27話 千桜創立者達の密談 だって頑張って……(以下略)
現界、東京、赤坂、某老舗料亭最奥室――
特別に誂えられた荘厳な庭園を独り占めする、老舗料亭の誇る最奥室。
部屋の中は、外の庭園と同じく夜の静けさに深く沈んでいた。天井には黒檀の梁が走り、吊られた行灯が淡い橙色の光をゆらゆらと揺らしている。
「あらら、私が一番最後? みんな早いね」
女将に案内されて入ってきたのは、18、9ほどに見える女性だった。
ダークブラウンのショートヘアに同じ色の瞳。可愛らしい顔立ちに似合わず、どこか落ち着いた深みを湛えている。
身に纏うのは、身体の線を拾いすぎない上質なスーツ。仕立ての良さは一目で分かり、立ち居振る舞いには無駄がない。この老舗料亭の最奥室――選ばれた者しか通されない特別な空間に、自然と馴染んでいた。
部屋にいた四人へ軽く手を上げると、空いている席へ腰を下ろす。
女性を案内してきた女将や給仕たちは、いつものように静かに部屋から姿を消していた。
「此処ももう長いね。買い取ったのって戦後すぐだっただろ。密談にはもってこいの場所なのは確かだけど、本拠地の鏡界より此処の方が機密保持が万全っていうのは、どうなんだろうねぇ?」
そう言って笑うのは、ボーイッシュな短い黒髪に茶瞳の、20歳前後に見える女性だ。
場慣れした落ち着きを漂わせ、グレイのパンツスーツは上質な生地で仕立てられ、身体の線を強調しすぎない絶妙なバランス。彼女の快活さと内に秘めた思慮深さを同時に引き立てていた。
つられて笑った他の3人も、同じく若く美しい外見にそぐわぬ落ち着きと重厚な気配を纏っている。それぞれが身に纏うのは、仕立ての良さが一目で分かる高級スーツ。色も形も異なるのに、どれも同じ『格』を持っていた。
「全員揃ったことだし、そろそろ結界を発動するよ。京盟連と千桜のハイブリッド技術で造り上げた新型の魔法具結界の初お披露目だ」
黒髪ロングに黒瞳の女性が、部屋の中央に置かれたメダル状の道具を操作する。
次の瞬間、周囲から一切の音が消え、ひんやりとした冷気が一帯に満ちた。
「うん、これで連中達には結界を発動したことさえ探知できない。変身解除しても大丈夫だよ」
現界でベースの許可なしに変身解除を行えるのは、Aランク以上の魔法少女の特権だ。
5人がそれぞれ呟くと、淡い光が瞬き、千桜創立メンバーの5人の魔法少女が姿を現した。
「マナの薄い現界で、このパワーで結界が動作し続けられるのは凄いね。さすが京盟連の魔道技術だ」
そう言ったのは、結界を発動させた外事部部長のエヴァ。黒に銀のグラデーションが入った長髪に銀灰色の瞳。黒を基調に銀のアクセントを配した衣装を纏っている。
エヴァの左隣、一番奥の上座に座るのが統合総括会議議長のルナ。
その左隣が統合参謀本部長のノヴァ。
さらにノヴァの左隣には、灰白色の髪をポニーテールに結った金瞳の財務部長リリー。
最後に到着した内務部長ステラは、リリーの向かい、エヴァの右隣に座っていた。
ルナ以外は料亭に着いた順なので、席順に地位は関係ない。
千桜の創立メンバーは12名だったが、長い戦いの中で7名が倒れ、今では5名だけが残っている。互いに命を預け合ってきた仲の5名の間には揺るぎない絆があり、互いへの信頼は疑念の入り込む余地すらない。
「新しい魔法具のことは後でゆっくり聞くよ。まずは料理を頂くとしよう。今日は桜鯛の椀物がおすすめらしいよ?」
ルナが砕けた口調で言う。統合総括会議の時とは違い、この場では昔のように気兼ねなく素の話し方に戻ってしまう。
5人は笑顔を浮かべ、膳に手を付けた。
「一応、会議だからね。食べながらでいいから今後の方針を決めていこう」
そう、統合総括会議は若者達のためのガス抜きの場にすぎない。
古臭い料亭政治のように、千桜の最重要方針はすべて創立メンバー5人がこの密室で決めていた。もちろん統合総括会議の他のメンバーは、この会議の存在すら知らない。
「しかし、こないだの茶番は酷かったな。まあ、エミリーが怒るのも分からないでもないけど」
普段の芝居がかった口調をやめたノヴァが、クスクス笑いながらステラを見る。
「いやいや、ちょっと部下を引き抜かれたくらいで、あんな子供じみたことをするとは思わなかったよ。そういう関係って訳でもなかったみたいなのにさ」
ステラが心外だという表情で、鰆の木の芽焼きを頬張る。
エミリーがあれほどステラに突っかかったのは、特殊作戦部所属だったニナをステラが強引に引き抜いたことが原因だ。
