89話 暗影の偵察兵(シャドースカウト)・前編
夜、現界、龍鳳学園、澪の私室――。
妙ちきりんな射撃実験の強制任務も無事終了。
ミアとの愉快な学園生活を満喫した後は、レストランで優雅に最高のディナーを楽しみ、アイスデザートをテイクアウトしてのんびり帰室。
優雅でブリリアントな女子中学生生活である!
さらに!
昨日の強制任務での疲労を勘案してくれた、心優しいカーミラ先輩(中二病だけど)の心遣いで、今日の秘密特訓はお休み!
つまり!
ようやく、待ちに待ったショッピングタイムなのである!
パフパフパフ~~♪
いやあ、後からゆっくり見ようと思って、わざとマギリングの確認をしなかったんだよね!
パジャマに着替えて、しばらくゴロゴロ転がりベッドの感触を楽しんだ後、おもむろにマギリングを『物質化』させる。
「『物質化』!」
瞬時に物質化された左腕のマギリングを起動!
立体モニターを表示させ、ショップ機能を呼び出す。
「おおっ! う、うーん……」
ショップに追加されていたアイテムは、2つ。
1つ目は、ギリースーツ。
ギリースーツってのは、狙撃兵が着る、葉っぱや草をモジャモジャ付けているアレ……なのだが、ショップのものはポンチョ型でスッキリしたデザイン。
魔力で周囲と同系の迷彩に変化させる万能ギリースーツらしい。
デザインは軍装品として見れば普通だけど……コレ着て歩いてたら、魔法少女じゃなくてレンジャーだよ。レンジャー!
個人的には、魔法少女にこだわりがある訳ではないから、いいんだけど、他の魔法少女と一緒に行動したら、確実に浮きまくりだよなぁ……。
ちなみに、お値段6万MG!
迷彩服に6万MGは高い気もするが、今は1770万MG(正確には1767万8千MG)あるから、買ってもいいかなって感じだったんだ……次のアイテムを見るまでは。
追加されたアイテムの2つ目――。
待望の使い魔がついに登場!
その名も、『暗影の偵察兵』!!
召喚型の魔法具で、フードを被った兵士のようなシルエットの黒煙に緑の目。
ラティーナの使い魔のように視界共有ができ、さらに戦闘も可能。
しかも、やられても時間経過後に再召喚可能という優れモノ!
「うーん……」
何で唸っているかというと、そのお値段。
何と、3体1セットで1350万MG……。
ラティーナの使い魔が1体200万MGと言っていたから、1体450万MGの『暗影の偵察兵』は倍以上。
しかも3体セットなので、買うなら1350万MG支払うことになる。
スコープ1つで1000万MGなので、わたしの固有魔法具としては異常に高い訳でもないのだろうけど……。
「1350万かぁ……残りのマガジン3つと一緒に買うのは無理だな。マガジンを2つにしても、合計1750万……」
一気に貯金が吹っ飛ぶ……。
だが、空は飛べるが視界共有だけのラティーナの使い魔に比べ、『暗影の偵察兵』は視界共有+戦闘可能+再召喚可能という圧倒的高性能!
空は飛べないけど、3体いるなら死角なし。
しかも戦闘可能だから『暗影の偵察兵』だけで魔塊獣狩りも可能……。
欲しい!
欲しい、欲しい、『暗影の偵察兵』欲しーーーーーいっ!!
狙撃がメインなのに索敵手段がないのってマズいよな?
『暗影の偵察兵』の3体がいれば、絶対に見える世界が変わる。
もしかしたら『六本腕』とも互角に戦えていたかも……。
もう頭の中は『暗影の偵察兵』でいっぱいである!
嗚呼、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、『暗影の偵察兵』欲しーーーーーいっ!!
少し高いけど、長い目で見れば投資したMG分くらいすぐ回収できるんじゃないかな?
そうだよ!
わずかなMGを惜しんで危険な目に遭うより、少しくらい高くても自分に投資して安全を買うのは理に適っている!
うん! 買おう!
暗影の偵察兵買っちゃおう!
