55話 再開、JC澪!
わたしは、花梨さんが運転する黒塗りの高級車の後部座席に座り、窓の外を流れていく森を眺めながら、ひとりほくそ笑んでいた。
昨夜、訪ねてきた情報部のクロウさんは、勲章を授与する代わりにグレースの悪行を秘密にするという提案をしてきたのだ。
最初は、グレースがムカつくし、勲章の方はレニーさんが推薦すると言っていたから断ろうと思ったんだけど……クロウの説明を聞く限り、千桜にとってはかなりマズい事態らしい。
運営側の魔法少女が、一般魔法少女を囮にして逃げ出した――そんな事実がバレたら、誰も運営の命令なんて聞かなくなる。
肉壁扱いされて、真面目に戦おうなんて思うヤツは魔法少女なんぞやっていない。
事の重大性は理解した。
そして、クロウの所属する『情報部』が現界の『情報部』と同じようなモノだとすると……事が重大なら重大なほど『口封じのために消される可能性があるんじゃないの!?』という考えが頭をよぎる。映画とかでよくあるじゃん?
少し悩んで、ちょっとだけゴネた後で素直に秘密保持契約書にサイン。
500万MGの『千桜功労勲章』と、特別協力報酬として200万MG、合計700万MGをゲット予定!
ちょっとゴネて200万MG追加させ、合計700万MGの臨時収入が確定!
我ながら、いい仕事したと思うわ!
「理奈ちゃん、何か良いことでもあったの? 口元がニヨニヨしてるわよ?」
黒スーツの花梨さんが、ルームミラー越しに話しかけてくる。
「ええ、ちょっとした臨時収入がありそうな予感がしまして」
「ああ、勲章の件ね。でも、申請したからって必ず貰える訳じゃないから、あんまり期待し過ぎないでね?」
フフフ、普通はそうなんだろうけど、今回はそうじゃないんだなぁ。
情報部が確約してくれたからね!
「まあ、理奈ちゃんの活躍を考えれば、勲章もらってもおかしくないけどね。もしダメだったら私が花梨勲章をあげるわ!」
なに花梨勲章って!? ちょっと欲しいかも!
「花梨勲章! 欲しーい!」
「ウフフ、ダメだったらね? それより資料は覚えてきた?」
「ええ、まあ、はい。でも、榊原って良いとこの家柄なんですね」
「ええ、榊原杏と従姉で不自然じゃない設定ということで、三枝理奈が設定されたのよ」
榊原家は、日本の研究や学問の世界ではかなり権威のある家系らしい。
ただし経済的には、まあ……という感じで、そのせいで戦後の混乱期に千桜に買収され、今までいいように使われているらしいが……。
「そうは言っても、400~500年くらいの歴史しかないからね。『本物の上級』から見れば新参ね。まあ、三枝もそうだけど、買収されちゃうようなところは大したところじゃないわ」
400~500年で新参なんだ……まあ、日本くらい歴史があるとそんな感じなのかねぇ。
「そうだ、前から聞きたかったんですが、どうやって現界の身分を設定するんですか? わたしとか結構なお嬢様設定じゃないですか? 他の魔法少女も同じような感じなんですかね?」
「学生の一人暮らしでも怪しまれず、突然いなくなっても理由がつくような社会的身分がランダムで振り分けられるの。下の名前は後付けね。家名とキャラ設定が決まってて、下の名前は魔法少女名からモジってつけるみたいな感じ。音が似てれば分かりやすいでしょ?」
「なるほど、そんな感じなんですか。でも、わたし、三枝家の中で、かなーり優遇されてるみたいなんですけど、いいんですかね?」
「そうなの? 三枝家の傍系で、大した後ろ盾もない病弱なお嬢さんって設定だったんだけど……ああ、ちょっと前に千桜が経済的な援助をしたって話だから、剛造氏が千桜に気を使って、色々手をまわしてくれたのかも?」
うーん、『メインバンクから派遣されてきた監査役員』的な感じか……そりゃ気を使うか。
そんな話をしていると、懐かしい(?)30センチ砲の直撃にも耐える強固なベトン製の巨大な壁が見えてくる。
「そろそろ着くわよ。せっかく生きて帰ってこれたんだから、お嬢様JC生活を楽しんじゃいなさい。死んじゃったらお終いよ?」
コンクリート製のトンネルを抜け、黒服のガードマン達が待ち受ける地下の外来者用入口前に停車すると、花梨さんが恭しくドアを開けてくれる。
写真と動画のデータだけ、預けてある龍鳳学園オリジナルスマホへのコピーをお願いして、入所時恒例の全裸身体検査の後、龍鳳学園特別クラスの制服である毒々しい赤のセーラー服へ。
どうせ取り上げられるパスポートや私物の携帯端末を持ってきたのは、龍鳳学園の身体検査に引っかかることを前提とした偽装工作の一環らしい。
ちなみに、外出記録の偽装では、わたしに変装した魔法少女が鏡界の部屋から帰界して現界の部屋に移動し、迎えに来た花梨さんと校外へ出たことになっている。色々と芸コマである。
「では、理奈お嬢さま、お元気で……よよよよよよ」
花梨さんが、ハンカチで目元を拭いながら泣きまねをする。
花梨さん、その小芝居、毎回やるの?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おはよう!」
挨拶をしながら教室に入る。
1週間来なかっただけなのに、すっごく懐かしい感じ。
こういう普通の光景って、中学生の青春って感じでいいわ!
