70話 羽音 優奈(ハネオト ユナ)ちゃん
「おはよー!」
ゴールデンウィーク明けの教室に、元気よく挨拶しながら入っていく。
メカクレ文学少女に、恰幅のいいメガネ。真面目イケメンに、可愛い純情不良。女食いの爽やかイケメン……うんうん、いつもの面子が揃っているな。
いやぁ、ミアのコンサートツアー体験(30階事件含む)が強烈すぎて、学校の教室って何か凄っごく久しぶりな感じ。
肝心のミアはというと……ツアーの疲れが出たのか微熱が続いてダウン。
医者から休息を取るよう言われたらしく、今日はお休みである。
昨日の帰りの車の中でもずっと寝てたし、小さい身体(わたしよりは大きいけど)で、あれだけ頑張ったら、そりゃ疲れるわ。少しくらい休んでいいと思う。
ちなみにわたしは、ミアがお休みするのは昨夜の連絡で分かっていたので、遅刻ギリギリまでゆっくりノンビリ寝てました!
だってミアが居ると、6時前には起きてなきゃいけないんだから、たまにはグッスリ寝てもいいじゃん!
「おはよー、ユナちゃん!」
「おはようございます……」
返事はあまり期待していなかったけど……文庫本から顔を上げて、小さな声ながらちゃんと挨拶してくれた!
最近距離が縮まってきた感のある、メカクレ系文学少女の羽音ユナちゃんである。
野良ネコ的に言うと、警戒して周囲をウロウロしていたのが、ようやく近づいてきたくらい?
もうちょっと……もうちょっとだけ近づいちゃおうかな?
「ユナちゃんは、何の本を読んでいるの?」
声をかけると、ビクッと身体を強張らせる。
小動物っぽくて可愛いけど、まだ早かったかな? もう少し手懐けてからの方がよかったかしら……?
「あ、ゴメン。読書の邪魔しちゃったよね……」
「あ、いえ……その、今日は……ミ、ミアさんは……一緒では……ん……すか?」
ん?
ミアのファンとかかな?
「ミアお姉ちゃん、今日はお休みだって。コンサートツアーの疲れが出たんじゃないかな」
「ああ、そうなんですね! えっと、澪さん、本とか興味あるんですか?」
あれ、ユナちゃんが急に明るくなった気が……?
「え、うん。今は、こんなの読んでるの」
わたしはバッグから文庫本を取り出す。
ミアが前に言ってた姉妹とかいうヤツの元ネタ(?)小説だ。
ちょっと懐かしい雰囲気の、女の子同士の友情を描いた青春小説で、意外にわたしみたいなのでも楽しめ、結構な巻数まで読み進んでいた。
ちなみに最近の中高生の間で流行ってる漫画やラノベ(カリアさんにリストアップしてもらった)も、ゴロゴロしながら楽しんでいたりする。
いやいや、大人でも結構イけるもんよ?
「それって、女の子同士の雰囲気が素敵ですよね!」
おお!? ユナちゃんが普通に喋っている!?
野良ネコ的に言うと、近づいてきたネコちゃんに好きそうなエサをあげたら、一心不乱に食べ始めたって感じ?
メッチャ可愛い!
「そうそう、青春って感じで、いいよね! ユナちゃんは何を読んでるの?」
「ん……私はこれ」
ユナちゃんが『少女病』というタイトルを見せてくれる。
どこかで見た記憶がある……田山花袋の作品だったはず。テスト用に作者とタイトルだけ覚えたという、実用性ゼロの無駄知識である。
「田山花袋……だっけ?」
田山花袋とか、女子中学生が趣味で読むものなんかいな?
