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氷河期ストレージ ~裏切られて死んだ俺は、30日前に戻り無限収納で世界を生き抜く~  作者: 宵白レン


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第49話 Day 38 2501号室

朝。


昨日まで住民グループを騒がせていた見知らぬ女の話題は、すでにほとんど流れていた。


今の世界では、一つの出来事にいつまでも構っていられるほど、人々には余裕がない。


まして、自分たちの食料が減っているとなれば、なおさらだった。


午前八時を少し過ぎた頃、住民グループに代表から一件の投稿が入った。


『現在の救援物資および共同備蓄の残量を再確認しました。想定より消費が早く、このまま現在の配給量を維持することは困難です。本日から一世帯あたりの配給量を減らします。』


その知らせだけなら、住民たちもある程度は予想していた。


四日前に救援物資が届いたとはいえ、このマンションには多くの人間が暮らしている。以前の家宅調査で集めた共同備蓄も残っているが、それにも限りがある。


問題は、その後に続いた一文だった。


『なお、現時点で次回の救援物資について、到着予定の連絡はありません。』


それまで別の話をしていたグループから、雑談が消えた。


『到着予定がないってどういうことですか?』


『次も来るんですよね?』


『今ある食料はあと何日分ですか?』


『配給を減らすって、どれくらい減らすんですか?』


『子供がいる家庭まで同じように減らされるんですか?』


次々と質問が飛ぶ。


住民代表も説明を続けたが、次回の救援物資については答えようがなかった。自治体から連絡がない以上、明日来るとも、一週間後に来るとも言えない。


四日前。


トラックが到着した時には、あれほど喜んでいた。


これで助かった。


国も自治体も、まだ自分たちを見捨てていない。


次もきっと来る。


そんな安心感は、たった四日で消えようとしていた。


そして、食料が減ると、人間は自分の持っている物より先に、他人の持っている物を気にし始める。


『そういえば、前の家宅調査を拒否した家庭って、その後どうなってるんですか?』


一人の住民が書き込んだ。


少し間が空いてから、住民代表が答えた。


『当初、調査への協力を拒否されたご家庭は複数ありました。その後、備蓄が減ったことで共同管理への参加を希望されたご家庭や、救援物資の配給を受けるようになったご家庭もあります。』


