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氷河期ストレージ ~裏切られて死んだ俺は、30日前に戻り無限収納で世界を生き抜く~  作者: 宵白レン


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第31話 Day 14 二週間

寒波が始まって、ちょうど二週間。


黒崎恒一はダイニングテーブルの上に並べた食料を、スマートフォンの電卓を使いながら数えていた。米、乾麺、缶詰、レトルト食品、カップ麺、飲料水。どれも寒波が始まる前、蓮に言われるまま慌てて買い集めた物だ。


最初にこれだけの食料を部屋へ運び込んだ時は、自分でも少しやりすぎたと思った。佐藤愛にも、置く場所がない、こんなに買ってどうする、絶対余ると散々文句を言われた。それが今では、テーブルの上に残った物を数える黒崎の横で、愛も真剣な表情をしていた。


「あと何日?」


「食い方次第」


「普通に食べたら?」


「一ヶ月半くらいかな」


愛の顔が曇った。


「それしかないの?」


黒崎は電卓を叩く指を止めた。以前も聞いた言葉だった。


「しか、じゃねえだろ。一ヶ月以上あるんだよ」


「でも次に買えるのいつか分かんないじゃん」


「だから節約してる」


愛は黙り込んだ。二週間前なら、二ヶ月分の食料が家にあると聞けば十分だと思っただろう。だが今は、これから何があるのか誰にも分からない。テレビでは救援物資の不足が報じられ、外へ出れば店は閉まったまま。通販も来ないし、近所のスーパーが営業を再開したという話も聞かない。


愛は棚の上にある段ボールを見つめた。


「ねえ」


「ん?」


「この前、隣の人に缶詰渡したよね」


黒崎が顔を上げる。


「二個な」


「もうやめた方がよくない?」


声は強くなかったし、責めるような言い方でもない。だからこそ、黒崎は少しだけ黙った。


「困ってたからだよ」


「分かってる。でも、うちだって困るかもしれないじゃん」


「……」


「もし一ヶ月後に何も来なかったら?」


愛はテーブルの上の食料を見る。


「その時、隣の人が返してくれるの?」


黒崎は答えられなかった。正論だったからこそ、余計に引っかかった。


「まあ……もう簡単には渡さねえよ」


結局そう答えると、愛の顔が少しだけ緩んだ。


「うん。その方がいいと思う」


黒崎は再び食料を数え始めたが、ふと蓮の顔が浮かんだ。あいつは今、どうしているのだろう。一週間前に電話した時も、『まだ続くと思っておけ』と言っていた。そして、その言葉通りになっている。


「……本当に何なんだよ、蓮」


黒崎は小さく呟いた。二週間前、蓮の忠告を信じた。だから今、自分たちはまだ食べられている。それだけは間違いなかった。



同じ頃、一ノ瀬美咲は空になったカップ麺の容器を見ながら、不機嫌そうに箸を置いた。


「またこれ?」


向かいに座っている柴田剛が眉を寄せる。


「昨日はレトルトだっただろ」


「そういう意味じゃないんだけど」


「じゃあ何だよ」


「もっとちゃんとした物ないの?」


剛の表情が険しくなった。


「ねえからこれ食ってんだろ」


声が低い。以前なら、美咲はすぐに甘えるような態度へ変えただろう。今日も表情だけはそうした。


「別に怒ってないよ。聞いただけじゃん」


「だったら黙って食えよ」


剛は自分のカップ麺を乱暴に啜る。美咲は小さく息を吐きながら、心の中ではまるで違う言葉を吐いていた。


(ほんっと使えない。)


食料はもう多くない。剛が多少買い込んでいた酒やつまみもかなり減った。水はまだあり、電気も使える時間があるため、今日死ぬわけではない。それでも美咲が嫌なのは、先がまったく見えないことだった。


