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氷河期ストレージ ~裏切られて死んだ俺は、30日前に戻り無限収納で世界を生き抜く~  作者: 宵白レン


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第45話 Day 31 開かない扉

寒波が始まってから、一ヶ月と一日。


昨日の夜から、住民グループではほとんど同じ話題しか流れていなかった。


神崎蓮。


家宅調査を拒否し、一度も共同配給を受け取っていない男。一ヶ月もの間、誰にも助けを求めることなく生活を続け、昨日、共同備蓄が残り四日程度しかないと発表されたにもかかわらず、改めて求められた備蓄確認を即座に拒否した男。


昨日までは「自分勝手な住民」という程度だった。


だが一晩経った今、住民たちの中で蓮に対する見方は明らかに変わっていた。


『やっぱり相当持ってるんじゃないですか?』

『普通に考えてここまで危機感がないのはおかしいですよね。』

『水も取りに来てるところ見たことないんだけど。』

『そういえばそうですね。』

『寒波前に部屋の工事してたのも気になります。』


誰も蓮の部屋を見たことはなく、どれだけの食料を持っているのかも知らない。


それでも、一度生まれた疑念は人から人へ渡るたびに少しずつ形を変え、いつの間にか「かなりの量を隠しているんじゃないか」という噂へ変わり始めていた。


午前九時過ぎ。


住民代表から一件のメッセージが届いた。


『神崎さん。昨日の件について、直接お話ししたいと思います。午前十時頃に伺います。』


蓮はメッセージを確認すると、少し考えてから返信した。


『話だけなら聞きます。』


それだけだった。



午前十時。


インターホンが鳴った。


蓮はリビングのモニターへ目を向ける。


玄関前に立っていたのは六人だった。住民代表が三人、その後ろには見回りを担当している男が二人と、以前からグループチャットで蓮への不満を繰り返していた中年の男が一人いる。


「六人か」


蓮は小さく呟いた。


話をするだけなら、代表一人か二人で十分だろう。それを六人で来たということは、まだ襲うつもりまではなくても、人数そのものを圧力として使う意図くらいはあるはずだった。


蓮は玄関へ向かわず、ソファに座ったままインターホンの通話ボタンを押した。


「何?」


『神崎さん。住民代表です。昨日お話しした件で来ました。』


「聞いてるよ」


扉は開けない。


当然だった。


水が盗まれ、食料を巡って住民同士が争い、すでにマンション内では死者まで出ている。そんな状況で六人の人間を前にして、わざわざ自分から玄関を開ける理由などなかった。


インターホン越しに、代表の声が続く。


『できれば直接お話ししたいのですが。』


「今話してるだろ」


『……分かりました。』


僅かな間のあと、代表が本題へ入った。


『昨日もお伝えしましたが、共同備蓄がかなり厳しい状況になっています。現在の配給量でも、あと四日程度しか持ちません。今日からさらに配給量を減らすことも検討しています。』


「昨日聞いた」


『はい。それで……やはり、もう一度お願いできないかと思いまして。』


代表は、できるだけ穏やかな声を保ったまま続けた。


『神崎さんの備蓄を確認させていただけませんか?』


「断る」


返事は早かった。


廊下側で僅かに人が動く気配がした。


『せめて最後まで聞いてください。私たちも、神崎さんの食料を全部出してほしいと言っているわけではありません。どれくらいお持ちなのか確認した上で、余裕があるようなら一部だけでも共同備蓄に回していただきたいんです。』


