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氷河期ストレージ ~裏切られて死んだ俺は、30日前に戻り無限収納で世界を生き抜く~  作者: 宵白レン


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第58話 Day45 正面突破

一ノ瀬美咲から電話を受けた柴田剛は、ほとんど迷うことなく動き始めた。


もちろん、一人で向かうつもりなどない。


これまで一緒に食料を探し、必要とあれば他人の部屋へ押し入り、物資を奪うことにも躊躇しなくなった仲間たち五人を呼び集めると、柴田は余計な説明をすることなく言った。


「食料が大量にあるらしい」


それだけで十分だった。


今の彼らにとって、食料以上に分かりやすく、危険を冒してまで動く理由になるものなどほとんどない。しかも一ノ瀬の話によれば、相手は高級マンションの最上階に一人で暮らしており、肉や魚だけでなく酒まであり、部屋には暖炉まで備えられているうえ、本人が「当分困らない」と口にするほどの備蓄を抱えているという。


男たちの目の色が変わるのも当然だった。


「本当にそんなにあるのか?」


仲間の一人が聞くと、柴田は車へ工具を積み込みながら答えた。


「美咲が写真見たってよ」


「写真?」


「ステーキだの刺身だの食ってやがるらしい」


「マジかよ」


「ああ。しかも一人だ」


その一言を聞いた瞬間、男たちの間に笑いが起きた。


相手は、たった一人。それだけ聞けば、これまで自分たちが襲ってきた部屋と大した違いはない。むしろ、本当に大量の物資を抱えているのであれば、今までで一番の当たりと考える方が自然だった。


彼らはまだ知らなかった。


これから向かう2501号室が、今まで自分たちが力ずくでこじ開けてきた部屋とは、まったく別物だということを。



地下駐車場では、仲間が所有している大型の四輪駆動車へ、使えそうな道具が次々と積み込まれていった。


大型ハンマー、長いバール、金属製のてこ、ボルトクリッパー、電動ドリルに各種電動工具、ロープ、工具箱。それだけでは足りないと考えたのか、使えるかどうかも分からないまま誰かが持ち出してきたチェーンソーまで荷台へ放り込まれる。


これらは寒波が始まった頃から計画的に用意していたものではない。一軒、また一軒と他人の家へ入り、そのたびに使えそうなものを持ち帰っているうちに、いつの間にかこれだけの道具が揃っていた。


工具を多く持っていた家庭、工事関係の仕事をしていた人間の部屋、管理室、マンション近くの店。強奪することが日常になれば、それに使える道具も自然と増えていく。


そんな男たちの中に、一人だけ他の者とは明らかに違う工具ケースを持つ男がいた。


三浦直人、三十八歳。


寒波以前は、鍵の解錠や交換、防犯設備の施工を仕事にしていた男だった。住宅の玄関や店舗のシャッター、自動ドア、防犯錠などを扱っており、何でも開けられる専門家というほど万能ではないものの、普通の人間より鍵や扉の構造について遥かに詳しい。