ああ、受験勉強の一環として有名どころを読破してるのかもしれない。
さすが龍鳳学園特別クラスにいる良いトコのお嬢さまである。
「っ! もしかして澪さんも読んだことあるんですか?」
メッチャ嬉しそうに微笑んでいる……あいかわらず目は髪で隠れて見えんが。
「あー、ゴメン。作者とタイトルだけしか知らない。わたしは漫画とかラノベばっかりなのです。はい、ゴメンなさい」
テスト用の薄っペラペラの知識なので、何となく『中の人』的に謝ってしまう……。
「うふふ、私も漫画とかラノベもいっぱい読みますから、謝ることはないですよ? 今日はたまたま文学っぽいのを読んでいただけです」
中1の少女に慰められてしまった……。
「ううっ、ありがと。今度、時間があったら文学っぽいのにもチャレンジしてみます、です、はい……」
ウソです。
人間の内面や社会の闇なんか描かれても、欠片も読む気になれませんです!
大人の見栄ってやつです!
「うふふふ、無理して読むことはないですよ? 澪さんの好きな本を読めばいいんです」
「ううっ。すいません、つい無理して見栄を張ってしまいました。お言葉に甘えさせて頂きます、です……」
「うふふ、はい、それがいいです」
見抜かれているようなので、素直に謝っておく。
文学系の本なんぞ、多分10Pが限度なので、見栄は張らない。
「えっと、何かお勧めとかあります? わたしでも読めそうな、かるーい系ので」
「そうですね、色々ありますよ。私が持っている本をお貸ししましょうか? あ、紙の書籍でよろしければですが」
「はい、ぜひお願いします!」
「そういえば、澪さんは電子書籍ではないのですね。最近珍しいのではないですか?」
電子書籍は便利だけど、鏡界で読めないから全部紙で買っているのだ。
二重に買うのはアホ臭い。
「集中して読めるというか、できれば紙の書籍がいいかな、なんて」
「っ! 私も紙の書籍が好きなんです! 懐古趣味とか言われますが、紙の匂いとか手触りとかが好きなんです!」
まあ、いつも文庫本読んでるし、紙の本が好きなのは分かる。
電子書籍だと目がチカチカするって人もいるし、紙書籍の需要はまだまだある。
特に漫画は圧倒的に紙の方が読みやすいし(個人的な感想です……)!
「今度、お勧めの本を持ってきますね。うふふ、本のことを一緒に話せる人が居るっていいですね!」
ユナちゃん、思った以上に普通に喋ってる。
オタクが得意ジャンルで早口になる感じとも違うし……なんなんだろ?
「そういえば、ユナちゃんって凄っごい無口で内気な子かと思ってたんだけど、普通にお話できるんだね」
「えっと……」
わたしの言葉に、ユナちゃんが口ごもる。
あ、マズいこと言っちゃったかな!?
「あの……澪さん、もしかして気づいていないのですか?」
「???」
「ええと、澪さんが私に話しかる時、後ろのミアさんが凄っごく睨んでくるんです。さっきも突然ミアさんが現れて睨まれるかもってドキドキしてました。お休みと聞いたので、今は安心してますけど……」
あー、そういうことね!
「ああー、ミアお姉ちゃんって、もの凄い眼力で睨んでくるよね! わたしも転入してきた時、睨まれて怖かったよ!」
何というか、視線が物理的な圧力を持っている……そんな感じで、メッチャ怖いんだ!
「やっぱり……。澪さん、もしかしてミアさんに脅されて、無理やり妹にされちゃった、とかではないのですか? もしそうでしたら、私が……」
『無理やり妹にされちゃった』というのは、日本語としてどうかと思うものの、まったく正しいのだが(※29話参照)、ミアが悪く言われるのは悲しい。
「あ、いや、そうじゃないよ……いや、そうなんだけど、そうじゃないっていうか、ミアお姉ちゃんとは仲良しだから、大丈夫だよ?」
「やっぱり、ミアさんに何かされて……」
「あ、本当にミアお姉ちゃんとは凄っごく仲良しだから! でも、心配してくれてありがとね! 今日、初めてユナちゃんとちゃんとお喋りできて楽しかった!」
「私も澪さんとお話できて、楽しかったです」
「ええと、ミアお姉ちゃんは……過保護すぎるお姉ちゃんってことで、悪気はないと思うから……多分。凄っごく怖いとは思うけどスルーしてあげて。それで……これからもお喋りしてくれると嬉しいかな?」
わたしもビビるほどの、あの眼力で睨まれたら怖いとは思うけど、せっかく仲良くなったので、これからもお喋りしたい。
野良ネコ的に言うと、せっかく苦労して手懐けた野良ネコちゃんなので、ずっとナデナデしたいのである!
