86話 射撃データ収集・前編
深夜、鏡界、横浜・YH08ベース――。
転移装置で小田原・OD04ベースから、馴染の横浜・YH08ベースへとやってくる。
ちなみに、今回の戦略再配備で横須賀ベースが新設されたのを機に、Y08ベースはYH08ベースへと改名された。噂によると人員が縮小されるみたい。
情報部のクロウさんを先頭に、転移装置ルームから長い廊下を歩いて運営用区画へ向かい、統合参謀本部用の会議室へと入る。
会議室は20平米ほどで、白い壁に囲まれ、シンプルな会議用のテーブルと椅子が雑然と並べられている。会議室……というより、実務的な打ち合わせルームといった感じだ。
部屋に入ったわたし達は、クロウさん、セピア色ハーフアップの魔法少女さん、ルビーさん、技研の金髪一本おさげの魔法少女さん、そしてわたしという順番で席に付いていく。
「早速ですが、リリナさん。先日お渡しした技研製の弾丸とスコープは、お使いいただけたでしょうか?」
ルビーさん、本当に早速だな、オイ!
全員が席に着くなり、前置きも何もなく瞳を爛々と輝かせたルビーさんが口を開く。
このまま答えていいのか迷うが、誰も何も言わないので答えることにした。
「はい、弾丸は使用しました。スコープの方は、遠距離射撃の機会がなかったので、あまり使い込んでいません。あ、一応マガジンと薬莢は持って帰ってきてますよ」
オリジナルの薬莢はそのうち消えちゃうのだが、ルビーさんに貰ったものはマガジンも薬莢も消えないらしいので拾って持って帰ってきている。
「素晴らしい! ルビー部長が頼むのを忘れていたと言っていたので、あまり期待していなかったのですが、マガジンと薬莢を持ち帰ってくれたのですね! さすがルビー部長の選定した被験者です、分かってますね! そういう細かいデータの積み重ねが研究を進ませるのですよ! それでは早速ですが、使用済みのマガジンと薬莢をいただけますでしょうか!」
技研の金髪一本おさげの魔法少女さんが勢いよく乱入してくる。
早口で捲し立てた後、目をキラキラさせながら『頂戴!』と両手を突き出してくるので、持っていた使用済みのマガジンと薬莢を『物質化』して手の上に置いてあげる。
「ありがとうございます! 今後の研究の参考にさせていただきますね!」
うーん、金髪一本おさげの魔法少女さん、悪気はまったく無さそうなんだけど、ナチュラルに常識ないよねー。いや、魔法少女ってこんなもんか!?
「それで、技研製の弾薬の威力、精度、使い勝手などはいかがでした? 何か問題点などはありましたでしょうか? できるだけ詳しく教えてください」
ルビーさんもルビーさんで、前のめりの姿勢で興味のあることだけを聞いてくる……。
技研の人って、みんなこうなの!? まあ、いいけどさぁ。
「まず弾丸ですが、ルビーさんはオリジナルの半分程の威力だとおっしゃっていましたが、体感ではオリジナルの5分の1くらいの威力に感じました。射撃感覚は問題ありません。快適に撃てましたよ。精度の方は、長距離射撃の機会がなかったので、詳しいことは言えませんね」
ルビーさんも、金髪一本おさげの魔法少女さんも、真剣に聞き入っている。
「使用感ですが、頂いたマニュアルに書いてあった通り、弾丸を握って魔力を込めたのですが、1発1発、マガジンから抜き出して魔力を込めていくのは大変ですね。1マガジン3発くらいならいいですが、複数のマガジンだと少し大変かなと。何か1度に複数の弾丸に魔力を込める方法があれば――――」
ルビーさんから(実験への協力と引き換えだけど)無料でマガジンとスコープを貰った時から、絶対後で感想聞かれるだろうなと思っていたので、報告用にできるだけ詳しく使用感を覚えるようにしていたのだ。
「そうですか。MT値の減衰の原因は、充填した魔力量のせいでしょうか? いえいえ、おかしいですね、必ず定量の魔力が充填される仕様のはずなのですが……。鏡界の天候? マナ濃度? それとも別の影響? 何が原因でしょう……?」
「おそらく、リリナさんの体感しているオリジナルのMT値が、技研で計測したデータと異なっているのでしょう」
