第15話 Day21 解放の代償
翌朝、解放を希望する受刑者の確認は、朝食が終わると同時に始められることになった。
大庭の方針はすでに決まっていた。希望者を確認し、必要な手続きを済ませた者から私物を返却して施設の外へ出す。しかも今回だけの措置ではなく、食料の残量と施設内の状況を見ながら、今後も希望者の解放を続けていくつもりだった。
「せめて、男女で解放する時間を分けませんか」
水城がそう提案したのは、職員たちが各収容区画へ向かう直前だった。
「駄目だ」
大庭は即答した。
「ですが、町へ向かう道は一本だけです。これだけの人数が同じ道を進むことになります。女性受刑者だけでも時間をずらした方が――」
「先に出した連中が、外を見てどう思う?」
思いがけない問いに、水城は言葉を止めた。大庭は机に広げられた書類へ視線を落としたまま、この数日間、一度も途切れることなく降り続いている雪のことを話した。
「この雪だ。寒さだけじゃなく歩くことすら困難だ。先に出た奴の中から、十分か二十分も歩けば怖くなって戻ってくる奴が出てもおかしくない。そいつらが門の前まで戻ってきて、『外は無理だ』『出るな』なんて騒いでみろ。まだ中にいる連中はどうする?」
「だからといって、男女を一緒に出せば、道中で何が起きるか分かりません」
「分けたところで同じ道を歩くんだ。時間を少しずらした程度で、最後まで接触しない保証がどこにある」
水城はそれでも納得できなかったが、大庭が問題にしているのは今日一日だけではなかった。今回の解放で終わりではなく、これからも希望者を外へ出していく。そのためには、一度出た者が簡単に戻ってこられると思わせるわけにもいかなかった。
「朝飯を食わせたら、希望者を確認してすぐに出す。男女ともだ。昼飯の時間までには全員、門の外へ出す」
「……戻ってきた者は?」
「入れん」
あまりにも迷いのない答えに、水城の表情が険しくなる。
「今回だけで終わりじゃないと言ったろ。今後も希望者の解放は続ける。考えてもみろ。今日出ていった奴が戻ってきて、『出たら死ぬぞ』なんて中の連中に言ってみろ。次から誰が出る?」
「それは……」
「一度でも戻ることを許せば、出ても駄目なら帰ってくればいいと思われる。それどころか、外の状況を聞いた連中は最初から出ようともしなくなる。そうなれば、この解放の意味がなくなる」
そこまで聞けば、大庭が何を考えているのか水城にも分かった。解放を希望する者の意思を尊重するという建前はある。しかし、その先にある目的は別のところにある。
「……それじゃ、今回の解放は口減らしと何が違うんですか」
「何か違う必要があるか?」
大庭は水城の視線を正面から受け止めた。
「今ここで食う口を減らさずに、いつ減らす。非常備蓄まで食い尽くして、七百人揃って餓死するのを待つか?」
水城には、すぐに言い返すことができなかった。昨日、田所と一緒に確認した非常備蓄の量は頭に入っている。今の人数のままなら長くは持たず、さらに食事を減らせば時間は稼げても、すでに衰弱し始めている者たちの体力は確実に削られていく。そして職員まで倒れれば、食料が完全に尽きるより先に施設そのものが維持できなくなる。
大庭のやり方を素直に正しいとは思いたくない。それでも、目の前に並んでいる数字だけを見れば、大庭の言っていることを否定する材料を水城は持っていなかった。
「それと、防寒具はどうしますか。私物を返しても、この寒さに耐えられる服を持っている者ばかりではありません」
「倉庫に作業着が残ってただろ」
「あります。ただ、希望者全員に行き渡るほどはありません」
「あるだけ出せ。足りない奴には毛布も持たせろ」
予想していなかった言葉だったのか、水城が大庭を見る。
「……いいんですか?」
「勘違いするな。外へ出した途端に寒さに耐えられなくなって、門の前まで戻ってこられても困るんだ。出すなら、せめて途中まで歩ける格好にはしてやれ。出てすぐ戻ってきて『外は無理だ』なんて騒がれたら、次から誰も出なくなる」
