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氷河期ストレージ ~裏切られて死んだ俺は、30日前に戻り無限収納で世界を生き抜く~  作者: 宵白レン


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第63話 Day 46 作戦会議

朝。


一階の集会スペースには、昨日よりも多くの住民が集まっていた。


時刻は午前九時を少し回ったところ。昨夜から続いていた停電はまだ復旧しておらず、広い室内を照らしているのは窓から差し込む鈍い朝の光と、テーブルの上に置かれたいくつかのランタンだけだった。


暖房も止まっているため室温は低く、住民たちはコートやダウンを着込んだまま椅子に座り、白い息を吐きながら会議が始まるのを待っている。


前方には住民代表たちが座り、その少し離れた場所には一ノ瀬美咲。そして柴田たちも、当然のような顔で席についていた。


彼らは昨夜、このマンションから帰っていない。


その寝泊まりをどうするかについては、昨夜ちょっとした一悶着があった。



屋上から戻ってきた直後。


疲れ切った住民たちへ、住民代表の一人が「今日は一度解散しましょう」と告げたところで、柴田が何でもないことのように聞いた。


「で、俺らどこで寝るんだ?」


代表は一瞬、何を言われたのか分からなかった。


「……寝る?」


「帰るわけねえだろ。明日もやるんだろ?」


外はマイナス三十度。雪は弱くなっているとはいえ、夜間は道路の凍結もさらに酷くなる。ここまで来るのに一時間近くかかっている以上、わざわざ帰って翌朝また来る理由など柴田たちにはなかった。


理屈としては分かる。


問題は、誰が彼らを泊めるのかだった。


「集会スペースなら……」


代表の一人が言いかけると、柴田は周囲を見回した。


「停電してんだろ。ここで寝ろって?」


「では、管理室を――」


「俺ら何人いると思ってんだよ」


誰も答えられなかった。


ならば誰かの部屋へ泊めるしかない。


自然とそんな空気が流れたものの、誰一人として「うちへどうぞ」とは言わなかった。


当然だった。


昨日一日だけで、住民たちは柴田たちが何をする人間なのか嫌というほど見ている。大型ハンマーで2501号室の玄関を叩き、二十五階のベランダを渡り、他人の家の壁を破壊し、別の住戸では天井まで壊した。