「よし! 買う! わたしは、暗影の偵察兵を買うぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! ポチっとな!」
怖気づく心を鼓舞して、立体モニターの『購入ボタン』をポチった!
「うおおおおおおっ!!」
外見上は何の変化もないが、頭の中に召喚方法と詳細な能力が流れ込んでくるのが分かる!
「よ、よし、心が(貯金喪失の)恐怖に負ける前に、ギリースーツとマガジンを購入してしまおう! やるぞ! やってやる、やってやるぞ!」
勢いのままギリースーツを購入……したところで、つい残高表示へ目が行ってしまう。
「ざ、残高、411万8千MG……」
ついさっきまで1767万8千MGあったのに、一瞬で3分の1以下……。
桁が違う寂しい残高表示に、魂がえぐり取られたような喪失感……。
いや違う!
まだ411万8千MGも残っている、と考えるんだ、わたし!
減ったわけじゃない! もっと素晴らしい価値のあるモノに変わっただけ!
そう! これは未来への投資! すぐに何倍にもなって帰ってくるんだ!
もう後戻りはできない、前進しかない!
そう、魔法少女にあるのは、ただ制圧前進のみ!
魔法少女は、退かぬ、媚びぬ、顧みぬ!
魔法少女に逃走はないのだ!!
「うおぉぉぉぉぉ!!」
怯みそうになる魂を鼓舞! 激励! そして、さらにマガジンを2つポチってしまう!
やった! やりとげた! わたしはやりとげたんだ!!
「じゅ、11万8千MG……だと!?」
その数値を見た瞬間、熱狂が一瞬で冷めた――冷や水を浴びせられたようにズウゥゥンと全身の力が抜ける……。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
ヤ、ヤっちまった!
虎の子の貯金をほとんど使い切ってしまった!
まだ、暗影の偵察兵はいい。
実際、飛躍的な戦力向上につながるだろう。
だが、マガジン2個は今買う必要があったのか?
マガジン購入は後回しにして、しばらく安い技研製の廉価版でやり繰りすべきだった。
そうすれば、まだ400万MG以上の残高があった……400万、400万あれば、まだ心に余裕があったはずだ。
だが……今、残っているのは、たったの11万8千MG……。
「わたしは……わたしは何ていうことをしてしまったんだぁ! あああああっ!」
『貯金額=心の余裕』なのだ!
魂を失ったような喪失感と慚愧の念に、頭を抱えてベッドの上をゴロゴロ転げ回る。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……わたしは、わたしは何てダメな魔法少女なんだぁぁぁぁぁぁ!」
やっぱり、マガジン2個はなかった……。
いざという時用に技研製のマガジンをいくつか買って、MGを貯めておけば……。
「い、いや……まだだ、まだ終われない! こんな所でゴロゴロしている場合じゃない!」
そう、こんな所でゴロゴロしていてもMGは戻ってこない……稼がねば!
失ったMG以上にMGを稼がねばならない!
「使ったMGが無駄ではなかったことを証明しなければ……そう、『暗影の偵察兵』への投資は無駄ではなかったことを証明するのだ……『暗影の偵察兵』を使って、MGを稼ぐのだ……」
わたしは熱に浮かされたように、変身解除の許可を受け、小田原・OD04ベースへと向かったのであった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
深夜、鏡界、小田原・OD04ベース近く――。
OD04ベースから出て、熱に浮かされた状態のまま小田原駅の周辺をフラフラと歩いていると、見覚えのある交差点へ出る。
Bチームが『六本腕』の遠距離砲撃を受けた場所だ。
死亡した魔法少女の身体は、魔塊獣と違い消えることなく鏡界に残るのだが、鏡界の復元効果で地形や建物が改変されると、どこかへ行ってしまう。
最終的にはマナとなって鏡界内に拡散されるらしいが、それまでは、どこかに存在しているのだ。
今も、この辺りのどこかに、わたしが見殺しにしたBチームの……それを思い出したら、一気に頭が冷える。
日々戦闘を続ける魔法少女は、わずかな油断であっけなく死ぬ。
魔法少女に、明日も生きているという保証はないのだ……。
危ない、危ない、『サンクコスト(過去の投資費用)は忘れ、将来の利益だけで判断せよ』という大原則を忘れてたわ!