「余裕があるかどうかは誰が決める?」


『それは……実際の量を確認してから、皆さんと相談して――』


「結局、そっちが決めるってことだろ」


代表が言葉に詰まった。


その時、後ろにいた男の声が割り込んできた。


『だから今は、そういうこと言ってる場合じゃねえだろ!』


蓮はモニターを見る。


さっきから苛立った表情をしていた中年の男だった。


『こっちは昨日から飯まで減らされてんだよ。子供がいる家だってある。年寄りだっている。それなのに、お前は一ヶ月ずっと配給も受けずに平気な顔してるだろ!』


「それが?」


『それがって……だったら持ってるんだろ? 食い物!』


「さあな」


『ふざけんなよ!』


代表が慌てて男を止める声が聞こえた。


『やめてください。今日は話し合いです。』


『話し合いも何も、こいつ最初から聞く気ねえじゃねえか!』


蓮は淡々と答えた。


「聞いてるぞ」


『だったら協力しろよ!』


「嫌だ」


また即答だった。


男の表情が、モニター越しでも分かるほど険しくなる。


『共同備蓄がなくなるんだぞ!』


「俺が使ったのか?」


男の口が止まった。


蓮は続ける。


「配給も受け取ってない。救援物資も要求してない。食料も水ももらってない。調査を拒否する代わりに支援対象から外す。それを決めたのはそっちだろ」


『状況が変わったんだよ!』


「それは昨日も聞いた」


『だから――』


「状況が変わるたびに、お前らが決めたルールを変えるのか?」


今度は、誰もすぐには答えなかった。


しばらくして、代表の男が口を開いた。


『神崎さんのおっしゃっていることは分かります。確かに以前決めた条件を神崎さんは守っていますし、その後、共同備蓄から支援も受けていません。』


『おい。』


後ろの男が不満そうに声を上げたが、代表はそれを無視して続けた。


『ただ、本当に状況が変わったんです。食料がなくなれば、次に何が起きるか分かりません。私たちだって、できれば誰かの物を強制的に出させるようなことはしたくありません。だから今、こうしてお願いしています。』


蓮は数秒だけ黙ったあと、静かに答えた。


「なら、答えは同じだ」


『……』


「断る」


インターホンの向こうが静かになった。


やがて、代表が小さく息を吐いた。


『……分かりました。』


『分かりましたって、帰るのかよ!』


『今日はお願いに来たんです。』


『こいつ何も出す気ねえぞ!』


『だからといって、無理やり部屋へ入るわけにはいきません。帰りましょう。』


蓮はそれ以上何も言わず、通話を切った。



六人はしばらく玄関前に残っていた。


監視モニター越しに、蓮はその様子を眺めていた。代表の三人は小声で何かを話し、見回りの男たちは不満そうな顔をしている。


そして、さっきから怒鳴っていた中年の男だけは、最後まで蓮の玄関を睨んでいた。


「クソが」


男が吐き捨てる。


代表の一人が階段の方へ歩き始めた。


「もう行きましょう」


他の者たちもそれに続いたが、中年の男だけはその場から動かなかった。


「こっちは食う物なくなるって言ってんだぞ……」


蓮の扉を睨みながら、低く呟く。


「一人で何隠してやがる」


そして帰り際、苛立ちをぶつけるように思い切り足を振り上げた。


ドンッ!