金髪一本おさげの魔法少女さんの考察に、ルビーさんが言葉を挟む。
MT値というのは威力のことだろう、多分。
「技研で計測したMT値だと、魔法騎士のチャージアーマーを破壊することは不可能です。ですが、実際にリリナさんは魔法騎士のチャージアーマーを破壊しています。つまり、リリナさんが射撃した時には、魔法騎士のチャージアーマーを破壊しうるMT値だった、ということです」
技研で計測したMT値というのは、技研の部屋の奥にある覆道射爆場で試射した時のデータだろう。
「リリナさんが感じた『5分の1程度の威力』という感覚が正しいのであれば、リリナさんがオリジナル弾丸で射撃した場合、技研で計測したデータの実に2.5倍のMT値がある計算になります。それならば、魔法騎士のチャージアーマーを破壊しうる十分な威力があります」
「ああ! ルビー部長が以前おっしゃっていた射撃データと実戦データとの矛盾ですね! 確かに、そう考えれば全ての辻褄が合いますね! そうすると、被験者の個人的な資質、魔法能力の問題ということでしょうか……」
いつも『フォーサイト』で弱点を狙って撃ってるから威力が高く感じたのかな?
技研の射爆場で試射した時は、『フォーサイト』使ってなかったからな。
「あの、MT値ってのは威力のことでいいですよね?」
「ああ、ごめんなさい、説明しますね」
わたしが確認すると、金髪一本おさげの魔法少女さんが説明を始める。
「MT値というのは、物理的な力、魔法的な力、魔法少女の能力、魔法、その他全ての要素をマギト換算して算出した最終的な『戦闘力』のことです。例えば、同じ魔法少女が、同じ魔法で、同じ魔塊獣を攻撃したとしても、命中した部位によって効果が異なります。その違いを算出したのがMT値になります。例えば、弱点部位に命中した場合はMT値10、その他の部位に命中した場合ではMT値5といった具合になるわけです」
なるほど、最終的に与える実際のダメージ量みたいなイメージね。
「なるほど。でしたら多分、技研の射爆場で試射した時は、わたしが魔法を使っていなかったからMT値が違っているのだと思います。いつもは照準補正というか、弱点へ誘導してくれる『フォーサイト』っていう補助魔法を使っているんですよ」
「ほぅ! なるほど、なるほど。それは興味深い。リリナさん、実験では、その『フォーサイト』を使用して射撃してください。以前のデータと比較してみましょう!」
「興味深いですが、原因が魔法少女の固有魔法だとすると、魔法具への応用は難しそうですね……」
ルビーさんは目を爛々と輝かせるが、金髪一本おさげの魔法少女さんが少し残念そうな表情に変わる。
威力が増大した原因が、わたしの固有魔法『フォーサイト』のせいだとすると、魔法具の改良で何とかなるという話ではなくなるからだろう。
「リュミエールさん、自分の担当分野だけにスコープせずに、もっと視野を広く持ってください。わたくし達技研は、魔法の研究も行っているのですよ。新しい魔法の情報は、いつか魔法具研究にも役立つはずです」
「っ! そうですね。申し訳ありませんでした」
ルビーさんの言葉に、金髪一本おさげの魔法少女さんが素直に謝罪する。
金髪一本おさげの魔法少女さん、リュミエールって名前なんだ!
というか、自己紹介くらいしようよ……まだ、セピア色ハーフアップの魔法少女さんの名前知らないよ?
などと思っていると、そのセピア色ハーフアップの魔法少女さんが、おずおずと声を上げる。
「あの、ルビーさん。すいませんが、そろそろ本題に移っていただいてもいいでしょうか?」
「ああ、失礼しました。ですが、今回の強制任務はリリナさんの射撃データの収集ですので、すでに本題に入っているのではないでしょうか?」
「……………………」
何か、ルビーさんに遠慮しているような、妙な雰囲気だ。
強烈なプレッシャーはあるが、ルビーさんが結構お茶目で楽しい人だということを知っているので、横からだが口を出すことにした。
だって、話が進まないでしょ!
