21話 魔法少女研修5 潜界(ダイブ)
魔法少女研修18日目――。
「ふぁぁ……」
眠い……。変身体には慣れたけど、朝に弱いのは治らない。目を擦りながらアラームを止め、何とか身体を起こす。
今日のパジャマは薄いブルーのネコちゃん柄の普通の。下着も白の普通のやつ。
朝の身支度を整え、今日のコスプレへ着替える。今日の衣装はナース服だ。トップスが濃紺で白いズボンのガチ看護師っぽいの。
ちなみに、ゴスロリ → 巫女服 → メイド服 → ミニチャイナ → セーラー服 → JKブレザー → 浴衣 → アオザイ → ナース服って感じ。ミニチャイナ以外は普通のね。
「おはようございます、理奈さん。やはり、そのつまらない服にしたんですね。それはナース服じゃなくて看護師服です。お姉ちゃんはガッカリです」
時間通りに部屋に入ってきた杏は、開口一番わたしの着ている衣装をディスってくる。
「どうせ着るのなら、ミニ丈で胸元がガバっと開いてるエロナース服にしていただきたかったです。本当に残念です。本当に残念です」
はい、はい。重要なことなので2回言ったのね。
「そんなこと言うなら杏お姉ちゃんが、そういうの着ればいいじゃん!」
13歳の女の子っぽく言ってみる。
「お姉ちゃんは、もう着ましたので」
「えっ!?」
マジで? 何それ見たい。
「見ます?」
「見る!」
杏がスマホを取り出して操作すると、今より少し幼い、わたしくらいの杏がミニ丈で胸元がガバっと開いたエロナース服を着て、無表情でピースしている写真が表示される。
何でピース? というか、何か思ってたのと違う……。
胸が今の杏よりもないので、本当にただガバっと開いてるだけで色気はないし、美少女なのに無表情なので、その、何というか、親に無理やり写真を撮られて不機嫌な子供みたい……感想を言うと『ふーん』って感じ?
「ふーん」
「理奈さんも、皆さんと同じ反応なのですね。お姉ちゃんは、少しだけ悲しい気持ちになりました……」
珍しく杏が落ち込んでいる。
日頃のうっぷん晴らしのために、ここで迫撃をかけるか悩むが、指導教官の心証を悪くしても良いことはないだろうという社会人的判断で中止。慰めて、ポイントを稼ぐことにする。
「ほ、ほら……カメラマンが違うからじゃないかな。杏お姉ちゃんが撮った写真はモデルの人がすっごく可愛く見えるけど、杏お姉ちゃんを撮ってるのは別の人だから、ちょっとイマイチに見えちゃうんじゃない?」
頭をフル回転させ必死で杏の慰めポイントを探したわたしは、コスプレ撮影に定評があるらしい杏の撮影テクニックを褒める作戦を開始。
「ああ、なるほど。そう言われるとそうかもしれません。前から不思議に思っていたのですが、お姉ちゃんの写真だけ自分で見ても『ふーん』って感じなのです。やはり、お姉ちゃんが撮らないと可愛く見えないってことなんでしょうか」
「うん、間違いないよ! 杏お姉ちゃんが撮った写真はみんな可愛く見えるから! カメラマンの腕の違いだよ!」
「フフフ、やはりコスプレ撮影には定評のあるお姉ちゃんの撮影テクニックのせいなのですね。それでは今日も理奈さんの可愛いナース服姿を撮影してあげるのです。はい、コレに着替えてください。こんなこともあろうかと、準備してきたのです」
杏に何かの包みを手渡される……って、杏が着てたエロナース服じゃねーか! なんでこんなもん持ってきてんだよ!
「どうせ報告書用の写真なんだから、この看護師服でいいでしょ。まさか売ったりするわけじゃないよね、あ・ん・ず・お姉ちゃん?」
少しキツめに言うと、杏は目を泳がせはじめる。罪悪感があるなら、最初からやるなよな……。
「そ、そうでしたね。失礼しました」
段々、杏の扱い方が分かってきた気がするわ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝食後――。
今日は新宿ベースへ行って個体識別名の登録をする予定だ。変身を解除して魔法少女に戻ってから移動するので、ナース服で問題はない。
「では、鏡界へ移動しますので準備をお願いします。変身解除の許可は貰っていますので、魔法少女に戻ってください」
「はい……変身解除!」
変身体のまま鏡界へ行くのは色々危険らしいので、変身を解除し魔法少女の姿に戻る。
呪文を唱えると一瞬だけ淡い光に包まれ、軍服風の魔法少女衣装に身を包んだ金髪碧眼の魔法少女リリナの姿に戻った。
「んっ!」
おおー、全身に力と活力が漲っている。この身体なら絶対寝坊なんかしないだろう。このまま魔法少女の身体がいいなー。メチャ目立ちそうだけど。
「では行きますね……」
「へっ……」
いつの間にか変身を解除して白衣に赤髪の魔法少女姿に戻っていた杏に、後ろから抱きすくめられる。いやいや、1人でできるって……あ、また背中に何か当たってるし、何か良い匂いするし……。
「すぅぅぅ……良い匂い……」
杏がわたしの首筋に顔をうずめ大きく息を吸い込んでいる……?
