39話 三枝姉弟の受難
現界、金曜日――。
龍鳳学園に転入して、ついに4日目である!
長かったような、短かったような……とりあえず今日を乗り切れば土日の連休なのだ!
だが、その前に……。
「はい、終了です! 筆記具を置いてください」
テストがあるんだよぉ!
中間とか期末とかじゃないよ? 毎週金曜日にテストがあるの!
その週に学んだことを理解しているかの確認テストが!
中学生のテストくらい大丈夫だろ、とか思ってたんだけどさぁ……特別クラスだからなのか、年代的なものなのか知らんけど、わたしの時のと全然違うのよ!
多分、授業聞いてれば少しは何とかなったと思うんだけどさぁ……。
「澪は、テストどうだったの? 『うんうん』唸ってたけど、大丈夫だった?」
そう、問題は――ミアとずーーーーーっとお喋りしてて、授業なんかサッパリ覚えてないってことなんだよね。夜は夜で忙しいし……。
「あんまりできなかった……ミアお姉ちゃんは、どうだった?」
ミアも授業なんかろくに聞いてなかったよね?
うふふっ、姉妹仲良くおバカ路線でいこ?
「あたしは満点に決まってるでしょ? ちゃんと毎日予習復習しているもの!」
マジで!?
マジで毎日予習復習してたの!?
確かに中1のテストだと完全に舐めてて、教科書さえろくに見てなかったけどさぁ……ミアが真面目に授業受けてないから安心してたのに、姉妹なんだから事前に言ってよ!
「ううっ~~」
「その……あたしがずっと澪とおしゃべりしてたのも悪かったわ。よしよし、いい娘だからそんな泣きそうな顔しないで……」
ミアが励ますように頭を撫でてくれる……別に泣きそうな顔なんかしてないし!
「言ってくれれば、わたしもちゃんと勉強したのに……」
「うっ、み、澪はずっとサナトリウムに居たんだから、最初はしょうがないわよ! これからは、あたしが色々教えてあげるから、それを覚えておけば大丈夫だから、ね?」
「分かった……」
「そ、そうだ、英語は順調そうだったじゃない! 澪は英語が得意なの?」
主要言語の読み書きは『刷り込まれて』いるのでまったく問題ない。変身体になっても記憶はそのままだからね。
ミアが不安そうな顔をしているので、さすがにこの程度のことで大人気なかったのを反省し、機嫌を直すことにする。
「うん! 英語はできたよ!」
「じゃあ、あたしに英語を教えて? 他の教科はあたしが教えてあげるわ!」
「うん! 教えっこしようね?」
「そうね、教えっこしましょ! じゃあ今から教えてあげるわ! 澪、机をくっつけなさい」
ツインテールをふりふりさせて、ミアがニッコリ笑う。
「はーい!」
うん、やっぱりミアは笑ってた方が可愛いな!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
昼休みのレストラン――。
いつものようにミアが勝手に頼んでくれた、ミア・ランチE(特製・照り焼きチキンセット)が来るのを待っていると……。
「お前が、三枝理奈だな」
背後からわざと靴音を響かせるようにして近づいてきた人物が、冷えた声でわたしの現界での偽名を呼ぶ。
振り向くと、黒髪に切れ長の目、薄い唇。酷薄で冷たそうな印象だが、間違いなく美少年といえる赤い学生服の男子が、少し驚いたような表情で立っている。
?? 何だ、コイツ?
龍鳳学園特別クラスの資料を思い出そうとするが――施設関連の資料は読んだが、生徒関連は関係ないと思ってほとんど読んでいなかったことを思い出しただけだった……。
まあ、適当にあしらうか……。
「わたしは白銀澪ですけど?」
契約は守られるべきだ。龍鳳学園が定めたルールに従うという『契約』で転入したのだから、偽名を使うというルールは守らないといけないでしょ?
「そ、そういうのはいい。分家の娘のくせに、ずいぶんと生意気だな。お前は聞かれたことに答えればいい」
分家?
