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氷河期ストレージ ~裏切られて死んだ俺は、30日前に戻り無限収納で世界を生き抜く~  作者: 宵白レン


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第42話 Day 25 共同管理

朝八時を少し過ぎた頃、マンションの住民グループに、住民代表から一件の長いメッセージが投稿された。


『昨日の話し合いに基づき、本日より各世帯の食料備蓄状況を確認させていただきます。これは今後の救援物資および共同備蓄を公平に配分し、住民間のトラブルを防止するための調査です。ご理解とご協力をお願いいたします』


それから間を置かず、もう一件のメッセージが続いた。


『また、先日の救援物資到着時の混乱の中で各家庭へ持ち帰られた物資について、未使用分は本日回収します。すでに消費した分について責任を問うことはありません。残っている分のみ返却をお願いいたします』


そこまでの内容については、昨日の話し合いですでに説明されていた。


そもそも救援物資は、特定の家庭へ届けられたものではなく、マンション全体へ配られるはずだったものだ。到着時の混乱に乗じて各自が自宅へ持ち帰ったとはいえ、それを一度回収して改めて分配するという方針については、不満を抱きながらも納得する住民が多かった。


しかし、数分後に追加された文章を見た瞬間、住民グループの空気が明らかに変わった。


『なお、備蓄状況の確認を拒否される世帯については、今後の共同備蓄および救援物資の配給対象から除外させていただきます。限られた物資を公平に管理するための措置ですので、ご了承ください』


投稿されて間もなく、何件もの返信が立て続けに入った。


『それって強制ですか?』


『救援物資を返すのは分かりますけど、家の中まで見るんですか?』


『確認って具体的に何を見るんでしょうか』


『冷蔵庫まで見せるんですか?』


住民代表は、それらの疑問に対してあくまで冷静に答えた。


『強制ではありません。調査を拒否することも可能です。ただし現在の備蓄量が確認できない世帯へ、限られた救援物資を配給することは公平性の観点から困難です』


強制ではないと言いながら、拒否すれば今後の食料は受け取れない。


実質的には、選択肢など存在しなかった。


現在ほとんど食料を持っていない家庭にとって、次の救援物資は文字通り命綱だった。いつ届くのか、本当に再び届くのかさえ分からない。それでも、その僅かな可能性から自分たちだけ外されるわけにはいかなかった。