神崎蓮の部屋を突破するためなら頼もしい。


だが、自分の家へ入れたいかと聞かれれば、話はまるで違う。


柴田もその空気に気づいた。


「何だよ」


誰も答えない。


柴田は住民たちの顔を順番に見て、鼻で笑った。


「神崎の部屋はぶっ壊してほしいけど、自分の部屋には俺ら入れたくねえって?」


何人かが気まずそうに視線を逸らした。


結局、長い話し合いの末、寒波が始まって間もない頃に家族全員で避難した住戸を一晩だけ使わせることになった。


それでも最後まで反対する住民はいた。


「でも、他人の部屋ですよ。勝手に使っていいんですか?」


その言葉に、柴田は笑った。


「お前ら、今さらそれ言うの?」


誰も何も言えなかった。


昨日、2501号室へ入るためなら他人の家の壁も天井も壊した。それなのに、誰も住んでいない部屋で一晩眠ることには他人の所有権を持ち出す。


もう自分たちがどこまで線を越えているのか、住民自身にも分からなくなり始めていた。



そして昨夜。


柴田たちの寝床が決まってから一時間もしないうちに、もう一つの動きが起きていた。


既存の住民グループとは別に、新しいグループが作られた。


『マンション居住者連絡グループ』


参加しているのは、このマンションの住民だけ。


ただし、2501号室の神崎蓮だけは招待されていない。一ノ瀬美咲も入っておらず、当然、柴田たちもその存在を知らない。


最初に投稿されたのは、新しいグループを作った住民からの説明だった。


『現在のグループでは話しにくいことも増えてきたので、マンション居住者だけで情報共有するためのグループを作りました』


続けて、もう一つ投稿される。


『このグループの内容は、神崎さん、一ノ瀬さん、柴田さんたちには伝えないでください』


最初の数分は誰も書き込まなかった。


だが、一人が口火を切った。


『正直、柴田さんたちをこのマンションに泊めるの怖くないですか?』


すぐに返事が来た。


『私も怖いです』


『昨日の2502号室見ました?』


『あの人たち、他人の家を壊すことに何の抵抗もないですよね』


『神崎さんの部屋を開けた後、本当に大人しく帰ってくれるんでしょうか』


それまで表のグループでは誰も言わなかった言葉が、次々と出てきた。


『私も昨日から気になってました』


『大型ハンマーとか持って普通に歩いてるのが怖いです』


『子供が怯えてます』


『正直、神崎さんより柴田さんたちの方が怖いです』


だが、しばらくすると別の意見も出始めた。


『でも柴田さんたちがいなかったら、2501をどうやって開けるんですか?』


『それはそうだけど……』


『昨日、私たちだけでは何もできなかったでしょう』


『玄関も窓も壁も全部無理だった。あの人たちがいなかったら試すことすらできなかったと思います』


さらに、別の住民が書き込んだ。


『怖いのは分かります。でも今は必要じゃないですか?』


その一言から、流れが変わった。


『2501を開けるまでは協力してもらった方がいいと思います』


『私もそう思います』


『開いた後に帰ってもらえばいいんじゃないですか?』


『そうですね。それなら賛成です』


そして、もっと露骨な書き込みも現れた。


『私はもう誰でもいいです。2501さえ開けば』


『うち、本当に食べるものがありません』


『共同備蓄ももう限界でしょう』


『神崎さんのところにあれだけ物資があるなら、まず開けることを優先した方がいいです』


最後に、一人の住民がこう書き込んだ。


『柴田さんたちが危険なのは分かっています。でも2501を開けるまでは利用するしかないと思います。開いた後は住民全員で出ていってもらいましょう』


その投稿には次々と賛同が付き、反対する者はほとんどいなかった。


ただし、その考えを柴田本人へ伝えようとする者も、一人としていなかった。



そして翌朝。


その柴田たちが、当然のように作戦会議へ参加している。


「柴田さんたちにも、昨日はかなり協力していただきました」


住民代表がそう言うと、何人かの住民が小さく頭を下げた。


「今日も……よろしくお願いします」


「お願いします」


昨夜のグループで「怖い」「早く帰ってほしい」と書き込んでいた住民まで、何食わぬ顔で頭を下げている。


柴田たちを恐れている者もいれば、危険だとは思いながらも2501号室を突破するためには必要だと考えている者もいる。誰がやろうと、どんな方法を使おうと、もうどうでもいいから食料が欲しい者もいた。