そういえば、三枝本家の姉弟が特別クラス送りになっていたと資料に書いてあったような……。
確か、姉が三枝玲華、弟が三枝玲於だったはず。男の子だから、この子は弟の玲於くんかな?
「特別クラスでは、偽名を使うルールではなかったでしょうか?」
契約を守らない奴は嫌いだ。遅刻はしょうがないけども!
「はぁ? お前、誰に向かってものを言ってるか分かってるのか?」
酷薄クール系美少年が睨んでくる……おお、睨みつけても美少年は美少年なんだな。あと数年経てば凄っごくモテそう。ああ、妬ましい!
「ちょっと、あんた! なに澪をイジめてるのよ!」
ミアがガタンとイスを鳴らして立ち上がる。
さすがに三枝家とミアを揉めさせるのはマズいので、ミアを宥める。
「大丈夫だよ、ミアお姉ちゃん。三枝家の問題みたいだから、わたしが話すよ。それで……どういったご用件でしょう?」
「ずいぶん偉そうだな?」
面倒くさいヤツだなぁ。
三枝の人間は、わたしへの接触は禁止されているはずなんだけどなぁ。それに、千桜に対してずいぶん横柄だし……ああ、直系でも15歳までは秘匿されてるんだっけ?
ってことは14歳か? ならまあ、しゃーないか……。
「それで、どういったご用件でしょう?」
ニッコリ営業スマイル。
早く用件を話してくれ。アポなしで偉そうにされても困るわ。こっちは早くお昼ごはん食べたいんだよ!
「お前、たかが分家の娘の分際で、本家の人間にそんな口をきいて許されるとでも思っているのか? お前の家ごと潰してもいいんだぞ?」
玲於くん(?)の小学生みたいな言葉に、吹き出しそうになるのを堪える。
潰されるような家とかねーし!
というか、千桜に喧嘩売ったら潰されるのは三枝の方だと思うぞ?
とツッコミかけたところで、周囲のざわめきに気づく。
広いレストランなので周囲のテーブルは空いているが、昼食時間なので特別クラスの生徒がそれなりにおり、わたしと玲於くんのやり取りはかなり注目を集めていた。
まあ、本家としてのメンツもあるのだろう。
14歳の中学生をイジめるのも何だし、ここは玲於くん(?)の顔を立ててやるか。
「申し訳ございませんでした、玲於さん(であってるよな?)」
立ち上がり、わたしより頭1つ分以上背の高い玲於くん(多分)に頭を下げる。
「ん……身の程を弁えていれば、いい」
意外にすんなりわたしの謝罪を受け入れてくれた玲於くん(確定)が、目を細めて鷹揚に言い放つ。
偉そうにしているけど、子供が無理して偉ぶってる感があって、ちょっと可愛い。
全体的に子供っぽいので、あだ名をつけるなら『王子ちゃま』?
「どうします? 場所を変えた方がいいですか?」
用件を話さないのは、ミアがいてはマズい話なのかと思い、一応確認。
「いや、別に構わない」
いいのかよ。じゃあメシ食いながら話すか。
「では、お掛けになってください。食事でもしながら、お話ししましょう?」
ニッコリ営業スマイルで隣の席を勧めると、玲於くんはいぶかしげな顔をしながらも、勧められた椅子にすんなりと座る。
コイツ、偉ぶってるけど、意外に素直に言うこときくよねー。
ミアが唖然としているが、周囲から注目されまくってるから立ち話を続けるのは落ち着かない。
ゴメンね、ミア。ちょっとだけ我慢してね……あ、ミア・ランチEが来た!
給仕さんがテーブルにミア・ランチEを並べていく。
照り焼きチキン、だし巻き卵、ほうれん草のおひたし、コーンスープ……ここのレストランって、素材・調理・見た目、全部満点だから、食事の時間がメチャ楽しみなんだよね!
