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氷河期ストレージ ~雪が止んだ日、世界は再び動き始めた~  作者: 宵白レン
第二章

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第34話 それぞれの成果

 ――四日後。


「終わったで!」


 寺川の部屋へ足を踏み入れた途端、四日間の成果を待ちきれなかったような声が飛んできた。


 初めてこの部屋へ大量の機材を運び込んだ時も決して片付いているとは言えなかったが、今はさらに酷い。机の上には三台のモニターが並び、そのすべてに蓮には意味の分からない文字や数字が表示されている。足元を何本ものケーブルが這い、開封された機材の箱や空になった飲料の容器、食べ終えた保存食の袋までが部屋の隅へ追いやられていた。


 その中心で椅子を半回転させた寺川は、疲労よりも達成感の方が勝っているらしく、犬耳のついたニット帽を被ったまま得意げに胸を張っていた。この四日間、食事と最低限の睡眠以外はほとんどこの部屋から出ていなかったと聞いているが、その目にはまだ妙な活力が残っている。


「終わったって、全部をか……?」


「頼まれとった分は全部終わったで。買い物の記録は半年分ぐらい残して、消せるとこは消した。消したらおかしなるやつは、前に言うた通りうまいこと散らしといたで。株の方は触らずそのままや。これでしばらくは問題あらへんと思うで」


 説明しながら寺川がキーボードを操作すると、三台のモニターに表示されていた画面が次々と切り替わっていく。会社名らしきものや数字の羅列が一瞬だけ見えたかと思えば、すぐに別の画面へ移り、今度は取引履歴らしき一覧が表示された。


 蓮には、その一つ一つがどこへ繋がり、寺川が何をどこまで変えたのかまで、全てを把握しているわけではない。だが、四日前に任せると決めた時点で、細かな作業については寺川の領分だと割り切っていた。


「金の流れもか?」


「そっちもや。変に消したら余計目立つところは残して、物資の購入とは別に見えるようにしとる。もちろん、これで何があっても絶対に見つからへん、なんて言うつもりはないで」


 そこまで説明した寺川はキーボードから手を離し、椅子の背にもたれながら蓮を見上げた。先ほどまでの浮かれた様子とは違い、その表情には自分の仕事に対する確かな自信が見える。


「向こうが本気で一個ずつ調べて、生き残っとる関係者まで片っ端から探し出したら、どっかから何か出てくる可能性はある。でも、普通に神崎さんの過去を洗ったぐらいなら、あの倉庫まで一本で繋がることはないはずや。これでしばらくは問題ないと思うで」


「ああ。それで十分だ」


 蓮も最初から、自分が寒波前にしたことを世界から完全に消せるとは考えていない。


 農家や牧場、加工業者、配送業者。それだけの人間が関わった以上、どこかには必ず記憶が残っている。重要なのは、政府が神崎蓮という名前を調べた時、寒波直前に全国から異常な量の物資を買い集め、それらを一箇所へ集中させていた事実まで簡単に辿り着けないことだった。


 政府がどこまで自分を疑っているのかは分からない。そもそも、まだ自分の存在にすら辿り着いていない可能性もある。それでも、いずれ来るかもしれない時に備えて消せる痕跡を今のうちに薄くしておく。その目的は十分に果たせていた。


「これで十分だ。よくやった」


「……それだけ? なんか忘れてへん?」


 それまでとは明らかに違う寺川の声に、蓮は眉を寄せた。


 四日間かけて政府の追跡を遠ざける仕事を終えた天才ハッカーは、なぜか不満そうに頬を膨らませている。何を言いたいのか分からず見返していると、寺川は頭の犬耳を揺らしながら身を乗り出した。


「……なんだ?」


「なんだちゃうやろ! 約束したやん! うち、四日間ずっと楽しみにしとったんやで!」


「……ああ、そう言えば言ってたな」


 そこでようやく思い出した蓮が《パンドラ》から一つの箱を取り出すと、寺川の視線がぴたりとそこへ吸い寄せられた。透明な蓋の向こうにケーキが見えた瞬間、それまで不満そうだった顔が嘘のように輝く。


「きたああああ! これやこれや!」


 椅子を蹴るように立ち上がった寺川は、差し出された箱を両手で受け取るなり、その場で何度も跳ね始めた。小柄な身体が上下するたびに犬耳までぴょこぴょこと揺れ、四日前に見た光景がそのまま繰り返される。


