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氷河期ストレージ ~裏切られて死んだ俺は、30日前に戻り無限収納で世界を生き抜く~  作者: 宵白レン


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第65話 Day 46 正面突破

夕方になっても、2501号室の玄関前から作業音が途切れることはなかった。


ガガガガガガッ――!


金属を削る甲高い音が廊下いっぱいに響き、床に置かれた小型発電機が低い唸り声を上げている。作業用ライトに照らされた玄関扉は、朝とは比べものにならないほど傷だらけになっていた。


だが、まだ開かない。


「交代!」


三浦直人の声が飛ぶ。


電動工具を握っていた男が大きく息を吐き、その場から離れた。額から流れた汗を袖で拭いながら壁際へ座り込むと、待機していた別の男がすぐに工具を受け取った。


「同じところでいいのか?」


「ああ。ただし少し右だ。枠との境目を狙え」


「分かった」


再び工具が動き始める。


ガガガガガガッ――!


住民たちはもう、その音に顔をしかめることすらなくなっていた。


朝から何時間も聞き続けている。最初は耳を塞いでいた者もいれば、粉塵を嫌がって離れていた者もいたが、今では誰かが疲れれば別の人間が工具を受け取り、削れた部分を確認し、飲み物を渡し、延長コードが邪魔になればすぐに移動させる。


いつの間にか、完全な共同作業になっていた。


昨日まで、このマンションで暮らすだけの他人同士だった人間たちが、一つの玄関扉を突破するためだけに動いている。


そして、その原動力になっているものは一つだった。


扉の向こうにある物資。



三浦は作業を止めさせると、玄関扉の前へしゃがみ込み、ライトを近づけた。


朝から集中して削り続けてきた場所に指を入れ、僅かな隙間を確認する。


「……」


柴田がすぐ後ろから覗き込んだ。


「どうなんだよ」


「待て」


「朝からずっと待ってんだよ」


「うるせえな」


三浦は工具を使って隙間を確認し、それから扉を何度か押した。


ギ……。


僅かだった。


本当に僅かだったが、動いた。


三浦の目が変わった。


「おい」


柴田も気づいた。


「今、動いたよな?」


「……ああ」


その会話を聞いていた周囲の住民たちが、一斉に集まってきた。


「動いたんですか?」


「開きそうなんですか?」


「あとどれくらいです?」


質問が次々と飛んでくる。


三浦は立ち上がった。


「静かにしろ」


住民たちが黙る。


三浦はもう一度、扉を見る。


「朝より確実に隙間が広がってる。枠も少し歪んでる」


一瞬、廊下が静まり返った。


「じゃあ……」


誰かが呟いた。


「開くんですか?」


三浦はすぐには答えなかった。


「まだ分からねえ」


その言葉に何人かの顔が曇る。


だが、三浦は続けた。


「ただ、効いてはいる」


それだけで十分だった。


「よし!」


柴田が声を上げると、住民たちの顔にも一気に生気が戻った。


「いける!」


「やっぱり開くんだ!」


「続けましょう!」


「あと少しですよ!」


疲労で座り込んでいた男まで立ち上がった。


昨日は何をしても駄目だった。玄関、ベランダ、隣室、下階、屋上。どこから攻めても神崎蓮の部屋には届かなかった。


だが今日は違う。


目の前の扉が、確実に壊れ始めている。



午後四時。


作業はさらに激しくなっていた。


ガガガガガガッ――!


ガンッ!


ガンッ!


削っては確認し、叩いてはまた削る。一つの方法だけに固執せず、三浦が状態を確認するたびにやり方を変えていった。


「止めろ!」


工具が止まる。


三浦が隙間を確認した。


「バール」


一本では足りない。


二本。


さらに別の位置にも一本。


三人の男が同時に力を掛ける。


「せーの!」


ギギギギ……。


金属が軋んだ。


「もっと!」


「やってる!」


「もう一回!」


三人が身体ごと体重を掛ける。


ギ……ギギッ!