そして今では、その知識と技術を使う目的も大きく変わっていた。


三浦は使い慣れた工具ケースを車へ載せると、何も言わず助手席側へ回った。



四十分ほどして、柴田たちを乗せた車が蓮のマンション近くへ到着した。


主要道路までは辛うじて除雪されていたものの、建物へ近づくほど雪は深くなり、車を停めた場所からマンションまでは足を取られながら歩かなければならなかった。


男たちは車を降りると、それぞれ工具を分担して持った。


「ここか」


柴田がマンションを見上げる。


雪の向こうに伸びる建物の高層部分は白く霞み、最上階など地上からではほとんど見えない。


「二十五階だってよ」


「最上階?」


「金持ちかよ」


仲間の一人が笑ったが、柴田は何も答えず、そのままエントランスへ向かった。


中ではすでに、一ノ瀬と数人の住民が待っていた。


一ノ瀬は柴田の姿を見つけた瞬間、それまでの不安そうな表情を変え、駆け寄るように声を上げた。


「剛!」


柴田は一ノ瀬の前まで来ると、開口一番に言った。


「お前、勝手に車持って行きやがって」


「ごめん……」


「あとで話す」


声は荒かったが、その視線はすぐに別の場所へ向いた。


「そいつは?」


「二十五階。まだ部屋の中」


一ノ瀬が声を落として答える。


その後ろから、三浦たちも工具を持ってエントランスへ入ってきた。


大型ハンマーやバールまで抱えた男たちを見て、待っていた住民の一人が僅かに顔を引きつらせる。


「……そんなに持ってきたんですか?」


柴田がその男を見る。


「何か問題あるか?」


「いや……」


住民はそれ以上何も言えなかった。


数日前、自分たちも2501号室の前へ集まり、何度も扉を叩いた。工具を持ってきた者もいれば、最後には消火器を叩きつけた者までいた。


そう考えれば、今さら柴田たちに向かって「人の家を壊すのはやめろ」と言える立場ではなかった。



エレベーターで二十五階へ上がることになったが、一度では全員が乗り切れず、何回かに分かれることになった。


柴田、一ノ瀬、三浦、柴田の仲間たちに加え、マンション住民も次々と上へ向かう。さらにグループチャットを見て様子を確認しに来た住民まで加わり、気づけば二十五階の廊下にはかなりの人数が集まっていた。


その中心にあるのが、2501号室だった。


柴田は玄関の前へ立つと、まず扉の状態を確認した。


表面には以前住民たちが付けた傷が残っている。小さな凹みや塗装の剥がれもあるが、それだけで、扉そのものは今も完全に閉じたままだった。


「これか」


一ノ瀬が頷く。


「うん」


柴田は拳で扉を二度叩いた。


ドン、ドン。


「おい」


返事はない。


「神崎」


それでも何も返ってこなかったため、柴田は今度は少し強く扉を叩いた。


「開けろ」


廊下には沈黙だけが残った。


その様子を見ていた住民の一人が、少し離れたところから言った。


「多分、開けませんよ」


柴田が振り返る。


「前にも大勢で来ました。話し合おうとしても断られて……最後は何人かで扉を叩きました」


「何使った?」


「工具とか、消火器とか」


柴田はもう一度玄関扉を見た。


「それでこれだけ?」


住民が少し顔をしかめる。


「かなり頑丈なんです」


柴田は鼻で笑った。


「だから帰ったのか?」


「……」


「随分お行儀いいんだな」


その言葉に何人かの住民の表情が変わったが、反論する者はいなかった。


柴田は後ろへ顔を向けた。


「三浦」


「はいよ」


黒い工具ケースを手にした三浦が、住民たちの間を抜けて前へ出た。



三浦は玄関扉の前へしゃがみ込み、しばらく何も言わずに構造を確認し始めた。


鍵穴、ドアノブ、扉を囲む枠、蝶番、扉と枠の僅かな隙間を順番に目で追い、時折指先で触れて感触を確かめる。工具を一つ取り出して試したかと思えば、すぐに別のものへ持ち替え、扉の上部や下部まで確かめていった。