「美味しそうでしょ! これ、ミアお姉ちゃんのミア・ランチEって言うんですよ? あっ、玲於さんも頼みます? ミアお姉ちゃん、ミア・ランチEを頼んでもいい?」
「あ、あたしは別に構わないけど……」
「ああ、他のにします? 男の子だと、もっとガッツリ量あるのの方がいいですよね?」
ミア・ランチは美味しいんだけど量が女の子用だ。中2くらいの男の子ならもっとガッツリ食べたいだろう……などと昔を思い出しながら言ってみる。
「い、いや、食事は結構だ……」
「あ、ではコーヒーでも頼みましょう。コーヒー大丈夫ですか?」
「ああ……」
「すいません給仕さん、ブレンドコーヒー2つお願いします! あ、すぐで!」
いつもは食後に頼んでいるんだけど、今日は少し早めにコーヒーを追加で頼む。
ココのコーヒーは美味しいので、玲於くんも文句はないだろう……と思っている間に、給仕さんがコーヒーを2カップ持ってきてくれた。
「どうぞ? ココのコーヒーって苦味と酸味のバランスが絶妙で、美味しいですよね?」
「そうだな。ボクも結構気に入ってる……」
玲於くんがブラックのまま一口飲むとそう言った。
ほぉ、玲於くん、分かってるじゃないか!
ミアは苦いって言ってコーヒー飲まないからな。ちょっと好感度アップ!
「あ、お腹減ってるんで、食べながらでいいですか?」
「あ、ああ……」
「ミアおねえちゃん、食べてていいって! じゃあ、いただきまーす!」
玲於くんには申し訳ないが、お腹が減っているし、ミアが待ってるので食べながら話させてもらおう。
お腹減ってると怒りっぽくなるしね!
ミアは少し顔を引きつらせながらも、わたしと同じようにいただきますをして食事を始める――ゴメンねミア、話が終わったらすぐ帰ってもらうからね。
「お前が、如月玲花と東雲朱音の2人と一緒に居たと聞いたんだが……」
如月玲花=女優・美奈さん、東雲朱音=メディアっ娘・瑠奈さん。
ちゃんと偽名を使えよな! 面倒くさいのは分かるけどさ……。
「ええ、地下鉄のホームで偶然会ったんですよ。ミアお姉ちゃんの知り合いだったんで、一緒に複合アミューズメント校舎に行ったんです」
許可を得ているので、遠慮なく食事を頬張る。
甘めの照り焼きダレを絡めたジューシーな鶏もも肉が美味しすぎる!
副菜も上品でたまらない。グルメ番組に紹介したくなる逸品だわ。
「偶然だったのか……それなら仕方がないか……」
「?」
何が言いたいのか分からず、お茶碗を持ちながら玲於くんの顔をじっと見ると……すぐに目を逸らされた!
これは……ようやくピンときた!
美奈さんも瑠奈さんも、三枝家とは仲が悪そうだったし、もしかして――わたしに2人との間を取り持ってほしい、とか?
美奈さんも瑠奈さんも、中3とは思えないほど大人っぽい美人さん。
中2男子といえば、大人っぽい美人のお姉さんに憧れるお年ごろ。
そして玲於くんの、この照れたような表情……間違いないだろう。
しかし、どっち狙いなんだろう?
美奈さんは『華』、瑠奈さんは『妖艶』。
このクール美少年には瑠奈さんのほうが似合いそう……悪党カップルっぽい感じ?
まあ、実際は2人ともムリっぽいけどね。
玲於くんは結構な美少年だけど、言動が中2らしい子供っぽさ満点で、あの2人と話が合うとは思えない。
まあ、そういうお年頃だし、手ひどくフラれて挫折を味わうのも、良い人生経験になるかもしれんな。頑張れ、美少年!
とはいえ、どうしたものか。
気持ちは分かるので手助けできるならしてあげたいが、三枝本家の子と親しくするわけにもいかないし……そもそも、わたしも昨日知り合ったばかりだし、紹介するのは難しいよなぁ。
「あー、その……気持ちは分かりましたけど……ゴメンなさい! ちょっと男の子の紹介とかはムリっぽい感じですね。あ、でも、今度会ったら、それとなく玲於さんのこと褒めときましょうか?」
仲の良い同性の後輩から上げられたら、少しはイメージ良くなるだろう。
どっち狙いかは知らないが、どっちも手ごわい。焦らずじっくり攻めたまえ。
「な、何を言ってるんだ、お前は?」
勇気を出して(?)相談しに来たんだろうから、ここで照れなくてもいいのに。
あ、いや、中2だとこういうのは恥ずかしいか。
やっぱり場所移動した方がお互いによかったんじゃ……あ、もしかして、食事中のわたしとミアに気を使ってくれたのかな?