「エミリーは、あの銀髪のツインテールの子をずいぶん可愛がってたみたいだよ。ステラも、クロエのことはもういいんじゃないか……。クロエに似てるからって、強引にそばに置こうとするのは、あまり褒められた行為じゃないぞ」
そう言ったのはリリーだ。ステラがツインテールの子に執着している理由は、ここにいる全員が知っている。
千桜は元々12人で創立された組織だ。クロエはその創立メンバーの1人で、金髪ツインテールに碧眼の魔法少女。ステラをかばって亡くなってしまった。
ステラはクロエが亡くなった後も、ずっとクロエの影を追い続けている――他のメンバーはそう思っていた。
「そういうんじゃないって。みんな気を使い過ぎ。クロエのことは、とっくに気持ちの整理ができてるよ。何年経ったと思ってんのよ。純粋にツインテールの子が可愛いから好きなの。ツインテールラブなの!」
可愛い顔でツインテールマニアを告白するステラ。だが、ステラがそう言うたびに、他の4人は内心で首を傾げていた。
言葉では整理できたと言うが、行動を見る限り、クロエの影を完全に整理できているようには見えない――それが4人の共通認識だった。
「その話はもういいだろ。エミリーも、この前の統合総括会議のやり取りで少しは溜飲を下げただろうし」
エヴァが話を切り上げようとするが――。
「そういえば、例の聖導連盟の襲撃で生き残った子、見たかい?」
楽しそうに言ったノヴァをエヴァが睨むが、ルナが話に乗る。
「見た見た。金髪ツインテールにちょっと釣り目気味で碧眼の可愛い子、リリナだっけ? クロエにそっくりでビックリしたわ。あ、ステラはちょっかい出すなよ。さすがに内務部長がツインテールハーレム作ってるとか、他の魔法少女達に示しがつかないからな」
「………………」
ステラは、新造魔法少女が魔法騎士3ユニットを撃破して生き残ったことは知っていたが、スパイ探しで忙しくリリナの容姿までは確認していなかった。
「あれ、ステラ知らなかったの? 今、千桜では新造ツインテールが魔法騎士3ユニットを倒したって噂で持ち切りなんだけど」
噂を流させた張本人のノヴァが笑う。
「見る? ちょっかい出さないって約束するなら、見せてあげるけど?」
「分かった」
ルナが挑発するようにタブレットをひらひらさせると、ステラはあっさり陥落し、ルナの隣へ移動する。
「これこれ、この子」
タブレットには、ゴスロリ衣装に身に包んだ黒髪ツインテールの理奈が、カメラに向けて決めポーズを取っている写真が映し出されていた。
「黒髪じゃない。それに、なんでこの子ゴスロリ姿でノリノリでポーズとってんの? 可愛いけど」
「あ、それは研修所で撮った変身体の方だわ。結構ノリのいい子みたいだよ? こっちこっち」
ルナが画面をスライドさせると、製造ルームで整列した魔法少女達の画像から切り出されたリリナの姿が映し出される。
「っ!?」
「ね、クロエと似てるでしょ? ランダム組み合わせで、ここまで似るとかあるんだね。凄い確率でしょ!」
「………………」
「ダメだよ。手を出したらダメだからね、分かった?」
無言で画像を見つめるステラに、マズいと思ったルナが声をかけた。
「リリナ、リリナね。覚えた……これは良いツインテールだ」
「ちょっと、絶対止めろよ。スパイがいるのが確定の状況で、これ以上妙なゴタゴタは絶対起こすなよ!」
「分かってるって。大丈夫、じっくり堕とすから」
「だから、ソレを止めろって言ってんだよ」
ステラの不穏な言葉に、焚きつけてしまった責任を痛感したルナが、思わず身を乗り出して必死に止めに入る。
「ルナ、そんなに心配することないよ。ステラだって状況は分かってるだろ。せっかく話題に出たんならスパイの話をしよう」
ノヴァが美味しそうに春野菜の炊き合わせを食べながら、今日の会合の本来の目的へと誘導する。
「ステラ、もうだいたい目星はついてるんだろ?」
「まあね。どこのかは分からないけど多分エミリーだね。なかなか尻尾を出さないから、油断させようと『統合総括会議のメンバーは疑ってない』って言ったんだよ。それでも尻尾を出さない。さすが切れ者、どうしてどうして、中々に手ごわいわ」
「エミリーがスパイなのか? エミリーがスパイなら、あんなふうにステラを非難して、わざわざ疑われるようなことするかな?」
エミリースパイ説に疑問を呈したのはリリーだ。エミリーがスパイなら、わざわざ内部監査を統括するステラに喧嘩を売るような真似はしないだろう、というのだ。
「そう思うってことを逆手に取ってるのかもしれないし、絶対に尻尾を掴まれない自信があるのかもしれない。とにかくエミリーで間違いない。私のカンが外れたことないでしょ?」