それだけ言うと、大庭は机の上の書類を手に取った。しかし水城が部屋を出ようとしたところで、ふと思い出したように名前を呼んだ。
「水城」
「はい」
「お前はその歳で副所長まで上がってきた。いわゆるエリートコースってやつだ。能力があるのも、真面目なのも、俺なりに認めてる」
突然そんなことを言われ、水城は扉へ向けていた身体を大庭へ戻した。
「今の時代なら、俺みたいな人間より、お前の言う人権だの更生だのを大事にする考え方の方が受けはいいんだろう。だが、一つだけ覚えておけ」
大庭は先ほどまでと変わらない低い声で続けた。
「本物のクズはな、何があってもクズだ」
「所長……」
「そいつらのために、俺の部下を危険に晒すわけにはいかん。それも所長である俺の責任だ。雪が止んで世の中が元に戻れば、今回のことで俺にも何かしら処分は下るだろう。責任を問われるかもしれん」
「……そこまで分かっているなら」
「それはその時だ。生き残ってから考えればいい」
大庭はもう話は終わりだと言うように、手にした書類へ視線を戻した。
「覚えとけ、綺麗事だけじゃ、人は守れんぞ」
◇
朝食が終わると、施設内は普段とはまるで違う慌ただしさに包まれた。
解放を希望した受刑者は三百人を優に超えていた。特に男性が多く、収容されていた男の半数以上が解放を希望し、女性も男ほどの割合ではないものの、決して少なくない人数が名前を連ねていた。
それは職員たちの予想を大きく上回る人数だったが、考えてみれば当然なのかもしれなかった。彼らの多くは何年も、長い者なら十年以上、この施設から出る日を待ち続けている。窓の外が雪で覆われ、町へ続く道路がまともに使えるのかさえ分からなくても、門の向こうにあるのは彼らがずっと待ち望んでいた自由だった。
だが、三百人を超える人間をわずか数時間で外へ出すとなれば、実際の作業は簡単ではなかった。各収容区画では職員が希望者の氏名と番号を一人ずつ確認し、その情報を一階へ送り、別の職員たちは領置されていた私物を保管場所から運び出して番号を照合する。ただでさえ職員が不足している中で大量の人間を一度に動かすことになり、廊下では台車が何度も行き交い、確認を急ぐ職員たちの声が絶えず飛び交っていた。
四人の受刑者も、その裏側で作業を手伝っていた。
もちろん、一般の受刑者と直接接触する仕事を任せることはできない。植松と久世は職員の指示を受けて保管場所から荷物を運び出し、寺川と火野は番号ごとに分けられた袋を確認しながら台車へ積んでいった。
「今日だけで、ほんまにこんだけ出すん?」
寺川が、まだ大量に残っている袋を見ながら呟いた。
「そうみたいだな」
久世は答えながら、次の荷物を持ち上げる。
「三百人以上やろ? もう刑務所やないやん」
「半分は残る」
「そういう意味ちゃうねんけどなぁ……」
寺川が苦笑しながら次の袋へ手を伸ばす。その隣では火野が会話に加わることもなく、次々と荷物を台車へ載せていたが、寺川がふと思いついたように顔を向けた。
「火野さんは出たいと思わへんの?」
「あ?」
「いや、せっかく出てもええって言ってんねんで? 外に出られるんやったら、普通は出たいやろ?」
火野の手が一瞬だけ止まったが、すぐに作業を再開した。
「出てどうすんだよ。外見てから言え。あんな雪ん中、どこ行くんだ」
寺川も窓の外へ目を向けた。分厚いガラスの向こうでは、今日も雪が視界を白く染めている。
「ここにいたって飯がなくなるかもしれねえ。でも、少なくとも今は屋根も壁もある。あたしはもう少し様子を見る」
「現実的やなぁ」
「お前はどうなんだよ」
「うち? うちはパスやな。寒いん嫌いやし」
「理由そこかよ」
「かなり大事やろ」
火野が呆れたように鼻を鳴らす横で、久世は小さく笑った。植松だけは会話に加わらず、一度窓の外へ視線を向けただけで、そのまま黙々と作業を続けていた。