「神崎さん最高や! うち、ここに残れてほんまによかったわあ……」


「そうか、そんなのでいいなら……」


「何言うとんねん! 今の世界でケーキがどんだけ貴重やと思っとるんや!」


 言いながら既に蓋へ手をかけているあたり、本当に待ちきれなかったらしい。寺川はフォークで小さく切り取ったケーキを口に頬張ると、しばらく味わうように目を閉じ、それから頬を緩ませた。


「んんん……! これや、これ! ほんまに四日間頑張った甲斐あったわ……」


「なら先に食べてろ。今後のことはまた後で伝える」


 ケーキに夢中な寺川は、もう蓮の言葉などほとんど耳に入っていなかった。


 寺川が四日間かけて終わらせた仕事は大きい。だが、この刑務所で進んでいたのはそれだけではなかった。


 蓮が部屋を出て屋外へ向かうと、数日前とは明らかに違う光景が広がっていた。体育館の屋上には、太陽光パネルが列を作って並び、晴天の日差しを受けて鈍く反射している。まだ一部では数人が固定作業を続けていたが、予定していた設置そのものはほとんど終わっていた。


 寺川がパソコンに張り付いていた四日間、ほかの人間たちは自分にできる作業を手を抜かず行っていた。蓮が資材や工具を用意し、久世を中心に設備を分かる者が指示を出す。蓄電設備への接続や刑務所内部の配線はまだまだこれからだったが、少なくとも今後必要になる電力を自分たちで作り出すための形は見え始めている。


 それを確認してから、蓮は次に山下を一人連れて、長い間ほとんど使われていなかった体育館へ向かった。


「ここで、ですか……?」


「ああ。使えると思うか?」


 広い体育館の中央まで進んだ山下は、すぐには答えずに周囲を見回した。


 刑務所の収容者たちが運動に使っていた場所だけあって広さは十分にある。高い天井から吊り下げられた照明は今も残り、壁際には使われなくなった器具が寄せられている。暖房の入っていない館内には冷気が溜まり、じっとしていると足元から寒さが這い上がってくる。


 山下は刑務所に残った連中の中では唯一、本格的に農業を仕事にしていた経験がある。これから先、備蓄を消費するだけではなく自分たちで食料を作っていくのなら、まず意見を聞くべき相手だった。


「ここを使って野菜か何かを作れないか」


「広さは十分です。ただ……このままだと温度も日照も足りませんね。今の状態でも育てられるものはないことはないですが、かなり限られると思います」


「なら、これらがあればどうだ?」


 蓮は《パンドラ》から使えそうなものを取り出し、体育館の床へ並べていった。


 最初に現れたのは栽培にも使えるLED照明だった。その横へ暖房器具、棚、栽培用の容器を置き、さらに寒波前に収納していた土や肥料まで取り出していくと、難しそうに体育館を眺めていた山下の表情が少しずつ変わっていった。


「……ま、待ってください! これ、全部持ってたんですか?」


「ああ。ほかにも必要なものがあるなら言ってくれ。持っていれば出す」


「はい! すぐ確認しますね……これはすごいですよ」


 山下は床に並べられたものを一つずつ確かめながら、時折体育館の中へ視線を向けていく。照明をどの高さに置き、暖房をどこへ配置するのか。棚を何列並べ、通路をどれだけ残すのか。しばらくすると、ただの体育館だった空間を農場として見始めたのか、床の上を歩きながらおおよその配置まで確かめ始めた。


「……これなら問題なく作れますよ。照明がこれだけあって温度も管理できるなら、外が寒くてもかなり自由にできます」


「収穫まではどれぐらいかかる?」


「作るもの次第ですね。早いものなら二、三週間で採れますよ。レタスや小松菜なんかは若いうちから食えますし、ちゃんと大きく育てるなら一か月ぐらい見た方がいいです。逆に大根やニンジンなんかは二、三か月はかかると思います」


 思っていたより早い。


 今すぐ自給しなければ飢える状況ではないものの、最初の収穫までそれだけの期間で済むのなら早いに越したことはない。何より一度仕組みを作ってしまえば、それ以降は《パンドラ》の中にある備蓄を減らさずに、新しい食料を手に入れ続けることができる。