「あの、とりあえず、皆さんのことよく知らないので、自己紹介をお願いします。その後、今回の責任者の方に任務を説明していただくということで、どうでしょう?」
「ふむ、そうですね。それがいいでしょう」
わたしの提案にルビーさんが頷くと、クロウさんとヴェイルさんが明らかにホっとした表情になる。
ルビーさん、プレッシャーは凄いけど、そんなに怖くないけどなぁ。
「では、今回の責任者である、わたくしから……技術研究部部長のルビーです。今回の任務の総責任者となりますので、よろしくお願いします。では、次はリュミエールさん、お願いします」
「技術研究部・技術研究課所属のリュミエールです。今回の任務では実験データの収集を担当します。よろしくお願いします」
金髪一本おさげに、グレイ基調のシックな魔法少女衣装の上に白衣を羽織ったリュミエールさんは、立ち上がって自己紹介を終えるとペコリと頭を下げる。
「統合参謀本部・情報部所属のクロウです。今回の任務では統合参謀本部から監査人として派遣されました。よろしくお願いします」
クロウさんは黒灰色のローポニーに、黒のタイトスーツ風の魔法少女衣装。
いかにもエージェントという感じで、情報部が似合っている。
「外事部・交渉工作課のヴェイルです。今回の任務では監査人として参加しますので、よろしくお願いします」
セピア色髪をハーフアップにした魔法少女、ヴェイルさんが立ち上がる。
黒と赤の身体にフィットしたレオタードにマイクロミニスカートという、どこか『くノ一』を連想させるような魔法少女衣装だ。
魔法少女は外見や衣装と中身(本人の性格等)が乖離していることが多いが、衣装や外見と魔法・魔法具は同じコンセプト(?)っぽいんだよね。
だから、エージェントっぽい外見ならエージェント系能力、くノ一っぽい外見ならくノ一系能力のはず……多分。
深く考えてもしょうがないので、自己紹介をすることにした。
「『血の宣誓』所属のリリナです。ルビーさんのお話だと、わたしの射撃データの収集が任務のようですので、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
「では、今回の任務の説明をしましょうか。今、リリナさんご自身がおっしゃった通り、任務内容はリリナさんの射撃データの収集です――」
わたしが席につくと、ルビーさんが任務の説明を始める。
ザックリ言うと、鏡界で射撃データを取り、現界へ移動。同じ場所、同じ条件で射撃データを取ったら、それで任務修了。
なんでも、技研で現界での実験の手続き(申請が必要らしい)をしていたら、実験に興味を持った情報部と交渉工作課が同行を願い出てきた、ということらしい。
多分、ステラさんが言ってた遠距離攻撃タイプユニットの集団運用実験絡みじゃないかな。
現界での実験には色々と制約があるらしく、ルビーさんは情報部と交渉工作課……というより、統合参謀本部と外事部の同行を認めざるをえなかったようだ。
ここら辺は、まあ大きな組織だとしょうがないよね。
「そんな訳でリリナさん、オマケが2人ほど着いてきますが、よろしくお願いしますね」
実験に協力するという約束で、スコープと技研製のマガジンを頂いているので、嫌も応もない。
ルビーさんの恩に報いるためにも、全力で射撃実験、頑張りますか!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
深夜、鏡界、YH08ベース近隣、海沿いのビルの屋上――。
「リリナさん、次は2400mのターゲットをお願いします」
海を臨むビルの屋上で、ルビーさんが暗い海の上に浮かんだ小舟を巨大な固定式双眼鏡で見ながら指示を出す。
ルビーさんの両隣には、同じく巨大な固定式双眼鏡を覗き込む、クロウさんとヴェイルさん、そして少し離れた所で、魔法具を操作するリュミエールさん。
わたしはというと……リュミエールさんが設置した観測用の魔法具に周囲を囲まれながら、伏射姿勢でバイポッドを装着した地獄の殺戮者を構え、技研製スコープを覗いているという状態。弾丸はオリジナル。
すでに、400m、800m、1200m、1600m、2000mへの射撃は終了しており、今回のターゲットまでの距離は2400m。
レティクル(スコープ内部)の中央部に、波に揺られユラユラと動く小舟の上に、小さな人型ターゲットが見える。
これは技研製の全高2mの結界発生器付き特殊人型ターゲットで、結界発生器が実際の魔塊獣のシールドのように機能するという凝ったモノ。
この明るさと距離だと、魔法少女の強化された視力でも暗いし遠いし、『フォーサイト』を使っても当てる自信がないが……今は技研製のスコープがある!