『見るだけですよね?』


一人の住民が念を押すように尋ねると、代表からすぐに返事が届いた。


『基本的には備蓄状況の確認が目的です。また、先日持ち帰られた救援物資が残っている場合は、その場で回収します。今後の配給量を決めるための参考にもします』


その説明を見て、多くの住民が不満を抱きながらも受け入れ始めた。


『分かりました。協力します』


『うちも大丈夫です』


『救援物資の残りも返します』


『子供がいるので、今後の配給から外されるのは困ります。協力します』


次々と同意する家庭が現れる一方、はっきりと拒否する世帯もあった。その多くは、まだある程度の食料を自宅に残している家庭だった。


『申し訳ありませんが、家の中まで確認されることには同意できません』


『救援物資の残りは返します。でも個人で買った物まで見せる必要はないと思います』


『うちも調査は拒否します』


『救援物資も必要ありませんので、家の中には入れません』


最後の一文が投稿された直後から、それまで質問が中心だった住民グループの空気が荒れ始めた。


『こういう時に協力できない人って何なんですか?』


『自分たちだけ食料持ってればいいってこと?』


『皆で生き残ろうとしてるのに』


『どうせ大量に隠してるんでしょう』


やがて、さらに強い言葉まで飛び出した。


『そういう自分勝手で我が身のことしか考えない人たちには、今後救援物資が届いても絶対に渡さないようにしましょう』


『賛成です』


『困った時だけ助けてくれは無しですよ』


『部屋番号を記録しておいた方がいいと思います』


拒否した家庭への非難は瞬く間に膨らみ、その中には神崎蓮の部屋も含まれていた。



蓮はソファに腰を下ろしたまま、住民グループに流れていくメッセージを眺めていた。


すでに自分の名前も挙がっている。


『神崎さんも拒否ですか?』


住民代表から直接確認が届いたが、蓮は迷うことなく返信した。


『はい。部屋への立ち入りはお断りします』


送ったのは、それだけだった。


案の定、すぐに別の住民が反応する。


『こういう人がいるから公平にならないんですよ』


『神崎さんって先月大掛かりな改装してた人?』


『だから食料持ってるんじゃないですか?』


蓮はそれ以上返信しなかった。


スマートフォンをテーブルへ置き、湯気の立つコーヒーを一口飲むと、小さく息を吐いた。


「好きにしろ」


救援物資も、共同備蓄も、最初から当てにしていない。


自分の部屋へ他人を入れない。


蓮にとって守るべきものは、それだけだった。


住民グループではまだ拒否した家庭への非難が続いていたが、蓮はすでに画面を見ていなかった。



午前十時になると、予定通り家宅調査が始まった。


住民代表二人と、各階から選ばれた数人の住民が一つのグループとなり、一部屋ずつ順番に回っていく。


最初の家庭では、玄関へ入る前に住人の女性が段ボール箱を差し出した。中には缶詰やレトルト食品、ペットボトルの水が入っており、女性は少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら口を開いた。


「これ、一昨日の救援物資です。カップ麺二つと水一本は、もう使っちゃいました」


「それは構いません。残っている分だけで結構です」


代表は中身を確認すると、回収した物資を紙へ記録し、その後で家庭内の備蓄状況を確認した。


米が二キロほど。


カップ麺が四つ。


缶詰が三個。


冷蔵庫には卵と調味料、それに少量の野菜。


住民代表は一つずつ書き込み、最後に頷いた。


「ありがとうございます。確認できました」


住人の女性は、不安そうな表情のまま尋ねた。


「これで、次の救援物資はもらえるんですよね?」


「もちろんです。備蓄量に応じて公平に配給します」


その言葉を聞くと、女性は目に見えて安堵した。


「よかった……」


次の部屋でも救援物資の残りが返され、その後に個人の備蓄が確認されたが、米やレトルト食品、水の残量はごく僅かだった。


問題が起きたのは、三軒目だった。



そこは夫婦と子供二人が暮らす家庭だった。


住民代表たちがキッチンの収納を確認していくと、米が十キロ近く残っていることが分かった。さらに缶詰、パスタ、レトルト食品、カセットボンベなどもあり、それまで確認してきた家庭と比べれば、明らかに多くの物資が残されていた。