「一度に全部植えるのか?」


「いえ、それはやめた方がいいですね。一度に全部植えたら、当然収穫も同じ時期になりますから。少しずつ時期をずらして植えて、順番に採れるようにしましょう。ここで長く暮らすなら、その方が使いやすいと思います」


「ああ、なるほどな。その方がよさそうだ」


 野菜については、これである程度の目処が立った。


 だが、蓮が必要としているのは野菜だけではない。十人がこの先もここで暮らし続けることを考えるなら、いずれは腹を満たす主食まで自分たちで作れるようにしておいた方がいい。


「野菜以外はどうだ? 米や麦、それに芋なんかも作りたい」


「それなら、同じ場所に全部詰め込まん方がいいですね」


 山下は少し考えてから体育館を見回し、頭の中で作物ごとの配置を分けているようだった。


「体育館は野菜中心でいいと思います。ジャガイモやサツマイモなんかは、使ってない倉庫があるならそっちを使いましょう。照明と温度をどうにかできるなら、わざわざここに全部集める必要はありません」


「倉庫ならいくつも空いてたな」


「はい。問題は米と麦ですね。作ること自体はできますけど、ある程度の量を採ろうと思ったら、どうしても面積が必要になります」


「ここじゃ足りないか?」


「体育館を野菜と一緒に使うのはもったいないですね。それに米なんかは収穫まで時間もかかります。少し試すだけならここでもできますけど、これから先も作り続けるつもりなら……もっと広い場所を使った方がいいと思います」


 広い場所。


 その言葉を聞いて、蓮の頭に一つの場所が浮かんだ。


「なら、運動場はどうだ?」


「……どうでしょうね、一度見てみましょうか」


 二人は体育館を出ると、そのまま刑務所の運動場へ向かった。


 屋内から出た途端、吹き抜けてきた冷たい風が身体へまとわりつく。寒波の最中に比べれば気温は確実に上がっているものの、農作物を普通に育てられる環境へ戻ったわけではなかった。


 山下は中央付近まで歩いてから足を止め、かなりの広さがある敷地をゆっくりと見渡す。


「広さは……十分ですね。米や麦を作るなら、体育館よりこっちの方がずっといいです。区画を分ければ両方できますし、今後人数が増えたとしてもある程度は広げられます」


「なら、ここを使えるか?」


「問題は寒さですね」


 予想していた答えに、蓮は黙って山下の続きを待った。


「前より暖かくなってはいますけど、まだこの気温じゃ厳しいです。それに、ここは風がまともに当たりますからね。今すぐ植え始めても、まともに育たないと思います」


 広さはある。


 だが、環境が足りない。


 体育館なら壁と屋根があるため、照明と暖房を持ち込むことでどうにかできる。しかし何もない運動場全体を同じように温めることはできない。


 蓮が地面へ目を向けながら考えていると、少し離れた場所から声が飛んできた。


「だったら、ここに箱でも作っちまえばいいんじゃねえか?」


 蓮と山下が振り返ると、自分の作業を終えて通りかかったらしい火野がこちらへ歩いてきていた。手袋についた汚れを払いながら二人のところまで来ると、話を聞いていたのか、広い運動場を指差す。


「箱……?」


「でっけえ箱だよ。外だから寒くて駄目なんだろ? 資材があるなら、使うところだけ壁と屋根で囲っちまえばいいじゃんかよ。外じゃなくせば風も入らねえし、中だけ暖めりゃいいだろ」


 言い方こそ単純だったが、蓮はすぐに否定せず、火野が指した先へ目を向けた。


 運動場のすべてを一度に覆う必要はない。必要な広さだけを区切り、壁と屋根を作って外気を遮断する。《パンドラ》には寒波前に集めていた鉄骨や板材、断熱材をはじめとした建築資材が大量に残っているから、体育館と同じように照明と暖房を持ち込めば、今の気温でも作物を育てられる空間を作れる可能性はある。


「山下、どうなんだ?」


「……そうですね。それならば、最初は必要な区画だけ作ればいいと思います。中の温度を維持できるなら、かなり現実的になりますよ。米と麦で場所を分けて、後から必要になったら栽培する場所を広げていけばいいです」


