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氷河期ストレージ ~裏切られて死んだ俺は、30日前に戻り無限収納で世界を生き抜く~  作者: 宵白レン


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第69話 Day 47 見せしめ

朝。


マンション一階の配給所には、住民たちが集まり始めていた。


場所は昨日までと変わらない。寒波が始まってから何度も住民たちが列を作り、共同備蓄から食料を受け取ってきた、いつもの配給所だった。


しかし、今日までと同じなのは場所だけだった。


配給所の奥にある共同倉庫の前には柴田たちの仲間が立ち、机の前には昨夜十七階へ呼び出された住民代表四人が座って、これまでと同じように名簿を広げている。名前を確認するのも、世帯人数を確認するのも、実際に食料を手渡すのも、これまでと同じ住民代表たちだった。


だが、彼らに決定権はもうない。


誰にどれだけ渡すのか。何時から何階を呼ぶのか。文句を言った人間をどうするのか。その全てが、昨夜十七階で決められていた。


そして少し離れた場所では、柴田が壁にもたれながら集まってくる住民たちを眺めている。その足元には、昨日一人の住民を殴り倒した大型ハンマーが置かれていた。


午前九時。


最初に呼ばれた二階の住民たちが列を作り始める。一階には住戸がないため、配給は二階から順番に行われることになっていた。


「201号室。二人世帯ですね」


住民代表が名簿を確認する。


「はい」


決められた食料が渡され、女性は袋の中を覗いた。その瞬間、僅かに表情が変わった。


昨日までより、明らかに少ない。


だが、女性は何も言わなかった。一度だけ柴田の方を見ると、袋を抱えてその場を離れていった。


「次の方」


「202号室です」


同じように袋が渡される。


男は一度だけ中身を確認したものの、そのまま何も言わずに帰っていった。その後も何人かが続いたが、誰も文句を言わない。


昨夜、グループチャットではあれだけ怒っていた人間たちだった。


『少なすぎる』


『こんなの配給じゃない』


『自分たちの食料なのに』


そう書き込んでいた者たちも、実際に柴田を目の前にすると何も言えなかった。


それでも、最後まで全員が黙っていられたわけではなかった。



「……は?」


二階の列の後ろにいた男が、受け取った袋を覗き込んだまま声を漏らした。


柴田が顔を上げる。


男はもう一度袋の中を確認してから、信じられないように聞いた。


「これだけ?」


住民代表の手が止まった。


柴田は椅子に座ったまま答える。


「そうだけど?」


「いや、ちょっと待てよ」


男は袋を持ち上げた。


「うち三人だぞ。これで三人分?」


「そう」


「少なすぎるだろ」


その一言で、周囲の空気が変わった。


二階の住民たちが一斉に男を見る。男自身も口にした直後に気づいたのか、僅かに表情を強張らせた。


だが、もう遅かった。


「あ、はい」


柴田が立ち上がり、男の手から袋を取り上げる。


「お前んとこ、今日なし」


「……は?」


「昨日言っただろ。文句言う奴にはやらねえって」


男は一瞬、何を言われたのか理解できず、柴田と取り上げられた袋を交互に見た。


「いや、文句って……」


「言ったじゃん」


「少ないって言っただけだろ!」


「それが文句だろ」


「ふざけんなよ! それ俺たちの食料だぞ!」


男の声が大きくなった。


その瞬間、柴田の視線が壁際へ向く。


そこには大型ハンマーが置かれていた。


男も気づいた。


柴田はゆっくりとそこまで歩いていくと、ハンマーを片手で持ち上げ、そのまま肩へ担いだ。


「それ以上ガタガタ言うならさ」


柴田は男を見た。


「飯じゃなくて、こっちやるけど?」


男の口が止まった。


数秒間、強く握られた拳だけが震えている。周囲には二階の住民たちがいて、住民代表四人も、柴田の仲間たちも、全員がこちらを見ていた。


