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氷河期ストレージ ~雪が止んだ日、世界は再び動き始めた~  作者: 宵白レン
第二章

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第28話 拠点下見

 朝霧が目を覚まし、ベッドから起き上がると部屋のカーテンを開けた。


 以前、森の中で朝を迎えた時にも、こうしてカーテンを開けた。あの時、窓の向こうに広がっていたのは、雪を被った木々がどこまでも並ぶ静かな景色だった。


 同じ部屋、同じ窓、同じ朝のはずなのに、今日はまるで違う。


 窓の向こうにあるのは、高いコンクリートの塀と監視塔。そして雪に覆われたいくつもの建物だった。


 朝霧はしばらくその殺風景な景色を眺めてから洗面所へ向かい、顔を洗った。


 その頃になって蓮も起きてくる。


「おはよう、今日も同じ時間ね」


「ああ、おはよう」


 入れ替わるように蓮が洗面所へ入っていくと、朝霧はキッチンへ向かった。コーヒーを二人分淹れる。いつから始まったのかは分からないが、今ではこれも二人の朝の日課のようになっていた。


 戻ってきた蓮へ一つを渡し、朝霧は自分のカップに口をつける。


「昨日、ずいぶん派手にやらかしたわね……あれでよかったの?」


「ああ。最初に力の差を見せつけとかないとやりづらい。昨日も言ったが、ここを一刻も早く強化するなら《パンドラ》を隠すわけにはいかない。それに隠そうとしても、いつまでも隠し切れるものじゃないしな」