やがて確認を終えた希望者には、収容時に預けていた衣類や私物が順番に返却された。しかし何年も前に収容された者も多く、返された衣類がこの異常な寒さに耐えられるものとは限らない。冬物のコートを持っていた者がいる一方で、薄手の上着しか持っていない者もいた。施設の倉庫に残っていた作業着が可能な限り配られ、それでも足りない者には毛布が渡された。
久しぶりに自分の服へ袖を通した受刑者たちの姿は、それまでとはまるで違って見えた。毎日同じ被服を身につけていた人間たちが、それぞれ違う色や形の服を着ているだけで、これまで一つの集団として見えていたものが急にばらばらの人間へ戻っていく。古びたダウンジャケットを何度も撫でている男もいれば、何年も保管されていた革ジャンを着て嬉しそうに笑う者もいた。
「おい、見ろよ。まだ着れたぞ」
「お前、それ何年前の服だよ」
「うるせえ。気に入ってたんだよ」
そんな笑い声が聞こえる一方で、まともな冬物を持っていなかった者たちは、私服の上から支給された作業着を重ね、さらに毛布を身体へ巻きつけていた。見た目など気にしている場合ではないことは本人たちも分かっているのだろう。十分とは言えない装備でも、今日ここから出られるという事実の方がはるかに重要だった。
「これだけか?」
薄手の上着しか持っていなかった男が、職員から渡された毛布を見て尋ねた。
「予備の防寒着には限りがある。それ以上は出せない」
「外、あんななんだぞ」
「解放を希望するかどうかは本人の判断だ。取り消すなら今のうちに申し出ろ」
男はすぐには答えず、窓の外を見てから手元の毛布へ視線を落とした。この施設に残れば、少なくとも今すぐ凍えて死ぬことはない。だが、一度は手に入りかけた自由を手放し、再び房へ戻るという選択をすることもできなかった。
「……いや、出る」
結局、男は毛布を受け取った。
似たような迷いを見せる者は他にもいたが、解放そのものを取り消す者はほとんどいなかった。
すべての準備を終えた者から施設一階の広いフロアへ集められ、そこは間もなく数百人の受刑者で埋まった。職員が何度静かにするよう注意してもざわめきは収まらず、久しぶりに自分の服を着た者たちは、これからどこへ向かうのか、家族がまだ家にいるだろうか、このまま二度と戻らずに逃げ切れるのではないかと、それぞれ勝手なことを話している。
「本当に今日出られんだよな?」
「今さらやっぱり無しとか言うんじゃねえぞ」
「やっとシャバに戻れるのか」
「俺、家に帰るわ。家族がまだいるかもしれねえ」
中には笑っている者もいれば、久しぶりに家族の名前を口にして目元を拭っている者もいた。全員が同じ理由で門の外へ出ようとしているわけではない。家族のもとへ帰りたい者、とにかく刑務所から離れたい者、この混乱に乗じてそのまま逃げ切ろうとしている者。その思惑はばらばらだったが、今だけは全員が同じ門の向こうを見ていた。
そんな中、水城は解放者の名簿を一枚ずつ確認していた。
何枚目かをめくったところで、その指が止まる。
鬼頭烈司。
見間違えるはずのない名前だった。
「……鬼頭烈司まで希望しているんですか」
「ああ」
隣にいた大庭は、それだけ答えた。
「この男は無期ですよ。三人殺している」
「知ってる」
「こんな男まで外へ出すんですか?」
「希望者は全員解放する。今さら鬼頭だけ駄目だと言ってみろ。内部が余計に騒ぐだけだ」
水城はもう一度名簿へ目を落としたあと、少し離れた場所に立つ男へ視線を向けた。
周囲の受刑者たちが久しぶりの私服に浮き足立ち、外へ出たらどこへ行くと騒いでいる中、鬼頭だけは壁際で静かに待っていた。返された上着を身につけ、誰かと会話するでもなく、笑うでもなく、ただこれから開く門を待っている。
やがて水城の視線に気づいたのか、鬼頭がこちらを向いた。
二人の目が一瞬だけ合ったが、鬼頭は何も言わず、水城も声をかけなかった。しばらくすると鬼頭の方から興味を失ったように視線を外し、再び前を向いた。
