第9話 刑務所
「……刑務所?」
朝霧は一瞬、聞き間違えたのかと思ったように蓮の横顔を見つめた。しかし蓮は冗談を言った様子もなく、前方へ視線を向けたまま山へと続く道を走っている。
「刑務所って……あなた、新しい拠点を探してるのよね?」
「ああ、そうだ」
「安全なところを探してるのよね?」
「そう言ってるだろ」
そこまで答えてから、蓮はようやく朝霧が何を言いたいのか分からないというように横目を向けた。
「なんか問題あるか?」
「あるわよ! 刑務所よ? 一番危ないんじゃないの……?」
朝霧が不安に思うのも無理はなかった。以前のような警察も司法もまともに機能していない今、わざわざ大勢の犯罪者がいた場所へ向かうと言われれば、安全な拠点を探しているという蓮の言葉とは正反対に聞こえる。
「寒波の最中なら、そうかもな。でも今はもう百日以上経ってる。それに雪が止んでからも一か月近い。俺の予想じゃ、もう人すら残ってない可能性がある」
「え? どうしてそう言えるのよ」
「忘れたか? 俺たちが住んでたマンションですら、食い物がなくなって争いが起きた。殺し合いまであったんだぞ。それも政府から何度か支援物資が届いてたにもかかわらずだ」
朝霧はすぐには答えなかった。蓮に言われたことで、あのマンションで過ごした日々が嫌でも頭の中に蘇ってくる。
支援物資は確かに何度か届いていた。
それでも状況は良くなるどころか、日を追うごとに悪化していった。食料が減れば住民同士が疑い始め、やがて柴田たちが配給を支配し、その支配が失われた後は、残された僅かな物資を巡って住民同士が殺し合った。
死ぬ者がいれば、ここにはもういられないと出ていく者も。最後まで残った者たちも一つの集団としてまとまっていたわけではなく、蓮と朝霧があそこを離れる頃には、かつて大勢の人間が暮らしていたマンションから人の気配はほとんど消えていた。
「……そうね。でも、ここの刑務所は違うんじゃないの? 国の施設でしょう? それなら政府からの支援もあったんじゃない?」
「支援にも優先順位がある。さっき見てきた分屯地を忘れたのか? 自衛隊の施設ですら放棄されてるんだ。一般市民への支援だってまともに続かなかった。それを考えれば、俺たちがいたマンションはまだ恵まれてた方だな」
実際、外へ出てから二人はそれを何度も目にしてきた。あのマンションの中にいた頃には、自分たちこそ最悪の状況に置かれているように思えたが、一歩外へ出れば政府の支援が一度も届かなかった場所もあれば、助けを待ったまま雪に埋もれていった人間もいた。
「そんな状況で、刑務所への支援が一般市民より優先されると思うか?」
「それは……そうかもしれないけど、刑務所にもかなり人はいたはずよ」
「数百人はいるだろうな。職員まで入れれば、千人近くいたとしてもおかしくない」
「だったら、それだけの人数を収容するための食料も――」
「だからだよ。それだけの人数が毎日食うんだぞ。しかもここは山の上だ。寒波の最中なら平地より物流条件はずっと悪い。そんな場所に百日以上も全員を食わせられるだけの食料が、最初から用意されてたと思うか?」
「刑務所なら、ある程度の備蓄もしてるんじゃ・・・」
「あるにはあるだろうが、あんな長期間の災害まで想定してる施設なんてまずない」
朝霧は結局何も言わえなかった。災害用の備蓄が無限ではないことくらい分かっている。
「……それは、そうかもね」
「だから俺は全滅してるか、多少生き残っていたとしても、雪が止んだ後に山を降りてるはずだ。仮に誰か残ってたとしても、こんな状態でわざわざ山の上の刑務所を拠点にしたい物好きは、そうはいないだろ」
「……物好きね」
朝霧が何とも言えない顔でこちらを見る。
「なんだ?」
「いえ。あなたが言うと、ちょっと説得力があるなと思って」
