87話 射撃データ収集・中編
深夜、現界、横浜南部、海沿いのビルの屋上――。
最近、よく帰界を使うなぁ、などと思いながら、2分ほど鏡界の夜空をフワフワと漂い、横浜の夜景を楽しみつつ現界へ戻ってくる。
真っ白な光に包まれ、フワっと浮き上がるような感覚の後、さっきまで居たビルの屋上とまったく同じ現界のビルの屋上に立っている。
ビルの屋上から見える真っ黒な海や夜景、周囲の音までも鏡界と同じなのだが、何というか……本物の人間が存在している空気感というか、臭いというか、そういう『生の気配』が明らかに違い、なぜかホっとする。
「計測機器を設置しますから、少々お待ちください」
現界に戻ると、すぐにリュミエールさんが『非物質化』して背負っていた計測用魔法具を『物質化』し、鏡界と同じようにビルの屋上へ設置し始める。
いつもの癖で、一瞬、現界で魔法少女のままでいいのかしらと思ったのだが、AAAランクのルビーさんが居るので問題ないことを思い出す。
「ターゲットは、外事部の方で鏡界と同じ場所に配置済みです」
ヴェイルさんの言葉に、地獄の殺戮者に装着してあるスコープで暗い海を見ると、確かに鏡界と同じ位置に小舟が浮かび、ターゲットが配置されている。
「そういえば、現界で地獄の殺戮者を撃っても大丈夫なんですか? 結構音がデカいんですけど、通報とかされません?」
深夜の静まり返った現界で、ヘルマーダーをバンバン撃ってたら絶対通報されそうなんだけど。
「今回はこの遮音結界発生器を使用します」
そう言ってヴェイルさんが取り出したのは、直径20cmほどの円盤状の物体だ。
「起動すると、半径7mの球状内部を遮音します。本当に遮音機能しかない試作品なのですが、今回の任務では使えそうなので貸与してもらいました」
これも技研製なのかと思ってルビーさんを見ると、プイと視線を逸らされてしまった。
もしかして、技研じゃなくて外事部製?
『前』の経験から、縦割り組織の関係を深掘りすると、とっても面倒臭いことになると知っているので、華麗にスルーすることにする。
知ったところで意味ないしね。
「リリナさん、これをどうぞ」
どこも組織は面倒だなぁと、4人から視線を外して夜景を眺めていると、ルビーさんが話しかけてくる。
「コレって……」
「『マナ結晶』です。今のうちに魔力の補充をしておいてください」
ルビーさんに、5mmほどの光る宝石のような『マナ結晶』を渡される。
「ありがたいんですけど、魔力はまだタップリ残ってます。『マナ結晶』って高いんでしょ。まだ全然、イケますよ?」
鏡界の実験で6発撃ち、確かに魔力は使ったが、同じ条件ならあと数十発は撃てそうなくらい魔力は残っている。
残弾は6発しかないから、魔力が余っていても6発しか撃てないけどね!
「それは今回の任務用に支給されたものなので、気兼ねなくご使用ください。と申しますか、鏡界の実験と前提が変わってしまうと問題がありますので、魔力補給は絶対条件です」
ああ、魔力が減った状態だとデータ比較に問題が出るのね。
ということで、『マナ結晶』を使い魔力を補充する。
まだ魔力がタップリ残っている状態での贅沢な使い方だが、しょうがない。
「みなさん、お待たせしました。リリナさん、射撃の準備をお願いします」
魔力補充を終えると、ちょうど計測機器の設置が終わったリュミエールさんに声を掛けられる。
すでにルビーさん、クロウさん、ヴェイルさんは設置型の巨大双眼鏡でターゲットを覗いており、リュミエールさんも急かすようにわたしを見ている。
つまり、わたし待ち状態である。
やれやれ、それじゃあ頑張りますか!
わたしは、さっきと同じ場所に、同じように伏射姿勢で、バイポッドを装着した地獄の殺戮者を構え、技研製スコープを覗いた――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「リリナさん、次は1600mのターゲットです」
ルビーさんの言葉に、次のターゲットをレティクルに収める。
すでに400m、800m、1200mへの射撃実験は終了済みである。
内部に居るので分からないが、ヴェイルさんの外事部製(?)の遮音結界発生器は問題なく効果を発揮しているようで、野次馬やパトカーが来ることはないようだ。
人間が居る現界だと、鏡界とは違う妙なアクシデントでも起こるんじゃないかと、運の悪い(?)わたしは心配していたのだが、そんなこともなく、射撃実験は順調に推移している――。
『フォーサイト』を発動し、光のラインがターゲットの胸部へと収束するのを少しだけ待ち、引き金を絞る。
ガァァァァァーーーーーーン!