年甲斐もなくウキウキしてくるよ!
本物のヤバい戦場を知ってこそ、平和の素晴らしさって実感できるんだな!
ふむふむ、メカクレ系文学少女の羽音ユナちゃんに、デ……いや恰幅の良いメガネの水無瀬カイくん、真面目系イケメンの東雲レイくん、不良の真壁リクトくん、爽やかイケメンの久遠ソラくん。
いつものメンツはもう席についてるな。よきかな、よきかな。
ミアは……今の時間だと、トレーニングルームから教室へ向かってるころかな?
「おはよう、ユナちゃん! 1週間ぶり!」
平和な学園生活にウキウキしながら、いつものように文庫本を読んでいるユナちゃんにご挨拶。
「おは……う……ございます……」
文庫本から頭を少しだけ上げて、小さな声で挨拶を返してくれる。
前より、ちょっと声が聞こえる!
野良ネコがちょっとずつ懐いてくるような感じで嬉しい!
愛でたい! 頭撫でたい!
ちょっとルビーさんの気持ちが分かったわ。やらないけどね、セクハラだし。
「おはよう、水無瀬くん。1週間ぶり!」
恰幅のいい水無瀬くんに挨拶。
タブレットに集中していて、まったく気づいていない。
凄い集中力だな。何を見てるのか気になるが……純情な男子中学生にトラウマを与える可能性もあるので自重。
「東雲くん、おはよう! 1週間ぶり!」
真面目に教科書を読んでいた東雲くんにご挨拶……ん?
教科書の内側に何かある……って、大学受験用の参考書じゃねーか!
お前、中学1年だろ!
はぁ、地頭の良いヤツは違うってか、遺伝子格差を感じるわ!
でも、教科書で隠してるってことは、周りの目は気にしてるんだな……ここは見なかったフリをしてやるか。
「おはようございます、白銀さん。お元気そうでなによりです。休み中のことで分からないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね」
「ありがとう、何かあったらお願いします」
軽く会釈すると、東雲くんも微笑を浮かべながら軽く頭をさげてくれた。
相変わらずの常識的な対応に心が落ち着く。
東雲くんとは良い関係を続けていきたいものである。
「真壁くん、おはよう。真壁くんも1週間ぶり!」
「ああ……」
純情不良の真壁くんも相変わらずで、ニッコリ笑いかけると頬を赤らめ視線を逸らしてしまう。
年下くん好きのお姉さまキラーになる素質バッチリである。
次に窓際に座っている、女を食いまくっているという噂の久遠くんのほうへ近づくと……爽やかスマイルで迎えてくれた。
「おはよう、澪ちゃん。1週間ぶり、寂しかったよ」
うわっ、笑顔が眩しいぃ!
これが中1にして女を食いまくったという爽やかイケメンの威力なのかぁ!
ふぅ、やばかった。本物の女の子だったら墜とされてたところだぜ!
「おはよう、久遠くん! わたしも寂しかったよ!」
リップサービスにはリップサービスを!
笑顔には笑顔を!
ということで、とびっきりの笑顔をお返しする。
「病気ではなさそうで安心したよ。ゴールデンウィーク前の空いているうちに、旅行にでも行ってきたの?」
「旅行というか、親戚の結婚式でモルディブへ行ってたんだ。本当は3日で帰る予定だったんだけど、天候不順でさっき帰ってきたところ」
そういえば、もうすぐゴールデンウィークだな。
魔法少女の仕事が休めるなら、現界で旅行とかしてもいいんだろうか?