「誰にも言いませんから大丈夫ですよ? ちなみに玲於さんは、どちらがお好みなんですか?」
ミアに聞こえないように、玲於くんの耳元に顔を寄せてこっそり囁く。
「ち、違うっ! ボ、ボクは!」
あらら、やっぱりお子さまだなぁ。赤くなっちゃって可愛いねぇ。
「ち、違うからな! 本当に、お前は……も、もういい! 今日は帰る!」
コーヒーくらい飲んでいけばいいのに、玲於くんは焦ったように立ち上がり――その時。
「玲於!」
振り向くと、よほど急いできたのか息を乱した赤いセーラ服の少女が立っている。
艶やかな黒髪ロングに冷たい美貌。全身から周囲を圧倒するような威厳のオーラを放っていて、近寄り難い雰囲気。
あだ名をつけるなら『女帝』ってところか……と思ったのだが、よく見ると顔面が蒼白になっている。
「玲華お姉さま!? どうして、このような場所へ……?」
玲於くんが驚愕の表情を浮かべ呟く。
ああ、三枝家の姉の方か。
うん、お姉ちゃんの玲華さんも、玲於くんとよく似た顔立ちだわ。
お姉ちゃんの方は千桜のことを知っているから、弟の玲於くんが何かしでかしたと聞いて焦って飛んできた……ってところだろう。
突然の玲華さんの登場に、ざわざわしていた周囲が静まり返る。
その静けさは怖いほどで、食器の音さえせず、広いレストラン中がシーンと静まり返っている。
「白銀澪さま、お食事中、申し訳ございません。その……よろしければ、後ほどお時間を頂けないでしょうか?」
「玲華お姉さま、何でこんなヤツに敬語なんか……」
うーん、上級生で三枝本家の玲華さんがそんな対応したら、色々勘繰られちゃうでしょ? お姉ちゃん、弟くんが心配でちょっと焦っちゃったかな?
「そうですよ、先輩。普通に話してください? それで、わたしはどうすればいいんでしょう?」
「そ、そうね。では、奥に個室を取ってあるから、ご都合のいい時間に来てちょうだい……」
おお、さすが。すぐ対応できて偉い!
「はい、分かりました。では後ほど伺わせていただきます」
玲華さんは軽く会釈すると、戸惑った表情を浮かべた玲於くんを連れて、レストラン奥の通路へと向かっていく。通路の奥に個室があるのだろう。
レストラン中が静まり返って食事どころではない雰囲気だったが、玲華さんの姿が消えると、ようやく普段の空気が戻ってくる。
「ふぅ……澪って凄いわ! 弟の方はともかく、あの冷酷非情な『女帝』とよく普通に喋れるわね? でも、あんなしおらしい『女帝』は初めて見たわ!」
さっきまで目を白黒させていたミアが、今度は目をキラキラさせている。
『女帝』ってのは、玲華さんのことだよな。うん、やっぱりみんな『女帝』ってあだ名つけるよね! 見たまんまだし!
「玲華さんは、わたしがお爺さまに可愛がられてること知ってたから、気を使ってくれたんじゃないかな? ほら、お爺さま、影響力あるから」
「やっぱり、澪は特別に可愛がられてるんじゃない! まあ澪は可愛いから、特別扱いされて当然よね! さすがあたしの妹だわ!」
ちょっと苦しい言い訳だったが、ミアはなんとかごまかせたようだ。
「えっと、ミアお姉ちゃんは、玲華さんのこと知ってるの?」
「当たり前でしょ。冷酷非情の『女帝』って前からサロンで有名だもん! いろいろヤバいエピソードがあるけど、澪は聞かない方がいいわよ?」
サロンとかあるんだ? 上級って感じだわ。
でも、そんな人にあんな風に気を使われちゃったら、絶対おかしいって思われるだろ……。
「さすがに『例の事件』は、三枝家でも完全に隠蔽できなくて、あの『女帝』も、特別クラス送りになっちゃったみたいなんだけどね」
三枝家でも隠蔽できない『例の事件』とか怖くて聞きたくないんですけど……あの『女帝』ちゃん、何しでかしたんだよ!?