『じゃあ、今も拒否してる家は?』


再び少し間が空く。


『現在も共同備蓄、配給、救援物資のいずれにも参加していないのは2501号室です。』


その部屋番号を見た瞬間、何人もの住民が同じ男を思い浮かべた。


神崎蓮。


『神崎さん?』


『まだ配給受けてないんですか?』


『救援物資も?』


『はい。前回の救援物資についても受け取りはありません。』


そこで、別の住民が書き込んだ。


『ちょっと待ってください。それ、おかしくないですか?』


『何がですか?』


『もうかなり経ってますよね?』


その一言から、グループの空気が変わり始めた。



蓮が住民代表たちから直接協力を求められたのは、七日前だった。


その時も、蓮は断った。


それ以降、住民たちの蓮に対する態度は明らかに悪化している。


共同備蓄からの配給は当然なし。


救援物資もなし。


マンション内で行われる住民同士の物資交換からも、事実上締め出されていた。


さらに、水道が使えなくなっている上層階の住民たちは、まだ水が出る下層階まで降りて水を確保していたが、蓮にはそれすら認めないという話になっている。


自分勝手な人間に、マンション全体で確保している物資を使わせる必要はない。


困れば、そのうち頭を下げる。


住民たちはそう思っていた。


だが、七日経った。


蓮は一度も頭を下げなかった。


それどころか、何も求めてこなかった。


『そういえば神崎さん、下の階に水を汲みに来たことあります?』


『私は見たことないです。』


『私もない。』


『制限されてるんだから来ないだけじゃないですか?』


『だから、それがおかしいんですよ。』


一人の住民が指摘した。


『食料ならまだ分かります。一ヶ月分とか二ヶ月分とか買ってた可能性もある。でも水は?』


グループの流れが止まった。


『上の階、もう水出ませんよね?』


『ほとんど出ません。』


『じゃあ神崎さん、どうしてるんですか?』


誰も答えられなかった。


人間は水なしでは生きられない。


まして七日間ともなれば、飲むだけではなく生活にも必要になる。最低限、身体を清潔にするにも使う。


それなのに、蓮は水を求めてこない。


一度も。


『……部屋から出てるところ自体、見なくないですか?』


『確かに。』


『救援物資も受け取ったとこ見たことないです。』


『一回も?』


『じゃあ、ずっと2501号室の中にいるってこと?』


その時だった。


管理人から一件の投稿が入った。


『そういえば。』


続けて、


『寒波が来る少し前、2501号室の工事で大きなタンクみたいなものを運んでた記憶があります。』


グループが一瞬止まった。


『タンク?』


『何のタンクですか?』


『そこまでは知りません。工事の申請はちゃんと出てたから、搬入したのは覚えてます。貯水タンクみたいなものに見えたけど、かなり大きかったと思います。』


すぐに返信が付いた。


『それ、水を貯めるための物じゃないですか?』


『屋上だと凍るから部屋の中にタンクを置いてる?』


『だから水を汲みに来ないってこと?』


『ちょっと待ってください。』


『それを設置したのって、寒波が来る前ですよね?』


管理人が答えた。


『そうです。2501号室は寒波の前に結構大掛かりな改装をしてました。』


『どんな工事ですか?』


『全部は知りません。ただ防犯とか断熱とか、設備関係とか、何回か業者が出入りしてたのは覚えてます。』


さらに、別の住民が書き込む。


『あの玄関扉も?』


一週間前。


交渉へ行った住民の一人が、帰り際に苛立って2501号室の扉を蹴った。


その時、初めて気付いた。


普通の玄関扉とは違う。


音も、感触も、何より強度も。


あまりにも重く、頑丈だった。


『あれも改装したんじゃないですか?』


『普通の防犯対策で、あんな扉つけます?』


『タンクまで入れて?』


それまで点だったものが、少しずつ線になり始めていた。


寒波が来る前の大掛かりな改装。


異常に頑丈な扉。


大きなタンクのような設備。


一ヶ月以上、物資に困っていない生活。


水を制限されても何も言わず、今では部屋から出ることすらほとんどない。


一人が書き込んだ。


『……もしかして神崎さん、最初から部屋から出なくても生活できるようにしてたんじゃないですか?』


誰もすぐには答えなかった。


だが、その考えは一度生まれると止まらなかった。


『水だけじゃないですよね?』


『え?』


『だって、水をそこまで準備してた人ですよ。』


続けて、


『食料を準備してないわけないでしょう。』


今度はすぐに反応が付いた。


『確かに。』


『一ヶ月以上生活してるんだから、食料は絶対ありますよね。』


『しかもまだ困ってない。』


『どれくらい持ってるんですか?』


もちろん、誰も知らない。


それでも想像だけは膨らんでいく。


『食料だけじゃないんじゃない?』


『水と食料をそこまで準備する人なら、他の物も用意してるでしょう。』


『カセットボンベとか?』


『ティッシュとかトイレットペーパーとか、生活用品もありそう。』


『乾電池とかも買ってそうですね。』


そして、一件の書き込み。


『……薬も持ってるんじゃないですか?』


グループの流れが、また止まった。



薬。


今では食料とは別の意味で、貴重なものになっていた。


一ヶ月以上、まともに外へ出られない生活が続いている。


暖房も以前のようには使えず、食事も偏る。運動不足にストレス、そして寒さまで重なり、マンション内ではすでに体調を崩す者が増えていた。


熱を出す子供。


咳が止まらない老人。


腹を壊した者。


階段で転び、足を怪我した者もいる。


だが、病院どころか薬局へ買いに行くことさえできない。


救援物資に多少の医薬品が含まれることはあっても、全員に十分行き渡るほどではなかった。


『うちの子、昨日から熱出してます。解熱剤もあと少ししかありません。』


一人の母親が書き込んだ。


続けて、別の住民。


『うちも風邪薬はもうないです。』


『消毒液も残り少ない。』


『包帯とかガーゼも持ってるんじゃないですか?』


『あれだけ準備してたなら救急用品くらい用意してそう。』


その時、一人だけ冷静な書き込みが入った。


『でも、神崎さんが薬を持ってるなんて誰も確認してないですよね?』


正論だった。


誰も蓮の部屋を見ていない。


食料がどれだけあるのかも、水がどれだけあるのかも、薬があるのかも知らない。


