第20話 Day 4 世界が倉庫になる
次の獲物は、すぐ隣だった。
蓮は再びスノーモービルを走らせ、物流園区の中を進んでいく。
吹雪で視界は悪かったが、巨大な建物ばかりが立ち並ぶこの場所では、次の目的地を見失う心配はなかった。ものの十数分もしないうちに、先ほどのアマゾニアに負けず劣らず巨大な物流センターが、雪の向こうから姿を現した。
『楽々天物流センター 第五配送基地』
「次はここか。」
スノーモービルを止めた蓮は、もう迷うことなく建物の外周を回り始めた。やることは分かっている。
入口や搬入口、警備室、建物の角に設置された監視カメラを見つけるたびに収納し、最後の一台が消えたところで巨大なシャッターの前へ立った。
収納。
分厚いシャッターが跡形もなく消え、冷たい風が開いた搬入口から倉庫の中へ流れ込んでいく。
「さて。」
蓮はそのまま中へ足を踏み入れた。
内部の構造は先ほどのアマゾニアとよく似ており、見上げるほど高いラックが何列も並び、その棚には天井近くまで大量の商品が積み上げられていた。
しかし、扱っている物はかなり違っていた。
寝具や家具、照明器具、キッチン用品や収納用品をはじめ、衣類、靴、文房具、玩具、スポーツ用品、アウトドア用品まで、生活に関わる商品が幅広く並んでいる。さらに奥へ進むと大量の食品も保管されており、冷蔵・冷凍区画では、まだ温度管理設備が生きていた。
「同じ通販でも、ずいぶん違うな。」
蓮は近くにあった段ボールを一つ手に取り、中身を確認した。
高級炊飯器だった。
「炊飯器だけで何台あるんだよ。」
棚には同じ箱が大量に並んでいる。
別の段ボールを開ければ掃除機、その隣には電子レンジ。さらに奥へ進んだところで、蓮の足が止まった。
「……ついに見つけた。」
そこには大量のゲーム機やソフト、漫画、各ジャンルの書籍が並び、その周囲には他にも様々な娯楽用品が保管されていた。
蓮はしばらく棚を眺めたあと、小さく頷いた。
「いくら物資があっても、娯楽のない生活は快適にはなれない。」
右手を上げる。
そこから先は早かった。
ラックを一列ずつ、積まれている商品ごと収納していく。巨大な棚が次々と姿を消し、物資で埋め尽くされていた倉庫に、広大な空間が生まれていった。
最初こそ中身を多少確認していた蓮だったが、途中からはその必要すら感じなくなっていた。
必要かどうかを一つひとつ考えること自体が、もう無意味に思えた。
目の前にある。
収納空間には、まだ余裕がある。
ならば持っていけばいい。
「使わなかったら、使わなかったでいい。」
ラックも段ボールもパレットも、目につくものを次々と収納する。フォークリフトや搬送設備も例外ではなく、倉庫の中に残されていたものは、設備ごと収納空間へ消えていった。
三十分ほどすると、二つ目の巨大倉庫もほとんど空になっていた。
蓮は入口へ戻る前に収納空間を確認した。
先ほど手に入れたアマゾニアの物資に加え、今度は家電や家具、衣類、書籍、ゲーム機、食品などが大量に追加されている。
それだけ入れたにもかかわらず、収納空間の奥には相変わらず果てが見えなかった。
「……。」
蓮はしばらくその光景を見たあと、小さく息を吐いた。
「まあ、いいか。」
収納空間を閉じる。
「次。」
外へ出ると、そのままスノーモービルへ跨がり、さらに物流園区の奥へ向かった。
次に現れたのは、大手ドラッグストアチェーンの物流センターだった。
建物を見上げた瞬間、蓮の表情が少し変わる。
「ここは重要だな。」
先ほどと同じ手順で監視カメラを消し、シャッターそのものを収納して中へ入る。
そこに並んでいたのは、これまでの倉庫とはまったく違う物資だった。
風邪薬や解熱鎮痛剤、胃腸薬、目薬、湿布といった市販薬をはじめ、消毒液、マスク、体温計、包帯、ガーゼ、絆創膏などの衛生用品が大量に保管されている。紙おむつや生理用品、介護用品もあり、さらに倉庫の一角には医療機関向けの商品まで並んでいた。
蓮はしばらく棚を眺めた。
食料なら、すでに一生食べ切れないほどある。
水もある。
しかし、病気や怪我だけは別だった。
「病気だけは、食い物じゃどうにもならないからな。」
前世の経験があるからこそ分かる。
どれだけ食料を持っていても、身体を壊せばそれだけで生存は危うくなる。この先、病院がいつまでまともに機能し続けられるのかも分からない。
蓮は棚から薬の箱を一つ取り、印字された使用期限へ目を向けた。
それを見て、小さく笑う。
「俺には関係ないか。」
収納空間では時間そのものが止まる。
今日収納した薬なら、何年経っても今日と同じ状態のまま取り出せる。
「全部持っていこう。」