「どういう意味だ」
「そのままの意味よ。でも、言われてみれば確かにそうね」
朝霧は少しだけ納得したように前へ向き直った。車はいつの間にか麓の町を離れ、左右を木々に囲まれた山道を上り続けている。
「あそこへ行く道はこの一本道しかないし、麓から施設までもかなり距離がある。それに、あの刑務所は日本でも特に脱獄が難しいと言われるほど頑丈だ」
「脱獄が難しい……」
朝霧はその言葉を繰り返しながら少し考え、やがて何かに気づいたように蓮を見る。
「中から脱獄するのが難しいってことは、外からも侵入しづらいってことね」
「そういうことだ。安全だろ?」
「そう言われると、そう思えてくるけど、でも……刑務所よ?」
「それがどうした。俺たちに取って安全ならどこだっていい」
「あなた、本当にそういうところ変わらないわね……」
朝霧は呆れたように息を吐いたが、しばらくすると今度は別の心配が浮かんだらしく、僅かに表情を曇らせた。
「でも、万が一まだ誰かいたら?」
「だから防具を取ってきたんだろ。着く前には着替えるぞ」
「あ……そういうことだったのね」
「何があるか分からんからな」
「……そうする」
それからも車は山道を上り続けた。標高が上がるにつれて道路脇に残る雪は増え、日当たりの悪い斜面では、雪が止んでから一か月近く経った今でも白い塊が厚く残っている。左右を埋め尽くしていた木々の向こうに、やがて灰色の大きな建物らしきものが僅かに見え始めた。
「……あれかしら?」
「たぶんな……」
蓮はそのまま刑務所まで近づかず、道路脇に少し開けた場所を見つけると車を停めた。
「ここで降りるの?」
「いや、準備してから行く」
周囲に人影がないことを確認してから、蓮は《パンドラ》より先ほど分屯地で手に入れた防具を取り出した。二人は一度防寒着を脱ぎ、その下へ防弾チョッキを着込んでいく。朝霧は慣れない装備に少し苦戦しながら何度か位置を直し、ようやく防寒着を着直したところで、蓮からさらにフルフェイスのヘルメットを差し出された。
「これもつけていくぞ」
「……え? このヘルメットもするの?」
「当たり前だろ。何があるかまだ分からん」
「それはそうだけど……」
朝霧は受け取ったヘルメットを両手に持ち、自分がこれを被った姿を想像したのか、少し嫌そうな顔をした。
「なんかちょっと恥ずかしいわね」
「バカか。命の方が大事だ」
「分かってるわよ……」
渋々ヘルメットを被った朝霧を確認してから、蓮も自分の装備を整えた。防寒着の下には防弾チョッキ、その頭には顔全体を覆うヘルメットと、傍から見れば随分と物々しい姿だろうが、実際人がいるかどうか行かなきゃわからない。
生存者がいたとして、それが元刑務官なのか受刑者なのか、あるいは寒波の後に外から入り込んだ人間なのかも分からない以上、安全を確認するまでは警戒しすぎるくらいでちょうどよかった。
二人は再び車へ乗り込み、刑務所へ向かって山道を上り始める。
先ほどまで木々の間から僅かに見えていた灰色の建物は、進むにつれてその全貌を現していった。建物だけではなく、施設全体を取り囲む高い外壁や監視塔らしき構造物まで見え始めると、朝霧も自然と口数が少なくなっていく。
「……思ってたより大きいわね」
「ああ。だが、この立地は悪くない」
事前に調べていたとはいえ、実際に目の前にすると印象はまるで違った。
山の上という立地に加え、施設全体を取り囲む高い壁があり、出入りできる場所も限られている。かつては中にいる人間を逃がさないために作られた施設だが、今の蓮にとっては、その構造のすべてが外から人間を侵入させないための防御設備にも見えた。
やがて山道の終わりが見え、その先に刑務所の正門が姿を現したところで、朝霧が意外そうに声を上げた。
