26話 魔法少女研修 修了
魔法少女研修26日目――。
「今日は、現界新宿OJTです! 理奈さんの初めてのお出かけイベントです!」
杏が高らかに宣言する。心なしか高揚しているようにも見えるが、表情があまり変わらんのでよく分らん。
件のネコミミ呪物は……あんまり思い出したくない。結論から言うと、記録用動画データと一緒に鏡界内に再封印された。以上、終了!
ということで、苦節26日。コスプレイベントを何とかこなし、先日ようやく女の子の日イベントも修了。残すカリキュラムは『13歳の女の子、三枝理奈として現界で行動する』という現界新宿OJTのみとなったのである。
女の子の日イベントは……ええ、まあ、それなりにちゃんと学びました……理解はしていたけど、女の子って大変だわ。変身体はメチャメチャ軽く調整されてるらしいけど、それでもアレはちょっと遠慮したい。
杏に聞いたところ、みんな、その日は鏡界に潜って魔塊獣狩りにいそしむらしい。魔法少女に戻っちゃえば関係ないからね。魔法少女でよかった……。
「それでは、これをどうぞ」
そう言って杏が渡してきたのは、名刺? 見ると、わたしの顔写真が印刷されている。どうやら芸能プロダクションのタレントの名刺のようで、タレント、四樹莉里《りり》と名前が書いてある。
「名刺?」
「魔法少女はスカウトに声を掛けられることが多いのです。そんな時は名刺を見せて、タレントとして活動していると言えば大抵あきらめて引き下がってくれます」
ああ、どこを見ても美少女ばっかりだから忘れてたけど、そう言われれば全員芸能界で活躍していてもおかしくない美少女ばかりだ。
「名刺にある『株式会社雪月華風』は、千桜のフロント企業で、業界では中堅どころです。名前だけですが実際にタレントとして登録され、HPで閲覧できるようになっていますので疑われることはありません」
千桜が現界で色々のな分野で手広く商売していることは講習で習っていたが、具体的な企業名などは秘密らしく説明がなかった。芸能プロダクションは、美少女ばかりの魔法少女の隠れ蓑としては納得のチョイスである。
「メタルチョーカーの認識低下魔法が発動していますので、道ですれ違う程度や、少し会話を交わすくらいなら気に留められることはありません。ただし効果は微弱なため、日常的に接する相手や、感覚の鋭い相手には通用しない場合が多いです」
便利そうで、それほど便利じゃない機能だなぁ。まあ、日常生活を送るぶんには問題ないってことだろう。すれ違う程度なら誰も気にしないし、普通に買い物したりご飯食べたりする分には、認識低下魔法が勝手にカバーしてくれる……はずだ。
「杏お姉ちゃん、SNSで発信するとかはどうなの?」
「禁止ではないですが、あまりお勧めしませんね。画像や動画が見られても、認識低下魔法の効果で、まず気に留められませんが、感覚の鋭い相手の目に留まり美少女としてバズったりすると、暗殺の可能性を含め色々面倒なことになりますので」
ですよねー。行動が不自然ってだけで暗殺される可能性がある世界だし、目立つことはしない方がよさそうだ……。
「名刺に書いてある、『四樹莉里《りり》』は理奈さんの芸名です。三枝から増量して四樹に、理奈とリリナから莉里という名前にしました! ヨキリリと語呂が良くファンにも覚えやすい素晴らしい名前です!」
お前が付けたのかよ! ドヤ顔(胸を反らせてるので、多分ドヤ顔だろう)で、誇らしそうに言われるが、どう反応するのが正解なんだよ?
「あ、杏お姉ちゃんがつけてくれたんだね。ありがとう?」
「フフフ、いいんですよ。可愛い理奈さんのためなら、お姉ちゃんは頑張るのです。この名前を考えるのに2週間以上を費やしましたが、とても有意義で楽しい時間でした」
完全に無意味で無駄な時間だよ……。
「ではそろそろ行きましょうか」
ちなみに、今日はツインテールにはリボン付のネコちゃんの髪留め、トップスが黒のオーバーサイズパーカーに、ボトムスはチェックのミニスカートに黒ニーソ。靴はパンプスで、ネコ型のバックを装備。下着はフリルつきの普通のヤツという、ちょっと痛い系女子装備である。
杏の方は、トップスが英字プリントTシャツの上に紺色のジャージ風パーカー、ボトムスが白のハーフパンツ、靴はスニーカーでランニングボディーバックを装備。下着は知らん。見た目はスポーティーな美少女風。
「今日はかるーく西口周辺をお散歩して、その後、和風スイーツをいただきましょう」
「はーい!」
杏、スイーツ好きだな、わたしも好きだけど!
