第40話 勝てば官軍
翌日の朝。
蓮と朝霧は、刑務所内に設けられた情報管制室を訪れていた。
かつては施設の管理業務に使われていた部屋も、今ではすっかり様変わりしている。複数のパソコンと通信機器が並び、壁際には大型モニターが設置されていた。机の上には増設された機材や配線が所狭しと並んでおり、そのほとんどが寺川容子の手によって組み上げられたものだった。
部屋に入ると、寺川はすでに作業に没頭していた。複数の画面に文字列や資料が表示され、その前で彼女の指先が驚くほどの速度でキーボードを叩き続けている。二人が入ってきたことにも、すぐには気づかなかったようだ。
その表情は真剣そのもので、普段の軽い口調からは想像できないほどの集中力を見せている。ただし、頭には相変わらず犬耳がついており、画面を鋭い眼差しで見つめる姿と、その妙に愛らしい犬耳との組み合わせは、どうにも噛み合っていなかった。
「どうだ、情報は集まってるか?」
蓮が声をかけると、寺川はようやく顔を上げた。
「おお、神崎さんに朝霧さん。ええとこに来たな。もういろんな情報を集めとるで」
「そうか、ならよかった。何か重要な情報はあるか?」
「ありすぎて困るぐらいやねんけど、その前に一個見てほしいもんがあるねん」
「……なんだ?」
寺川は手元のキーボードを操作し、パソコンに表示されていた映像を中央の大型モニターへと投影した。
画面に映し出されたのは、一棟の大きな倉庫だった。
映像は建物から少し離れた場所で撮影されたものらしく、画面の端には別の建物の壁が映り込んでいる。倉庫の前に停車した複数の車両と、そこから降りてくる武装した部隊の姿ははっきりと確認できた。
やがて部隊は倉庫の前へ集合し、しばしのやり取りの後、部隊が銃を構え、次の瞬間には銃声が辺り一帯に響いた。
逃げ惑う人々が次々と倒れていく。倉庫の入口付近では何人もの市民が地面に倒れ、動かなくなっていた。それでも部隊の行動は止まらず、やがて倉庫の中から大量の物資が運び出され、車両へと積み込まれていく。
「な、なんてひどいことを! これ、自衛隊だよね? こんなこと……これが国のすることなの!?」
朝霧は思わず口元を押さえた。画面の中で起きている光景が信じられないのか、その表情には強い衝撃と怒りが浮かんでいた。
「ああ……俺もここまでするとは予想外だった。前に黒崎から聞いた話では、保護地域付近では物資を配布していたはずなんだがな」
蓮も険しい表情で画面を見つめていた。政府がすべての国民を救えるわけではないことは理解している。しかし、武装した部隊が市民を銃殺し、食料や物資を奪っていく光景は、彼の予想を大きく超えていた。
二人の反応を見て、寺川が口を開いた。
「……いや、そうとも言いきれんねん。まず、この動画はその黒崎さんって人が言うてた保護地域で保存されてたもんやないねん」
「……保護地域じゃない? どういうことだ?」
「正確に言うと、中央の保護地域やないって意味や。情報収集するんやったら、まず国全体がどうなっとるか把握する必要があるやろ? せやから、中央の第七号だけやのうて、規模の大きいところから順番に調べていったんや。そしたら、この動画を見つけてん。日付は……昨日になっとんな」
「他にもあんな施設があるのか?」
「いんや。構造資料なんかも調べてみたけど、あんな規模の施設は第七号だけやった。この動画が撮られたんは、第三号保護地区って呼ばれとる場所やな。ここも地下施設みたいやけど、規模はそこまで大きない。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「……ここ、どう見ても軍事施設が集中しとる地域みたいやねん。それに……」
「いいから先を言え」
「……この施設のトップが――」
◇
その日の朝、第七号の中枢執務室には、総理の怒声が響き渡っていた。
「ふざけんじゃないわよ! なんてことをしてくれたの!」
執務机の前に立つ総理は、普段の冷静さを失っていた。目の前の大型モニターには、ある倉庫で撮影された映像が停止した状態で表示されている。武装した部隊が一般市民に発砲し、物資を運び出している光景だった。
その傍らには、第七方面統合運用群副司令、岩森の姿があった。