「……正門、開いてない?」
「ああ、開いてるな……」
「……刑務所なのに?」
門は完全に開いているわけではなく、片側が大きく開いた状態で途中に止まっていた。蓮はすぐには中へ入らず、その手前で一度車を停めると、運転席から門の状態を確認した。
「途中で中から開けたんだろうな。こんなところにずっと閉じこもってたら、食料が尽きた時点で全員死ぬからな」
「でも、普通に開けたようには見えないわね」
近くまで来れば朝霧にも分かったらしい。門扉の下部には大きく歪んだ箇所があり、開閉に使われていた機構の一部も壊れている。その周辺には何か重いものをぶつけたような跡まで残されていた。
「雪か氷で動かなくなったのを、無理やりこじ開けたんだろ。これだけ壊れてるなら、人力だけじゃなく車か何かも使ったかもな」
「……そこまでして外に出ようとしたってこと?」
「さあな。何があったのかまでは分からん」
少なくとも、この門をどうしても開けなければならない状況があったことだけは確かだった。
蓮は再び車を動かし、開いたままになっている正門から敷地内へ入った。
中へ入ってみると、刑務所は外から眺めていた以上に広かった。高い外壁に囲まれた敷地には無骨な建物がいくつも並び、それらを舗装された通路が繋いでいる。運動場らしき広い空間や用途の分からない低い建物もあり、それぞれ今もかなりの雪が残っていた。
しかし、これだけ大きな施設だというのに、人の声も機械の音も聞こえてこない。建物の窓はどこも暗く、監視塔にも人影はなく、吹き込んだ雪や泥が壁際に溜まっている様子からも、長い間まともな管理がされていないことが窺えた。
「……本当に誰もいないのかしら」
「まだ分からん。人がいた痕跡は残ってる」
蓮が視線を向けた先には、雪の上を何度も踏み固めたような跡が残っていた。古く崩れたものだけなら気にしなかったが、中には比較的新しく見える足跡も混じっており、完全に放棄された施設だと判断するにはまだ早い。
朝霧もそれに気づいたのか、先ほどまでより慎重に周囲を見回し始める。
そのまま敷地の奥へ進んでいると、朝霧が突然前方へ顔を向けた。
「蓮、あれ……」
指し示された方向にはいくつかの建物が並んでいたが、そのうち一棟からだけ、細い煙が白い空へと伸びていた。
「……人がいる」
「みたいだな。多分ここはもう電気がないから、火を起こして暖を取ってるんだろ」
朝霧は煙の上がっている建物と蓮を交互に見た。誰もいない可能性が高いと聞かされてここまで来た以上、実際に誰かが生活している痕跡を目の前にすれば不安になるのも当然だった。
「……どうするの?」
「ここまで来たんだ。行くしかないだろ」
「だ、大丈夫?」
「装備はこっちの方が上だろ」
「何よ、その根拠のない自信……」
「少しでも怪しい動きがあったら、すぐに雪を落とすさ。ここへ来る途中で十分収納したろ」
「……」
二人は煙の上がっている建物へ向かって歩き始めた。正面からいきなり入ることはせず、まず建物の側面へ回り込み、室内を確認できそうな窓を見つけて慎重に中を覗き込む。
そこには、予想していたより多くの人間がいた。
広い部屋の中央では火が焚かれており、その周囲を囲むように二十人ほどの男女が集まっている。毛布に包まったまま壁にもたれている者や、火のすぐそばで身体を丸めている者もいたが、誰を見ても頬は痩せ、肌には長期間の疲労がはっきりと表れていた。
暖を取るための火が目の前にあるというのに、会話をしている者はほとんどおらず、ただ炎を眺めながら体力を消耗しないようじっとしているようにも見える。
「……かなり弱ってるわね」
隣から室内を覗いていた朝霧の声が低くなる。
「満足に食べてないんだろうな」
「それだけじゃないかもしれないわ。顔色が悪い人もいるし、病気の人が混じっててもおかしくない」