「動いてる!」


後ろから声が上がった。


「本当に動いてる!」


「いけるぞ!」


住民たちがさらに集まってくる。


「押せ!」


「もっと!」


「もう少し!」


「いける!」


柴田も加わった。


四人、五人と人数が増え、一斉に力を掛ける。


だが、そこで止まった。


「クソ!」


柴田がバールを離す。


「何でだよ!」


三浦が扉を確認した。


「まだどっか噛んでる」


「どこだ?」


「探してる」


ライトを当てながら、上、横、下と順番に確認していき、錠付近で三浦の指が止まった。


「……ここだ」


「何が?」


「こいつがまだ生きてる」


柴田は大型ハンマーを拾った。


「だったら壊せばいい」


三浦が止めるより早かった。


ガンッ!!


廊下が震えるほどの音が響いた。


「おい! 適当にやるな!」


「じゃあ場所言え!」


三浦が舌打ちしながら位置を指差す。


「ここだ。ただし枠まで潰すな。余計開かなくなる」


「最初からそう言え」


柴田が構える。


ガンッ!!


もう一度。


ガンッ!!


さらに。


ガンッ!!


周囲の住民たちは誰も止めなかった。むしろ一発叩き込まれるたびに、その目に浮かぶ期待が強くなっていった。



2501号室。


蓮は再び玄関の前に立っていた。


ガンッ!!


鈍い衝撃音が響く。


先ほどより明らかに大きい。


蓮は何も言わず、扉を見つめた。


再び。


ガンッ!!


今度は僅かに金属が軋む音まで聞こえた。


ほんの少し、蓮の眉間に皺が寄る。


監視カメラで見ているだけでは分からなかったが、こうして直接近くで聞けば分かる。


玄関扉は確実に限界へ近づいている。


昨日とは違う。数人が勢いだけで叩いているのではなく、三浦が弱点を探し、工具を選び、何十人もの住民が交代しながら何時間も攻撃を続けている。


「……ここまでやるか」


蓮は小さく呟いた。


ガンッ!!


また扉が震える。


ガンッ!!


蓮の顔には、いつもの笑みはなかった。


玄関を見つめたまま数秒間黙り込み、やがて静かに息を吐く。


「……もう持たないな」



午後五時を過ぎた。


外はすでに暗くなり始めていた。


停電したマンションの廊下を照らしているのは、作業用ライトと住民たちが持ち寄ったランタンだけだったが、それでも誰一人として帰ろうとはしない。


もう少し。


本当にあと少し。


その感覚が、全員をここへ縛りつけていた。


三浦が再び扉を確認する。


そして突然、声を上げた。


「止めろ」


作業が止まった。


「どうした?」


柴田が聞く。


三浦は返事をせず、扉へ手を掛けた。


押す。


ギ……。


扉が動く。


今までとは違う。


誰が見ても分かるほど、数ミリ開いた。


住民たちが息を呑んだ。


三浦はもう一度押した。


ギギ……。


やはり動く。


「おい」


柴田が笑い始めた。


「やっぱ開くじゃねえか」


三浦も今度は否定しなかった。


「……ああ」


その一言で、住民たちが沸いた。


「開くぞ!」


「本当に!?」


「あと少し!」


「やった!」


「続けろ!」


「もう少しだ!」


誰かが笑い、また別の誰かも笑った。疲れ切っていたはずの人間たちが、再び工具を持ち始める。


住民代表も、もう誰も止めなかった。


一ノ瀬美咲は少し離れた場所から、その光景を見ていた。


朝から何時間も作業を続け、何度も諦めそうになった。


だが、ついに蓮の部屋へ入れる。


一ノ瀬の口元にも笑みが浮かんだ。



そこからさらに一時間。


三浦の指示は、さらに細かくなっていった。


「そこじゃねえ!」


「三センチ上!」


「一回止めろ!」


「次、バール!」


「押せ!」


何度も、何度も繰り返した。


そして、ついに。


バキンッ!


これまでとは明らかに違う音が響き、その場にいる全員が息を止めた。


「……今の何?」


誰かが聞いた。


三浦がすぐに扉へ近づき、慎重に確認する。


そして目を見開いた。


「……死んだ」


柴田が聞く。


「何が?」


「ロック」


三浦は扉を押す。


ギギギ……。


今度は明らかに動いた。


数センチ。


廊下にいた住民たちから歓声が上がった。


「開いた!」


「まだだ!」


三浦が叫ぶ。


だが、もう誰も止まらなかった。


「いけるぞ!」


「押せ!」


「全員で押せ!」


柴田が扉へ肩を当て、仲間も続く。さらに住民が一人、二人、三人と加わった。


「せーの!」


ギギギギギ……!