それから間もなく人数の確認が終わり、職員たちは三百人を超える受刑者をいくつかの列に分けて施設の出口へ向かわせた。これだけの人数を一度に移動させる以上、途中で列は何度も詰まり、そのたびに職員の指示が飛んだが、それでも受刑者たちは普段より素直に従っていた。ここで問題を起こして解放を取り消されたくないという気持ちは、誰もが同じだったのだろう。
水城も、その列に同行した。
いくつもの扉を抜け、最後に建物の外へ出た瞬間、それまで絶えず続いていた受刑者たちの話し声が一度だけ小さくなった。
「……寒っ」
「なんだよ、これ……」
窓越しに眺めていた景色とはまるで違った。建物を出た途端、肌を刺すような冷気が容赦なく吹きつけ、吐いた息が目の前を白く覆う。刑務所はから町へ続いていた道路も、その大半が雪に埋もれており、除雪された跡を頼りにして、ようやくどこが道だったのか判別できる程度だった。
先ほどまで外へ出られることだけを考えていた者たちの中にも、そこで初めて足を止める者が現れた。毛布を持っているだけの者は慌てて身体へ巻きつけ、薄い靴しか持っていない者は積もった雪を見ながら顔をしかめている。
それでも、少し先には刑務所の門があった。
あの門を越えれば、もう房はない。決められた時間に起こされ、決められた時間に食事を取り、夜になれば施錠された扉の向こうで眠る生活から離れられる。何年も、あるいは十年以上も待ち続けてきた外の世界が、今はほんの数十メートル先にある。
目の前の寒さは想像していた以上だった。それでも、この時点ではまだ、寒さへの恐怖よりも自由への誘惑の方が大きかった。
全員が門の前まで移動したところで、水城は受刑者たちの前に立った。雪の中で立ち止まっているだけでも身体から熱が奪われていくため、後ろの方からは早くしろという声がすでに聞こえ始めていたが、それでも水城には伝えておかなければならないことがあった。
「よく聞いてください。今回の解放は、現在の緊急事態に伴う一時的な措置です」
ざわめきは止まらなかった。
「刑期がなくなったわけではありません。雪が止まり、状況が回復した場合には、必ず自分から施設へ戻ってきてください。戻らずに逃走すれば、さらに罪に問われる可能性があります」
「分かった分かった!」
「いいから早く開けろ!」
「待ってるだけで凍え死にそうだ!」
水城の声よりも、受刑者たちの声の方が大きくなっていく。真面目に説明を聞いている者も中にはいたが、多くの者にとって、今さら刑期やその後の処分などどうでもよかったのだろう。彼らの視線は水城ではなく、その背後にある門へ向けられていた。
一方、女性受刑者たちの中では、建物を出て初めて目の前の環境に不安を覚えた者もいた。
「ねえ……やっぱり、やめた方がいいんじゃない?」
一人の女が隣にいた女へ小さな声で話しかけた。
「思ってたよりひどいよ。道だってほとんど見えないし……」
「何言ってんの。ここまで来て今さら戻れないでしょ」
「でも……」
「やっと外に出られるんだよ。私は出る。出たら絶対、逃げ切ってみせる」
女はそう言いながら、支給された毛布を身体へ強く巻きつけた。水城にはその会話も聞こえていたが、今さら一人ずつ呼び止めて説得することはできない。解放を希望したのは本人たちであり、撤回する機会も与えた。それでも彼らはここまで来た。
やがて職員から準備が整ったことを告げられ、水城は一度だけ受刑者たちを見渡したあと、門の前へ向き直った。や
「……開けてください」
重い門がゆっくりと開き始めると、それまで寒さに身を縮めていた受刑者たちから歓声が上がった。隙間が広がり、人が通れるだけの幅ができた瞬間には、先頭にいた者たちが待ちきれないように雪の中へ飛び出していった。
「開いたぞ!」
「行け!」
我先にと走り出す者もいれば、積もった雪に足を取られながら笑い声を上げ、そのまま振り返りもせず進んでいく者もいた。その一方で、支給された毛布を身体へきつく巻きつけ、吹きつける風に顔を伏せながら、一歩ずつ慎重に歩いていく者もいる。
三百人を超える人間が、次々と門を抜けていった。