「その……頑張ってみますね? 怖くなっちゃったらごめんなさい……」
ま、まあ、頑張っても怖くなっちゃったらしょうがないか……。
「うん、ゴメンね。ミアお姉ちゃんには、それとなく言っておくから……」
「あっ! それはダメです! もっと恐ろしい目つきで睨まれてしまいます! できれば穏便にしていただけるのがいいかなと……」
ユナちゃん、マジでミアにビビりまくりである。
まあ、わたしもミアの強烈な眼力で睨まれたことがあるから、分からないでもないけどねー。
「分かった。じゃあIDだけ交換してくれるかな? お話するのが難しいなら、メッセでお話ししよ?」
「はい!」
そのようなやり取りの後、無事、メカクレ系文学少女・羽音ユナちゃんのIDをゲットしたのであった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おはよー! 水無瀬くん!」
「澪姫! おはようございます!」
何故かニヤニヤしていた恰幅の良いメガネ――水無瀬くんが、わざわざ直立して最敬礼で挨拶を返してくれる。
「どうしたの、ニヤニヤして? 何か良いことでもあった?」
「グフフ、朝から澪姫のいけない浮気シーンを堪能させていただきましたので、どうしても口元が緩んでしまうのでゴザルよ」
浮気シーンって何だ。
あ、ユナちゃんと話してたこと? いやいや、浮気じゃないでしょうに。
「これは、ミアさまにご報告しなければなりますまい!」
あ、それは困る。
ミアが変な誤解してユナちゃんをあの眼力で睨んだら、今度こそユナちゃん泣きそうだし!
「ダメだからね! ミアお姉ちゃんはツアーで疲れて休んでるの! 変な心配させたらダメだよ?」
「グフフ……っ!?」
その時、わたしと水無瀬くんを影が覆う!?
「オイ、水無瀬。お前がミアを気に入ってることは知ってるが、澪姫をないがしろにするようなマネは俺が許さねえ! 澪姫、コイツ、始末しておきましょうか?」
いつの間にか近づいてきていた真壁くんが、鬼のような形相で水無瀬くんを睨んでいる!
「えっ!? ちょ、ちょっとぉ!!」
水無瀬くんが焦って声を上げる横で、わたしは真壁くんの言葉に妙に納得する。
そういえば水無瀬くんって、首尾一貫してミアを崇め奉っていた気がする。
つまり水無瀬くんはミアのファンなのだ。
それなら、そうと分かって対応すればいいだけだ。
「ありがとう真壁くん。大丈夫だよ? 水無瀬くんが変なことしたら、ミアお姉ちゃんに『水無瀬くんが、わたしに非道いことした』って言いつけちゃうから!」
わたしの言葉に、水無瀬くんは一瞬ビクッと身体を強張らせ――。
「申し訳ございませんでしたぁーーーーーーーーーっ! それだけはご容赦くださいませ!」
それはそれは見事なジャンピング土下座を決める!
「おー!」
パチパチパチパチパチパチ!
あまりの見事さに思わず手を叩いてしまう。
ジャンピング土下座世界大会とかあれば、かなり上位に食い込める実力ではないだろうか?