「まず話が通じるか確認してからだ」
「ええ、それは分かってる」
二人は窓から離れると、建物の正面側へ回った。入口の扉は完全には閉じられておらず、僅かな隙間が開いている。中で火を焚いている以上、煙を逃がすために意図的に開けているのだろう。外へ漏れてくる空気には薪の焼ける匂いが混じっていた。
蓮は扉の前で一度立ち止まり、後ろにいる朝霧を確認した。
「入るぞ」
「うん……」
朝霧が緊張した様子で頷いたのを確認すると、蓮はゆっくりと扉へ手をかけた。
古くなった扉が軋んだ音を立てて開き、その音に気づいた入口近くの男が顔を上げる。男は最初こそ何が起きたのか分からない様子だったが、フルフェイスのヘルメットを被った二人組が入ってきたと理解した途端、目を見開いて立ち上がった。
「……誰だ!? お前ら、何もんだ!」
その声で、火を囲んでいた者たちも一斉にこちらを振り向いた。
彼らが警戒するのは当然だった。蓮たちが突然ここへ入ってきたうえ、全身を防寒着で覆い、頭には顔さえまともに確認できないフルフェイスのヘルメットを被っている。防寒着の下に着込んだ防弾チョッキこそ見えていないものの、どう見ても気軽に話しかけられるような格好ではない。
何人かが立ち上がり、そのうち一人は近くに置いてあった棒を手に取ったが、蓮はすぐに襲ってくる気配がないことを確認すると、両手を見える位置に置いたままヘルメットのシールドをゆっくりと上げた。
「別に争いに来たわけじゃない」
「だったら何しに来た!」
「新しい拠点を探してる。ここなら使えそうだと思って見に来た」
その答えに、先ほどまで蓮たちを警戒していた者たちが互いの顔を見合わせた。まさかこの状況で、刑務所を新しい拠点にしたい人間が現れるとは思っていなかったのだろう。
やがて火の向こう側から、一人の女が立ち上がった。他の者たちと同じように痩せ、長くまともな生活ができていないことは一目で分かったが、こちらへ向ける目にはまだ十分な力が残っている。
「あぁ? ふざけんじゃねえ! 下に街があったろーが! そっちへいけ! ここはもう食うもんもねえんだ!」
「それは困る。俺はここを拠点にしたいんだ」
「知るかよ! 勝手に――」
「役に立つなら、世話してやらんでもない」
女は何を言われたのか理解できなかったように一瞬口を閉じ、周囲にいた者たちからも小さなざわめきが起こった。
「……どういう意味だ?」
誰かが尋ねたが、蓮はそれには答えず、火を囲んでいる者たちを一通り確認してから口を開いた。
「今ここに残ってるのは、お前らで全員か? まともに話できる奴はいるか?」
「おい! 人の話聞いてんのか!」
先ほどの女が苛立ったように一歩前へ出ようとしたところで、それまで火のそばに座っていた一人の男が静かに立ち上がった。
「……水城といいます。私が伺いましょう」
年齢は三十代の終わり頃だろうか。周囲の者たちと同じように痩せ、衣服にも汚れが目立っていたが、話し方にはこの場でただ一人だけ状況を冷静に見ようとしているような落ち着きがあった。
「おい! そんな奴さっさと追い出せよ!」
女が水城へ向かって声を上げると、今度は火の近くに座っていた強面の男が面倒そうに顔を向けた。
「お前は黙ってろ」
「あぁ!? なんだと、ジョー!」
「聞こえなかったのか。今は水城さんが話すって言ってんだ」
「てめえは――」
「火野さん」
水城が静かに名前を呼ぶと、火野と呼ばれた女はまだ何か言いたそうにしながらも口を閉じた。納得したわけではないらしく、蓮を睨みつけたまま舌打ちして元の場所へ戻っていく。
それを確認してから、水城は改めて蓮へ向き直った。
「その……先ほど、世話してやると仰いましたが、どういう意味でしょうか?」
「そのままの意味だ。食料ならある」