そんなこんなで、可愛らしくツインテールをふりふりさせて興奮するミアと楽しく昼食を済ませ――。
「じゃあ、玲華さんのところ行ってくるね?」
「澪1人で大丈夫? あたしもいっしょに行ってあげようか?」
「ありがとう、ミアお姉ちゃん! でも大丈夫だよ、さっきの見てたでしょ?」
「そうだけど……澪、携帯を出しなさい!」
と、意外なところでミアとID交換できたのである!
ちょっと玲華さんに感謝である。
「いい? あたしはココで待ってるから、イジメられたらすぐ連絡するのよ? 何かあったらすぐ乗り込んでやるわ!」
ミアお姉ちゃん頼もしすぎる!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
少し前、レストラン内・三枝家個室――。
「玲於、何てことをしてくれたの……三枝理奈への接触は禁止されていたでしょう」
初めて目にする、崇拝する姉の焦燥した表情に、玲於は戸惑いを隠せない。
「それは……分家の娘の分際で、玲華お姉さまやボクに挨拶にも来ず、あの如月玲花と東雲朱音と一緒に居たと聞いたので、一言、注意しておこうと思い……」
三枝理奈への接触禁止を、玲於は「分家の娘にわざわざ会いに行く必要はない」という意味だと解釈していた。分家の娘なら、本家の長女である玲華や、長男である自分に挨拶に来るのが当然――そう思っていたのだ。
そのうち理奈の方から挨拶に来るだろうと考えていたが、理奈が自分達を差し置いて『如月エンターテイメント』の如月玲花と、『東雲グループ』の東雲朱音の2人に接触したと聞き、自分達が軽んじられたと感じた。
自分はまだしも、崇拝する玲華がないがしろにされた――それが許せなかった玲於は、少し脅かしてやろうというちょっとしたイタズラ心で理奈に会いに行った……それが今回の顛末である。
「はぁ……あなたは、そんな下らないことで本家からの指示を破ったの?」
「ですが、たかだか分家の娘くらい……」
「『たかだか分家の娘』に、わざわざ本家から接触禁止の指示が来ると、本気で思っているのなら……あなたのことを見誤っていたわ」
「それは……」
「はぁ……アレを見て、あなたはどう思った?」
アレ――姉の言うそれが三枝理奈のことだと、玲於はすぐに理解した。
そして先ほどの光景を思い返す。
レストランに居ると聞いて探したが、最初はどこにいるのか分からなかった。
分かったのは、白鳥グループの白鳥茉莉と一緒に居たからだ。
どんな女なのかと声を掛けた玲於は、彼女が振り向いた瞬間、衝撃を受けた。
シミ一つない白磁のような肌。
完璧に左右対称で、調和のとれた作り物めいた顔立ち。
人形が動いているのかと疑うほどの異質な美しさ。
そして――身体の奥底から、得体の知れない震えが走り……気づけば、魅入られていた。
「その、少し可愛いなと……いえ、玲華お姉さまのほうが遥かに美しいのですが……」
玲華は目を伏せ、長い睫毛が震えた。
「はぁ……よく覚えておきなさい。アレは、私達とは違うモノよ。絶対に、絶対にアレに惹かれてはダメよ」
そこまで言うと、玲華は軽く頭を振り、もう一度大きくため息をついた。
「あなたも15歳になれば教えられるわ。世の中は見た目通りのものではないの……。本家が動くときには、必ず意味がある。今後は本家の指示に絶対逆らわないで。これはあなたのためなのよ」
玲於は姉の言葉の意味を理解できなかった。
だが、姉の声の奥に潜む『恐れ』だけは、はっきりと感じ取れた。
理奈を思い出す。
あの白磁の肌。
完璧すぎる顔立ち。
振り向いた瞬間に走った、あの『震え』。
アレは、本当に人間なのか?
