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69話 千桜創立者達の密談2

 現界、東京・赤坂、某老舗料亭・最奥室――。


 特別に誂えられた荘厳な庭園を独り占めできる、老舗料亭が誇る最奥の部屋。

 変身体(トランスボディー)AAA(トリプル・エー)ランク魔法少女6名を案内した女将はすでに奥へと下がり、漆黒の一枚板で造られた重厚なテーブルの上には、旬の料理が整然と並べられている。


「こ、れ、で……発動っと」


 黒髪ロングに黒瞳(くろめ)の女性――変身体(トランスボディー)の外事部部長エヴァが、部屋の中央に置かれたメダル状の道具を操作すると、周囲から音が消え、室内は冷気に満たされる。


「『結界』を発動させたから、みんな変身解除リリース・トランスボディーしても大丈夫だよ」


 エヴァの言葉に、二十歳前後に見える女性達が次々と淡い光に包まれ、本来の姿――魔法少女の姿へと戻っていく。


 銀白の長髪を後ろで束ね、薄い青白色の瞳を持つ統合総括会議議長・ルナ。

 橙色の瞳に赤と黒のメッシュを入れたショートヘアの統合参謀本部長・ノヴァ。

 灰白色のポニーテールに金瞳(きんがん)の財務部部長・リリー。

 濃紺の髪をサイドでまとめ、星を宿した金色の瞳を持つ可愛らしい内務部部長・ステラ。

 黒から銀へのグラデーションのロングヘアに銀灰色の瞳の外事部部長・エヴァ。

 そして――。


「ほう……これが、京盟連(きょうめいれん)の技術提供で造られた結界発生器ですかぁ。千桜(ウチ)の開発担当は、エヴァさんなのですねぇ?」


 興味深そうにメダル状の機器――結界発生器を覗き込みながら、赤い瞳を輝かせる技術研究部部長・ルビーが興奮気味に呟く。


「ああ、ボクが担当した。現界で使う魔法具に関しては、まだまだルビーくんには負けない自信があるよ」


 元々、千桜の技術研究部を立ち上げたのはエヴァだった。

 初代外事部部長が死亡し後任を選ぶ際、技研には目覚ましい成果を上げていたルビーがいたため、ルビーを技研部長に据え、エヴァが外事部部長へ就任した経緯がある。

 『魔塊獣(マゴル)との戦闘もあるのに、部長なんかやったら研究ができなくなる』と駄々をこねるルビーを、根気よく説得したのもエヴァだった。


「あ、触ってみてもいいでしょうか?」


「あ、起動中はダメ! ルビーくんは弄り回すからダメだって。後でデータと一緒に渡すから我慢しなさい」


「むぅ……しかたがありませんねぇ……」


 結界発生器へ手を伸ばしかけていたルビーは、一応先輩であるエヴァの言葉に従い、手を引っ込める。


「そこら辺は後にして、料理を食べながら話そうよ。今日は(はも)(くず)叩きが美味しいらしいよ?」


 ルナがくだけた口調で言うと、全員が腰を下ろし、料理に箸を伸ばし始める。


「しかし、ルビーくんとこうして話すのは本当に久しぶりじゃないか?」


 いつもの芝居がかった口調ではなく、素の話し方に戻ったノヴァがルビーへ声をかける。


魔塊獣(マゴル)狩りに、あちこちとの戦争と、何かと忙しかったですからねぇ。政治ごっこなんかしていたら研究する時間がなくなってしまいますぅ」


「いやいや、最近は研究に専念できてるだろ?」


 ルビーの軽い嫌味に、エヴァが口を挟む。


「ええ、おかげさまで最近ようやく研究に専念できるようになりましたぁ。研究に専念できる環境を整えていただけるという条件で技研部長を引き受けたはずなのですが、実現までこんなに時間がかかるとは予想外でしたぁ。確かにいつまで(・・・・)にとは約束していませんでしたがねぇ」


「あはは……ルビーくんは相変わらずだな。千桜がなくなったら研究もできないだろう? ある程度は我慢してよ。現界ではまだ探偵社をやってるんだっけ? 紅月探偵社だよね?」