蓮が《パンドラ》からあらかじめ取り出していた大きな袋を見せた瞬間、水城だけでなく、その場にいた全員の表情が変わった。
蓮がその袋を床へ置き、僅かに開いた口から中身が見えるようになると、彼らの意識は完全にそちらへ奪われた。
中に入っているのは食料だった。
今の世界では、それだけの量があれば人間同士が殺し合いを始めても不思議ではない。実際、ここにいる者たちがどれほど飢えているのかは、痩せた顔を見れば説明されるまでもなかった。
「食料ならある。けど、やるかどうかはお前ら次第だ」
「なっ……それ、よこせ!」
火野が反射的に立ち上がり、床に置かれた袋へ向かおうとした瞬間、水城の声が室内に響いた。
「やめてください! 今揉めても何も解決できないでしょう! またあの日々に戻りたいんですか!」
火野は踏み出しかけた足を止めた。
それまで食料へ視線を向けていた他の者たちも、水城の言葉を聞いた途端に誰一人として動かなくなる。その反応を見ただけでも、水城の言う「あの日々」が彼らにとってどれほど重いものなのかは伝わってきた。
「く……っち、わーったよ」
火野は悔しそうに吐き捨てると、それ以上食料へ近づくことなく元の場所へ腰を下ろした。
「すみません。あのう……詳しい話を伺ってもよろしいですか?」
「その前に一つ聞きたい。なんでお前らはまだここにいる? もう雪が止んで一か月近く経つだろ」
水城の表情が僅かに曇った。すぐには答えず、火の周囲にいる者たちへ一度視線を向けてから、静かに口を開く。
「……出ていこうとはしました。もう誰だって、こんなところにはいたくありません。雪が止んでから外へ出た者もいますし、私たちもここを離れようとしました。でも……結局、もうここしか戻る場所がなくて」
「どういうことだ? 一回は外に出たのか? 山の麓には街もあっただろ」
「はい。そこへも行こうとしましたが、受け入れてもらえませんでした」
「今さら囚人も市民も変わらんだろ」
「それが……寒波の最中に、ここの受刑者と街の住民との間で大きな衝突がありまして……。ここを出ていった者の中には、周辺で問題を起こした者もいます。そのせいで、今では私たちがこの刑務所から来たと分かるだけで、まともに話すら聞いてもらえないこともあるんです」
蓮は水城の話を聞きながら、改めて室内にいる者たちへ目を向けた。
数百人もの受刑者と職員がいたはずの巨大な刑務所に残っているのは、今では二十人余りしかいない。その僅かな生存者の中に、元職員らしい水城と受刑者だったらしい火野やジョーが一緒にいて、互いに敵対するどころか、水城の一言で飢えた人間たちが目の前の食料に飛びつくことさえ思い留まっている。正門が壊れたまま開放されていたことも含め、ここへ来てから目にした光景は、かつて刑務所だった場所で何が起きたのかを知らなければ説明できないものばかりだった。
「衝突か……断片的に聞いても埒があかんな」
「え?」
「食料をやるかどうかは、話を聞いてから決める」
蓮はそう告げると、水城の目を真っ直ぐに見た。
「ここで何があった」
水城はすぐには答えなかった。しばらく蓮の目を見つめた後、何かを思い出すように火へ視線を落とし、その表情を僅かに曇らせる。
「……少し長くなりますよ」
「かまわん。俺もここのことを把握しておきたい」
「分かりました。では、お話ししましょう」
水城がそう答えると、それまで二人の会話を聞いていた周囲の者たちも自然と口を閉ざした。火野でさえ今度は何も言わず、揺れる炎へ視線を落としている。
薪の爆ぜる音だけが静かな室内に響く中、水城はしばらく炎を見つめていたが、やがて百日近く前の出来事を思い返すように、ゆっくりと口を開いた。
「あの日、寒波が始まった日から、ここは少しずつ変わっていきました」