後ろで見ていた仲間の一人が痺れを切らした。


「どうなんだよ」


「黙ってろ」


三浦は扉から目を離さないまま短く返した。


それから数分が経った頃、一ノ瀬も我慢できなくなったのか、苛立ちを隠さず聞いた。


「開けられるんでしょ?」


それでも三浦はすぐには答えず、扉の上部や下部、枠の周辺まで一通り確認してから、ようやく小さく息を吐いた。


「……面倒だな」


柴田が笑う。


「お前がそんなこと言うの珍しいな」


「面倒っていうか……」


三浦は立ち上がり、もう一度扉全体を見た。


「普通に開けるのは無理だ」


一ノ瀬が顔をしかめた。


「え?」


柴田も眉を寄せる。


「何だよ。お前鍵屋だろ」


「鍵屋だから言ってんだよ」


三浦は指先で扉を示した。


「これ、鍵だけの問題じゃねえ」


「どういうことだ?」


三浦は扉の表面を軽く叩いた。


コン、と返ってきたのは、普通の住宅扉とは明らかに違う鈍く重い音だった。


「扉自体がかなり特殊だ。厚みも普通じゃねえし、枠まで補強されてる」


その言葉を聞いた住民たちが小さくざわついた。


「前から変だと思ってたんです」


「蹴っても全然動かなかった」


「普通の玄関と音が違うんですよ」


三浦は住民たちの声を聞き流しながら、再び鍵周辺へ目を向けた。


「錠前も防犯性の高いタイプだな。下手に弄ったところで開かねえ」


柴田が聞く。


「時間掛ければ?」


三浦はすぐに首を振った。


「俺には無理」


「は?」


「少なくとも、ここにある道具で普通に解錠するのは無理だ」


三浦は扉から少し離れ、全体を見上げるようにしてから、小さく呟いた。


「こんなドア……普通の家に付けるもんじゃねえぞ」


その一言で、それまでざわついていた住民たちが静かになった。


頑丈な扉だとは以前から思っていた。


だが、鍵や防犯設備を仕事にしていた人間から見ても普通ではないと言われれば、意味が違ってくる。


「じゃあ何なんですか?」


住民の一人が聞いた。


三浦は少し考えてから答える。


「防犯扉って言えば防犯扉だけどな。ここまでやるなら、家を守るっていうより……最初から誰かに侵入されることを前提にして作ってる」


誰かが一ノ瀬を見る。


それから、もう一度2501号室の扉へ視線を戻した。


寒波が来る前、神崎蓮はこの部屋を大規模に改装していた。


水まで準備していた。


寒波が始まって四十五日が経った今も、食料に困っている様子はない。


そして、この扉。


「……あいつ、本当に何を準備してたんだ?」


誰かが小さく呟いたが、答えられる者はいなかった。



柴田だけは、それほど驚いた様子を見せなかった。


扉へ近づき、三浦へ確認する。


「開けられねえんだな?」


三浦が頷く。


「鍵はな」


「じゃあ」


柴田は後ろへ手を伸ばした。


「ハンマー」


仲間の男が大型ハンマーを手渡す。


三浦が眉を寄せた。


「おい」


柴田は両手で柄を握りながら振り返る。


「何だ」


「だから、普通の扉じゃねえって言ったろ」


「聞いた」


「だったら――」


「開かねえなら、壊せばいいだろ」


三浦はそれ以上何も言わなかった。


その時、見ていた住民の一人が思わず声を上げた。


「待ってください」


柴田が振り返る。


「何だ?」


「本当にそこまでやるんですか?」


「何しに集まったんだ、お前ら」


「でも……」


男は2501号室を見る。


「完全に壊すってなると……」


柴田が笑った。


「警察でも呼ぶか?」


「……」


「来るなら呼んでみろよ」


誰も答えることができなかった。


柴田の顔から、やがて笑みが消えた。


「俺らのところじゃ、こんなの毎日だ。食料持ってる奴がいて、こっちは腹減ってる」


柴田は大型ハンマーを持ち直した。


「だったら取る」


あまりにも単純な理屈だった。


だが、今の世界にはそれを口にするだけでなく、本当に実行する人間がすでにいる。


柴田は大型ハンマーを大きく振りかぶった。


「退け」


周囲の住民たちが反射的に距離を取る。


次の瞬間。


ドゴォンッ!!


凄まじい衝撃音が二十五階の廊下全体へ響き、近くにいた女性住民が思わず肩をすくめた。


柴田は一歩下がり、玄関扉を見る。


新しい傷が一つ増えている。


ただ、それだけだった。


柴田はすぐにもう一度振りかぶった。


ドゴォンッ!!


今度は少し位置を変え、さらに続ける。


ドゴォンッ!!


ドゴォンッ!!


重い衝撃音が何度も二十五階へ響き、そのたびに扉の表面から塗装が剥がれ、小さな凹みが増えていく。


それでも扉は開かず、周囲を囲う枠もほとんど動いていなかった。


「クソ」


柴田は肩で息をしながら大型ハンマーを仲間へ渡した。


「代われ」


次は別の男が振り下ろす。


ドゴォンッ!!


さらに別の男へ交代する。


ドゴォンッ!!


一ノ瀬は少し離れた場所から、その様子をじっと見ていた。


これなら開く。


そう思っていた。


柴田たちは今まで何度も他人の部屋へ押し入り、扉を壊すことなど珍しいことではなくなっている。人数も道具も、数日前にここへ集まった住民たちとは比べものにならない。


だが、十分が過ぎ、二十分が過ぎても状況は変わらなかった。


2501号室の扉には傷が増え、いくつもの凹みができている。


それでも、開かなかった。



「バール入らねえのか?」


「隙間がほとんどねえ」


「枠ごとやれ」


「無理だ、ここ」


「ドリルは?」


次々と意見が飛び、今度は電動工具が持ち出された。


甲高いモーター音に金属を削る音が重なり、時折小さな火花まで散る。


住民たちは、もう誰も止めようとはしなかった。


むしろ、黙って見ている。


一ノ瀬が晒した写真が、頭から離れなかった。


ステーキ、すき焼き、刺身、巨大なタラバガニ、ワイン、日本酒、そして暖炉。


そのすべてが、この扉の向こうにある。


そう思えば、目の前で他人の家が破壊されていても、止めたいという気持ちより先に別の感情が湧き上がってくる。


早く開け。


もっとやれ。


早く、この扉を壊せ。


誰も口には出さなかったが、住民たちの表情には同じ思いが浮かび始めていた。



やがて一人の男が、車から持ってきたチェーンソーを床へ置いた。


「これ使うか?」


三浦が振り返る。


「は?」


「切ればいいだろ」


「馬鹿か。木じゃねえぞ」


「やってみなきゃ分かんねえだろ」


柴田も迷うことなく言った。


「やれ」


三浦が露骨に顔をしかめる。


「危ねえぞ」


だが、誰も聞かなかった。


エンジンが掛かる。


ブォォォォン!