今回の『桜華乱舞』と『落花清域』作戦で、レイド級だけじゃなく普通の魔塊鬼も一掃されたから、しばらく狩りにならないと魔法少女達が言っていたのを思い出す。
魔塊鬼狩りはできなくても、千桜だと普通に戦争とかありそうだしな。今度、カリアさんに聞いてみよう。
「ミアが何も聞いてないって言ってたよ。ずいぶん突然だったね?」
わたしに変装した魔法少女が、学園を出る前にミアに説明メッセージを送ってるんだけど……確かに、わたし自身は言ってないな。
「うん、本当に突然だったの。ずっとサナトリウムに居たから、連絡忘れてたみたい。親戚の仲の良い娘が気づいて、直前に迎えが来たんだ(という設定)」
「ああ、なるほど。ボクは暑くてちょっと苦手だったけど、どうだった、モルディブは?」
「外はちょっと湿度があったけど、わたしはほとんど冷房の効いたコテージに居たから快適だったよ」
資料見ただけの知識だけどねー。
「分かるよ。ボクが行った時もちょっと蒸し暑くてさ、季節によっては……ああ、残念」
わたしの後ろを見ながら、爽やかな笑顔が苦笑へと変わる。
何事かと振り向く前に、教室に入ってきたミアに腕を掴まれ、そのままバイバイと小さく手を振る久遠くんから引き離される。
「澪、あのクズとは挨拶以外は一言も喋っちゃダメって言ったでしょ!」
問答無用でミアの席まで連行されたわたしは、みょーーんと頬っぺたを引っ張られた。
「ひたぃよぉ……むゅあおでいじゃん……(痛いよ、ミアお姉ちゃん)」
「あたしの言うことをきかなかった罰よ! でも澪の頬っぺたって、モチモチしてて、ひっぱり具合が良いわね」
むにょーーんと頬を引っ張りながら、ミアが不穏なことを口走る。
「ぎょめんなしゃい! むゅあおでいじゃん!(ごめんなさい! ミアお姉ちゃん!)」
ホッペを引っ張るのは止めてくれたけど、次にミアはわたしの身体中をペタペタ触って身体検査を始める。
「な、なに?」
「ふぅ、どこもカジられていないわね! 澪がこれ以上ちっちゃくなっちゃったら大変だわ!」
カジられないよ! チーズじゃないんだから!
「身体は大丈夫そうね。メッセージは読んだけど、1週間も居なくなるならちゃんと事前に言いなさい! 凄っごく心配したんだから! まったく澪はいっつも……」
ミアはプンプンしてたけど、1週間ぶりに聞くミアの声がとても懐かしくて、思わずミアの手を握ってしまう。
「ずっとミアお姉ちゃんに会いたかった! 1週間、ミアお姉ちゃんに会えなくて、凄っごく寂しかったよ!」
死んでもおかしくなかった。
生きて帰れたのは、ただ運がよかっただけ。
少し運が悪ければ鏡界であの『六本腕』に殺されていたはずだ。
今はただ、生きてまたミアに会えた幸運に感謝するしかない!
「そ、そう? あたしも澪に会いたかったわ……」
ミアが少し照れたような表情でツインテールをふりふりする。
「ごめんね。急に親戚に呼び出されて、ミアお姉ちゃんは外出中で連絡がとれなかったんだ――」
さっき久遠くんに言った説明をさらにミアにすると、納得してくれたようだ。
「そういうことなら、しょうがないわね。学園のスマホは外に出る時に預けなくちゃいけないから、外でも澪と連絡取れる手段を考えなくちゃ。事務所の人に頼んで……」
真剣な表情でミアが悩み始める。
うーん、学園の外と連絡取れないようにするためのシステムだから、難しいと思うぞ。
「そうだ! 事務所って言えば、『雪月華風』のHPに載ってた澪の写真、消えちゃったのよ! ポスターを探してもらったんだけど、『雪月華風』の人が回収して回ったらしくて手に入らなかったわ!」
突然思い出したようにミアが叫ぶ。
おお、さすが千桜!
あのネコミミ着ぐるみのポスターとか写真とか全部、回収してくれたんだ!
ありがとうございます! と心の中で手を合わせる。
「ああ、あの着ぐるみ関連のモノって、権利関係の問題で回収になっちゃったんだって。連絡きたよ?」
一応、回収にいたる一連の設定を説明しておく。
「でも、澪の熱狂的なファンは隠し持ってるらしいわよ?」
何それ怖い!
「えっと、わたし、デビューとかしてないんだけど……」
「宣材のポスターを見て、澪のあまりの完璧な美少女っぷりに、熱狂的なファンになったらしいわ。まあ、あたしの姉妹の澪の可愛さなら当然だけどね! 聞いた話によると、露出の少なさからカルトみたいになってるらしいから、気を付けなさい?」
何それ!? メチャ怖いんですけど!