「それはそうだけど……」


 朝霧は昨日の光景を思い出す。


 自動車が押し潰され、鉄骨が降り注ぎ、最後には巨大な氷山の塊が目の前へ落ちてきた。


 《パンドラ》については以前から知っている朝霧でさえ、一瞬言葉を失ったほどだったのだ。


 初めて見せられた八人がどう感じたのかは、考えるまでもない。


「たしかに……あんなのを見せつけられたら、誰だってもう逆らえないわね」


「別に脅したわけじゃない。ちゃんと飯も食わせてやっただろ」


「あれで脅しじゃないと言える神経がすごいわね……でも、夜の食事はみんな楽しんでたわ」


「ああ。人をまとめるなら恐怖だけじゃ駄目だからな。あのマンションでも見ただろ」


 その言葉に、朝霧も何も言えなくなった。


 柴田たちは恐怖によって住民たちを従わせていた。


 だが、それは崩壊した時、それまで押さえつけられていたものが一気に噴き出した。そして最後には、自分たちが支配していたはずの住民によって最後を迎えた。


「そうね……それで? これからまずどうするの?」


「それを今日決める。まずはこの刑務所を一回全部見て回る。七百人以上を収容してた施設を全部使う必要はない。どこまで使うかも今日決めるつもりだ」


「それがよさそうね。朝食食べる? 私が作ってもいいわよ。昨日すごい褒められたしね」


 朝霧が嬉しそうに笑う。


 蓮の脳裏に、一瞬昨夜の久世の顔が浮かんだ。


「……いや、時間が惜しい。今日は直接出そう」


「あら、そう?」


 蓮はそれ以上何も言わず、《パンドラ》から簡単な朝食を取り出した。


 二人で朝食を済ませて外へ出ると、冷たい空気が一気に身体を包んだ。


 朝霧の口から白い息が漏れる。


 ほんの少し前まで、自分たちは暖房の効いた部屋で温かいコーヒーを飲み、普通に朝食を食べていた。


 世界はまだこんなにも寒く、食料も燃料も不足し、多くの人間が生きるだけで苦労している。


 それなのに自分たちは、家そのものを持ち歩いている。


 もう何度経験したか分からない。それでも朝霧は、改めて2501を振り返ってから隣に立つ蓮の横顔を見つめた。


 蓮はそんなことなど気にもせず、右手を2501へ向ける。


 次の瞬間、巨大な建物が跡形もなく消えた。


 昨夜、水城たちを震え上がらせた力を、蓮は朝の身支度を片付けるのと変わらない感覚で使っている。


「……やっぱり、何回見てもすごいわよね」


「何がだ?」


「なんでもない」


 朝霧は小さく笑い、蓮と並んで歩き始めた。


 二人が庁舎棟へ入り、水城たちが寝泊まりしている部屋の扉を開けると、八人はすでに起きていた。


 床には空になった包装や容器がまとめて置かれている。昨夜、蓮が渡しておいた朝食もきちんと食べたようだった。


 二人に気づいた水城が最初に立ち上がる。


「おはようございます、神崎さん、朝霧さん」


「おはようございます」


 田所たちも次々に挨拶をする。


 ただ一人だけ、明らかに様子がおかしい男がいた。


 久世だった。


「おはようございます、神よ。今日もこうして無事に朝を迎えられたことを感謝いたします。どうか今日一日も、我々を正しき道へお導きください」


 朝の挨拶のはずが、完全に祈りになっていた。


「……久世、昨日も言ったが、俺は神じゃない」


 久世が納得して無さそうな表情を浮かべ、横で見ていた朝霧が口元を押さえる。


 これ以上相手をしても仕方がないと判断した蓮は軽く流し、改めて水城へ向き直った。


「朝食はちゃんと食べたか」


「はい、おかげさまで。久しぶりに皆でこんな朝食を食べられて……なんだか、まだ夢を見ているようです。本当にありがとうございます」


「気にするな。これからしっかり働いてくれれば、それでいい」


「ええ、それは分かっています。今日はまず施設全体を見て回る予定でしたね。それより……」


 水城が言葉を止める。


「どうした?」


「昨晩のあれは一体……ものすごい音がしましたが……」


 水城が窓の外へ視線を向けた。


 そこは、つい先ほどまで2501が置かれていた場所だった。


「ああ、あれか。俺たちの野宿用のテントみたいなもんだ。用意ができてるなら、早速見て回ろう」


「テント……ですか」


 水城は思わずもう一度窓の外を見る。


 昨夜、暗闇の中で見たものは、少なくとも自分の知っているテントとは似ても似つかない。巨大な金属の箱、あるいは建物そのものと表現した方が遥かに近かった。


 それでも昨日の一件を経験したあとでは、蓮が何をしても今さら驚く方が間違っているような気がした。


「……いえ、分かりました。こちらはすぐにでも行けます」


「ああ。その前に、お前らこれを使え」


 蓮が《パンドラ》から取り出したのは、大きな段ボール箱だった。


 それも一つではない。


 次々と床へ置かれた箱を開けると、中から出てきたのは防寒着だった。


「全員分ある。サイズが合いそうなものを適当に選んでくれ」


「これ……私たちが使っていいんですか?」


 水城が一着を手に取る。


「ああ。今着てるものよりはかなりマシなはずだ」


 刑務所にも冬用の作業着や防寒具は残っていた。しかし、蓮が出したものはそれらとはまるで違った。


 軽いにもかかわらず生地は厚く、風を通しにくい。身体を動かすことを前提に作られているため、腕や脚を動かしても突っ張らず、何より着た瞬間から暖かさが違う。


 防寒パンツや手袋、靴下、冬用の靴まで揃っている。


「うわ、めっちゃあったかいやん!」


 真っ先に喜んだのは寺川だった。


「……お前、まだそれつけてたのか」


 寺川の頭には、犬のたれ耳が付いたニット帽が乗っていた。


「神崎さんが昨日ケーキ食うたあとに、うちに渡してくれたんやないか。甘いもん食わせてくれたら犬にでもなるって言うたけどやな……」


「俺も冗談のつもりで渡しただけだ。取ってもいいぞ」


「いやいや、せっかく神崎さんがくれたもんやからな。あったかいしかわいいし、このままでええわ。それにこれ、異世界のアイテムかもしれんやろ?」


「ただの帽子だ」


「まだ分からへんやん。なんか特殊効果あるかもしれへんし」


「……なら好きにしろ」


 寺川は満足そうに犬耳の片方を触る。元々小柄な寺川が犬耳の付いた帽子を被っていると、その姿は余計に幼く見え、本人の明るい雰囲気も相まって本当に小動物のように見える。