「なら、その方向で考えよう」


 話がまとまりかけたところで、蓮はもう一つ思い出した。


「そうだった。これも見てくれないか」


 《パンドラ》から、今度は寒波前に確保していた苗木を数本取り出す。


 突然目の前に現れたそれを見た山下は、何を出されたのか確認するように一本へ近づき、葉や幹へ視線を走らせたあと、驚いた顔で蓮を見た。


「……こんなものまであるんですか?」


「ああ。農家から食料を買った時に、いつか使えるかもしれないから、苗木も一緒に買っておいた。果物も作れるなら作っておきたい」


「神崎さん、本当に何でも持ってますね……」


 半ば呆れたように言いながらも、山下はすぐに苗木の状態を確認し始めた。一本ずつ見たあと、先ほど米や麦を育てる場所として眺めていた運動場へ再び目を向ける。


「苗は問題なさそうです。これなら果物もこっちでいいですね。米や麦と同じ場所には植えずに、果樹用の区画を別に作りましょう。育て方も必要な環境も違いますから、その方が管理しやすいです」


「収穫できるのか?」


「できます。ただ、果物は野菜みたいにすぐってわけにはいきませんよ。苗木からなら種類によっては年単位で見てもらわないといけません」


「それは別に構わない。時間がかかっても、育てられるなら今から育てておきたい」


 今必要な食料なら《パンドラ》の中にある。近い将来に必要になる野菜も、体育館を使えば二、三週間後には最初の収穫を始められる見込みが立った。ジャガイモやサツマイモは空いている倉庫を使い、さらに時間はかかるものの、米や麦まで作る場所も確保できそうだった。


 ならば果物だけを、時間がかかるという理由で諦める必要はない。


 一年後にこの世界が元へ戻っている保証などどこにもなかった。二年後、三年後もここで暮らしている可能性があるのなら、数年先にしか実をつけない木であっても、植えるのが早ければ早いほどいい。


 数日前までただ人が生き残っていただけの刑務所に、少しずつ食料を生み出す仕組みが形を持ち始めていた。


 そして、それだけの作物を継続して育てるとなれば、次に必要になるものも自然と決まってくる。


 水だった。


 体育館や倉庫だけでなく、運動場まで使って作物を育てるとなれば、これまでとは比較にならない量の水が必要になる。


 蓮はそのまま給水設備室へ向かった。


 中へ入ると、以前は止まっていた設備から低い駆動音が響いていた。太い配管や制御盤が並ぶ奥では水城と久世が作業をしており、蓮の姿に気づいた水城が顔を上げる。


「あ、神崎さん。ちょうどよかったです」


 その声で久世も振り返った。


「神崎さん。今ちょうど最終確認をしているところです」


「動いたのか?」


「はい。ポンプは問題ありませんでした。今、水を流して配管の状態を確認しています」


 久世が答えた直後、管から勢いよく水が吐き出された。ただ、二か月以上使われていなかった配管の中に残っていた錆や汚れを巻き込んでいるのか、最初に出てきた水は茶色く濁っている。


「やっぱり最初は汚いな」


「しばらく流せば大丈夫だと思います」


 水城は水を止めず、久世も計器や配管の接続部分を確認しながら様子を見守った。やがて濁りは少しずつ薄くなり、しばらくすると流れ出る水は底が見えるほど透明になった。


「よし。これなら大丈夫そうですね」


 水城と久世が満足そうに頷くのを見て、蓮は流れ続ける水へ目を向けた。


「水質検査はしたのか?」


「そちらは別のサンプルで終えています。以前とほとんど変わっていません。そのまま飲んでも問題ない水準です」


 水城の答えに続いて、久世が近くにある処理設備を指した。


「ただ、神崎さん。こちらの設備も使えるようにしておいた方がいいと思います。今は問題ありませんが、地下水の状態がこの先もずっと同じとは限りません。飲み水や料理に使う分は、以前と同じように処理してから回した方が安全です」


「ああ。それでいこう」


「はい。それならこちらも整備を進めておきます」


 これまで蓮たちが使っていたのは、《パンドラ》に収納してある大量の水だった。すぐに尽きる量ではないとはいえ、使えば確実に減っていく。


 だが、地下水なら違う。


 太陽光で作った電気を使って水を汲み上げ、その水で今度は食料を育てる。まだ完全な自給自足には程遠いものの、《パンドラ》の備蓄だけに頼らず生活できる仕組みが少しずつ形になり始めていた。