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新宿西口、地下街――。
魔法少女研修所のビルから出て、地上を歩いている間はまだ大丈夫だったんだけど……地下街に入った途端、人の密度が違う。久しぶりに見る人、人、人の山。
「あぅ……」
研修所や鏡界とは全く違う緊張感。身体が触れ合うほどの近くに沢山の人……。
しかも中身がアレな魔法少女じゃなく全員普通の人だ……そう思ったらみんなに見られているような気がして、急に胸がドキドキしてメチャクチャ緊張してくる。
「理奈さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です……」
あんまり大丈夫じゃないけど……と、思ったら、杏がギュっと手を握ってきた!?
「だ、大丈……」
「しばらく手をつないで歩きましょう。すぐに慣れますから」
いや、ちょっと、というかメチャクチャ恥ずかしいんですけど!? でも何となく振り払うこともできず、しばらく黙って杏に手を引かれて歩いていく。
「……………………」
ううっ、杏なんかのことをちょっと頼もしいとか思っちまったぜ……。
「ほら、誰も理奈さんのことなんか気にしてませんよ」
杏に言われて周りの人々に視線を向けると、確かに誰にも見られていない……というか、みんなわたし達の方さえ見ていない。
しばらく歩くと段々と落ち着いてきて、ゆっくりと周囲を確認する余裕もできる。
今のわたしが、周囲に溶け込んだ『ただの平凡な人』として認識されていると分かった瞬間、それまで張りつめていた緊張が嘘みたいにスーッと抜けていった……が、その直後、猛烈な羞恥心が一気に押し寄せる。そう、杏に対してだ。
「ありがと……」
一応社会人的礼儀としてお礼だけはちゃんと言い、手を放そうとするが……杏にギュっと握られ手を離すことができない。
「理奈さんがようやくデレてくれました! お姉ちゃんは嬉しいです!」
いやデレてねーし! ちょっとだけ感謝はしてるけど……。
「し、慕ってる杏お姉ちゃんと手をつないでお出かけとか、三枝理奈として普通だから! 理奈としてだから! 別にデレたからじゃないからね!」
あっ……! 言ってしまってから、自分のセリフにさらなる羞恥が込み上げてくる……コレって完全にツンデレのセリフじゃねーかよぉぉぉぉ!!
「違うから! ツンデレとかじゃないから!」
「フフフ、良いです! とても良いです! 羞恥に耳まで赤くなって目を泳がせている理奈さん、とても良いです! 今回は動画を撮っていないのが、とてもとても残念です!」
ううっ、わたしの黒歴史がまた1ページ……。
あああーー! もういいや! どうせ色々ヘンなところもいっぱい撮られてちゃってるし、今さらだぜ! 杏も黙っていれば美少女だしな。このまま美少女との新宿デートを楽しんでやんよ!
「ふっ、ふふふっ! もう何も怖くない! 杏お姉ちゃん、一緒に新宿デートを楽しもうね!」
「ああ、理奈さんがデレデレです! デレ期キターーー!! です!」
別にデレデレじゃねーし!
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開き直ると、結構楽しいぜ! 杏と地下街を適当にぶらついた後は、目的の和風スイーツ店へ向かう。新宿ベースには和風系のはなかったんだよね。
「少しいいですか?」
声を掛けられ振り向くと、白いカジュアルシャツに紺のジャケット、ベージュの綿パンの20代後半の男性。清潔感のあるイケメンだ……。
だが、中学生……下手したら小学生高学年に見えるわたしと、入学したての高校生くらいにしか見えない杏をナンパとかロリコンの残念イケメンか! と思ったところで、スカウトの話しを思い出した。
そういえば、名刺もってきたよな? うん、ネコバックに入れたはず。後は、杏に任せておくか。宗教とかナンパだったら面倒くさいし。
「なんでしょう?」
ジャケットの男に答える杏を盾にするようにして後ろに隠れる。
「ボク、こういうものなんだけど、芸能界とかに興味ないかな?」
ジャケットの男はニッコリ健やかな笑顔で名刺を杏に渡す。
やっぱりスカウトだったようで、杏の持っている名刺を覗くと、わたしでも知っている有名芸能プロダクションの社名が書いてある。本物の名刺を知らんので真偽は分からんが。
「あ、妹さんかな? キミもお姉ちゃんと一緒にどう? 芸能界とか興味ない?」
わたしにも同じように名刺を渡してくる。どうしよう?