思惑はそれぞれ違う。


それでも今だけは、全員が同じ方向を向いていた。


2501号室。


「それでは」


住民代表が周囲を見回した。


「昨日の結果を踏まえて、今日はどうするのか。それをまず決めたいと思います」


室内が静かになった。


昨日試した侵入経路は、ほとんど全て失敗した。玄関、ベランダ、隣室、下階、そして最後には屋上まで調べた。


しかも屋上で見たものによって、住民たちは2501号室が自分たちの想像を遥かに超えていることまで知ってしまった。


太陽光パネル、発電機、大型の貯水タンク、融雪設備。そして、頑丈なガラス越しに見えた2501号室内部。


昨夜、マンション全体が停電によって暗闇に沈んでいる中、あの部屋だけには明かりがあった。


だからもう、諦めようという声はほとんど出なかった。


むしろ、何としてでも開ける。


その気持ちは、昨日より強くなっていた。



「三浦」


柴田が突然口を開くと、壁際に座っていた三浦直人が顔を上げた。


「何だよ」


柴田は椅子へ深く座ったまま聞いた。


「結局、どこだ?」


「何が」


「攻めるならだよ」


柴田は指を折りながら、昨日試した場所を挙げていく。


「玄関。ベランダ。隣の壁。下。それに屋上。どこが一番マシだ?」


室内が静かになった。


これは住民たちも知りたいことだった。


三浦はすぐには答えず、昨日見た場所を一つずつ思い返した。


ベランダの窓は特殊な強化ガラス。隣室との壁には金属製の補強があり、床も同じ。屋上に至っては、もはや侵入口と呼べる場所を探すことすら難しい。


しばらく考えたあと、三浦は答えた。


「……強いて言うなら玄関だな」


住民たちが僅かにざわついた。


「玄関?」


「ああ」


柴田が眉を寄せる。


「昨日あれだけやって開かなかっただろ」


「だから『強いて言うなら』だよ」


三浦は少し身を乗り出した。


「室内側はどうにでもできる。壁も床も窓も、金さえ掛けりゃ好きなだけ補強できる。実際あいつはそうしてる」


「屋上も?」


「2501の専用部分なんだろ?」


住民代表が頷いた。


「はい。屋上部分も2501号室に付属する専用部分です」


「だったら同じだ。好きなだけ手を入れられる。でも玄関は違う」


何人かの住民が顔を上げる。


「共用廊下に面してる。建物全体の避難や防災にも関係する場所だ。室内みたいに何でも好き勝手できるわけじゃねえ」


柴田の表情が変わった。


「つまり?」


「他より制限がある」


三浦ははっきりと言った。


「どこも相当きつい。でも、どこか一つ突破しろって言われたら俺なら玄関を選ぶ」


その瞬間、室内の空気が変わった。


昨日までは手当たり次第だった。玄関が駄目なら窓、窓が駄目なら壁、壁が駄目なら床、それでも駄目なら屋上。


だが今、初めて攻める場所が一つに絞られた。



「じゃあ玄関だ」


柴田は即答した。


だが、三浦は首を振った。


「昨日と同じことやっても無理だぞ」


「分かってる」


「ハンマーで叩くだけじゃ駄目だ。あの扉、普通の防犯扉じゃねえ。扉そのものだけじゃなく、枠まで相当強化されてる」


「じゃあどうする」


三浦はテーブルの上にあった紙を引き寄せ、ペンを取った。


「まず、昨日みたいに適当に壊そうとするのをやめる。扉そのものを破るのか、錠を潰すのか、蝶番側を狙うのか、枠ごと外すのか。どこが一番弱いのかを見極めて、そこだけ集中して攻める」