その言葉通り、蓮は医薬品だけでなく、衛生用品や介護用品、簡易ベッド、車椅子、各種医療器具まで片っ端から収納していった。
中には、何に使うのか分からないものもある。
それでも手は止めなかった。
「分からないなら、とりあえず持っていけばいい。必要になってから探す方が面倒だ。」
倉庫を出た頃には、すでに昼を大きく回っていた。
腕時計を確認する。
「まだ時間はあるな。」
次に向かったのは、ホームセンター系列の巨大物流センターだった。
内部へ足を踏み入れた蓮は、思わず立ち止まった。
「……すごいな。」
ここもまた、これまでとはまったく違う。
電動工具や手工具、木材、鋼材、配管、電線、ネジやボルト、接着剤、塗料、ブルーシート、ロープなどの建築・補修資材が大量に並び、その周囲には脚立、作業着、安全靴、ヘルメット、発電機、コンプレッサー、チェーンソー、除雪機、大型バッテリーまで保管されていた。
さらに奥へ進めば、今度は肥料や培養土、プランター、農業用資材、ビニールハウス用の部材、散水設備など、大量の園芸用品が並んでいる。
蓮は巨大な培養土の山を見上げた。
「これも持っていくか。」
その一帯をまとめて収納する。
隣には大量の肥料。
「これも。」
それも消える。
ここまで来ると、蓮自身も少しおかしくなってきた。
巨大な業務用コンプレッサーの前で立ち止まり、数秒だけ考える。
「これ、使うのか?」
自分で問いかけておきながら、すぐに答えは出た。
「……まあいい。」
収納。
次に大量の建築資材。
「こんなの何に使うんだ。」
収納。
さらに大量の配管。
「……知らん。」
それも収納したところで、蓮はついに小さく笑ってしまった。
もう、必要だから持っていくのではない。
そこにあるから持っていく。
いつの間にか、発想そのものが完全に変わっていた。
◇
夕方になる頃には、蓮は物流園区に並ぶ倉庫を次々と回っていた。
どれだけの物資を回収したのか、途中から数えることすらやめている。
食料、衣類、医薬品、工具、家具、設備、資材。
種類も量も関係なく、目についたものを収納し続けた。
やがて最後の物流センターから外へ出た頃には、空も少しずつ暗くなり始めていた。
吹雪は朝から一度も弱まっていない。
スノーモービルへ跨がる前に、蓮は一度振り返った。
巨大な物流園区。
朝までここには、人間社会を支えていた膨大な量の物資が眠っていた。
今では、ほとんどの建物の中に何も残っていない。
蓮は収納空間を開いた。
「……。」
思わず言葉を失う。
巨大なラックが地平線のように並び、その向こうにもさらに大量の物資が続いている。今日だけで集めたものをすべて並べれば、一つの巨大都市を丸ごと作れそうなほどの量になっていた。
それなのに。
収納空間の果ては、まだ見えない。
蓮はしばらくその光景を眺めた。
「……これだけ入れても、まだ分からないのか。」
以前、大量の水を収納した時もそうだった。
高級料理を入れた時もそうだった。
そして今日、巨大物流センターをいくつも空にした。
それでも容量の限界を示すような感覚は、何一つない。
「本当に無限だったりしてな。」
冗談半分で呟いたものの、それを否定できる材料もなかった。
蓮は収納空間を閉じた。
その時だった。
吹雪の向こう、物流園区のさらに先に、何本もの巨大な煙突が見えた。
蓮の視線が止まる。
そこには、広大な工業団地が雪の向こうまで続いていた。
いくつもの工場。
巨大な建屋。
そして、その中には工作機械や製造設備、大型機械が大量に残されているはずだった。
今日手に入れた物資だけでも、普通に考えれば十分すぎる。
工場設備など、今の自分には必要ない。
工作機械を収納して、いつ使うのか。
製造設備を持ち帰って、何を作るのか。
大型機械など、この先一度も使わない可能性だってある。
蓮は数秒間、黙ったまま工業団地を眺めていた。
やがて、僅かに口元を緩める。
「まあ、明日考えるか。」
スノーモービルのエンジンを始動する。
今日一日だけで手に入れた物資の量は、もう自分でも正確には把握できない。
それでも、収納空間はまだ何も訴えてこなかった。
蓮がアクセルを開くと、雪煙が大きく舞い上がった。
白く死んだ街の中を、一台のスノーモービルだけが要塞へ向かって走っていった。
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Day 4
外気温 -22.5℃
積雪 172cm
電力 ▲
ガス ▲
水道 ▲
通信 ▲
【今日のメモ】
「人がいなくなれば、世界そのものが巨大な倉庫になる。」
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