 ルビーの言葉に、エヴァが苦笑する。


「はい。引退した魔法少女の受け入れ先として作ったのですが、意外に繁盛しているみたいですよ? 詳しくは知りませんが」


「まったく、キミの会社だろうに。それで、ずっと断ってきたこの会食に参加する気になった理由を教えてくれないか?」


 ノヴァが少し棘のある口調で問いかける。

 以前の統合総括会議で、ルビーに『秘密会合』の存在を匂わせる発言をされたことを根に持っているのだ。


 創立メンバーに次いで製造されたルビーは、創立メンバーが次々と死亡していく中で、何度も『秘密会合』への出席を打診されてきた。しかし、研究以外に興味のないルビーは、そのたびにすべて断り続けていた。


「先日も申し上げましたが、さすがにこれ以上失策を重ねられると研究に支障が出るという危機感と、今回のシルバーイーグルの件をどう判断するのかという好奇心……そして一番の理由は、現界の魔法科学のレベルを知りたいという探求心でしょうか?」


 実際には、エヴァに『現界の魔法具技術で造られた魔法具』の存在を匂わされ、どうしても実物を見たくてたまらなくなった――それが唯一無二の理由だった。


 現界と鏡界。

 長年の不干渉の不文律を破り、現界の魔導士結社・京盟連(きょうめいれん)――京都盟約連合きょうとめいやくれんごうとの秘密協定によって造られた魔法具。

 それは、ルビーの興味を引くには十分すぎる逸品だった。


「まったく、最後の理由以外は今考えただろ。まあいいけどさ。それと――」


 エヴァが真剣な表情に変わる。


「今後は、若い連中(・・・・)秘密会合(この会)のことをほのめかすのは止めてくれよ? ボク達が現界の勢力と接触している事実は最高機密だ。統合総括会議のメンバー内にスパイが居るみたいだし、本当に気をつけてくれよ?」


「ほう、スパイですかぁ。ふむ……ステラさんが居るのですから、目星はついているのでしょう?」


 創立メンバーの能力を知り尽くしているルビーの言葉に、設立メンバーの5人が互いに目配せを交わす。


「まあね。私の見立てでは、エミリーで間違いないね。証拠がないし、どこ(・・)の紐付きなのか分からないから泳がせているところだ」


 他のメンバーの了承する視線を受け、ステラが軽く肩をすくめながら答える。


「ステラさんなら、ソッチの方の目星もついているのではないですかぁ?」


「んー、まあね。本当にカンだけど、銀翼社だね。同盟相手だから特殊作戦部長として接触する機会は多いし……ただ、シルバーイーグルの線も捨てきれないから、泳がせてるってわけ。中々尻尾を掴ませないんで苦労してる」


 ステラは、食前酒として極薄の切子(きりこ)に注がれた極上の梅酒『梅雨のしずく』を舐めながら、事も無げに言い放つ。


「まあ、そんなわけだから、くれぐれも秘密会合(この会)のことは秘密で頼むよ。薄々気づいている者もいるとは思うが、あくまで千桜の意思決定は統合総括会議で行うってことにしておいてくれ。以前、ルビーくんが常葉魔導協会絡みの話をした時は、ノヴァの機嫌が悪くて面倒だったんだ」


「ああ、それは失礼しましたぁ。ノヴァさんも、申し訳ありませんでしたねぇ」


「まったく誠意のこもっていない謝罪をどうも」


 ノヴァが、鮎の塩焼きをつつきながら軽く言う。


「雑談はそれくらいにして、本題に入ろう。今日は魔法具技術の件だ。エヴァ、一応説明をお願い」


 ルナが、料理をつまむメンバー達に会合の開始を促す。


「ん、了解。ぶっちゃけ千桜の魔法具技術は、シルバーイーグルから2、3世代は遅れてる。ずっと内紛を繰り返してきたから、しょうがないんだけどね」


 シルバーイーグルの巧妙な分断統治による魔法少女組織間の絶え間ない争い、そして組織規模の差から、千桜の魔法具技術はシルバーイーグルに比べて2、3世代遅れていた。


「戦前からの魔法具技術を継承している神環協盟は、シルバーイーグルに匹敵する技術力を持っているはずなんだけど……正直、アッチはよく分からん」


 聖導連盟と小競り合いを続ける神環協盟は、シルバーイーグル主導の日本魔法少女連合には未加盟で、世界魔女協会に加盟して距離を置いている。


「まあ、詳細は割愛するが、現界の魔導士結社である京盟連と技術交換の密約を結べたので、まずはシルバーイーグルの魔法具技術に追いつくことを目標にしたい。ルビーくんも協力を頼むよ」