『フォーサイト』を発動すると、ゆっくりと光のラインがレティクルの中心に表示されたターゲットの胸部へと収束していき、どこを撃てばソコに当たるのかを導いてくれる。
さすがにこの距離だと、ジリジリと魔力が消耗していくが……。
スコープの自動弾道計算機能の表示はガン無視し、『フォーサイト』の導く光のラインに従って照準、静かに引き金を絞る。
ガァァァァァーーーーーーン!
「命中です!」
レティクルの中で、ターゲットの胸部が消失する。
最大望遠120倍のルビーさんに貰ったスコープと『フォーサイト』があれば、暗闇の中、2400m先の波に揺れるターゲットでさえ命中させることができるのだ!
正直どうして当たるのか理解できないが、ステラさんの言ってたように、凄く良く当たる『カン』なのかもしれない。
「ターゲット粉砕。魔法発動光なし、マナ濃度変化なし、魔力反応0.89。魔力反応は距離が離れるに従って少しずつ増加していますが、鏡界での自然変化による誤差範囲を少し上回る程度です」
『フォーサイト』って、使っても外部への魔法的な反応はほとんどないみたいなんだよね。
身体強化系の魔法も同じような感じらしいから、身体の中で消費するので外部への影響は少ないのかもしれない。
「MT値10.2! 多少減衰していますが、この距離からでもチャージアーマーを撃ち抜ける値です!」
リュミエールさんは興奮気味に叫ぶが、正直に言うと、実際に2400mの距離から魔法騎士のチャージアーマーを撃ち抜く自信はない。
魔法騎士は、さっきのターゲットとは比べ物にならないくらいに速いし、弱点部位も小さい。
2400mの距離から魔法騎士を狙うなら『フォーサイト』の消耗魔力も大きいだろうし、第一、荒野でもない限り2400mの距離から狙撃できるチャンスなんてないだろう。
「いやぁ、残念ですが、これ以上の距離のターゲットは用意していないので、現界に移動しましょうか」
実はオリジナルの弾は12発しかないので、射撃回数を調整してもらったのだ。
え、勲章で貰ったMGでマガジン買ってないのかって?
いや、いざ大金が手に入ると、何かもったいなくなっちゃってさあ。
だってほら、マガジンはいつでも買えるわけだし、もうちょっと『金持ちの余裕』ってヤツを味わっていたいかなぁ、なんて。
え、ターゲット外したら? その時はマガジン買い足すから問題ない!
「ところでリリナさん、大体でかまいませんが、どれくらいの距離までいけそうですかね?」
ルビーさんにそんなことを聞かれたんだけど、どうだろう?
当てるだけなら、今の倍くらいの距離までいけそうな気がする。
弱点部位へ当てるのは……多分無理だろうな。
「『フォーサイト』使用の魔力消費がかなり大きくなると思いますが、多分、当てるだけだったら、今の倍くらいまではイケそうな気がします」
「フヒヒ、素晴らしい! 次回の実験では、リリナさんの射撃距離の限界を調べましょうか」
わたしの答えに、ルビーさんがニヤリと笑う。
「あのぉ、遠くなればなるほど、魔力消費が激しくなるんで、お手柔らかにお願いします……」
実験に協力すると言ってスコープやら何やらをタダで貰ってしまった手前、ルビーさんの実験提案は断れないが、魔力切れになると凄っごく気持ち悪いから嫌なんだよね、慣れてないし。
「そこは考慮しますので、ご安心を。フヒヒ」
そんなこんなで、わたし達、強制任務5人組は帰界で、現界へ向かうのであった――。
射撃データ収集・中編 へ続く!
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・ヴェイル :セピアのハーフアップ髪の魔法少女
外事部・交渉工作課
・クロウ :黒灰色ローポニーテール、黒のタイトスーツ風の衣装
情報部
・リュミエール:アッシュゴールドの一本の三つ編みに白衣の魔法少女
技術研究部・技術研究課
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