 蓮が視線を戻そうとしたところで、朝霧と目が合ったが、なぜか少し冷たい目でこちらを見ている。


「なんだ?」


「……別に」


 朝霧はぷいと顔を逸らしたが、蓮には、その理由がよく分からなかった。


 それぞれが自分に合う防寒着を選び、着替えを終えるまで、それほど時間はかからなかった。


「これ、すごくいいですね……」


 水城が腕を動かしながら嬉しそうに言った。


 これまで着ていた刑務所の冬用作業着より暖かいにもかかわらず、身体は遥かに動かしやすい。


 火野も肩を回し、満足そうに笑った。


「悪くねえな。これなら外の作業もだいぶ楽になるぜ」


 山下や田所も嬉しそうに自分の服を確認している。


 服一つでこれほど喜ばれるとは蓮には意外だったが、考えてみれば彼らはこれまで、限られた手元にあるものだけで生活してきたのだ。


「気に入ったならそのまま使え。替えもある」


 その一言に、水城は一瞬何かを言おうとしたが、結局小さく笑った。


「もう驚かないようにしようと思っていたんですが……なかなか難しいですね」


「そのうち慣れる」


 そうして全員の準備が整うと、皆は水城の案内で刑務所内を見て回ることになった。


 本来なら全員でついてくる必要はなかったが、今はまだそれぞれの仕事が決まっておらず、結局、一行は揃って庁舎棟を出た。


「まずは全体を見てもらった方がいいと思います。それなりに広い施設ですから」


「ああ。一回見ないと使う場所も決められんからな」


 建物を出てしばらく歩いたところで、水城は一度足を止めた。


「まずこの刑務所の立地について説明しますね。この刑務所はこの山の頂上にありますが、ご覧の通り広い平地になっています。」


 水城の説明を聞きながら、蓮は改めて周囲を見渡した。


 昨日は到着したばかりで、施設全体をじっくり確認する余裕などなかった。だが朝の明るさの中で見ると、その規模がよく分かる。


 山頂部に広がる大きな平地。その上にはいくつもの建物が間隔を空けて配置され、それらを結ぶように舗装された通路が延びている。さらに敷地全体を高いコンクリート塀が取り囲み、その内側には監視設備も設けられていた。


 外へ続く道路は、昨日蓮たちが上ってきた一本だけだ。


 刑務所として考えれば、人間を外へ逃がさないための閉鎖的な立地なのだろう。


 しかし、外から来る人間を防ぐという意味では、その性質がそのまま逆転する。


 山頂の平地にあり、周囲は高い塀で囲まれ、車で近づくには一本の山道を上ってくるしかない。


 蓮がこの場所を選んだ理由の一つだった。


「正門に一番近いのが庁舎棟です。事務室や面会関係の部屋、それから職員が仕事をするための部屋などが集まっています。昨日、一緒に話した場所もあの建物の一階でしたね」


「お前らは今あそこで寝てるんだな」


「はい。本来職員が寝泊まりする部屋は別にあります。寒波が始まった頃はまだそちらを使っていました。ただ、今は電気が使えず暖房が動かないため、今は庁舎棟の一階に集まって、火を焚きながら生活しています」


 昨日、蓮たちが初めて彼らを見つけた時もそうだった。


 机や椅子を端へ寄せ、わずかな生活用品を集めた一角で彼らは身を寄せ合っていた。


 あれは本来の生活場所ではなく、生きるために、暖める場所を一か所へ絞った結果だった。


 そこから水城は一行を収容区画へ案内した。


 複数の収容棟が並び、その内部には長い通路を挟むように多数の居室が設けられている。


 寒波以前には数百人の受刑者が生活していた場所だが、今は人の気配などなく、十人分の足音だけが冷え切った通路に響いていた。


 意外にも建物そのものは、それほど荒れていない。


 壁も窓もほとんどが以前の姿を残している。ただ、一部の通路では破壊された扉が開いたままになっており、無理やり突破した際についた傷が残っていた。


 そして場所によっては、床や壁に黒ずんだ血の跡が残されている。


 朝霧がそれを見つけ、僅かに表情を曇らせた。


「……まだ残ってるのね」


「最低限の片付けはしました。ただ、今は水も電気も自由に使える状態ではありませんから、清掃まではほとんどできていません」


 水城は静かに答えた。


 最も酷い跡が残っていたのは、やはり受刑者用の大食堂だった。


 暴動の中心になった場所だけあって、他の区画よりも血痕が多く、倒れた机や椅子はまだそのまま放置されていた。それだけでも当時の暴動がいかに激しかったか容易に想像できた。