漫画以外で本当にジャンピング土下座を決める人間なんて、水無瀬くん以外見たことがない。
「もう、ユナちゃんとは本のお話をしてただけって分かってるくせに。変な揉め事起こさないように!」
水無瀬くんの席からなら、ユナちゃんとの会話も聞こえていたはずだ。
「しかし、あの女は……」
「水無瀬くん? ミアお姉ちゃんに……」
「あううっ……申し訳ございませんでしたぁ……」
土下座したままの水無瀬くんを無視して、真壁くんの方へ向き直る。
「おはよー、真壁くん! ありがとうね! 水無瀬くんがミアお姉ちゃんのファンだって気づかなかったよ! 助かった!」
「いえ、澪姫のお役に立てれば、これ以上の幸せはありません!」
真壁くんは少し頬を赤くしながら、なぜか敬礼してくる。
「水無瀬は、ミアの熱烈なファンなんですよ。ミアはプライベートでファンに付きまとわれるのを嫌がってるから、ミアにはファンだって言わなかったんでしょう。俺も似たようなものなんでピンときました」
なるほど!
過激なファンのせいで龍鳳学園の特別クラスに来る羽目になったミアの事情を知っていたから、ファンだと言えなかったのか。
まあ理性的ではある。
「ミアお姉ちゃんにはナイショにしておくから、まあ、その、ファンとして頑張ってね?」
さすがにそのままだと気の毒なので、立たせてあげる。
「な、なんという有難きお言葉……この水無瀬、澪姫のファンになることをここに誓いましょう! ああ、もちろん1番はミアさまですが!」
「あはは、ありがと! 今回のツアーでも、過激なファンがミアの楽屋に入ってくるって事件があって大変だったんだ。程々にね?」
「は、ははぁーーーーーっ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
真面目系イケメンの東雲くんとは、いつものように当たり障りのない社会人的挨拶を交わし、最後に窓際の爽やかイケメン・久遠くんに挨拶する。
「おはよー、久遠くん!」
「おはよう、澪ちゃん」
窓際で朝の光を浴びながらニッコリ微笑む姿は、爽やかイケメンというあだ名(?)に相応しい輝きっぷりである。
ふぅ、女だったらヤバかったぜ(女だけど)!
「色々大変だったんだって? 聞いてるよ?」
「うん。富良野さんっていうボディーガードの人が居なかったら大変だったよ! 忍者なんだって! 凄い忍術つかう、凄い忍者だったよ?」
「ハハハ、澪ちゃんは、そういうの大好きだね。漫画の影響なのかな?」
いやいや、本物だって!
魔法少女でもないのに拳銃の弾を避けてたんだぜ!?
まあ、実際に見ないと信じられないのは分かるけどさぁ……こうやって真実が都市伝説として葬られていくんだろうな……はぁ。
「あ、ゴメン、ゴメン。ボクは忍者とか見たことがないから、信じられなくてね。今度、その忍者の人を紹介してくれないかな? ボクも1度忍術を見たら信じられるようになると思うんだ。そうだ、今度、一緒に忍者に会いに行かない? 車とか全部ボクが手配するから、一緒に忍者を見に行こうよ?」
さり気なくデートに誘ってくる女たらしである!
でも忍術(銃弾避ける方ね)もう一度見たいし、富良野さんに会いに行けるのかしら?
ミアに聞いてみようかな――などと思っていると、スマホのメッセージ機能に着信!?
『澪! あたしが居なくても、あのクズとは絶対話しちゃダメだからね!』
まるで見ているかのような、見事なタイミングでのミアのメッセージ攻撃である。
思わず水無瀬くんの告げ口を疑い視線を向けるが……真壁くんとお喋りしているようなので冤罪だった。
「? どうしたの澪ちゃん?」
「ええと、コレ」
「アハハハハハハハハハ、さすがミアちゃん!」
久遠くんにミアのメッセージを見せると爆笑である。
何というか、爆笑しててもメチャクチャイケメンなのは凄く腹が立つのだが……。
「お休みしているというのに元気だね。ミアちゃんのファンに告げ口されても困るから、今日はここで引き下がるよ」
久遠くんも、さっきの話を聞いていたようだ。
全員で7人しかいないので、耳をそばだてれば教室中の会話は全部筒抜けなのである――。
ブックマークとか、評価ポイントとか、感想とか、頂けると凄っごく嬉しくて、凄っごく励みになるの、是非是非お願いします!