そんな疑問が胸の奥に生まれ、すぐに自分で打ち消す。
だが、消しきれない違和感だけが残った。
「申し訳ありませんでした。今後は指示に従います……」
玲於は深く頭を下げた。
その姿を見つめながら、玲華はほんの一瞬だけ、弟の無事を祈るように目を閉じた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
心配そうに見送るミアに小さく手を振って、さっき玲華さん達が向かった通路へ歩いていくと、少し奥まったところに両開きの大きな扉があり、黒服の男が2人、扉の前に立っている。
玲華さんに呼ばれたって言えば通してくれるかな? などと思いながら近づくと、わたしのことを聞いていたのか、黒服達は一礼した後、恭しく扉を開けてくれた。
ふかふかの絨毯が敷かれた通路を歩きながら、魔法少女研修で習った千桜と三枝グループの関係を思い返す。
戦後、破綻寸前だった三枝財閥を千桜が買収し、先々代当主を傀儡にして企業グループを巨大化させた――という、まあ、聞けば聞くほど『悪の秘密結社』みたいな歴史である。
現界で千桜の名前を聞いたことがないのは、機密保持が徹底されている証拠。
魔法少女同士、現界で会うことも連絡を取ることも禁止されているほどだしな。暗殺対策らしいけど。
とりあえず三枝姉弟とは、機密保持の徹底と、さっきの玲華さんの妙な態度について口裏を合わせればいいだろう。
玲於くんの恋慕は……まあ、自分で頑張ってもらおう。
あの美少年が惨めに振られる姿を見るのはちょっと楽しみだけど、三枝家と深い関係になるわけにもいかないしね。
黒服の男達が通路の左右に立つ物々しい廊下を進むと、突き当たりに『三枝家』とプレートが出ている。多分あそこだ。
近づくと黒服達がインカムで確認を取り、丁寧に扉を開けてくれる。
なんか偉くなったみたいで、ちょっとドキドキするわ!
「失礼します?」
中に入ると、40平米ほどの洋間にテーブルやソファー、趣味の良い調度品が並ぶ談話室のような部屋に、玲華さんと玲於くんが並んで立って出迎えてくれた。
「先ほどは申し訳ございませんでした。ここは三枝家が設えた部屋ですので、カメラもマイクもございません。安心しておくつろぎください」
玲華さんが恭しく頭を下げ、隣の玲於くんも引きつった顔で一緒に頭を下げる。
中身は金のために魂まで売ったただのクズなので、完全に千桜の威を借りる狐状態である。非常に居心地が悪い!
「失礼しますね?」
ふんわり身体を包むソファーに座る。
おお、これが金持ちの座り心地! ウォッホン! とか威張りたくなるぜ!
「あなた達も掛けてください。手早く済ませてしまいましょう」
2人は優雅に一礼して座る。
こうして並ぶと、姉弟だから当然だけど本当によく似てる。大金持ちで、美少女姉に美少年弟とか、絶対ズルいだろ!
などと思って2人の顔を交互に見つめたら、2人ともビクッとして視線を逸らした。
なんでだよ!
「まずは確認から。三枝本家から、わたしへの接触禁止の指示が届いていたと思いますが、どうして接触を?」
「申し訳ございません、手違いで玲於への通達が届いておりませんでした……」
いやいや、絶対ウソでしょ。
玲於くんが美奈さんか瑠奈さんに会いたくて、わたしに紹介を頼みに来たんだろうなぁ……。
中2男子の『そっち方面の熱量』は理解できるけどね?