「この水を農業にも使いたいんだが、いけるか?」


「……え? 農業ですか?」


「ああ。体育館と倉庫、それから運動場の一部も使うことになった。そこまで水を引けるか?」


 事情を聞いた久世はすぐに壁沿いの配管へ目を向け、刑務所内の経路を考えるように少しだけ黙った。


「体育館と倉庫でしたら、既存の配管から延ばせると思います。運動場は新しく引いた方がよさそうですね。ただ、外を通す部分は凍結対策が必要です。この気温ですと、夜の間に中の水が凍る可能性がありますので」


「分かった。なら山下とも相談してくれ。必要な資材が決まったら俺が出す」


「はい。明日にでも一緒に確認しておきます」


「ああ、頼む」


 蓮は頷き、もう一度流れ続ける水へ目を向ける。


 この刑務所は今少しずつではあるが、残された物資を消費して生き延びるだけの場所ではなくなり始めていた。


 そして人手が必要な作業に目処が立った今、蓮には次に確認しておかなければならないことがあった。


 自分たちが作ろうとしているこの場所を、どう守るのか。


「警備ですか?」


 蓮に呼ばれた植松がそう聞き返し、その隣では辰巳も黙って話を待っていた。


二人を呼んだのには理由がある。


 植松は元自衛官で、銃器の扱いだけでなく、周囲を警戒し、侵入されやすい場所や防衛上の弱点を見極める経験もある。


 一方の辰巳は元極道の組長だ。立場上、敵対する相手から狙われることも想定して、出入口や死角、逃げ道といったものには自然と目が向く。さらに、この刑務所で長く暮らしていたこともあり、外から見ただけでは分からない施設内部の構造も把握している。


「ああ。ここは当然普通の建物より侵入しにくく作られている。だが、絶対に入れないわけじゃない」


 蓮は窓の向こうに見える外周へ目を向けた。


 高い塀に囲まれ、まだ壊れているが、出入口には頑丈な門がある。建物の窓には鉄格子が入り、壁そのものも厚い。以前住んでいたマンションと比べれば、最初から人間を閉じ込め、外部と隔離することを目的として作られたこの施設の方が、防御という点では遥かに優れている。


 だからこそ、その頑丈さだけを信用するつもりはなかった。


「監視カメラは使えるものをそのまま使う。だが、今は中だけでなく外も監視する必要がある。もしお前たちが外からここへ侵入するとしたら、どこを狙うかも調べてほしい」


 植松はすぐには答えず、頭の中で刑務所の外周を思い浮かべているようだった。やがて視線を上げると、蓮へ小さく頷く。


「分かりました。カメラの位置を見るだけじゃなく、外周を一周して塀の状態も確認します。周囲の地形や建物との距離も見ておいた方がいいですね。侵入する側のつもりで調べてみます」


「ああ。頼んだ」


 今度は蓮が辰巳へ顔を向けた。


「お前は中を頼む。ここで長く暮らしてたなら、正規の出入口以外に使えそうな場所も知ってるだろ」


「……搬入口もあるし、設備関係の通路もある。普段は使ってなかった場所も含めて一度見た方がいいと思う」


「なら植松と二人で全部見てくれ。外から入れそうな場所、監視が必要な場所、今の監視カメラじゃ足りない場所。気づいたものは全部だ」


 二人がそれぞれ頷くのを確認して、蓮は話を終えた。


 2501にいた頃から、蓮は嫌というほど見てきた。


 物資があると知られれば、人は集まる。最初は助けを求めるだけだった人間も、追い詰められれば奪う側へ変わる。壁があり、扉があり、武器があったとしても、それだけで安全が保証されるわけではない。


 まして今、刑務所では太陽光による発電設備が整い始め、地下水を汲み上げる目処まで立った。これから先を見据えて農業まで始めようとしている。


 それらが完成すればするほど、この場所の価値は上がっていく。


 そして、外の世界から見れば、いずれここはただの刑務所ではなくなる。


 蓮は窓の向こうに広がる高い塀を眺めながら、静かに目を細めた。


 ここを一時的に身を隠すだけの場所ではなく、長く生きていくための拠点にするのなら、当然それに見合った守りも必要になる。


 2501を作った時と同じだった。


 いや――今度は、あの時以上に。


 この刑務所そのものを、一つの要塞に変えていく。

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ここは閉ざされていると思えば牢になり、出たくないと思えば城になる
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