ほぇ? 一瞬理解ができずに頭が真っ白になる……も、もしかしてあの時も杏が、わたしの匂い嗅いでたのか!? 帰界の時のことがフラッシュバックする。ええっ! えええっ……ぎゃああああああ! やめれ!
「潜界」
杏が呟くと、帰界を使った時のと同じように、球形の虹色の光がわたし達の周囲を包み、そのまま目がくらむような真っ白な光に包まれる。
白い光がゆっくりと収まると、わたし達は虹色の光のシャボン玉の中から、脚下にある都庁ビルを見ていた。
「おおー!」
ふわりふわりと、ビルが乱立する新宿上空をわたし達はゆっくりと下へと降りていく。
元居た場所は地下だったよね。鏡界の方が下にあるのか? 詳しいことは分らんが、帰界だと上に登っていき、潜界だと下に降りていくらしい。
帰界と同じで、降下速度は凄く遅い。こんなにゆっくりだと、確かに地上からは良いマトになりそうだわ。鎧の連中に狙われたら、光の槍みたいなので一撃じゃないか?
そんなことを思いながらも、相変わらず杏にギュっと抱きしめられたままだ。抱きすくめられて飛んでいる状態では何もできないし、何か背中に当たってるし、良い匂いするし……色々他人のことは言えないので保留。
あまり深く考えないことにして、初めて見る上空からの新宿の絶景を楽しんでいると、足元にビルが近づいてくる。
「ねえ、杏お姉ちゃん、このままだとビルに当たっちゃうんじゃない?」
「フフフ、魔法少女の時はアンナって呼んでください。ああ、でも可愛いリリナさんが、どうしても『杏お姉ちゃん』って呼びたいのでしたら、一生そう呼んでももらってもかまいませんよ?」
しまった! ついクセで!! 小学校で女の先生をお母さんって呼んじゃった時みたいに恥ずかしい……!
「フフフ、お耳が真っ赤ですよ、リリナさん」
「ビ、ビル! ビルは大丈夫なの?」
何とか心の平穏を取り戻そうと指先で髪をくるくるしながら必死に話題を変える。
「はい。原理は知りませんが、電柱とか木とかも勝手に避けるんで大丈夫ですよ」
アンナの言う通り、わたし達の虹色の光のシャボン玉は、ふわりふわりとビルとビルの間をスリ抜けるように移動しながら降下していく。
「本当だ……」
「ちなみにですが、地下や部屋の中から帰界を使うと、地面や壁をすり抜けて、外に出てから上昇をはじめます」
安全装置でもついてるっぽい挙動だな。本当についてるのかもしれん。
「そろそろ着きますよ」
虹色の光のシャボン玉は、地上へと着地すると同時にフっと光が消える。
おお! 新宿のビル街のど真ん中なのに、本当に誰も居ない! CGみたいだ! 記念写真撮りたくなるわ!
ちょっとだけ周囲を見てみようと思ったのだが……アンナがギュっと抱き着いたまま離してくれない!?
「アンナさん?」
「すぅぅ……やっぱり良い匂いです……」
「アンナさん、セクハラで訴えますよ!」
まさか自分がこのセリフを言うハメになるとは思わなかったが、効果はばつぐんだ! アンナの身体がビクっとなって弾かれたようにわたしの身体を離してくれた。
分かる、分かるぞ。無意識のレベルにまで刷り込まれた社会的死への恐怖。今は魔法少女なんだと思っていても、無意識に身体が動いてしまうんだよね?
「な、なんですかセクハラって? 同じ魔法少女じゃないですか!?」
アンナが慌てて言い繕うが、焦っているのは明白だ。アンナの慌てぶりを見たわたしは、さっきの『杏お姉ちゃん』ショックから立ち直り心の平穏が戻ってくる。
「そういえばそうでした。それで、新宿ベースはどこなんですか?」
「こっちです……」
歩き始めたアンナに続く。
「どうしたのでしょう、リリナさんが突然ツンになってしまいました。『杏お姉ちゃん』がよほど恥ずかしかったのでしょうか。まあそんなところも可愛いのですが。フフフ」
聞こえない、聞こえない……。
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