玲華さんとしては、そんなアホな理由は言えないし、怒られると思って庇ってる感じか。
しかし、噂の『冷酷非情の女帝』がこんなに謙ってるとか……
千桜って三枝家にどんな脅しかけてんだよ。まあ普通にエグいことやりそうだけどさ……。
「玲於くんは、優しいお姉ちゃんを持ってよかったですね。しかし、皆がわたしほど寛大ではありませんよ? 機密保持は全てに優先しますので、忘れないでくださいね?」
うわぁ、悪の組織の幹部みたいなセリフ言っちゃったよ……。リーナー卿的な?
でも機密保持は大事だからね!
「ありがとうございます。肝に銘じて……」
「では、次は先ほどの玲華さんの態度について。あれは三枝本家のご令嬢が分家の娘に対する態度ではありませんでしたよ? 不審に思った者もいるはずです」
「申し訳ございません……」
玲華さん、ガクガク震えてる。
いやいや、取って食べたりしないから! 怖くないよー?
「三枝剛造氏から三枝理奈の面倒を見るよう直接頼まれていた玲華さんは、心配のあまりあのような態度になってしまった……という設定でいきましょう」
「ご配慮、感謝いたします……」
さて、次は玲於くんだ。
「玲於くん」
「は、はい!」
ビビりすぎだよ!?
「龍鳳学園の『契約』で偽名を使うと決めたのですから、守らないといけませんよ? 契約を破ると……うふふっ、死んじゃいますよ?」
「は、は、はい……」
軽いジョークのつもりだったのに、姉弟そろってガクガク震え始めた。
違う! 違うから! いたいけな美少年をイジめてなんていないから!
「では、あらためまして、白銀澪と申します。お名前を教えていただけますか?」
優しく微笑んだつもりが、さらに震えが増した。なんでだよ!
「わ、私は、龍鳳学園3年特別クラスの篠原亜莉亜と申します……」
「ぼ、ボクは、2年特別クラスの天城一真です……」
いやいや、ビビりすぎだって!
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ? 契約通りにしていれば何の問題もありませんからね?」
「承知しました……」
「承知しました……」
そこまで怖がられると、わたし結構ショックなんだけど!
分かったよ。すぐ帰るからさ、そんなに怖がらないでよぉ……。
「それでは失礼しますね」
2人は深々と頭を下げ、ドアを開けてくれた。
ああ、優しいミアお姉ちゃんが恋しい!
わたしは後ろを振り返らず、足早に立ち去った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
理奈が去った少し後の三枝家個室――。
「……………………」
「……………………」
放心した状態でソファーに沈む姉弟2人。
「れ……玲華お姉さま……アレは、人間なのですか……?」
「それは……あなたが15歳になれば、分かります……」
その答えに、玲於は確信した。
アレは、人間ではない。
レストランで見た時は、美して可愛くて可憐な少女に見えた。正直、見惚れてしまった……。
だが、さっきアレと正面から目が合った瞬間、頭の中の霧が晴れ、アレの異常さが理解できた……できてしまった。
美しいなんてモノじゃない。可愛いなんてモノじゃない。可憐なんてモノじゃない……アレこそが、芸術の神が創り上げた完璧な造形。精緻で、美麗で、完成された創造物。こんなモノが、人間であるはずがない!