認識阻害効果が効いていない状態だと、魔法少女って人間離れした美少女に見えるから、そういうこともあるのかねぇ。
パーツ組み合わせただけの量産品の身としては、申し訳ないなぁ……。
「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫よ。龍鳳学園特別クラスにはヘンな連中は来ないし、もし来てもあたしが守ってあげるから安心しなさい!」
おお、ミアお姉ちゃんが頼もしい!
死神博士にわたしを売って1人で逃げようとしてた、どっかのポンコツお姉ちゃんとは大違いである。
「芸能人とかやってると、おかしなヤツって結構居るのよ。もしウザくなったら、動画配信してビシっと言ってあげなさい! 大人しくなるわ! しばらくだけどね」
それはちょっと……。
でも、こうやって誰かに守ってもらうって最高っ!
自分が死ぬのはしょうがないけど、誰かの命を預かって戦うとか激ストレスで死ぬわ!
優しいミアお姉ちゃんに甘やかされながら、一生、妹として生ぬるーく生きていきたい……えっ、魔法少女として契約守れって? ですよね。内なる声に戒められる……。
「ねえ、澪、写真とかないの? 結婚式なら写真とか撮ったんでしょ?」
おお、よくぞ聞いてくれました!
せっかく偽装用の画像データを作ってもらったので、誰かに見せたかったんだ!
「うん、撮ってきたよ! 写真のデータだけ、学園のスマホにコピーしてもらったんだ! 見る?」
学園支給のスマホを操作して、擬装用に作ってもらったモルディブでの写真を表示する。
青い空に青い海、美しいモルディブの風景が何枚か表示され、さらに榊原一族の面々、豪華なホテル内での結婚式の様子、杏と一緒の島の高級ヴィラ(1棟貸しの客室)などが次々に表示される。
千桜の凄い画像生成技術である。
「この澪と一緒に映ってる娘、なんか全部不機嫌そうじゃない?」
ああ、『無表情』パターンの杏だな。
後は『怯える』『泣く』を加えた全3パターンの表情が杏にはある。
厳密に言うと他にも微妙に違う表情はあるのだが……例えば、杏の『笑い』があるが『無表情B』に分類される(杏の表情分類学上)ので、結局大別すると『無表情』『怯える』『泣く』の全3パターンしかないのだ!
「ああ、杏お姉ちゃんは、いつもそんな顔してるんだよ。無表情っぽいけど、ちょっとずつ違うんだ……例えばコレ、コレは笑ってて、『無表情B』パターンだよ?」
「何よソレ!? 違いが分かんないわ! ん? 今、『杏お姉ちゃん』って言ったわね? どういうこと!? 澪、まさか、あたし以外にも『お姉ちゃん』を作ったの!?」
いや、『お姉ちゃんを作った』ってどういう日本語?
しかし、姉妹であるミアの前で『お姉ちゃん』は軽率だったな。
確かに姉妹のミア以外に、勝手に『お姉ちゃん』って呼んでる相手が居たら不審に思うよね。
「えっと、従姉の榊原杏っていうんだけど、サナトリウムに居た子供の時から、よく遊びに来てくれてたんだ。『雪月華風』の先輩だし、昔っから『杏お姉ちゃん』って呼んでたの」
「そうなの? ずいぶん親しそうじゃない?」
ギロリとミアに睨まれる。
「こ、子供のころから付き合いのある従姉だから! 年上だから『杏お姉ちゃん』って呼んでるだけだよ」
「そうなの?」
ミアは疑わしそうに、わたしをギロリと睨む。ちょっと怖い……。
本物のツインテールの眼力は健在だった!
「うん、本当! ミアお姉ちゃんみたいに守ってくれないで、わたしのこと見捨てて逃げようとするし、すぐ泣くし、結構ポンコツで大変なんだよ? ミアお姉ちゃんが1番だよ!」
嘘は言ってない!
何が1番とも言ってないしね!
「ふふん♪ そうよね! 澪には、あたしが1番のお姉ちゃんよね! いい、澪? これからは、勝手に新しい『お姉ちゃん』を作ったら絶対にダメだからね!」
「わ、分かった! や、約束する! 絶対、新しい『お姉ちゃん』は作らないよ! うん! ミアお姉ちゃん1番!」
本物のツインテールの眼力に逆らえるはずがないのである……。
新しい『お姉ちゃん』は作らないという謎の約束をさせられる。
「そう、澪は、あたしが1番なのね! ふふん♪ まあ、当然よね!」
ツインテールがふりふり揺れている。
ミアはすっかり上機嫌になった。
「澪、そろそろ先生が来るわよ! 机くっつけなさい!」
「はーい!」
こうして1週間の激戦の後、ようやく平和なJC澪の学園生活が再開したのであった。
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