「総理、どうか落ち着いてください。現在、映像の真偽と撮影された状況について確認を――」
「そんな悠長なことを言っている場合じゃないでしょう! もう生きてるネットにも一部が拡散されているのよ!」
「そちらについては、すでに情報部門が対応しております。該当する投稿の削除と同時に、AIによって生成された虚偽映像として注意喚起を行っています。また、政府が実際に物資を配布している映像についても、広報部門を通じて差し替えております」
「早急に削除と情報操作を進めなさい! ただでさえ国民の不安が高まっているというのに、こんなものが広まったら……!」
総理は苛立たしげに息を吐くと、岩森へと視線を向けた。
「……すぐに繋げなさい」
「……どちらへ?」
「鷹宮よ! 鷹宮に、今すぐ繋げなさい!」
「はっ、承知しました」
総理の怒声を受け、岩森はすぐに部下へ通信の準備を命じた。
◇
第三号保護地区。
その地下に設けられた中枢指揮室は、第七号の総理執務室とはまるで趣が異なっていた。
室内には調度品も、来客を迎えるための装飾もない。灰色の壁面には複数の通信機器と大型モニターが並び、周辺地域の地図や部隊配置、通信状況などが絶えず表示されている。金属製の机には端末と書類が整然と置かれ、室内を行き交う職員たちも必要最低限の言葉だけを交わしていた。
ここは政治家のための執務室というよりも、軍事拠点の司令部と呼ぶ方がふさわしい場所だった。
その中央に、一人の男が立っていた。
第三号保護地区統括責任者、鷹宮宗一郎。六十八歳。かつて防衛大臣を務め、長年にわたり政界の中枢に身を置いてきた人物である。
白髪交じりの髪は丁寧に整えられ、口元には手入れされた髭が蓄えられている。顔には年齢相応の深い皺が刻まれていたが、背筋は真っ直ぐに伸び、その鋭い眼光には老いを感じさせない威圧感があった。
「鷹宮統括、総理から通信が入っております。いかがいたしましょうか」
その連絡に、鷹宮はわずかに眉を動かした。
「……繋いでくれ」
その一言で正面の大型モニターが切り替わり、第七号の中枢執務室が映し出された。画面には総理大臣と、その傍らに立つ岩森の姿があった。
「これはこれは。朝からどうされたのかな、総理。岩森君も一緒か。ようやくこちらへの物資の追加配給を決断していただけたのかね?」
「そんな話をしているんじゃないわ! 鷹宮、昨日、あなたたちは何をしたの!」
「はて、何のことでしょうかな。こちらも業務が山積みでしてな。もう少し具体的にお話しいただきたい」
「とぼけないで! 武装した部隊が倉庫に押し入り、物資を奪っている映像がネット上に出回っているのよ!」
「ああ、あの件ですか。それが何か?」
「何かですって!? 一般市民に発砲し、何人もの命を奪っているのよ! ただでさえ政府への不信感が高まっているというのに、あんなことをすれば、さらに混乱が広がるでしょう!」
総理の激しい言葉を受けても、鷹宮は表情を変えなかった。口髭をゆっくりと撫でながら、しばらく画面の向こうの総理を見つめている。そして、わずかに首を傾げた。
「一つ、お尋ねしてもよろしいかな。総理がおっしゃる『市民』とは、いったい誰のことです?」
「何を言っているの? あそこにいた人たちも、当然この国の国民でしょう!」
「それは結構。しかし、今の政府が守るべき国民として選んでいるのは、保護地域の内側にいる者たちではありませんかな?」
「違うわ! 収容できる人数には限界があるのよ! だからといって、外にいる人たちを国民ではないと言っているわけじゃ――」
「無論、総理が国家の存続を最優先に考えておられることは理解しております。救える人数に限りがあることも、私とて承知している。実際、中央の保護地域でも新たな受け入れが難しくなり、収容者の選別も厳しくなっていると聞いておりますからな」
「……何が言いたいの」
「その選ばれた人々を生かすために、我々第三号の人間まで見捨てるおつもりなのかと、お尋ねしているのですよ」
「そんなつもりは毛頭ないわ! あなたたちにも国家を維持するための重要な役割があるでしょう!」
「ええ、もちろんですとも。中央へ押し寄せる避難民や暴徒を食い止める、防壁としての役割ですな」