そして収納の奥には、同じ種類のレトルト食品がまとめて置かれていた。


代表の一人が手を止める。


「……これは?」


夫がすぐに答えた。


「うちの備蓄です」


代表は商品を確認したあと、手元の紙へ視線を落とした。


そこには、一昨日届いた救援物資の品目一覧が記されている。


「これ、一昨日の救援物資に入っていたものと同じですね」


夫の表情が僅かに変わった。


「同じ商品なんて普通に売ってるでしょう」


「そうですね」


代表も、すぐには断定しなかった。


しかし、一緒に来ていた住民が段ボール箱の側面を指差した。


「これ、シール付いてますよ」


そこには自治体からの救援物資であることを示す管理票が、そのまま貼られていた。


夫は黙った。


代表は責めるような口調を使わず、静かに尋ねた。


「先日持ち帰ったものですよね?」


「……」


「責めるつもりはありません。昨日も説明しました。残っている分を返していただければ、それでいいんです」


夫はしばらく何も言わなかったが、やがて小さく舌打ちした。


「……分かりましたよ」


レトルト食品、缶詰、飲料水。


救援物資だったと確認できたものが、一つずつ回収されていく。


夫は不満そうにその様子を見つめていたが、すべて回収し終えると確認するように言った。


「これでいいでしょう?」


「はい。救援物資については」


その言葉を聞いた瞬間、夫の眉が僅かに動いた。


「……については?」


代表は改めてキッチンへ視線を向けた。


そこには米十キロ、パスタ、缶詰、カセットボンベ、それ以外にもいくつかの食品が残されている。


「こちらは元々ご家庭で備蓄されていたものですか?」


「そうですよ」


夫の声が少し強くなった。


「寒波が来る前から災害用に買ってたものです。救援物資じゃありません」


「分かりました」


代表は数字を書き込んだあと、米袋へ目を向けた。


「これだけあれば、一部を共同備蓄へ回していただけませんか?」


夫婦の表情が、はっきりと変わった。


「……は?」


「全てではありません。例えば米を三キロ、それと缶詰を数個ほどです」


夫はすぐに聞き返した。


「ちょっと待ってください。救援物資は返しましたよね?」


「はい」


「だったら、これは関係ないでしょう」


夫は米袋を指差した。


「これは俺たちが金を出して買った物ですよ」


「分かっています」


「分かってないでしょう! 何でそれまで持っていくんですか?」


代表は困ったような表情を浮かべたが、引く様子はなかった。


「没収するという話ではありません。これだけ余裕がある家庭については、一部を共同備蓄へ協力していただきたいんです」


「余裕なんてありませんよ。四人家族ですよ?」


「他の家庭は、米が一キロも残っていないところもあります」


「それとうちに何の関係があるんです?」


その言葉を境に、室内の空気が明らかに変わった。


一緒に来ていた別の住民が口を挟む。


「でも、今後はあなたたちも共同備蓄や救援物資を受け取るんですよね?」


夫は黙った。


「だったら、今余裕がある時に少し出して、なくなってきたら今度は共同備蓄から受け取ればいいじゃないですか」


理屈だけを聞けば、公平に思えた。


代表もそれに頷いた。


「一度共同管理に回すだけです。今後は各家庭の人数や備蓄量を確認しながら、必要な量を配ります。誰か一人だけに損をさせるつもりはありません」


妻が夫を見る。


夫は納得していなかった。


救援物資なら、まだ理解できる。もともと自分たちのためだけに届いたものではないのだから、それを返すことについては受け入れられる。


しかし、今目の前で求められている米は、自分たちが金を払い、寒波が来る前から備えていたものだった。


それでも玄関には五人の住民が立っている。


調査を拒否すれば、今後の支援対象から外される。


そして何より、十三階で起きた事件の記憶が頭をよぎった。


夫は長い間黙っていたが、やがて諦めたように息を吐いた。


「……三キロだけですよ」


代表はすぐに頷いた。


「ありがとうございます」


こうして救援物資とは別に、米三キロ、缶詰五個、レトルト食品四袋、その家庭が自分たちのために備えていた食料まで共同備蓄へ運ばれていった。



同じことは、他の家庭でも繰り返された。


まずは救援物資の返却から始まる。


「この水、一昨日の物ですよね?」


「いや、前からありました」


「箱に管理票が残っています」


「……分かりましたよ」


別の家庭では、缶詰を巡って同じやり取りが起きた。


「この缶詰は?」


「自分たちで買った物です」


「こちらは救援物資ですね」


確認できるものについては次々と回収され、中には素直に返す家庭もあれば、すでに大半を食べたと主張する家庭もあった。本当に消費したのか、どこかへ隠しているのか、それを完全に確認する方法はない。


ただし、調査へ同意した以上、収納、キッチン、冷蔵庫など、目につく範囲は確認される。


そして救援物資の回収が終わると、今度は各家庭が元々持っていた備蓄へ視線が向けられた。


「水がかなり残っていますね」


「これはうちが買った物です」


「分かっています。全部とは言いません。六本だけ共同備蓄へお願いします」


さらに次の家庭では、カップ麺が対象になった。


「カップ麺が二十個ですか」


「救援物資じゃありませんよ。元々あったものです」


「それは確認しています。ただ二十個ありますので、五個だけ協力していただけませんか?」


その次の家庭では缶詰が多いと言われ、その次ではレトルト食品、そのまた次では菓子類が対象になった。


理由は毎回違った。


子供が二人いるなら、この量でも足りない。


高齢者がいるから少し多めに残す。


一人暮らしなら、これほど必要ない。


賞味期限が長い食品だから共同備蓄へ回せる。


その家、その家ごとに、もっともらしい理由が付けられていった。


そして調査へ協力した家庭の多くから、救援物資だけではなく、何かしらの個人備蓄まで持ち出されていった。



昼を過ぎた頃、最初の不満が住民グループへ投稿された。


『これ、おかしくないですか?』


すぐに別の住民が続いた。


『一昨日の救援物資を返すのは分かります。でも、何で元々うちにあった食料まで持っていかれるんですか?』


『うちもです。救援物資は全部返しました。それなのに米三キロ出せと言われました』


『うちは水です。自分たちで買ったものです』


『カップ麺五個持っていかれました』


『最初の説明と違いませんか?』


それをきっかけに、住民グループは一気に荒れ始めた。


『救援物資の返却と、個人の備蓄を出すのは別の話でしょう!』


『家の中を見るだけじゃなかったんですか?』


『「基本的には確認」って書いてありますよね?』


『うちは子供がいるんですよ!』


『こっちだって自分たちで買った食料です!』


そして一人の住民が、決定的な一文を書き込んだ。


『拒否した家は何も取られてないんですよね?』


その言葉を境に、グループの空気がさらに変わった。


調査に協力した家庭は救援物資を返し、さらに自分たちの備蓄まで差し出した。


一方、調査を拒否した家庭は、そもそも部屋に入られてすらいない。


その事実に気づいた住民たちの不満が、一気に爆発した。


『おかしいでしょ!』


『協力した人間だけ損してるじゃないですか!』


『拒否した家から先に出させるべきでは?』


『何のために協力したんですか?』


『これならうちも拒否すればよかった』


住民代表から、慌てたように説明が入った。


『説明が十分でなかった点については申し訳ありません。今回お預かりした個人備蓄についても、没収するものではありません。あくまで共同備蓄として一括管理するものです』


しかし、その言葉だけでは住民たちは収まらなかった。


『同じことでしょう』


『返してください』


『救援物資だけ返す話だったじゃないですか』


『一括管理なんて聞いてません』


代表はさらに説明を続けた。


『現在のような状況では、一部の家庭だけが多くの食料を保有していることが、さらなるトラブルにつながる可能性があります。十三階で起きたような事件を二度と起こさないためにも、備蓄が偏った状態を少しでも解消する必要があります』