スマートフォンへ目を落とし、神崎蓮とのメッセージ画面を開く。先週に送った『蓮くん、大丈夫?』という文章に対し、蓮の返信は『問題ない』の一言だけだった。


その後も美咲から何度か軽いメッセージを送っている。


『寒いね。大丈夫?』

『ニュース怖いね』

『何か困ったことあったら言ってね』


返事は来る時もあれば、来ない時もある。来ても短く、美咲にとってはそれが何より気に入らなかった。


以前の蓮なら違った。自分から連絡すれば喜び、優しい言葉を返してきた。こちらが少し甘えれば、すぐに何かしてくれた。それが今は、まるで違う人間だった。


だからといって、諦めるという選択肢にはならない。むしろ逆だった。寒波前に見た高級時計、大量の高級食材、あのマンション、そして普通ではないほど頑丈だった玄関を、美咲は何度も思い出している。


(絶対何かある。)


美咲は確信し始めていた。蓮は金を持っているだけではなく、この寒波に対して何らかの準備までしていたのではないか。そう考えれば、寒波直前に引っ越したことまで説明がつく。


もちろん証拠はない。しかし、今の美咲には証拠など必要なかった。蓮のところへ行けば今よりはマシ。それだけで十分だ。


「何見てんだよ」


剛の声に、美咲はすぐ画面を消した。


「ニュース」


「ならテレビ見りゃいいだろ」


「友達から情報来るの」


「誰だよ」


美咲は微笑んだ。


「女友達」


嘘をつくことに何の抵抗もなかった。剛が鼻を鳴らして興味を失うと、美咲は再びスマートフォンを開いた。


『蓮くん、最近ちゃんと食べてる?』


そこまで入力して少し考え、削除する。今度は別の文章を打ち込んだ。


『蓮くん、ニュース見た? 戸建ての人たち大変みたいだね。蓮くんのところは大丈夫?』


送信した。


自分の食料が減っていることは書かないし、困っているとも書かない。まだ早い。自分から「助けて」と言えば負けだ。


蓮から「美咲は大丈夫?」と聞かせる。そのあと少しずつ困っているふりをして、最後は蓮自身から「こっちに来れば?」と言わせる。それが理想だった。


美咲はスマートフォンを置いた。


「焦っちゃ駄目」


「何か言ったか?」


「何でもないよ」


美咲は剛へ笑顔を向けた。その頭の中では、もう別の男の部屋へ移る方法を考え始めていた。



同じ日の朝、蓮のマンション。


寒波十四日目を迎えた建物には、数日前までとはまるで違う空気が流れていた。以前は水や段ボール、カセットボンベなどが玄関前に積まれていたが、今では誰も廊下へ物を置かず、必要な物はすべて室内へ入れ、ドアを開けている時間すら短くなっている。


エレベーターが動いている時間に住民同士が乗り合わせても、以前のように自然な会話は生まれなかった。軽く会釈しながら、無意識に相手の手元を見る。買い物袋はないか、水を持っていないか、食料らしき物はないか。そして自分の階へ着けば、すぐに降りる。


誰もそれを「監視している」とは思っていない。ただ、無意識に見てしまうようになっていた。



午前九時。


住民グループに管理人から連絡が入った。


『皆様、おはようございます。次回の救援物資について、今朝も自治体へ確認しましたが、現時点で配送日時は決まっていません』

『分かりました』

『ありがとうございます』


もう驚く者はいなかった。数日前なら「いつですか?」「今日来ますか?」と何十件も質問が付いていたが、今は聞かなくなった。何度聞いても答えが変わらないことを、全員が理解し始めていた。