「フヒヒヒ、マナ濃度が鏡界の2千分の1の現界で正常に動作する魔法具の技術があれば、今までの様々な技術的問題が解決できるはずですぅ。逆にマナ濃度が2千倍の鏡界で、その魔法具が正常に動作するのかどうかが問題ですがねぇ」


「そう、そこなんだよ。現界に秘密ラボがあるが、鏡界にもラボを作って同時に研究を進めたい。建設に必要な人員は外事部から出すから、ルビーくんの方で信頼できるラボメンバーを5名ほど選んでほしい」


「はい、お引き受けいたしましたぁ」


「ルビーくんからリストを受け取ったら、人員の確認はステラがやる。外事部と技研の協力は、例のリリナの件が良い偽装になるだろう」


 一見すると関係性のない外事部と技研の協力という事案は、外事部と技研に一任されたリリナ関連の事件対応が、良い『表向きの理由』になる。


「専門的なことだし、私たちが口を出しても迷惑だろう。魔法具技術のことはエヴァとルビーくんに一任するってことでいいね?」


 ルナの言葉に、皆が食事を続けながら雑に頷く。

 だがノヴァが口を挟む。


「どれくらいでシルバーイーグルに追いつけるんだ? フリーハンドで任せるってわけにもいかないだろ」


「またムリを言う。技術力が数値化されてるわけじゃないし、そもそもまだ研究を始めてもいないんだから分からないよ。目途が立ったら報告するから待っててくれ。そんな年より臭い嫌味ばっかり言ってると若い娘に嫌われるぞ?」


 エヴァが銀灰色の瞳を細め、ノヴァをたしなめる。


「はいはい、門外漢の年よりは黙ってますよ」


 ノヴァが少し拗ねたように言うと、場に笑いが広がる。


「じゃあ、私の専門分野の話で、基本方針の確認だけしておこう」


 ノヴァがそう言うと、全員が真剣な表情に戻る。


「シルバーイーグルの動向は不明だが、統合参謀本部としては、シルバーイーグルが全力で魔法少女を増産したとしても、戦力を喪失させた魔塊獣(マゴル)なり敵勢力なりを排除し、日本に戦力を展開するには、少なくとも13カ月は掛かると見ている」


 実際にシルバーイーグルがどれほどの戦力を保有していたかは不明だが、戦略作戦部部はアメリカと日本の人口比から、シルバーイーグルは千桜の20倍から30倍の戦力を保有していたと見積もっていた。


「13カ月の間に、現在千桜が支配エリアとしている東京・埼玉南部・神奈川・静岡に、実質千桜の麾下に組み入れた常葉魔導協会の千葉・茨城までを盤石の態勢にしたい」


 シルバーイーグルの干渉を恐れて拡張政策を取らなかった千桜だが、シルバーイーグルの戦力が回復する前に態勢を確立できれば――。


「正面からシルバーイーグルと戦えるほどの力ではないが、少なくとも連中が裏で何を策謀しようとも対応は可能だと、戦略作戦部は算定した。もちろん、他の組織との協力は必要だけどな。神環協盟あたりと組めれば、新しい時代が来る……」


 シルバーイーグルの陰湿な謀略によって、同じ日本の魔法少女同士が殺し合うことのない『新しい時代』。

 ようやく、数十年来の悲願が叶う時が訪れようとしていた――。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「それでエヴァ、私のリリナの話なんだけど、実際どうなってんの?」