 いくつかの区画を回ったあと、水城は別の建物へ案内した。


「それで、もし神崎さんが今後拠点に使うのであれば、私はこの棟を中心にするのが一番いいと思っています」


「理由はなんだ?」


「元々、職員が主に使っていた区画です。生活に必要な設備が、この棟とその周辺にまとまっています」


 中へ入ると、最初に案内されたのは職員用の食堂だった。


 先ほど見た受刑者用の大食堂とは違い、こちらは勤務中の職員が食事や休憩を取るための場所で、規模もずっと小さい。


「奥には厨房もあります。受刑者全員の食事を作っていた炊場ほど大きくはありませんが、今の人数なら十分だと思います」


 厨房には調理台や流し台、冷蔵設備などが一通り揃っており、蓮も電気と水が戻れば、問題なく使えると判断した。


 そして、食堂を出てさらに進むと、今度は共同浴場があった。


「わ、大きい……」


 朝霧が中を覗き込む。


 家庭の風呂とは比べものにならない大きさの浴槽と、壁際に並んだ複数の洗い場。受刑者用の浴場とは別に、交代勤務をする職員たちが利用できるよう設けられたものだった。


「もう長く使われていませんが、設備そのものは壊れていないと思います」


「なら、ここも使えるようにしておきたいな」


 それを聞いた一同は僅かに歓声をあげた。


 浴場を出てからは、その先にある職員が寝泊まりする部屋を見て回った。


 簡素ではあるものの、一人で生活するには十分な広さがあり、ベッドや収納も残されている。


 水城たちも寒波の初期にはここで生活していたが、電気と暖房を維持できなくなってから庁舎棟へ移ったのだという。


 さらに奥へ進むと、雰囲気が変わった。


「ここからが設備関係です」


 水城が扉を開ける。


 中には太い配管やケーブルが走り、複数の機械や制御盤が並んでいた。奥には非常時に施設内へ電力を供給するための発電機も残されている。


「発電機は壊れているのか?」


「いえ。多分大丈夫だと思います。ただ、燃料がもうほとんど残っていません」


 水城の説明を聞きながら、久世が設備へ目を向けた。


「はい、設備に問題はありません。今は止まっていますが、燃料さえあれば、いつでも動かせます」


 そこまで聞いて蓮がふと疑問に思ったことを久世に尋ねた。


「そういえば、外から供給されてる電気は? 今は別に完全に停電してるわけじゃないだろ」


「はい……送電自体はされていますが、施設側の設備にいくつか故障が出ており、今はこちらで受けられない状態です」


「直せるのか?」


 蓮が久世を見る。


「修理自体は可能ですが、交換しないといけない部品があります。しかし、ここには予備がありません」


「分かった。あとでそれっぽい部品や機材をまとめて出す。使えそうなものがないか、自分で選んでくれ」


「はい、分かりました」


 そして、設備室には施設用の大型蓄電池も備えられていたが、現在は全て空になっていた。


 外部からの電気を再び受けられるようになれば蓄電池にも充電できる。外部電源が途切れた時も発電機と合わせれば、設備を維持することも可能になる。


 つまり、何もかもが壊れているわけではない。


 交換する部品が手に入らず、燃料も尽き、その結果として巨大な施設全体が機能を止めているだけだった。


 設備室の次に水城が案内したのは制御室だった。


 室内には複数のモニターや操作盤が並び、本来は監視カメラをはじめ、施設内の各種設備を確認できるようになっている。


「電気が戻れば、ここも使えるのか?」


「はい。ただ、外の監視カメラなどは寒さで故障しているものもあると思います。電気が戻ってから、一つずつ確認する必要がありますね」


「ああ。それはあとでいい」


 そこから一行は再び外へ出て、水城が次に案内したのは、建物に隣接する大きな体育館だった。


 扉を開けた瞬間、蓮はその広さに僅かに目を細めた。


「随分でかいな」


「この刑務所では運動をかなり重視していました。閉鎖された環境で長期間生活することになりますから、健康維持だけでなく、ストレスを抑えたり生活のリズムを整えたりする意味でも運動の時間を多く取っていたんです。そのため体育館も他の刑務所より大きく造られています」