代わりに、別の投稿が入る。


『うち、本当に今日で食料なくなります』

『うちも残り二日です』

『予備物資、まだありますか?』

『子供いるんですが、もうお米しかありません』


管理人は管理室で一件ずつ読んでいた。昨日、1102号室へ食料を渡した。その話が広がった途端、同じような相談が一気に増えた。


予想していたことだった。一人へ渡せば、次が来る。それでも昨日の男を放っておくことはできなかった。


管理人は予備物資の残量を見る。パックご飯、レトルト食品、缶詰、飲料水。まだ残ってはいるが、数十世帯へ配れば一日ともたない。


「……無理だ」


管理人は椅子へ座り込んだ。


誰に渡し、誰に渡さないのか。子供がいるから優先するのか、高齢者だからか、病気だからか。それとも一人暮らしだから後回しにするのか。


そんな判断を、自分一人でしろというのか。



午前十時。


マンションの一室では、夫婦が残った米を計っていた。


「これで何合?」


「五合くらい」


「……二日?」


「一日一合にすればもっと」


「二人で一日一合?」


夫が黙った。腹いっぱい食べようと思えば一日でなくなる。だから量を減らし、朝を抜いて昼と夜だけにする。それでも足りなくなれば、一日一食にするしかない。


最初は食べる物の種類を減らした。次に量を減らした。そして今は、食事の回数そのものを減らす段階に入っていた。


別の家庭では、小学生の子供が母親へ尋ねる。


「今日のお昼何?」


「おにぎり」


「また?」


「おにぎり好きでしょ」


「鮭入ってる?」


母親の手が止まった。鮭は昨日で終わっている。


「今日は塩むすび」


子供の顔が曇る。


「えー……」


母親は笑った。


「夜は何か別のものにするから」


だが、何にするかは決めていなかった。冷蔵庫の中には、ほとんど何も残っていない。



昼前。


住民グループで、昨日の盗難とは別の話が始まった。


『救援物資の予備について、残量を公開してもらえませんか?』

『どれくらい残ってるか分からないと、みんな不安だと思います』

『私も知りたいです』

『前回何個届いて、何個配ったかも公開した方が公平では?』


管理人の指が止まり、顔から血の気が引いた。


在庫表はすでに書き換えている。実際に届いた数と住民へ配った数、そして残量。数字の上では合っているが、配送時に自治体側が残した記録まで確認されたらどうなる。誰かが荷下ろしの数を覚えていたらどうする。


さすがに細かく数えていた人間などいないだろう。それでも、管理人の心臓が少し速くなる。


自分から始めたことではない。たった数個、そのはずだった。なのに今では物資の話が出るだけで、まず自分の不正がバレないかを考えるようになっている。


管理人は返信を書いた。


『現在、残量と各世帯への配布状況を整理しています。確認でき次第、皆様へ共有します』

『ありがとうございます』

『よろしくお願いします』


管理人はスマートフォンを置いた。住民たちはまだ自分を信じている。それが以前より重く感じた。



午後。


蓮は暖炉の前で住民グループを眺めていた。管理人が在庫を公開すると書いているのを見て、少し笑う。


「あれ、本当に全部残ってるのか?」


もちろん知らない。管理室の中を覗けるわけではないため、管理人が実際に何をしているのか蓮には分からない。ただ、人間として考える。


二週間が経ち、食料は減り続けている。家族がいて、自分は毎日他人のために働き、その目の前には大量の救援物資が置かれている。蓮なら、管理人が一つも取っていない方に賭ける気にはならなかった。


「まあ、生きるためだ」


それ自体を責めるつもりはない。問題は取ったあとだ。一度自分だけを特別扱いした人間が、今度は数百人へ「公平」を説明しなければならない。それは想像するだけでも面倒だった。


その時、管理人から新しい投稿が流れた。


『皆様へ相談があります』


蓮の目が止まった。



管理人は何度も文章を書き直していた。昨日から考えていたのは、各家庭の食料を一度まとめて管理することだった。


だが、「全て提出してください」と書けば間違いなく反発される。そこで表現を変えた。


『現在、食料が完全になくなった世帯が増えています。一方で、次回救援物資の配送時期は決まっていません』

『このまま個別に予備物資を配布していくと、短期間で共用備蓄がなくなる可能性があります。そこで、住民同士で相談し、食料に余裕のあるご家庭から一部を共用備蓄として提供していただく仕組みを作れないかと考えています』