住民たちが自然とテーブルへ近づいた。


「電動工具は?」


「ある」


「昨日持ってきたやつより強いのは?」


柴田が仲間を見ると、一人の男が答えた。


「取りに戻ればある」


「何がある?」


「大型のハンマードリル。それとディスクグラインダー。予備の刃も持って来られる」


三浦が頷く。


「持ってこい。使えるかもしれねえ」


別の住民が手を上げた。


「停電してますけど、電動工具を使う電源はどうするんですか?」


「小型の発電機なら俺らが持ってる」


「マンションの備品にも何かありませんか?」


今度は住民代表へ視線が集まった。


「確認します。管理用の工具もありますし、非常用設備で使えるものがあるかもしれません」


それをきっかけに、一人、また一人と意見を出し始めた。


「工具持ってる人、他にもいるんじゃないですか?」


「建築関係の仕事してる人いませんでした?」


「設備会社に勤めてる人がいたはずです」


「グループで聞いてみましょう」


話が少しずつ具体的になっていく。


昨日までは柴田たちが壊し、住民たちはそれを見ていただけだった。


今は違う。


住民自身が、どうすれば2501号室を突破できるのかを考え始めていた。



「人も必要だな」


柴田が言った。


「交代でやる」


三浦も頷く。


「昨日みたいに数人だけで何時間もやったら、扉より先に人間が潰れる。最初から役割を決めた方がいい」


「だったら人数集めましょう」


住民の一人が言った。


「協力できる人を募れば、もっと来ると思います」


「工具を持ってる人も聞いた方がいい」


誰かが紙へ必要な物を書き始めた。


大型ハンマードリル、ディスクグラインダー、バール、大型ハンマー、発電機、延長コード、照明、予備バッテリー。そして、長時間作業するための交代要員。


それを見ながら、一人の女性が不安そうに口を開いた。


「でも……本当にそこまでします?」


会話が止まった。


「昨日だけでも、かなり壊しましたよね」


女性は周囲を見回した。


「もし玄関まで本当に壊したら、もう……」


その先を言えなかった。


おそらく、もう後戻りできないと言いたかったのだろう。


だが、別の住民が静かに答えた。


「もう後戻りなんてできないでしょう」


女性が振り返る。


男は疲れた顔をしていた。


「共同備蓄、あとどれくらい持つと思ってるんですか?」


「……」


「次の救援がいつ来るかも分からない。電気まで止まった。それに昨日、屋上で見たでしょう」


男はゆっくりと天井を指した。


「あそこには全部ある」


食料、水、電気、暖房、燃料、薬。


実際に全てを確認したわけではない。


それでも住民たちの中では、もう「あるかもしれない」ではなくなっていた。


ある。


絶対にある。


そう信じている。


「だったら、開けるしかないでしょう」


別の住民がそう言うと、誰かが頷き、また一人、さらに一人と続いた。


最初に不安を口にした女性も、もう何も言わなかった。



会議が進む中、一ノ瀬美咲は少し離れた場所からその光景を眺めていた。


昨日まで、自分一人が開けてほしいと頼んでいた扉だった。謝った。何でもすると言った。それでも蓮は開けなかった。


だが今は、数十人の住民がその扉をどうやって破るのか真剣に話し合い、工具を集め、交代要員まで決めようとしている。


一ノ瀬は小さく息を吐くと、隣に座る柴田を見た。


「本当に開く?」


柴田は迷わず答えた。


「開ける」


「でも昨日……」


「昨日は準備してなかっただけだ。今度は違う」


柴田は前方のテーブルを見る。


住民がいる。


工具も集まる。


三浦もいる。


何時間でも続けられる。


柴田は口元を上げた。


「あいつがどんだけ金掛けたか知らねえけど、扉一枚だろ」


一ノ瀬は2501号室のある方向へ目を向け、昨日、自分の目の前で閉ざされたままだった扉を思い出した。


「……そうだよね。ただの扉だもんね」



その頃、2501号室。


マンションの大部分はいまだ停電しているが、蓮の部屋には明かりがついていた。暖炉の炎が静かに揺れ、室内は暖かい。


蓮は朝食を終え、ソファに座って監視カメラの映像を眺めていた。


一階の集会スペースには、昨日より多くの住民が集まっている。


柴田、一ノ瀬、三浦、住民代表。そして昨日までは遠巻きに見ていただけだった住民たちまで、同じテーブルを囲んでいた。


何を話しているのか、ここから全てを知ることはできない。


だが、集まっている人数と、テーブルを囲みながら話し合っている様子を見れば、目的くらいは分かる。


「作戦会議か」


蓮はコーヒーカップを口元へ運んだ。


昨日は玄関、ベランダ、壁、床、屋上と、思いつく場所を片っ端から試して全部失敗した。


それでも諦めなかったらしい。


むしろ昨日より人数が増えている。


蓮は画面の中の住民たちを眺めながら、ゆっくりコーヒーを飲んだ。


「頑張るねえ」


そして監視カメラを切り替える。


玄関。


ベランダ。


屋上。


どこにもまだ人はいない。


嵐の前の静けさ。


そんな言葉が似合う朝だった。


蓮は再び一階の映像へ戻した。


住民たちはまだ話し合っている。


昨日までなら、「柴田たちが勝手にやった」と言い訳することもできただろう。


だが、今日は違う。


住民自身が集まり、住民自身が話し合い、住民自身が協力しようとしている。


もう誰か一人の暴走ではない。


蓮は小さく笑った。


「いいね」


コーヒーを一口飲む。


「ようやく全員、自分の意思で来る気になったか」


ただ、蓮は知らない。


昨夜、自分だけを除外した新しい住民グループが作られたことを。


そこでは自分の部屋を突破する相談だけではなく、柴田たちへの恐怖も、彼らを利用しようという思惑も、住民たちの本音も、少しずつ渦巻き始めている。


蓮が知らないところでも、このマンションは確実に壊れ始めていた。


────────────────


Day 46


電力 ×

ガス △

水道 △

通信 ▲


【今日のメモ】


「同じ敵を作れば、人は仲間になれる。少なくとも、扉が開くまでは。」


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― 新着の感想 ―
頭悪いよねー、こういう場合だと一番良いのは「中から開けさせる」方法なのに。 どこかに必ず空気穴があるから、そこを塞いでしまえば窒息するから自分から出てこざるを得なくなる。 まあこのお話の場合は主人公が…
儚い絆の仲間だな……例え扉を開けても全てはアイテムボックスの中なのに…
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