第17話 Day 3 限界
翌朝。
Day 3。
蓮が目を覚ますと、暖炉の火はまだ静かに燃えていた。
窓の外は、昨日とはまるで別世界になっている。猛烈な風が雪を巻き上げ、向かいのマンションですら霞んで見えた。窓ガラスには厚い氷が張り付き、外気を完全に遮断している。
蓮は温度計へ目を向けた。
-18.3℃。
「……ここまで来たか。」
そう呟くと、いつものようにコーヒーを淹れ、暖炉の前へ腰を下ろした。
テレビをつけた瞬間、緊急速報の音が部屋に響く。
『緊急特番です。本日未明、日本各地で観測史上最低気温を更新しました。現在も気温は下がり続けています。』
画面には日本地図が表示され、各地の気温が次々と映し出された。北海道は-58℃、東北は-53℃、関東でも-51℃。西日本でさえ氷点下四十度を下回っており、地図の大部分が黒に近い異様な色で塗られていた。
スタジオにも重苦しい空気が流れていた。
「ここまでの寒冷化は、人類史上前例がありません。気象学では説明不能であり、原因も現在のところ分かっておりません。」
司会者からは昨日まで残っていた余裕も、笑顔も消えている。
『政府は先ほど、全国の自治体に対し不要不急の外出を控えるよう正式に要請しました。企業には在宅勤務への切り替え、または臨時休業を推奨しています。学校も本日より順次休校となります。』
画面が切り替わる。
次に映ったのは、入店制限が始まったスーパーだった。入口には百人近い列ができ、店員が声を張り上げている。
「申し訳ありません! 本日入荷予定の商品は、すべて未定となりました!」
店内では残った食料を奪い合うようにカゴへ入れていく人々の姿が映っていた。米、パン、カップ麺、缶詰、水。昨日まではまだ残っていた棚も、今ではほとんど空になっている。
「一人一点までです!」
「押さないでください!」
泣き出す子ども、怒鳴る男性、何度も頭を下げる店員。混乱は昨日とは比べものにならなかった。
ホームセンターも似たような状況だった。ストーブ売り場は空になり、発電機も灯油も毛布も残っていない。最後の一枚になった毛布を巡って二人の客が口論になり、その様子を別の店員が必死に止めていた。
家電量販店では電気ヒーターが完売し、ガソリンスタンドでは給油を待つ車が数百メートル先まで続いている。
「一台二十リットルまでです!」
店員は何度も声を上げていたが、その声すら列の後ろまでは届いていなかった。
テレビはさらに各地の状況を映していく。
高速道路は完全封鎖され、新幹線も全線で運休。空港では欠航が相次ぎ、港では船舶の運航停止が発表されていた。
物流会社の会見も流れる。
「本日の配送は、すべて中止となります。」
宅配便各社も相次いで受付停止を発表し、現在預かっている荷物についても、いつ届けられるのか目処が立っていないという。
全国の物流網が、一つずつ止まり始めていた。
午後になると、政府による緊急記者会見が始まった。
総理大臣が疲れ切った表情で演台へ立つ。
『国民の皆様へ。命を守る行動を最優先してください。不要不急の外出は絶対に控え、食料の買い占めは避け、落ち着いて行動していただくようお願いします。』
記者席から、すぐに質問が飛んだ。
「この寒波は、いつ終わる見込みですか?」
総理はすぐには答えなかった。
数秒間の沈黙のあと、重い口調で答える。
『……現時点では、まだ明確な期間は断言できません。』
その一言が、画面越しに日本中へ広がっていった。
夜。
蓮は監視室へ向かい、大型モニターに映る街の様子を確認した。
昨日まで走っていた車は、ほとんど見えない。外を歩く人間も僅かになり、雪だけが静かに降り続けている。
「……あと少しだ。」
蓮は収納空間を開いた。
食料、高級料理、燃料、車両、そして果てしなく広がる水。
必要なものは、すべて揃っている。
蓮はしばらくそれらを確認したあと、静かに収納空間を閉じた。
「明日だ。」
暖炉の火だけが、静かな部屋を照らしていた。
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Day 3
外気温 -18.3℃
積雪 186cm
電力 ▲
ガス ○
水道 ▲
通信 ▲
【今日のメモ】
「当たり前は、失って初めて価値に気付く。」
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