送信してから数分、誰も書き込まなかった。管理人は黙ったまま画面を見つめていたが、やがて一件の投稿が入る。


『一部って、どれくらいですか?』

『まだ決めていません。あくまで皆様と相談した上で決定したいと思っています』

『強制ですか?』

『いいえ。現時点では協力をお願いする形を考えています』

『それなら、余ってる物がある家は出してもいいんじゃないですか?』

『うちは缶詰少しなら出せます』

『米なら少し』


善意はまだ残っている。しかし、そこへ別の意見が入った。


『でも一度出したら、自分たちが困った時はちゃんと戻してもらえるんですか?』

『それはそうですね』

『提供した家庭の記録は残した方がいいと思います』

『出した量に応じて、後で優先的に貰えるようにしてほしいです』

『それだと寄付じゃないですよね?』

『別に寄付じゃなくてもいいでしょう』

『困ってる人を助けるためじゃないんですか?』

『でも出した人だけ損するのは違うと思います』


管理人は頭を抱えた。まだ「一部提供してほしい」としか言っていない。それだけで、もう揉め始めている。



十三階。


備蓄を少なく申告した夫婦も、グループを見ていた。妻が不安そうに夫を見る。


「どうする?」


「出さない」


即答だった。


「でも余裕ある家庭はって……」


「うちは余裕ない」


「まだ一週間くらいあるよ」


夫の声が少し強くなった。


「三日って申告しただろ」


「あ……」


「ここで米出したらおかしいと思われる」


妻は口を閉じた。自分たちがついた嘘が、今度は善意で食料を出すことまで難しくしている。


「仕方ない。家族が先だ」


妻は黙って頷いた。



別の家庭では、カセットボンベを何度も他人へ分けていた父親が収納棚を開けていた。残っているのは三本だけだった。


妻が後ろから聞く。


「グループ見た?」


「見た」


「何か出す?」


父親はしばらく三本のボンベを見つめた。以前なら一本出しただろう。困っている人がいるなら、そうしていた。


だが今日は棚を閉めた。


「……うちも余裕ないよ」


妻は何も言わなかった。


「そうだね」


それだけだった。


誰も悪くなっていない。ただ、最初にあった余裕がなくなった。



夕方。


管理人は住民たちの意見を読み続けていた。


賛成、条件付き賛成、反対。提供した人を優先しろ、全員平等にしろ、子供がいる家庭を優先しろ、備蓄の多い家庭が多く出すべきだ、備蓄量は自己申告だから信用できない。


結局、また同じところへ戻る。


誰が、どれだけ持っているのか。それが分からない。


管理人は昨日作った備蓄一覧を開いた。一日以内、三日程度、一週間程度、一週間以上。嘘をついている人間もいるだろうと、管理人自身がそう思っている。


「……申告だけじゃ無理なのか」


提供をお願いするだけでは、本当に余裕のある家庭ほど黙るかもしれない。ならば、残っている食料を一度確認する必要があるのではないか。


そこまで考えたところで、管理人は自分で首を振った。


「いやいや」


さすがに人の家へ入って食料を確認するなど、やりすぎだ。


今はまだ、そう思えた。



夜。


蓮は夕食を終え、住民グループを眺めていた。結局、食料の共同備蓄について結論は出ず、明日改めて住民代表数名と管理人で話し合うことになったらしい。


蓮はスマートフォンを置いた。


二週間。わずか十四日だった。


最初、住民たちは自分から食料を分け、カセットボンベを渡し、水を運び、老人を助けた。それが今日、「余っている物を少し出してほしい」と言われただけで、全員が自分の取り分を考えるようになった。


おかしなことではない。食料が尽きれば死ぬ。その現実が、ようやく生活の中へ入り込んだだけだ。


蓮は暖炉の炎を眺めた。今はまだ提供は任意で、明日もたぶん任意だろう。しかし食料がさらに減った時、「持っているのに出さない」という人間を住民たちはどう見るようになるのか。


蓮には、だいたい想像がついていた。


その時、スマートフォンが震えた。一ノ瀬からだった。


『蓮くんのところ、本当に大丈夫? 何かあったら絶対言ってね』


蓮は数秒見つめたあと、画面を閉じた。


「お前もそろそろ余裕なくなってきたか」


返信はしなかった。


マンションの中も外も、二週間前とはもうまるで違う世界になっていた。


────────────────


Day 14


外気温 -30℃前後


積雪 六メートル超


電力 ▲

ガス ▲

水道 ▲

通信 ○


【今日のメモ】


「善意で差し出す一食と、求められて差し出す一食は、同じ重さではない」


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