全身に電流が走り、襲ってくる訳の分からない恐怖。視線を逸らせたのは幸運だった。あのまま見続けていたら、自分はどうなっていたのか……。
だが、本当に恐ろしいのは、アレが『普通に』歩き回っていることだ。
アレを見たら絶対に、絶対にただでは済まないはずなのに、周囲の人間は誰も気づかず、普通に過ごしていた……。
自分達に向ける、魂を愛撫するような甘美な声が、魂を蕩けさせるような天使の笑みが、どうしようもなく恐怖を増大させる。まるで悪魔に契約を迫られているようで、身体の震えが止まらない。
姉を見ると、姉も同じように震えていた。
アレと一緒にいた白鳥茉莉は、三枝本家の長男である自分に公然と歯向かった。白鳥グループと三枝グループの力の差を考えれば、あり得ない行為だ。
おそらく、すでにアレに魂を売り渡し、傀儡に成り下がっているのだろう……。
そして、アレと親交があるということは、三枝家は――。
玲於は、それ以上考えるのをやめ、そっと目を閉じた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
放課後、特別クラス1年生徒寮、澪の部屋の前――。
「ごめんね、澪。あたし、これから日曜日の夜までお仕事に行かなくちゃいけないの。澪も一緒に連れて行ければいいんだけど……」
18時以降、ミアはトレーニングや収録(特別クラス内の特設スタジオで)など、マルチタレントとしての業務を行っているらしいのだが、どうしても校外へ出る必要がある時もある。
今週末は大きなイベントがあるとかで、ミアはお泊りで外出するらしい。
わたしの方は、じっくり魔法少女業ができるのでいいのだが、ミアが1人で学園に残るわたしのことを心配して握った手を離してくれないのである。
「大丈夫だよ、ミアお姉ちゃん。『女帝』の玲華さんも、わたしのことを大事にしてくれてたでしょ? 玲華さんが玲於くんに話して(脅して)くれたみたいだから、玲於くんも大事にしてくれたよ?」
心配顔のミアにニッコリ笑顔を見せる。
「そうみたいだけど……やっぱり心配だわ! 相手は、三枝の悪名高い玲華、玲於姉弟よ! 澪の前では猫を被ってるだけで、裏で何か陰謀を仕掛けてくるかもしれないわ!」
悪名高いのか……うーん、陰謀ねぇ……ガクガク震えてる2人の姿を思い出して、さすがにちょっと2人が可哀そうになる。
「うーん、(わたしの顔見てガクブルしてたし)大丈夫だと思うけど……ふあっ!?」
ミアは突然わたしの肩をガシっと掴むと、顔がくっつきそうな距離で、真剣そのものの表情を浮かべる。
「いい? これからあたしが帰るまで、自分の部屋から出ちゃだめよ! 食事は全部ルームサービスにしなさい! あっ、ルームサービスは、ちゃんとモニターで確認してから鍵を開けるのよ!」
凄い迫力で捲くし立てるミアに、コクコク頷く。
「すぐ澪の部屋に警察が駆けつけてくれるように手配しておくから、万が一、何かあっらすぐあたしに電話すること! いいわね?」
ミアお姉ちゃん、さすがに過保護過ぎである。
「う、うん……分かったよ」
過保護過ぎなのだが……わたしにはミアに逆らうという選択肢はないのである。
「もしかしたら、あの邪悪な姉弟は、可愛い澪を自分たちの妹にしようとか、企んでるのかも……」
いやいや、それはない。
というか、どっちかって言うと、わたしのことメッチャ怖がってたし。なんなら、わたしが「お座り!」っていったら、ジャンピング正座しそうな感じだったし。
「大丈夫だって。ミアお姉ちゃん、お仕事頑張って! わたしは部屋で応援してるね!」
「ううっ、澪はなんて可愛いの! どうしよう……やっぱり連れて行っちゃおうかしら? ちっちゃい澪ならキャリーケースに入れていけば……」
ミアがぶっそうなことを言い始めた!
「さ、さすがに見つかっちゃうよ! ミアお姉ちゃんが帰ってくるまで、この部屋からでないから大丈夫だよ? 何かあったらすぐ連絡するから、ね?」
「約束よ、澪? あたしが居ない間は、安全な所にいるのよ?」
ミアにギュっと身体を抱きしめられる。
「うん、分かった。ミアお姉ちゃんも、早く帰ってきてね?」
安全な所から狙撃するつもりだし、嘘は言ってない!
天城 一真 (偽名)/三枝 玲於(本名)
酷薄そうな美少年、『王子ちゃま』
三枝グループ本家の次男。三枝玲華の弟
篠原 亜莉亜(偽名)/三枝 玲華(本名)
艶やかな黒髪ロングの美貌の美少女にして冷酷非情の『女帝』
三枝グループ本家の長女。三枝玲於の姉
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あの……で、できればでいいんですけど、ブックマークとか、評価ポイントとか、感想とか、頂けると、凄っごく嬉しいかなって……あ、いえ、面倒くさいなら全然いいですから! でも……できればでいいんで、お願いします!




