶつけ始めた。誰かが柴田たちを罵れば別の誰かがそれに同調し、今度は六人を責める者まで現れ、グループ内は収拾がつかない状態になっていった。


そんな中、一つだけ、それまでとは違うメッセージが流れた。


『……ちょっと待って』


怒りの言葉はその後もしばらく続いた。


やがて同じ人物から、もう一つメッセージが送られる。


『あの六人が集まる時間と部屋番号って、ここでしか話してないよな?』


それまで絶え間なく流れていたメッセージが、そこで止まった。


誰も何も送らない。


数秒が過ぎた。


そして最後に、一つだけ新しいメッセージが表示された。


『この中に裏切り者がいる。』


────────────────


Day 57


電力 ▲

ガス △

水道 △

通信 ▲

降雪 弱


生存確認者 92人


【今日のメモ】


「連帯責任ほど、連帯を壊すものはない。」


────────────────

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