男は悔しそうに歯を食いしばったが、最後には何もできなかった。


「……クソッ」


それだけ吐き捨てると、食料を受け取れないまま階段の方へ向かっていった。


柴田は笑いながらハンマーを元の位置へ戻す。


「はい、次」


止まっていた列が再び動き始めた。


それ以降、二階の住民から文句は一つも出なかった。



数分後。


住民専用グループに書き込みが入った。


『2階です。木村さんが「少ない」って言っただけで、本当に今日の配給を取り上げられました』


すぐに返信が付く。


『マジかよ』

『本当にやるのか』

『あれ自分たちの食料でしょう!?』

『最悪だな』

『でも今は何も言わない方がいい』

『言ったら取られるぞ』


その一言を最後に、二階からの報告は終わった。



午前十時。


三階の住民たちは、誰も文句を言わなかった。


袋を受け取り、中身を確認すれば表情は曇る。それでも口にするのは不満ではなかった。


「……ありがとうございます」


小さく頭を下げ、そのまま帰っていく。


四階も同じだった。


五階では、一人の女性が袋の中を見たあと、何か言いたそうに住民代表へ視線を向けた。しかし、少し離れた場所に柴田が座っていることを確認すると、結局何も言わずに口を閉じた。


六階、七階と配給が進み、住民のいない八階を飛ばして九階へ移る頃には、皆が新しいルールを理解し始めていた。


食料を受け取り、中身を確認しても何も言わず、そのまま帰る。


それだけだった。


昨夜まで住民専用グループでは、「絶対におかしい」「こんなルールに従う必要はない」と何人もの住民が書き込んでいた。


だが、実際の配給所で同じ言葉を口にする者はいなかった。



九階が終わった頃、柴田は退屈そうに大きなあくびをした。


「みんな大人しくなったな」


一ノ瀬が近くの壁にもたれながら笑う。


「昨日あれだけ文句言ってたのにね」


「飯欲しいんだろ」


「分かりやす」


住民代表たちは、二人の会話が聞こえていないふりをした。


そして午前十一時過ぎ、十階の配給が始まった。


最初の数人はこれまでと同じだった。黙って受け取り、黙って帰る。


だが、一人の男が前へ出た時、空気が変わった。


四十代ほどの男だった。


男は袋を受け取って中身を見ると、しばらく何も言わなかった。だが、その手は震えていた。


「……これだけか」


小さな声だった。


住民代表の一人が男を見る。


「決められた量です」


「これで?」


返事はなかった。


男は袋を強く握り締めた。


「これで足りるわけないだろ!」


柴田が顔を上げる。


「おい」


だが、男はもう止まらなかった。


「俺たちが出した食料だろ」


次第に声が大きくなり、周囲に並んでいた十階の住民たちが一斉に男を見る。


「なんでお前らが勝手に持ってって、今度は俺たちにこれだけしか渡さねえんだよ!」


「はい。じゃあお前もなし」


柴田が立ち上がり、男の袋へ手を伸ばした。


しかし、今度の男は離さなかった。


「触るな!」


柴田の手を振り払う。


その瞬間、周囲が凍りついた。


住民代表四人も動けなかった。


柴田の表情から、笑いが消える。


「……今、何した?」


「ふざけんな!」


男は完全に切れていた。


「昨日から好き勝手しやがって! 勝手に他人のマンション入ってきて、人殺して、食料まで奪って!」


男は柴田へ一歩近づいた。


「これは俺たちのだろ!」


誰も男を止めなかった。


いや、止められなかった。


言っていることは全て正しい。その場にいる住民たちも、心の中では同じことを思っていた。


「返せよ!」


男が叫ぶ。


「全部返せ!」


その瞬間、柴田が動いた。



ゴッ!


鈍い音が響き、男の身体が横へ崩れた。


周囲から悲鳴が上がる。


床へ倒れた男を前にしても、柴田は止まらなかった。大型ハンマーを握り直し、そのままもう一度振り下ろす。


ゴッ!


さらにもう一度。


ゴッ!


倒れた男は痙攣しながら、まだ僅かに動いていた。それでも柴田は再びハンマーを振り上げる。


ゴッ!