チラっと杏の方をみるが何の反応もない。しょうがないので、杏に言われたとおりにすることにした。ちょっと緊張しながら男の名刺を両手で受け取り、バックから杏に貰った名刺を取り出す。
「わたくし、雪月華風の四樹莉里《りり》と申します。よろしくお願いします」
「ご、ご丁寧にどうも……」
ジャケットの男は両手で名刺を受け取ると、頭を下げる。
「ああ、雪月華風さんのところのタレントさんでしたか。これは失礼しました。もしかしてこちらも雪月華風さん所属ですか?」
「?」
杏が黙っているので、背中を軽くつつく。
「はっ! わ、私は……ええと……」
杏はガサゴソとボディーバックから慌てて名刺を取り出すと、ジャケットの男に手渡した。
「わ、私は、雪月華風の本多桃《もも》と、も、申します。よ、よろしくお願いしますぅ」
へー、杏って本多桃って芸名なんだ。ん? 杏、なんか緊張してる? 突然どうしたんだ、キョドりすぎだろ。
「あ、桃お姉ちゃんってちょっと人見知りするので、緊張しちゃってるみたいです。ごめんなさい」
「ああ、別に大丈夫ですよ。お2人とも雪月華風さんの所属なんですね。結構新人はチェックしてるんですけど、見落としていたみたいです。すいませんね」
「いえいえ、まだHPには名前しか載ってないので。こんな大手のスカウトさんに声を掛けられるなんて光栄です」
「そんな。でも、雪月華風さんて美少女見つけるのが本当に上手いですよね。原宿や渋谷でも声かけてるんですが、これはっていう女の子は雪月華風さん所属の娘が多いんですよ」
「そ、そうですか……」
まあ、そうだろうな。認識低下魔法の効果を突破して美少女を見つけるってことは、見る目は本物なんだろう。インチキ美少女に引っかかってちょっと可愛そうだ。
「しかし莉里ちゃんは、しっかりしてますね。もうデビューが決まってるんですか?」
「まだ研修中です。デビューできたら応援してくださいね」
魔法少女研修だけどな。しかし、タレントの卵ってこんな感じでいいのかな? とチラと杏を見ると、まだ固まっている。
「ハハっ、本当にしっかりしてる。そのうちどこかの現場で合うかもしれないね。その時はよろしく。ああ、時間をとってしまってゴメンね。じゃあ2人共頑張って。あ、移籍したくなったらいつでも連絡頂戴ね!」
「ふふっ。はい、ありがとうございました!」
去っていくジャケットの男を見送ると、固まっていた杏がようやく動きだす。
「どうしたの?」
「ス、スカウトとかに声かけられたの初めてでして。歩いていて誰かに声かけられたのは、セールスか宗教の人くらいなので、少々緊張してしまいました」
いやいや、魔法少女がスカウトされることが多いって言ったのアンタだろ。
「スカウトされるかもって言ったの、杏お姉ちゃんでしょ。『タレントとして活動していると言えば大抵あきらめて引き下がってくれます』って言ってたじゃん」
「そういう統計データを見たことがあるというだけなのですよ」
なんだよ、自分でスカウトされたみたいに言ってたくせに、違うのかよ。
「実は現界の東京とか人が多い場所をこの姿で歩くのは初めてなのです。ちなみに神奈川から移動する時はいつもバスとか車でしたので、電車に乗ったこともありません。認識低下の効果を信じて普通に歩いていましたが、少々緊張してきました」
あ、そうなんだ……雑踏の中を堂々と歩いてたから凄いと思ってたけど、認識低下の効果を信じていただけなのね、うーん。
その後は、何事もなく杏と2人で和風甘味を思う存分堪能しました!
「杏お姉ちゃん、目がキラキラしてるよ……」
「理奈さん、白玉を1つください」
「やだよ!」
黒蜜の香りがふわっと広がる、ぷるぷるのわらび餅! 抹茶の苦味と白玉の甘さが絶妙な抹茶白玉ぜんざい! あっさりとしていながら旨味のある和風の甘味も食べたくなるよね!