続けて、もう一件。


『今後は各家庭の人数や備蓄状況を考慮し、毎日必要な量を配給します。本日お預かりした食料についても、明日から順次配給を開始します。誰かが独占することはありません』


その文章が投稿されると、それまで勢いよく流れていた住民たちの返信が、僅かに減った。


十三階。


一人の死者。


その言葉を出されると、強く反論できなくなる住民も多かった。



夕方。


昼間に米三キロを共同備蓄へ出した家庭では、夫がリビングの椅子に座りながら、不満そうに口を開いた。


「あれ、絶対おかしいよ。救援物資はちゃんと返したんだぞ。それなのに、俺たちが買った米まで持っていった」


妻も納得している様子ではなかったが、すぐには答えなかった。


「確認だけって言ってたじゃないか」


「うん……」


「救援物資なら分かるよ。でも、あれは俺たちが買った米だぞ」


妻も同じ気持ちだった。


ただ、少ししてから静かに言った。


「でも……明日から毎日もらえるんでしょう?」


「本当に?」


「代表の人、そう言ってたじゃない」


夫は黙った。


妻はさらに続けた。


「うちだけじゃないし。みんなから集めて、みんなで分けるなら……」


それでも夫は納得できないようだったが、妻の次の言葉で僅かに表情を変えた。


「また昨日みたいになるのも嫌だよ」


人が死んだ。


自分たちの食料を差し出すのは嫌だった。


しかし、自分たちの部屋へ十人以上の住民が押しかけてくるような状況は、それ以上に恐ろしい。


夫はしばらく何も言わなかったが、最後には小さく息を吐いた。


「……明日だな」


「うん」


「明日本当に配るなら……まあ、分かる」


同じような会話が、マンションのあちこちで行われていた。


水を出した家庭。


米を出した家庭。


缶詰を出した家庭。


レトルト食品を出した家庭。


誰も完全には納得していない。


それでも、もう奪い合いたくないという思いと、明日から公平に配られるという約束を信じることで、自分たちを納得させようとしていた。


少なくとも、その夜までは。



夜。


蓮はワインを飲みながら、住民グループを眺めていた。


昼間あれほど荒れていたグループは、今では嘘のように静かになっている。


最後に住民代表から投稿された文章が、画面の下に残っていた。


『明日午前十時より、各世帯への配給を開始します。公平な配給を行いますので、ご安心ください』


蓮はその一文を読み終えると、グラスを傾けながら小さく笑った。


「安心、ね」


昨日、住民たちは混乱の中で奪った救援物資を返すと決めた。


今日、実際にそれを返した。


そして気がつけば、自分たちが寒波の前から金を払って用意していた食料まで、共同備蓄という名目で差し出していた。


正確には、自分から進んで差し出したわけではない。


差し出させられた。


それでも住民たちは、明日になれば必要な分が返ってくると信じている。


自分が出した米。


誰かが出した缶詰。


別の誰かが出した水。


それらをすべて一つに集め、必要な人間へ公平に分ける。


確かに、理屈だけなら成立する。


だが、食料そのものが増えたわけではない。


今日集めた食料を明日配り、明後日も配り、その翌日も配り続ければ、いつか必ず底をつく。


では、その時はどうするのか。


そして、それ以上に大きな問題が一つあった。


今日を境に、マンションで最も強い立場にいるのは、食料を多く持っている人間ではなくなった。


食料を管理する人間だ。


誰に配るのか。


どれだけ配るのか。


誰を優先するのか。


そして、誰を配給対象から外すのか。


その判断を下す人間が、今日初めて生まれた。


蓮はグラスに残ったワインを飲み干した。


住民たちは明日を待っている。


自分たちの食料が、公平に返ってくると信じながら。


────────────────


Day 25


電力 ▲

ガス ▲

水道 ▲

通信 ○


【今日のメモ】


「預けた食料が、自分の物でなくなるまで。一日もかからなかった。」


────────────────


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