「違うわ! 各地域の秩序を維持し、混乱が中央に波及するのを防ぐためよ! それに、これまでは救援活動だって行ってきたでしょう!」
「そうですな。寒波が始まった当初、我々も任務を果たすために命を懸けてきた。それを否定するつもりはありません。しかし、総理。我々も人間です。生きていくためには食わねばならん。それなのに、中央からこちらへ回される物資は日に日に減っていった」
「それはこちらも同じよ! こんな災害を誰が予想できたというの! 一部の地域ではなく、日本全国が同時にこの寒波に襲われたのよ!」
「ええ。ですが、第七号には屋内の食料生産環境がある。収容人数を調整し、生産体制を維持できれば、少なくとも生き延びる道はあるでしょう。しかし、当然我々にはそのような設備はない。備蓄が尽きれば、それで終わりです。それに、外部に残された物資の回収については、総理も方針を了承されていたはずですが?」
「それは、まだ誰も使用していない物資を回収するという前提でしょう! 避難している市民から武力で奪えなんて、一度も命じていないわ! 直ちにあのような行為をやめなさい! 社会が復旧するまで、何としても持ちこたえるしかないのよ!」
「総理。今、この国に何人の国民が生き残っていると思われますかな。雪は止みましたが、寒さは依然として続いている。道路も物流も、以前のようには機能しておらん。その状況で、社会が近いうちに元どおりになると、本気でお考えですか?」
「そんなことはないわ! 雪が止んでからは、気温も少しずつ上昇している。時間はかかっても、必ず復旧への道は開けるわ。私たちは、かつての日本を取り戻さなければならないのよ!」
「その時間が、我々にはもう残されておらんのです」
鷹宮の声が、わずかに低くなった。
「第三号の備蓄も、いずれは尽きる。中央からの追加支援も、もはや当てにはできん。ここには多くの隊員がいる。その家族もいる。もちろん一般市民もね。私には、彼らを生かす責任があるのですよ」
「だからといって、市民を撃ち殺してまで物資を奪うなんて許されるわけがないでしょう! そんなことをすれば、かえって暴動が広がるだけよ!」
「暴動ですか。総理、今の日本に暴動の起きていない地域が、果たして残っているのでしょうか。外にある物資も、我々が確保しなければ、いずれ誰かが消費してしまう。寒波がいつ終わるとも知れん以上、我々も生き延びるために、無くなる前に動く必要がある。それとも総理は、国のために第三号の人間は飢えて死ねと、そうおっしゃるのですかな?」
「屁理屈はやめなさい! こちらだって、限られた備蓄から物資を送っているでしょう!」
「では、お尋ねしましょう。最後に第三号へ物資が送られたのは、いつでしたかな?」
「それは……」
「雪が止んだ後、ようやく手配された輸送隊のことは覚えておられるでしょう。あの輸送隊は途中で暴徒化した市民に襲われた。我々の隊員は必死に応戦し、襲撃そのものは制圧しました。しかし、その混乱で積み荷の大半を失った。隊員も、市民も、大勢が死んだのですよ」
鷹宮は一度言葉を切り、総理を見据えた。
「そして、それ以降、第三号には一度も物資が届いておらん。違いますかな?」
「……それは、こちらにも事情が――」
「事情があるのは、こちらも同じです」
鷹宮は小さく息を吐き、口髭から手を離した。
「総理。だから私は、以前から申し上げてきたのです。女に総理大臣など務まらんと」
「……鷹宮」
「今の現実を、もっとはっきりとご覧になることですな。この寒波がいつ終わるのか、誰にも分からん。国民からどう見られるかを気にしている場合ではない。いかに国を、そして国家を支える組織を存続させるか。そのために何を捨て、何を残すのかを決めねばならんのです。綺麗事を並べている余裕など、もうどこにもない。総理には、その覚悟がまだ足りんようですな」
「……鷹宮! もうあなたに第三号の統括は任せられないわ! 統括の任を解く。直ちに権限を引き渡して、中央へ戻りなさい!」
「今さら私一人がそちらへ戻って、何になるのですかな?」
「何ですって?」
「それとも、第三号にいる者を全員、第七号で受け入れていただけるのかね?」
「そ、それは……」
「できんでしょうな。私にも分かっておりますよ」