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魔法少女研修28日目――。
パンパカパーン!
本日無事に、魔法少女研修を修了することになりましたー! 心のラッパが鳴り響きます!
杏のスパルタ講習、コスプレイベント、鏡界での魔塊獣狩り、現界お出かけイベントなど、多種多様なカリキュラムを経て28日間の魔法少女研修が修了、ようやく卒業の日がやってきました。
正直、ここに来た時は色々あってかなり疲れていた、心が。
今は……杏とか研修所の女の子との交流で癒されたと感じている。杏は腹の立つところもあったけど悪い娘ではないし、研修所の女の子も優しかった。研修所の女の子は最後まで名乗ってくれなかったけど……。
横浜Y08ベースに移動するわたしを、地下駐車場まで研修所のみんなが見送りに来てくれた。杏に配膳や着替えを用意してくれていたスーツの女の子達、ラナやルース、勤務部教育課新造魔法少女教育係係長まで揃っている。
「リリナさんほどの狙撃の腕があれば大丈夫だと思うけど、絶対無理はしないでね。危なくなったらすぐ逃げるのよ? 遠距離から狙撃してくる『敵』もいるから気を付けてね」
「リリナ、間違っても近接戦闘なんかするなよ。狙撃1本で行け、狙撃で倒せなかったら逃げろ。千桜のために命まで掛けることはない。生き延びさえすれば、いずれ強くなれる」
ラナとルースが戦闘についての助言をしてくれる。魔塊獣狩りだけでなく、戦争についてのことも含めてだってことは理解できた。
「キミは真面目で本当に優秀な魔法少女になる素質がある。でもね、優秀な魔法少女が長生きできるわけじゃない。我々がいくら一生懸命指導しても、魔法少女はあっけなく、本当にあっけなく死んでしまうんだ。これがどれくらい虚しいことか分かるかい? 優秀じゃなくてもいい、キミは少しでも長く生き延びてほしい。これは新造魔法少女教育係全員の希望だ。我々が、いつもキミのことを思っていることを忘れないで欲しい」
勤務部教育課新造魔法少女教育係係長が穏やかな笑顔で励ましてくれる。ヤバい、こんなこと言われたの初めてだわ……。
「理奈ちゃん、頑張ってね。わたし達は、何にもできないけど……毎日、理奈ちゃんが無事にいられるように祈ってるから」
何か涙出そう……。
「理奈ちゃんの同期の、かな……エステラさんは研修修了まで、もうちょっと……結構時間がかかりそうだけど、理奈ちゃんのこと心配していたわよ。エステラさんには、理奈ちゃんが修了しておくこと伝えておくわね」
エステラは、まあ……時間かかりそうだよね。
「理奈ニャン、死なないようにするのよ。臆病なくらいが丁度いいんだからね! 毎日、理奈ニャンの動画を見て応援してるからね!」
えっ、なに、何の動画なのソレ!?
「理奈さん、魔法少女研修修了おめでとうございます。エロコスがしたくなったら、いつでも言ってくださいね。お姉ちゃんは、いつでも理奈さんのエロコスを撮影できるように衣装の準備も撮影の準備も万全にしておきます」
エロコスとか絶対しねーよ! いい話全部台無しにしやがって!
「杏お姉ちゃん、最後に一言言わせて」
「な、なんでしょうか? そんな、感謝の言葉なんていらないですよ? フフフ」
「あんまり研修中の魔法少女のことをおちょくらない方がいいですよ。第2、第3のライナが現れて、ある日突然グサっとかありそうなので、研修を受ける魔法少女には真摯に対応してくださいね!」
ガシっと杏の下から両肩を掴んでそう言うと、杏は珍しくとーっても嫌そうな顔をした。ざまぁみろ。
「あと、ありがとう。杏お姉ちゃんのおかげで、ちょっとだけ心が軽くなりました。本当に感謝しています」
そう言って頭を下げると、みんなから拍手が沸き起こる。
「みなさん、今までありがとうございました。千桜の魔法少女として、頑張って少しでも長く生き延びられるようにします!」
みんなから応援の声援を受けながら、黒塗りの車に乗る――。
「フフフ、理奈さんは本当にツンデレですねぇ」
隣に杏が乗り込んでくる……そういえばコイツ、横浜Y08ベース勤務だったわ! チョー恥ずかしいんだけど!
気まずい雰囲気のまま、駐車場から車が走り出したのであった。
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