 蓮は何も言わず、ゆっくりと内部を見渡した。


 天井も高く、床面積もかなりある。今はただの広い体育館だが、屋根があり、壁があり、外の寒さから隔離されたこれだけの空間がある。


 蓮はそのことを頭に入れておいた。


 体育館の外には、それ以上に広い運動場があった。


 一面を雪に覆われているものの、その広さまでは隠せない。


「こっちも随分と広いのね」


 朝霧が白く染まった運動場を見渡す。


「元々の収容人数も多かったですからね。全員を一度に出していたわけではありませんが、それでもこれくらいの場所は必要でした」


 蓮は運動場の中央、その向こうに続く外周塀、さらに周囲の山々へ視線を移した。


 その後も水城の案内で残りの主要な区画を一通り確認し、一行が再び屋外へ出た頃には、蓮の中でも刑務所全体の構造がほぼ把握できていた。


 あとは、これだけ広大な施設をどう使うかだった。


「大体分かった」


 蓮がそう言うと、水城をはじめとした全員の視線が集まった。


「施設全体を使う必要はない。七百人近くを収容するために造られた施設を全部維持するなんて無駄でしかないからな」


 蓮はまず正門の方向へ視線を向けた。


「入り口付近と庁舎棟は、基本的に今のままにする」


「え? そこは直さないんですか?」


「ああ。壊れてる外門はもちろん直す。だが、庁舎棟はこのままにする。今後は下町と関わることもあるだろうから、取引やものを運ぶ際はあそこを使う」


 今後も片岡たちとの交易が続けば、刑務所へ外部の人間が訪れる機会は出てくる。


 だからこそ、正門から庁舎棟までを外部との接触に使う区画として残しておく。


「俺たちがどんな暮らしをしてるのか、わざわざ外に見せる必要はないからな」


 水城は蓮の意図をすぐに理解した。


「俺たちが実際に生活するのは、さっき水城が提案した棟でいい。生活に必要な施設も近いしな」


「はい、承知しました」


「生活に必要なものはあとで俺が出す。それぞれ自分が暮らす部屋も選んでおいてくれ」


「分かりました。神崎さんはどうされますか? 以前、所長が使っていた部屋もあります。それなりの広さはありますから、神崎さんが使われるのであれば――」


「いや、俺はその棟の最上階を使わせてもらう」


 水城が僅かに首を傾げた。


「最上階ですか?」


「ああ。天井を開けたり、少し改造する必要があるが、その辺はあとでいい。所長の部屋があるなら、お前が使えばいい」


「いえ、私は結構です」


 水城は迷うことなく答えた。


「皆と同じ職員用の部屋で構いません。今はもう副所長でもありませんし、彼らの上司でもありませんから」


 蓮も水城の答えを聞いて、それ以上勧めることはしなかった。


「部屋は好きにすればいい。ただ、まとめ役は必要だ。俺がいちいち全員を管理するつもりはない。その辺はお前に任せる予定だ」


 水城は一瞬だけ蓮を見つめ、それから頷いた。


「……分かりました」


 これで大まかな方針は決まった。


 正門と庁舎棟は外部との接触に使い、必要以上には手を加えない。


 その奥にある一棟を、自分たちの生活拠点として整えていく。


 広大な刑務所のすべてを蘇らせる必要はなく、十人が生きるために必要な場所だけを選び、そこへ物資と設備を集中させればいい。


 だが、そのためにも最初にやらなければならないことがある。


 蓮が八人を見渡し、皆も何を命じられるのかと蓮の言葉を待っていた。


 そして、蓮はそんな彼らを前に、最初の仕事を告げた。


「まずは電気を取り戻すぞ」


――――――――――――――――――――――――――

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


刑務所ツアーは如何でしたでしょうか。

いくつか実在の刑務所を参考に作中の刑務所を設計してみたんですが違和感はなかったでしょうか。

いよいよ次話から、蓮さんによる【刑務所スローライフ】の始まりです!

ぜひお楽しみに!(細かく書きすぎて長くならないよう注意します!)

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― 新着の感想 ―
事故物件
 刑務所スローライフなんてトンチキやるのはこの作品だけではないだろうか(褒め言葉  ああ、最近幽閉塔でポイ活スローライフって作品があったな⋯⋯書く人の試行錯誤って凄いやね。
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