鷹宮は椅子に腰を下ろすこともなく、画面の向こうの総理を静かに見つめ続けた。
「もし、この世界が元に戻る日が来るのなら、私はいかなる責任も罰も謹んで受けましょう。ですが、それまでは第三号の人間を生かすことを優先させていただく。今後、こちらのやり方に口を出していただく必要はありません」
「待ちなさい! 鷹宮、あなたは自分が何を言っているのか分かっているの!?」
「……切れ」
鷹宮がそう告げると、その傍らに立っていた男が無言で通信端末へ手を伸ばした。
第三方面統合運用群司令、榊原征隆陸将。六十歳。第三号に配置された部隊を統括する軍事責任者であり、これまで鷹宮とともに、この地域の治安維持と防衛を担ってきた人物である。
榊原は画面の向こうでなお何かを叫ぶ総理に一度だけ視線を向けると、静かに通信を遮断した。
大型モニターから総理と岩森の姿が消え、再び周辺地域の地図が表示される。室内には通信機器の小さな電子音だけが響いていた。
「……これで、本当によろしかったのですか。鷹宮統括」
しばらくして、榊原が口を開いた。
鷹宮は振り返ることなく答えた。
「お前まで私に反対するのかね?」
「……いえ。現在の状況を考えれば、やむを得ない判断だというのは理解しています。しかし、部隊の内部にも、市民に対する発砲を躊躇する者もおります。今回の件についても、隊員たちの間で動揺が広がっています」
榊原の声は落ち着いていたが、その表情は硬かった。軍人として命令に従うことと、武器を向ける相手が同じ国の市民であることは、決して簡単に割り切れる問題ではなかった。
鷹宮はゆっくりと振り返り、榊原を見た。
「ならば、その隊員には伝えてやれ。家族を連れて、ここを出ていっても構わんとな。懲罰も科さん。一日分の食料くらいなら、家族の分も持たせてやっていい」
「……」
「外に出てからなら、綺麗事でも何でも好きなだけ言えばいい。誰も止めはせんよ。ただし、ここに残って我々の物資を食う以上は、ここを守るための責任を果たしてもらわねば困る」
「……承知しました」
鷹宮は再び大型モニターへと視線を戻した。
「何も総理一人ではないのだよ。後世から悪評を浴びせられるのはな。私とて、今やっていることがどのように語られるかくらいは分かっておる」
そこで一度言葉を切ると、口髭を撫でながら静かに続けた。
「だがな、いつか必ず、これが正しかったと評される日も来る。過去の戦争とて同じだろう。結局のところ、勝てば官軍だ。生き残った者が、その後の歴史を作るのだからな」
榊原はしばらく何も答えなかった。やがて、鷹宮へ向き直る。
「ですが……いえ、隊員への説明は……私から行いましょう」
「ああ、頼んだぞ」
鷹宮は短く答えると、再びモニターに表示された周辺地域の地図へと目を向けた。その表情に、迷いは見られなかった。
◇
「この施設のトップが鷹宮やねん」
「鷹宮って……あの、今の総理と選挙で最後まで争っていた、あの鷹宮防衛大臣?」
朝霧が驚きの声を上げた。かつて防衛大臣を務め、現総理と激しく対立していた政治家の名前が、まさかこの状況で出てくるとは思っていなかったのだろう。
「せや。かなり過激な発言をしとったんは、うちも覚えとるわ。まさか今、あそこにおったとはな……」
「それで? お前はこの行動が政府の指示ではないと言いたいのか?」
蓮はモニターに映し出された映像へと視線を戻した。中央からの命令によるものなのか、それとも現地の判断なのかによって、話は大きく変わってくる。
「いや、そこまではうちにも言い切れへん。ただ、過去のメッセージのやり取りを見る限り、この第三号保護地区はもうかなり物資が厳しい状況みたいやねん。中央にもずっと物資の支給を要請しとったみたいやけど、うちが確認した限りやと……」
画面には第三号と中央政府の間で交わされた過去の通信記録が表示されており、物資の支給を求める内容が何度も繰り返されている。
「国からの配給がないからって、こんなことをしたとでも言うの……!?」
朝霧は唇を噛み締め、握りしめた拳を震わせた。医師として多くの命と向き合ってきた彼女にとって、この行為は、到底受け入れられるものではなかった。
「……まあ、あくまで想像でしかないけどな。これまでのやり取りを見る限り、そう考えるんが一番……自然やと思うわ」