「それはそうだけどさぁ……」
カンと言われるとリリーとしては、それ以上何も言えない。確かにステラのカンが外れたことは今までないのだ。それが理由で内部監査を任されているということもある。
「じゃあスパイはエミリーで確定って前提で、今後の方針を決めていこう。実際、聖導連盟の静岡と神奈川エリアの方はどうする?」
ルナが進行役に復帰し、話を進める。
「馬鹿正直に静岡まで食っちまったら、連中に目を付けられて黒狼の二の舞だ。黒狼は神奈川、静岡、山梨南部までで連中に目を付けられてたのに、愛知にまで手を出しちまったからなぁ」
ノヴァが呆れを含んだ口調で言う。
「黒狼は平成になる前に創立メンバーが全員いなくなっちまったから、連中の怖さを知らなかったんだろ。ウチが本気になれば、黒狼なんか昭和で終わってたのにな」
エヴァが昔のことを思い出すように言う。
実際、千桜は東京だけで十分だった。人口が違うのだ。人口に比例して発生する魔塊獣の量も違う。東京は常に神奈川の1.5倍から2倍の魔塊獣を狩り、相応のマギトを稼いでいた。
黒狼との紛争が続き、仕方なく神奈川へ進出するようになった後は、その差はさらに開いていった。黒狼が東京進出をあきらめ、西へ進出し静岡、山梨南部を支配するようになっても、千桜との差が埋まるほどではなく、|広大な支配エリアを持っている《・・・・・・・・・・・・・・》というだけで連中に警戒されることになった……。
「リリー、戦力の補充って実際どうなんだ? 聖導連盟が静岡、神奈川を完全に放棄しちまったから、しばらくは未制圧状態になるだろ? さすがに1年以上放置はマズいんじゃないか?」
聖導連盟とは黒狼領の85%を譲るという条件で同盟を結んでいた。つまり広大な支配エリアという面倒事を聖導連盟に全て押し付ける予定だったのだ。
まさか、奇襲攻撃と休戦提案で面倒事を丸ごと送り返してくるとは完全に想定外だった。休戦提案を受けてしまった以上、名目上だけとはいえ、千桜の支配エリアを未制圧状態のまま放置するわけにもいかず、頭の痛いところである。
「アレを使っていいなら、明日にでも必要十分なユニット数を生産できるマギトはあるけど、それこそ連中に目を付けられるだろ。何とか予算をやり繰りして『ひねり出した風』を装うなら、年1回の新造を止め、2か月ごとに数ユニットずつ生産すれようにすれば、怪しまれはしないと思うぞ、教育とかは面倒だけどな」
エヴァに話を振られたリリーが、財務部長として即答する。
千桜には、表向きの予算とは別に、創立期から密かに蓄え続けてきた膨大な『裏マギト』が存在する。その存在を知るのは創立メンバー5人だけで、統合総括会議ですら知らない最高機密だ。
統合総括会議でのない袖は振れないという態度とは大違い、『裏マギト』を管理しているエヴァは余裕しゃくしゃくである。
「予算の方は、言ってくれれば必要なマギトはすぐ用意できるけど、ただ造ればいいってものじゃないだろ? 戦力化するまでの時間やら何やらはそっちでちゃんと考えとけよ、ノヴァ」
「了解。戦略作戦部に計画立てさせとくわ。さすがに魔塊獣を1年以上放置したら、手に負えなく可能性もある。基本的には静岡までなるべく早く制圧して、どっかが攻めて来たら抵抗せずに東京近郊まで撤退するってプランが現実的かな」
「そうだね。未制圧エリアが増えすぎると連中が介入してくる可能性もある。不確定要素は排除したいからね。『一時的に支配エリアが増えた後、戦争で負けて減少する』ってところまで織り込んでプランニングしよう。準備が整うまでは、今まで通り『生きず死なず』という方針を続けるしかないからね」
ノヴァの提案に、エヴァがうんざりしたように答える。
「労多くして益少なしだが、魔法少女を無駄死にさせるよりいい。いい加減、連中の都合で魔法少女が死んでいくのを見るのはうんざりだ。せめてウチの子達だけでも、なるべく長生きさせてやりたい」
ノヴァがしんみりした口調で言う。
「そうだね。私たちは駒じゃない。今回みたいに新造の子が38ユニットも死ぬようなことは、二度とないようにしないと……。危うく私のリリナが死んでしまうところだったし」
「いや、ステラのじゃないからな。自重しろよ! 絶対、自重しろよ!」
渋い顔でステラを窘めるルナに、ステラはニッコリと可愛く微笑みながら肩をすくめた。
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