重い音が廊下へ響いた。


「おい!」


代表が振り返る。


「何してるんですか!」


だが、蹴った本人は返事をしなかった。


自分が蹴った扉を、妙な表情で見つめている。


「……何だ、これ」


男が眉を寄せた。


もう一度蹴る必要はなかった。一度で、普通の玄関扉とは感触が違うことが分かった。


蹴った足に返ってきたのは、薄い金属板を叩いたような軽い振動ではない。まるで巨大な金属の塊でも蹴ったような、鈍く重い感触だった。


しかも、扉はびくともしていない。


代表の一人も改めて玄関を見る。


「……確かに」


今まで誰も気にしていなかった。


同じマンション、同じ廊下に並ぶ、同じような玄関。


そう思っていた。


だが、近くで意識して見れば明らかに違う。


男が手で扉を軽く押した。当然動くはずもなく、今度は枠へ視線を移した。


「これ……防犯扉か?」


別の男が近づく。


「こんなの普通付けるか?」


「知らねえよ」


「でも他の部屋と全然違うぞ」


六人の間に、僅かな沈黙が生まれた。


寒波前、蓮の部屋では何度も工事が行われていた。


そのことを、何人かが思い出していた。


「……あの工事」


誰かが呟く。


「これだったのか?」


誰も答えなかった。


だが、さっきまでとは違う目で、全員がその扉を見ていた。



昼過ぎ。


予想通り、その話は住民グループへ流れた。


『神崎さんの玄関、他の部屋と違うらしいですよ。』

『どういう意味?』

『今日話し合いに行った人が、帰り際に扉蹴ったみたいで。』


すぐに反応が来た。


『蹴ったの?』

『それはさすがにダメでしょう。』

『いくら何でも人の家ですよ。』


そこについては批判する者も多かったが、話題はすぐに別の方向へ流れていった。


『でも、かなり頑丈な防犯扉らしいです。』

『普通の玄関じゃないってこと?』

『見た人が言うには、全然違うみたい。』

『寒波前に工事してましたよね?』

『してた。』

『業者何回も来てたの覚えてます。』

『何で普通のマンションで、そんな扉必要なんですか?』


そこから住民たちの想像が始まった。


『高い物でも置いてるとか?』

『現金?』

『一人暮らしなのに?』

『今なら食料じゃない?』

『それはありそう。』

『一ヶ月配給なしで生活してるんですよ。』

『中にかなり備蓄してるから、あんな扉付けたんじゃないの?』


もちろん、根拠はない。


頑丈な扉がある。ただそれだけだった。


だが、今の住民たちには十分だった。


見えない部屋。


開かない扉。


そして、一ヶ月間何の支援も受けずに暮らしている住人。


その三つが、住民たちの頭の中で勝手に一つへ繋がっていく。



午後二時。


住民代表から、新しい決定がグループへ投稿された。


『本日の協議の結果、共同備蓄への協力を継続して拒否している世帯については、今後マンション内の共同支援対象から完全に除外します。』

『今後、救援物資が届いた場合についても、共同活動に参加している世帯への配布を優先します。』

『住民間で食料、水、燃料等を個人的に融通する場合についても、非協力世帯への提供は控えていただくようお願いします。』


つまり、孤立させる。


食料も水も渡さず、今後届く救援物資も後回しにし、困ったとしても助けない。


住民たちからすれば、かなり重い制裁のつもりだった。


蓮は三件の投稿を最後まで読むと、スマートフォンを置いた。


「好きにしろ」


それだけだった。


冷蔵庫を開け、中から冷えた炭酸水を一本取り出す。


プシュッ。


蓋を開け、そのまま一口飲んだ。


食料、水、電気、燃料、医薬品、生活用品。


すべてある。


共同配給を止められようが、救援物資を回してもらえなかろうが、水を分けてもらえなかろうが、蓮の生活には何一つ影響しない。



そして、その無反応こそが住民たちを苛立たせた。


夕方になっても、蓮から抗議は来なかった。


『それは困る』


とも、


『考え直してほしい』


とも言わない。


完全な無反応。


住民グループには、次第に別の感情が混ざり始めた。


『普通、救援物資ももらえなくなるって言われたら困りますよね?』

『それでも何も言わないってことは……。』

『最上階って水道も出ないんだよね?』

『相当あるんじゃない?』

『一人暮らしなのに。』

『こっちは子供の食事まで減らしてるんですけど。』

『自分だけ良ければいいってことですよね。』

『こういう時に人間性出ますね。』


そこから先は、噂というより悪口だった。


『前から感じ悪かった。』

『挨拶してもほとんど話さないし。』

『金持ってるからって何でも許されると思ってるんじゃない?』

『一人で食料抱え込んで、他の人が死んでも平気なんでしょうね。』

『あんな防犯扉まで付けてるんだから、最初から誰にも分ける気なかったんじゃない?』


誰も蓮の部屋を見ていない。


食料を持っているところも見ていない。


それでも配給なしで生きていて、制裁されても困らず、玄関には異様に頑丈な扉まで付いている。


それだけで、いつの間にか住民たちの中には「大量の食料を隠し持っている男」という人物像が出来上がり始めていた。



夜。


蓮はソファに座りながら、プリンを食べていた。


スマートフォンからは何度も通知音が鳴る。


『本当に何も感じないのかな。』

『子供がいる家庭のこと考えてほしい。』

『絶対食料隠してる。』

『何であの人だけ普通に暮らせるの?』

『防犯扉まで付けて守るって、どれだけ持ってるんだろ。』


蓮はプリンを一口食べた。


「うまい」


通知はまだ続いている。


噂、悪口、妬み。


そして、自分たちが苦しんでいるのに、なぜお前だけ苦しんでいないのかという感情。


蓮はグループチャットを眺めながら、薄く笑った。


「好き勝手言ってるな」


スマートフォンを伏せ、監視モニターへ視線を向ける。


廊下は静かだった。


ただ、昼間から一つだけ変わったことがある。


蓮の部屋の前を通る住民が、扉を見るようになった。


今まではただ通り過ぎていたのに、今日は歩きながら視線を向け、少し速度を落とす。中には一度通り過ぎてから、わざわざ振り返る者までいた。


おそらく昼間の話を聞いたのだろう。


普通の玄関扉ではない。


それを自分の目で確かめたい。


そして、その扉の向こうに何があるのかを想像したい。


蓮は最後の一口を食べ、空になった容器をテーブルへ置いた。


「気になるよな」


開かない。


中も見えない。


それなのに、そこに住んでいる男だけが一ヶ月経っても困っていない。


なら、その向こうには何があるのか。


蓮はモニターの中の扉を見ながら、小さく笑った。


「まだ見るだけにしとけよ」


その時、一人の住民が廊下を歩いてきた。


蓮の部屋の前を通り過ぎ、数歩進んだところで足を止める。


そして、もう一度だけ振り返った。


────────────────


Day 31


外気温 -30.2℃


電力 △

ガス △

水道 △

通信 ▲


【今日のメモ】


「開かない扉は、中に何があるのかを余計に想像させる」


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