それまで以上の騒音が一気に廊下へ広がり、住民たちは慌ててさらに後ろへ下がった。


男が両手でチェーンソーを構え、扉へ刃を近づける。


「いくぞ!」


刃が金属へ触れた瞬間、激しい音とともにチェーンソーが大きく弾かれた。


「うおっ!」


男は慌てて身体を引き、跳ねたチェーンソーをどうにか押さえ込む。


三浦が怒鳴った。


「だから言っただろ!」


「クソ!」


「そんなもんで切る扉じゃねえ!」


男は舌打ちしながらエンジンを止めた。


少し離れて見ていた一ノ瀬の顔からも、徐々に余裕が消え始めていた。


「……なんで?」


柴田も、今度は笑っていなかった。


傷だらけになった玄関扉を睨みながら、低い声で呟く。


「何なんだよ、このドア」


三浦は答えなかった。


専門的な知識があるからこそ、何が問題なのかは分かっている。これは鍵だけの問題でもなければ、表面を覆う鋼板だけの問題でもない。


扉そのものと、それを支える周囲の構造まで含めて異常なのだ。



2501号室。


蓮は監視カメラの映像をテレビへ映し、ソファに座ったまま二十五階の様子を眺めていた。


画面に映っているのは二十数人。騒ぎを聞きつけて様子を見に来た者まで加わり、今ではさらに人数が増えている。


大型ハンマーにバール、電動工具、そしてついにはチェーンソーまで持ち出されており、以前住民たちだけで玄関を叩いていた時とは明らかに規模が違っていた。


「随分、本格的になったな」


蓮はコーヒーを一口飲んだ。


画面では三浦が再び玄関扉の周囲を調べている。


蓮はその男を知らない。


ただ、道具の扱い方や扉を見る動きを眺めていれば、少なくとも多少の知識を持っていることくらいは分かった。


そして、その男が何度確認しても首を横に振っている。


「まあ……きついな」


蓮はそう呟き、カップをテーブルへ戻した。


そのために金を掛けた。


時間も掛けた。


寒波が来る前、他人から見れば異常としか思えないほど徹底的に準備した。


今、ようやくその意味が表に出始めていた。



二十五階の廊下では、柴田が壁へ背を預けながら水を飲んでいた。


額には汗が浮かび、何度も大型ハンマーを振り下ろした腕には重い疲労が残っている。


目の前の玄関扉は傷だらけだった。塗装も剥がれ、大小いくつもの凹みができている。


それでも、まだ閉じている。


柴田はしばらく扉を睨んだあと、三浦へ声を掛けた。


「三浦」


「何だ」


「本当に無理か?」


三浦は少し間を置いてから答えた。


「正面はな」


その言葉を聞いた瞬間、柴田の視線が止まった。


「……正面は?」


三浦も、自分が口にした言葉の意味に気づいたらしい。


柴田はゆっくり顔を上げ、2501号室の玄関扉から、その横へと視線を移していく。


そして廊下の先を見ると、近くにいた住民の一人へ声を掛けた。


「なあ」


「……はい?」


「2501って角部屋か?」


住民が一瞬意味を理解できず、柴田を見る。


「え?」


「隣あるのかって聞いてんだよ」


「あ……あります」


その答えを聞いた瞬間、柴田の口元が僅かに上がった。


「そうか」


一ノ瀬が怪訝そうに聞く。


「何?」


柴田は大型ハンマーを床へ置き、もう一度2501号室の玄関扉を見る。


「別に」


少し笑った。


「玄関から入らなきゃいけねえ決まりなんかねえだろ」


その言葉を聞いた住民たちの表情が変わった。


三浦も眉を寄せる。


柴田はそのまま隣の部屋へ視線を向けた。


「まずベランダ見せろ」


その一言だけで、次に柴田たちが何をしようとしているのか、そこにいた全員が理解した。


────────────────


Day 45


電力 △

ガス △

水道 △

通信 ▲


【今日のメモ】


「悪党の方が発想は柔らかい。」


────────────────

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― 新着の感想 ―
外気温-30℃下回ってるんでしたっけ。 ベランダって外の吹きさらしだし、日本にあるレベルの防寒具じゃ野外作業したら凍傷で指全部落ちるねw
隣りからならいける…と思うじゃん?
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