「命中です。ターゲット粉砕。魔法発動光なし、マナ濃度変化なし、魔力反応0.71……MT値10.6」
リュミエールさんの事務的な声が響く。
射撃実験のデータは、基本的に鏡界とほぼ変わらない結果で推移している。
波で不規則に揺れるターゲットとはいえ、光の槍や魔咆哮を放ってくるわけでも、高速で不規則に移動したり、突撃してくるわけでもないので、わたしにとっては簡単な射的である。
「マナ濃度が鏡界の2千分の1の現界で、魔法使用時にマナ濃度に変化をおこさず、魔力反応もほとんどない。これ、魔法使用の痕跡どころか、魔法が使用されたことにさえ気づかないだろ……」
「命中精度も申し分ない……というか、この命中精度は驚異的だよ。彼女と互角かそれ以上だ。これは確かに勲章が貰えるレベルの逸材だよ。上が目を付けるのもうなずける……」
余裕ができたからか、風向きのせいか、後ろに居るクロウさんとヴェイルさんが小声で話しているのが聞こえてくる。
まあ、褒められるのは嫌じゃないからいいんだけどね。
ところで、わたしと互角の彼女って誰だろう?
知り合いかしら? ちょっと気になる……。
「リリナさん、次は2000mのターゲットをお願いします」
ルビーさんの指示に、気を引き締めなおして次のターゲットをレティクルに収める――。
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「2400mの射撃実験終了です。これで今回予定されていた射撃実験は、全て終了となります」
リュミエールさんが事務的な口調で実験終了を告げる。
合計12発。外したらマギリングでマガジンを購入するつもりだったんだけど、おかげさまで全弾命中!
正直、何発か外すかもって思ってたんだけど……いやぁ、ルビーさんに貰った技研製のスコープ、いいわ!
自動弾道計算機能は『フォーサイト』があるから参考程度って感じだけど、明るいし、遠くまで良く見えるし最高っ!
コレがあれば、しばらくは1000万MGのオリジナルスコープとか要らなそうだよ。
ちなみに、今回の強制任務の報酬は3万MG。
危険なしで12発撃つだけで3万MGなら、結構良いんじゃない?
魔力潮流動乱の時の強制任務なんて、24時間拘束で、何匹ものレイド級魔塊獣と戦わされて、日給(?)3万MGだよ?
後から追加されたからいいけど、渋すぎない?
なんてことを考えながら帰り支度をしようと立ち上がると、クロウさんとヴェイルさんがルビーさんと何か話している。
ルビーさんが少し言葉を荒げているような感じだったが、話がまとまったのか……3人がわたしの方へ近づいてくる!?
「すいません、リリナさん。あと1発だけ、射撃実験をお願いできますか?」
そう言ったのは外事部のヴェイルさんだ。
「実は、現界での訓練用に特殊なターゲットを製作したのですが、リリナさんの射撃実験に使用していただきたいのです」
現界の訓練?
なんじゃそりゃ!?
「現界の訓練……ですか?」
「はい。外事部は他の魔法少女組織との交渉の他に、現界の様々な組織との交渉も行っていますので、現界でも相応の戦力を保有する必要があるのです」
現界での魔法少女暗殺とかもあるみたいだし、戦力は必要……なのかなぁ。
でも、魔法少女が現界で戦うの? どうにもヤバい臭いしかしないんだが……。
「ああ、もちろん現界の一般人に対して魔法なんか使いませんよ? ですが、この前、リリナさんが大阪で遭遇したような連中もいますので、魔法を使わないにしても、相応の戦闘訓練は必要なのです……」
大阪……あっ!
ヤバそうで、思わず撃っちゃったアレか……。
もしかしなくても、アレの後始末してくれたの外事部の人達だよね。
確かに、ああいう連中の後始末となると、色々ありそうな気はするなぁ……。
魔法少女が戦うわけじゃないとしても、現界でも戦力が必要だってのは分かるかもしれない。
「ああ、その節はお世話になりました。外事部の方には、お手数をおかけしたようで申し訳ないです」
「それが私たちの仕事ですので、お気遣いなく。それで、射撃の方はお願いできますか?」
わたしの謝罪にヴェイルさんは微笑するが……そこへルビーさんが口を挟んでくる。
「リリナさん、嫌なら断ってかまいませんよ? この強制任務は、あくまで技研主導のもの。彼女達のは、ただの『お願い』です。現界のことに関わると、ろくなことがありませんので、リリナさんが嫌なら断っちゃってください」
「それは話が違います!」
「リリナさんが了承すれば、協力していただけるというお話だったじゃないですか!」
ルビーさんの言葉に、ヴェイルさんとクロウさんが食ってかかる。
この異変に、機材を片付け始めていたリュミエールさんも手をとめてこちらを見ている……どういう状況!?
「リリナさんが了承すれば協力するという言葉に嘘はありませんよ? しかし、リリナさんに別の選択肢を提示しないとは言っていません。どうして話が違うと言われるのか、理解しがたいですねぇ?」
ルビーさんは止めたがってる??