「ステラのじゃないからな。自重しろよ!」


 ステラが金色の星型の瞳をキラキラさせながら、ノヴァの良い話を台無しにするようなセリフを吐くと、すかさずルナがツッコミを入れる。


「ステラさんは、ツインテール狂がさらに悪化しているようですねぇ。これはリリナさんに忠告しておくべきでしょうか?」


 ルビーはステラのツインテールマニアぶりを知っていたが、以前よりさらに悪化したように見える症状に思わず呟く。


「えっ!? ルビーくん、私のリリナと知り合いなの!?」


「はい、実験のお手伝いをしていただく契約をしておりますぅ」


「じ、実験の手伝いだと!?」


 ルビーの言葉に、ステラがワナワナと身体を震わせる。


「ル、ルビーくん、私のリリナを苦しめたら絶対に許さないからな! いいか、絶対にだ!」


「ステラは……まだ気にしてるんだろ。あまり気にしなくていいよ」


 ルビーを指差して声を荒げるステラを横目に、リリーがルビーへ声をかける。


「リリーさんは、相変わらずお人よしですねぇ。リリーさんの考えていることとは違うと思いますけどねぇ」


「いいか、見ているぞ! 私の可愛いリリナを苦しめたら……」


「あー、一応言っとくが、ステラのじゃないからなー」


 ルビーがステラを完全に無視して鮎の塩焼きを口へ運ぶ中、ルナがもう一度ツッコミを入れる。


「エヴァ、それで実際どうなんだ、リリナの話? 私も興味あるんだけど?」


「実際も何も、会議で言った通りだよ。千桜の魔法少女と知って狙ってきたのなら大問題だから詳しく調べたんだけど、たまたま現界の組織同士の争いに巻き込まれただけだな」


 エヴァが新生姜の天ぷらをつまみながら、ノヴァへ答える。


「そうなの?」


「ああ、カンパニー内部のいざこざっぽいよ? ソサエティーの他にも、どこかの組織が関与していたみたいだ。千桜には関係ないって分かったから手を引いた。あんまり深入りして尻尾を掴まれるのも嫌だしね」


「リリナ自身の方は、何か特別なことはない? ほら、工作員とか戦闘員みたいな身のこなしとかさ?」


 ノヴァが食事を続けながら話を戻す。


「リリナのことも調べたけど、動きは完全に素人だな。どこかで戦闘訓練を受けていた感じじゃない」


「リリナちゃん、授賞式の時に近くで見たけど、1700万MG(マギト)貰えると分かった途端、口元をニヨニヨさせてて、なんか微笑ましい感じの子だったぞ。工作員とか戦闘員って感じはしなかったな」


 ルナが口を挟む。


「元から射撃の才能があった、とかじゃないか。普通に日本で生きてたら一生気づかないだろ。特別なのは……運が悪いってことくらいか? あ、いや、生き残ってるんだから運はいいのか? まあ厄介ごとに巻き込まれる体質だってのは間違いないな」


「あー、製造後半年も経ってないのに、メチャクチャな経歴だからな。そうだ、エミリーは聖導連盟戦のすぐ後で接触したらしいぞ。引き抜き候補だったりして?」


 ノヴァが統合参謀本部で聞いた噂を口にすると、ステラの顔色が変わる。


「なにっ!? あの野郎、私のリリナを引き抜こうなんて、絶対に許さない!」


「だから、ステラのじゃないって言ってんだろ! とりあえず落ち着け」


 ルナが興奮するステラをなだめていると、リリーが興味深そうに口を開く。


「で、そのリリナって子、本当に露出させるのか? 引退した魔法少女はともかく、現役では初めてじゃない?」


「ああ。そのつもりだ。星名ミアっていうジュニアタレントと仲がいいらしくて、白鳥プロダクションから雪月華風に正式にユニットを組まないかって打診がきてる。今、色々調整してもらってるところ」


「ほほう、リリナさんは人気があるのですねぇ」


「いやいや、元はといえば、認識阻害を無効化するマギスーツが原因だからな。アレがなければ認知度なんてほぼゼロだったんだ」


 ルビーの何気ない一言に、エヴァが文句をつける。


 確かに、技研が認識阻害を無効化するマギスーツを教育課へ戻さなければ起きなかった事件ではあるが、それでルビーを責めるのは酷というものだ。

 だが、ルビーはニヤリと笑う。


「申し訳ありませんでしたねぇ。いやぁ、やはり鏡界だけの実験では限界がありますぅ。確か先ほど、現界に秘密ラボがあるとおっしゃっていましたね? もちろん、わたくしにも使用させていただけるのでしょうねぇ?」


 その言葉に、自分のラボがルビーに乗っ取られる未来を想像したエヴァが、しまったという顔をする。


「ま、まあそれはおいおい話していこう。なあルビーくん……」


 そんなこんなで、最後はグダグダになる秘密会合であった――。


※現界の魔導士結社

京都盟約連合きょうとめいやくれんごう ※通称:京盟連(きょうめいれん)

 戦後、日本の魔導士達が京都で結んだ盟約から成立した魔導士の連合。

 現界の魔導士結社。

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