寺川も朝霧の言葉を否定することはなかった。ただ、今の段階では第三号が独断で行動したと断定できる証拠もなく、彼女にできるのは集めた情報から状況を推測することだけだった。
二人のやり取りを黙って聞いていた蓮は、モニターに表示された通信記録へと目を向けた。第三号が深刻な物資不足に陥っていることは分かったが、それだけでは今回の襲撃が中央政府の指示によるものなのか、現地の独断なのかまでは判断できない。蓮はしばらく考え込んだ後、寺川に尋ねた。
「他の地区でも、似たようなことは起きてないのか?」
「よその地区も、今は各地の倉庫から物資を集めとるみたいやけど、あんな武力行使は今んとこ見つかってへん。ただ、全部を調べきれたわけやないから、絶対にないとは言い切れへんけど」
「鷹宮か……選挙の頃から、今の総理に対して過激な発言が多かったな。となると、中央政府の命令に違反している可能性もあるってわけか」
蓮は腕を組み、再び倉庫の映像へと視線を戻した。
「それが一番可能性としては高い、とうちは見とる。それから、第七号の方も調べてみたんやけど、あそこもかなり限界に来とるみたいやな」
「どういうことだ?」
「新しい人間の受け入れは、結構前から停止しとる。それだけやのうて、もともと収容されとった人間を外に出すようなことまでやっとるみたいやねん。記録上は別の施設への移動ってことになっとるんやけど、調べてみたら、その移動先はとっくに機能しとらんかったわ」
「それじゃ……実質、追放じゃない!」
それを聞いて朝霧が思わず声を上げた。
「せやな。実質……そういうことや。ほんで、さらに調べてみたんやけど、第七号はそもそも、あれだけの人数を収容する計画で造られた施設やないみたいやねん。人がある程度快適に暮らそう思うたら、今の半分以下の人数やないと回らん計算や」
「どういうことだ?」
「気になって、どんな設備があるんか調べてみたんや。そしたら、ある意味、今の刑務所よりすごい施設やったわ。水や電力を確保する仕組みがあるだけやなくて、食料を生産する設備も整っとるし、家畜まで飼育しとるみたいやねん。自給自足まで考えられとったみたいや」
蓮と朝霧は黙って寺川の説明を聞いていた。第七号は最初から長期間の避難生活を想定して造られた施設であり、それほどの設備を備えていながら、寺川は限界が近いと言っている。
「でもな……今の人数やと生産する量より消費する量の方が多いねん。このままやったら、いずれ備蓄も底をつく計算や」
「たぶん、ここまで寒波が長引くとは想定してなかったんだろな。災害でも戦争でも、普通は被害が一部の地域に集中するから、他地域から届く物資も、計算に入れてたはずだ。国は国なりに必死に国民を救おうとしたのかもしれんが、甘く見すぎたな」
今回の寒波は日本全国を同時に襲い、物資を供給する側の地域まで機能を失わせてしまった。どれほど周到に準備された施設であっても、外部からの補給が完全に途絶える事態まで発展すとは誰にも想定できなかったのかもしれない。
「状況はだいたい分かった。続けて情報を集めてくれ。これからは第三号の動きにも注目してくれ。あと、全国にある主要施設の情報も一応一通り集めといてくれ。それから……」
蓮はそこで一度言葉を切り、何かを考えるように腕を組んだ。
「さっき言った家畜なんだが……俺たちもやりたいな」
「……え? 蓮……そこ?」
朝霧の呆れた声だけが虚しく響いた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
みなさんのコメントを見ると、考察の鋭さも、物語の登場人物に対する見方や考えも本当にいつも驚かされます。
作中に出てくる総理の考えも鷹宮の考えも、どちらも理解できる一面と納得いかない一面があり、作者も執筆中よく悩みます。みなさんと同じような感覚に陥ることも多々あります。とくに民間人に武器を向ける描写などは、作者も辛い思いをしながら書いております。
しかし、この過酷な世界では正解などありません。
いつかの朝霧先生の日記じゃないですが、この物語は記録であり、後世がそれを見た時に正しかったのか判断するしかないのかもしれませんね。