うむ、何が何だかさっぱり分からん!
「ええと、ヴェイルさん、射撃実験の話なのですが、協力しようにも、残念ながらもう弾がありません……」
弾がないってことになれば、物理的に不可能なんだし、ルビーさんがヴェイルさん達と揉めることもないだろう。
派閥争い的な面倒事に巻き込まれるのは御免こうむりたいのである!
「………………」
ヴェイルさんがクロウさんへ視線を送ると、クロウさんが肯く。
「リリナさんの地獄の殺戮者用の弾丸は、1マガジン3発で200万MGもするのですよね? 射撃実験のために購入をお願いするのが難しいことは理解しております」
どうやらバトンタッチしたらしく、今度はクロウさんが話しかけてくる。
「ええ、すいませんが……」
MGはタップリあるし、マガジンはいずれ買い足そうと思ってたから今買ってもいいんだけど、派閥争いはなぁ……。
「先ほどルビーさんが、『この強制任務は技研主導のもの』とおっしゃいました。それは間違いではありませんが、強制任務を発行したのは統合参謀本部です。つまり、統合参謀本部の監査人として派遣された私には、この任務に口を出す権利があるということです」
「………………」
ルビーさんは黙ってクロウさんの言葉を聞いているので、クロウさんの言葉は嘘ではないのだろう。
「とはいえ、リリナさんへ発行された強制任務の内容は『技術研究部の射撃実験への参加』です。我々は、本来の任務内容ではない追加の依頼をリリナさんにお願いすることになります……」
そこでクロウさんはヴェイルさんへ目配せする。
「そこでリリナさんへ提案です。規定がありますので強制任務の報酬を上げることはできませんが、実験のための必要経費は認められています。そこで、射撃実験にご協力いただく対価として、我々がマガジンの購入費200万MGをお支払いするというのは、いかがでしょう? もちろんマガジンの返却の必要はありません」
実質、実験に協力すれば200万MGを貰えるということで、これは報酬の安っすい強制任務としては破格の条件だ。
だが、ルビーさんの反応が気になる。
わたしとしては、ルビーさんの嫌がるようなことはしたくないんだよね……。
「すいません、少々お待ちを……」
わたしはルビーさんの腕を引っ張って、クロウさんとヴェイルさんから少し離れた所へ移動する。
「ルビーさん、わたしとしては不満はないんですが、ルビーさんが何か困るようなことがあるなら断ろうと思ってます。正直、事情がさっぱり分からないんですが、どうしましょう?」
「ああ、リリナさんは、わたくしの事を心配してくれたのですね。フヒヒ、やはり、これは愛でたくなりますねぇ」
クロウさんとヴェイルさんに聞こえないように小声で相談したら……なぜかルビーさんに頭をなでなでされた!?
「追加の射撃実験のことは、わたくしも先ほど初めて聞かされたので、正直、統合参謀本部と外事部が何を画策しているのか分かりません。ですが、少々不穏なものを感じたので、リリナさんが無条件で引き受ける必要はないことをお教えした、という訳です」
「ああ、それなら多分ですけど……統合参謀本部が長距離攻撃ユニットのデータ収集みたいなことをしてるんじゃないですかね? その、よく分からないですけど……」
機密保持契約書にサインしたので詳しいことは言えないが、おそらく遠距離攻撃タイプユニットの集団運用実験絡みでのデータ収集だろう。
「なるほど……リリナさんは何かご存じなのですね? わたくしとしては、総責任者のはずなのに、何の話も聞いていなかった実験をねじ込まれて不愉快ではありますが、そういうことであれば、リリナさんがしたいようにしてよいのではないでしょうか。1発撃って200万MGの報酬だと考えれば、悪くはないでしょう?」
さすがルビーさん。
色々察してくれたようだ。
「分かりました。クロウさんとヴェイルさんの射撃実験に、協力させていただきます」
わたしがクロウさんとヴェイルさんにそう告げると、2人は満足そうな表情になる。
「技研としてもお約束通り、データ収集にご協力します。実はわたくしも、もう少し現界でのデータを収集したかったところです。現界での実験はいろいろ面倒ですからね、フヒヒ」
ルビーさんが慇懃にそう言うと、クロウさんとヴェイルさんが頭を下げる。
これでルビーさんと、クロウさんとヴェイルさんの確執はなくなると思うので、引き受けてよかったんじゃないかな?
ということで、ルビーさんの許可をもらい、ヴェイルさん達の実験にも協力することとなったのであった――。
射撃データ収集・後編 へ続く!
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・ヴェイル :セピアのハーフアップ髪の魔法少女
外事部・交渉工作課
・クロウ :黒灰色ローポニーテール、黒のタイトスーツ風の衣装
情報部
・リュミエール:アッシュゴールドの一本の三つ編みに白衣の魔法少女
技術研究部・技術研究課
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