周囲の住民たちは完全に凍りついていた。


誰も動かず、誰も声を出さない。先ほどまで男の言葉に心の中で同意していた人間たちも、一歩も前へ出ようとはしなかった。


「剛」


三浦の声がした。


それでも柴田は止まらない。


「剛」


もう一度、鈍い音が響く。


「もういい」


そこでようやく、柴田の手が止まった。


荒い息を吐きながら見下ろした先で、床に倒れた男はもう動かなかった。


配給所には、誰かが漏らす小さな泣き声だけが聞こえていた。


柴田は大型ハンマーを肩へ担ぎ直すと、周囲をゆっくり見回した。


「……で?」


誰も目を合わせない。


「次、文句ある奴いる?」


誰も答えなかった。


柴田は数秒待ったあと、何事もなかったように言った。


「いねえなら並べよ」


その言葉を合図に、止まっていた列がゆっくりと動き始めた。


三浦は床に倒れたままの男へ一度だけ目を向けると、住民代表に言った。


「これ、邪魔だからどっか運んどいて」


住民代表の顔が強張った。


一瞬だけ何かを言いかけたものの、結局その口から言葉は出なかった。近くにいた住民と顔を見合わせると、二人で恐る恐る男の身体へ手を伸ばす。


肩と足を持ち上げた瞬間、力の抜けた腕がだらりと垂れた。


二人の手は震えていたが、それでも文句は言わなかった。どこへ運ぶのか相談すらせず、住民代表が歩き出すと、もう一人も黙ってそれについていった。


自然とエレベーターを選ぶことはなく、二人は遺体を抱えたまま非常階段へ向かっていく。


行き先は、地下駐車場だった。


誰かに指示されたわけではない。


寒波が始まって二十日ほど経った頃、扉の向こうで最初に死んだ見知らぬ男。その遺体を置いた地下駐車場の一角へ、二人とも当然のように向かっていた。


なぜそこなのかなど、二人とも考えていなかった。


ただ、このマンションではいつの間にか、人が死ねば遺体を地下駐車場へ運ぶことが当たり前になりつつあった。


周囲の住民たちも、最初のうちは運ばれていく遺体を見ていた。青ざめた顔で目を逸らす者もいれば、口元を押さえる者もいた。


しかし、列の先頭で配給が再開されると、一人、また一人と視線が戻っていく。


自分は何をもらえるのか。今日の分は足りるのか。自分の番まで食料は残っているのか。


住民たちの意識は少しずつ死者から食料へ移り、やがて遺体を運んでいく二人を見る者はいなくなった。


次の住民が前へ出た。


その手は震えていた。


柴田から差し出された食料を両手で受け取ると、小さく頭を下げる。


「……ありがとうございます」


「次」


また一人、前へ出た。


先ほどの住民はその場を離れながら、自分でもなぜ礼を言ったのか分からなかった。


ほんの少し前まで、自分たちの物だった食料を受け取っただけなのに。


柴田はそんな住民たちを見ながら笑った。


「はい。次」



数分後。


住民専用グループに、一件のメッセージが入った。


『10階の井上さんが殺された』


それだけだった。


既読だけが増えていく。


一人、二人、十人、二十人。


それでも誰も返信しなかった。


一分が経ち、二分が経ち、三分が経っても、新しい書き込みはない。


昨夜から数秒おきに誰かが文句を書き込み続けていたグループから、完全に言葉が消えていた。



十三階。


誰も文句を言わなかった。


そのまま十四階、十五階、十六階へと配給は進んでいった。


もう、その場で袋の中身を確認する人間すら減っていた。受け取って、頭を下げて、帰る。それだけだった。


午前中、まだ二階の住民に配給していた時には、一人の男が「少なすぎる」と言えた。


十階では、一人の男が「返せ」と言えた。


そして、死んだ。


それ以降、誰も何も言わなくなった。



2501号室。


蓮は監視カメラの映像を眺めていた。


映っているのは一階の配給スペースだった。住民たちは一人、また一人と食料の入った袋を受け取り、小さく頭を下げて帰っていく。


昨日まで、この人間たちは柴田たちを利用して自分の部屋へ侵入しようとしていた。それが今日は、同じ人間たちが柴田の顔色を窺いながら、自分たちの食料を受け取っている。


蓮はしばらく無言で画面を眺めていた。


やがて、小さく呟く。


「一日か」


たった一日だった。


昨日まで存在していたルールが消え、新しいルールが作られ、もう皆がそれに従っている。


蓮はコーヒーを一口飲んだ。


「躾には十分な時間か」


それ以上、何も言わなかった。


────────────────


Day 47


電力 ▲

ガス △

水道 △

通信 ▲

降雪 弱


【今日のメモ】


「見せしめは、一人で足りる。」


────────────────

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― 新着の感想 ―
まあヘイト役を買ってくれたと考えれば放っといてもいいか 問題はこのマンションの食料が尽きた時にどう動くかだなあ
多々買わなければ生き残れない
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