長い間、刑務所の中では受刑者という一つの立場で扱われてきた男や女たちが、それぞれ別の服を着て、別の目的を抱えながら、雪に覆われた道の先へ散っていく。その光景を、水城は門の内側から黙って見続けていた。
「副所長」
隣にいた職員が声をかけた。
「ここは冷えます。副所長は先に中へお入りください。あとは我々が」
「いえ。最後まで見届けます」
水城がそう答えると、職員はそれ以上何も言わなかった。
最初は途切れることなく門を通っていた人の流れも、時間が経つにつれて少しずつ細くなっていった。先に出た者たちはすでに雪の向こうへ小さくなり、後から出た者たちはその足跡を追うように町へ続く道を進んでいく。
やがて最後の一人が門を抜けた。
職員が門の前に誰も残っていないことを確認し、閉門を指示する。重い門が再びゆっくりと動き始めても、水城はその場を離れなかった。
門の向こうでは、まだ多くの受刑者の背中が見えていた。走っていった者はすでに遠く、毛布を巻いた者たちは吹きつける雪の中を一歩ずつ進んでいる。あれほど大勢いた人間が、少しずつ白い景色の中へ溶けていくようだった。
門が半分ほど閉じても、水城は見続けていた。
そして残された隙間が人一人分ほどになったとき、最後の方に出ていった一人の受刑者がふと足を止めた。
その男が振り返り、水城と目が合った。
距離が離れているため表情までは分からない。男も何かを言うわけではなく、水城も呼び止めなかった。ただ、閉じていく門の隙間を挟んで、ほんのわずかな時間だけ互いの姿を見ていた。
だが、門はそんな二人のことなどお構いなしに閉じていった。
最後に残っていた細い隙間から男の姿が消え、やがて重い音とともに門が完全に閉まりきった。
◇
「――それが、最初の解放でした」
目の前では焚き火が小さく揺れており、話を聞いている間に薪が崩れたのか、先ほどよりも火は低くなっている。
「そんな数の受刑者を、一度に外へ出したの・・・?」
最初に口を開いたのは朝霧だった。水城がゆっくりと顔を上げると、朝霧は焚き火越しに彼を見つめたまま続けた。
「その頃なら、外はまだ氷点下三十度くらいだったはずよ。自分の防寒着を持っていた人はともかく、まともな防寒具がない人は、いくら作業着を重ねて毛布を渡されたところで、とても生きていけるような環境じゃないわ」
その声は水城を責めるものではなかった。救急医として、そんな環境に長時間晒された人間がどうなるのかを知っているからこそ、朝霧の表情は険しかった。
「……ええ。私も、そう思っていました」
水城は静かに答えると、しばらく焚き火を見つめていた。
「ただ、その日は運が良かったのか……それとも、悪かったのか。受刑者たちがここを離れて間もなく、一本の電話が入りました」
「・・・電話?」
思わず聞き返すと、水城が頷いた。
「はい。政府がちょうど山下の町へ支援物資を送っていたんです」
「山下の町に?」
「かなり大規模な輸送だったそうです。食料や医薬品、防寒具、燃料なんかを積んだ大型車両が何台も向かっていました。もちろん、そのほとんどは町へ配給するためのものです。ただ、所長がそれまで何度も支援を要請していました。ここには受刑者だけじゃなく、大勢の職員も取り残されている。非常備蓄にも限界がある。このままでは施設そのものが維持できないと、何度も強く訴えていたんです」
朝霧が小さく息を吐いた。
「それが、ようやく通ったのね」
「はい。山下の町への配給を終えたあと、残った物資の一部をこちらまで運んでもらえることになりました」
「それなら・・・」
朝霧の表情がわずかに緩んだが、水城は頷かなかった。その様子を見て、朝霧もすぐに何かあったことを察したらしい。
「輸送隊のうち何台かは、ちゃんとここまで来てくれました。ですが、すべてではありません」
「まさか・・・」
「途中で数台が襲われました。積んでいた物資だけではありません。車両そのものも奪われたんです」
水城は焚き火へ視線を落とした。
「その日の朝、私たちが解放した受刑者たちに」