だが、返ってきた言葉は別の意味で説得力を持っていた。


『水まで準備してた人ですよ?』


『一ヶ月以上食料にも困ってないんですよ?』


『寒波が来る前から大規模な工事までしてる。』


『それで薬だけ何も用意してませんって方が不自然じゃないですか?』


さらに、先ほどの母親。


『もし持ってるなら、せめて子供の分だけでも分けてもらえないんでしょうか。』


その言葉には多くのリアクションが付いた。


『そうですよね。』


『食料はともかく、薬は命に関わりますから。』


『高齢者もいるんです。』


『一人で大量に持ってるなら、必要な人に少しくらい分けてもいいでしょう。』


誰も蓮が薬を持っていることなど確認していない。


それなのに、いつの間にか話は、


「持っているかもしれない」


から、


「持っているはず」


へ。


そして、


「持っているなら分けるべきだ」


へと変わっていた。



2501号室。


蓮は昼食を食べながら、住民グループを眺めていた。


今日の昼食は、とんかつに白米、味噌汁、卵焼き、それにほうれん草のおひたし。


豪華ではない。


ただ、今の世界ではそれだけでも十分すぎる食事だった。


蓮は味噌汁を一口飲み、画面をスクロールする。


水。


食料。


日用品。


そして、薬。


住民たちは次々と2501号室の中身を想像している。


『薬まで独占してるならさすがにどうかと思います。』


その投稿を見て、蓮の箸が止まった。


「……俺が薬持ってることまで決定事項になったのか」


呆れたように呟く。


もちろん、持っている。


風邪薬。


解熱鎮痛剤。


胃腸薬。


消毒液。


包帯。


ガーゼ。


その他、大型倉庫にあった医療用品は全部回収していた。


だが、住民たちはそれを知らない。


知らないのに、すでに蓮が持っていることになっている。


「まあ、持ってるけどな」


蓮はとんかつを一切れ摘まみ、口へ運んだ。



午後になる頃には、話はさらに変わっていた。


最初は救援物資が足りない。


それだけだった。


そこから、神崎は水をどうしている。


寒波前にタンクらしき物を設置していた。


なら、食料もある。


生活用品もある。


薬もあるはず。


いつの間にか2501号室は、住民たちの頭の中で何でも揃っている場所へ変わり始めていた。


そして人間は、他人が自分より恵まれていると知った時、必ずしも「羨ましい」だけでは終わらない。


『もし本当にそれだけ持ってるなら、マンション全体で使うべきじゃないですか?』


一件。


『私もそう思います。』


二件。


『この状況で一人だけ抱え込むのは違うと思う。』


三件。


『私たちは自分の備蓄を出したんですよ。』


『そうですよ。調査に協力した家庭はみんな出してます。』


『神崎さんだけ何も出してない。』


『水もある。食料もある。薬まであるかもしれない。それを一人で使うんですか?』


そして、あの母親がもう一度書き込んだ。


『うちの子が熱を出しています。』


続けて、


『もし解熱剤を持っているなら、本当に少しでいいので分けてほしいです。』


しばらく誰も書き込まなかった。


やがて、別の住民が蓮へ直接呼びかける。


『神崎さん、このグループ見てますよね?』


既読者数は増えている。


当然、蓮も見ていた。


だが、返信はない。


『見てるなら返事くらいしてください。』


『子供が苦しんでるんですよ?』


『薬あるんですよね?』


『無視ですか?』


蓮は画面を眺めていた。


返事をするつもりはなかった。


そもそも、薬があるなど一言も言っていない。


勝手に想像し、勝手に持っていることにして、勝手に分けろと言っている。


そして断ってすらいないのに、すでに悪者になっていた。


蓮はスマートフォンをテーブルへ置いた。


「好きに言ってろ」



夜。


住民グループには、朝とはまるで違う空気が流れていた。


『もう一度、神崎さんに協力を求めるべきです。』


『一週間前にも断られてますよ。』


『じゃあまた断られるだけじゃないですか?』


『でも今は状況が違う。』


『子供まで体調崩してるんですよ。』


『全員が困ってるんです。』


『お願いして駄目ならどうするんですか?』


そこで、流れが止まった。


七日前なら、誰かが「仕方ない」と言ったかもしれない。


個人の物だから無理やり奪うことはできない。


そう言う人間もいた。


今日は違った。


一件の投稿。


『そもそも、まだお願いする段階なんですか?』


その言葉に、次々とリアクションが付く。


そして、別の住民。


『中に何があるのか、一度ちゃんと確認するべきだと思います。』


『賛成です。』


『これだけ疑わしいのに確認すらできないのはおかしい。』


『もし本当に大量にあるなら、共同管理に回すべきです。』


『命がかかってるんですよ。』


一人、また一人と賛同する者が増えていく。


もちろん、反対する者もいた。


『待ってください。それって家宅捜索と何が違うんですか?』


『本人が拒否してるのに勝手に入るのは駄目でしょう。』


だが、以前よりその声は明らかに小さかった。


そして最後に、一件の投稿が入った。


『明日、みんなで2501号室に行きませんか?』


数秒。


誰も書き込まなかった。


そして、一つ。


リアクション。


二つ。


五つ。


十。


さらに増えていく。


蓮はソファに座りながら、その数字を眺めていた。


七日前。


彼らは、


「協力してください」


そう言っていた。


今日は、


「中を確認するべきだ」


そして明日は、皆で来るらしい。


蓮は小さく笑った。


「随分と早かったな」


住民たちはまだ、自分たちが何をしようとしているのか分かっていない。


あるいは、分かっていて別の名前を付けているだけなのかもしれない。


助け合い。


公平。


共同管理。


人命優先。


呼び方など、何でもいい。


他人の家に入り、他人の物を持ち出す。


蓮にとって、それを表す言葉は一つしかなかった。


「強盗だろ」


────────────────


Day 38


電力 △

ガス △

水道 △

通信 ▲


【今日のメモ】


「欲しいものがある時、人は奪う理由を先に正義へ変える。」


────────────────

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