扉が動く。


「もう一回!」


「せーの!」


ギギギギ……!


さらに開く。


「いける!」


「もう一回!」


「押せえええ!!」


全員が一斉に渾身の力を込めた。


バキッ!


何かが割れたような、壊れたような音が響いた。


そして。


ガァァァァン――!


玄関扉が、大きく開いた。



一瞬、誰も声を出さなかった。


本当に開いた。


昨日から何をやっても駄目だった。


何度叩いても、何度削っても、どこから攻めても絶対に入れなかった2501号室。


その玄関が、今、開いた。


「……」


誰かが震える声で言った。


「開いた……」


次の瞬間。


「開いたぞおおお!!」


廊下が爆発した。


「おぉぉ!!」


「開いた!」


「本当に開いた!」


「入れるぞ!」


「やった!」


歓声と笑い声が響き、隣にいた人間と抱き合う者までいた。何時間も工具を握り続けていた男は、その場へ座り込みながら笑った。


「やった……」


別の男が壁を叩く。


「ざまあみろ!」


住民たちの表情から、昨日から積み重なっていた絶望が一気に消えていく。


ついに、勝った。


神崎蓮の部屋を突破した。


「神崎!」


柴田が大声で叫んだ。


「終わりだぞ!」


返事はない。


それがさらに柴田を笑わせた。


「今さら隠れても遅えんだよ!」


大型ハンマーを床へ放り出す。


一ノ瀬も人混みの後ろから前へ進んだ。


「開いたの?」


「開いた!」


「本当に?」


「見ろよ!」


一ノ瀬は人の隙間から、壊れた玄関を見る。


開いている。


あれだけ頼んでも、何を言っても、自分を入れなかった扉が。


ついに、開いた。


「……やっと」


小さく呟いた。


住民たちも次々と前へ集まってくる。


「中に入ろう」


「まず物資を確認しないと」


「住民代表が先ですよ!」


「勝手に持っていかないでください!」


「押さないで!」


一気に人が殺到し始めた。



「退け」


柴田が前へ出た。


「俺が開けたんだ。俺が先だ」


住民代表が何か言おうとしたが、柴田は聞こうともしなかった。


壊れた玄関扉へ手を掛ける。


力を込める。


ギィィィ……。


最後に残っていた抵抗を押し切り、扉をさらに大きく開いた。


「行くぞ」


柴田が一歩、中へ踏み出そうとした。


そして、止まった。


「……」


後ろから来ていた仲間が背中へぶつかった。


「おい」


柴田は動かない。


「何止まってんだよ」


返事がない。


「剛?」


さらに後ろから住民が押してくる。


「早く入ってくださいよ」


「中どうなってるんですか?」


「見えないんだけど」


「押すな!」


「早く!」


それでも、柴田は動かなかった。


一ノ瀬が人を掻き分けて前へ出る。


「ちょっと、どうしたの?」


柴田の横から中を見る。


そして、一ノ瀬も止まった。


「……は?」


その声で、周囲が静かになり始めた。


「何?」


「どうしたんですか?」


「中に神崎さんいるんですか?」


「何かあるの?」


誰かが柴田の肩越しに覗き込んだ。


その人間も黙った。


また一人、さらに一人と前へ出るたびに、先ほどまでの歓声が少しずつ消えていく。


三浦が異変に気づいた。


「何だよ」


誰も答えない。


「退け」


人を押し退けて前へ出ると、壊れた玄関扉の前に立つ。


そして、中を見た。


「……」


三浦の動きも止まった。


そこにあったのは、暖炉でも、食料でも、水でも、神崎蓮でもなかった。


壊れた玄関扉の、その向こう。


そこにはもう一枚の――


扉。


────────────────


Day 46


電力 ×

ガス △

水道 △

通信 ▲


【今日のメモ】


「希望が潰えた瞬間、人は簡単に壊れる。」


────────────────

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― 新着の感想 ―
扉「私が壊れても第2第3の私が再び現れる」
がんばり続ければ中までいけそうだけどどうなるんだろ
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