このまま実戦に突入してたら、ヤバかったかも。
ちょっと頭が冷えたところで、さて、どうしようかと思案。
せっかく小田原まで来たんだから、買ったアイテムの実験くらいはしていくことにする。
ギリースーツ(一応、幻惑の外衣って名前がある)の方は、着たところを誰かに見てもらった方がいいだろう。
と、いうことで!
気を取り直して、『暗影の偵察兵』の召喚である!
やっぱり新しいアイテムはワクワクする! 貯金はもうないけどさ……。
周囲を確認し、呪文を詠唱する――。
「暗き影より生まれし我が僕。我が目となり、我が敵を探り、我が道を照らす三影の斥候よ……顕現せよ、暗影の偵察兵!」
周囲からスウゥゥーーーッと濃厚な暗闇が集まり、それらの闇が人形に凝縮していく……。
目の前に黒い陽炎のように揺らめく黒煙を固めたような人型のシルエットが3体、暗影の偵察兵として現れる。
「おお、これが暗影の偵察兵………」
興味津々で近くをジックリ観察する――身長は175cmほど。
シルエットから最初はポンチョを着た兵士かと思ったが、よく見るともっと古めかしい。
ロングコートのような服の上に、フード付きの腰丈のマントを羽織り、フードの中の顔があるはずの部分の黒煙の奥に、緑色にわずかに発光する目玉らしきものが浮かんでいる。
腰には短剣らしきものを装備しており、これで戦闘するのだろう……目を凝らしてもシルエットしか見えないが、多分合っている。
さらに詳しく調べようと黒煙へ手を伸ばした瞬間、ドライアイスへ手を近づけたようなヒンヤリとした冷気が指先を撫でる。
さらに手を近づけると、凍てつきそうな冷たさの気体なのに、高い粘度のある感触……背筋がゾクリとして思わず手を引っ込める!
これは……あんまり触りたくない感触である!
暗影の偵察兵を実際に使用した狙撃訓練のために、ビルの屋上から実際に狙撃してみることにした。
アルファー、ブラボー、チャーリーと名付けて3体を区別し、心の中で、それぞれ別方面の偵察を命じる。
命令を受けた3体は、音もなく走り出す。
黒煙の身体でなければ、完全に人間の動作である。
影の中に潜ってススーっと移動するのかと思ったら、そんなことはなかった。
まあ、そんな移動ができるなら、『暗影の偵察兵』じゃなくて『暗影の暗殺者』である。
わたしが狙撃準備のためにビルの階段を登り始めると、3体の視界が監視モニターを見るかのように半透明で目の前に表示される。
3体の位置関係も簡易マップに表示される親切ぶりで、至れり尽くせりである。
3体の視界モニターは半透明なので、自分の視界は確保できているのだが、『ちょっとウザい……』と思った途端、スッと3体の視界モニターが消える!?
『えっ、消えちゃった!?』と思ったら、すぐに再表示された。
どうやら、意識を向ければ見える仕様らしい。
監視モニターの切り替えやらなんやらを意識で操作する感じ。
視界内の表示位置も自由自在で、邪魔にならないよう左下に半透明で暗影の偵察兵の視界を小さく表示させたまま、狙撃のために近くのビルの屋上へと向かう。
階段を登りながら視界共有の操作を繰り返したおかげで、屋上に着くころには、すっかり視界共有の能力を使いこなせるようになっていた。
いや、わたしが凄いとかじゃなくて、少し慣れれば難しいことじゃないんだ。
脳は視界全体のうち、意識をフォーカスした部分――認知視界だけを見ていると認識する。
つまり、周辺視野の一部に暗影の偵察兵のモニターが増えただけで、『視界の一部に意識を向けて見る』という行為自体は変わらないのだ。
慣れてくると、意識するだけで完全に操作できるようになり、自分の視界としてまったく違和感なく自由自在に視点を切り替えられるようになった。
これ便利だわ!
暗影の偵察兵・後編 へ続く!




