18話 千桜統合総括会議 だって頑張って……(以下略)
鏡界、都内某所――。
白い照明に白い壁、白い床に白い調度品、全て白で統一された会議室。その中央に置かれた円形のテーブルに座るのは、千桜の指導者である12名のAAAランク魔法少女達だ。
「新造の魔法少女40ユニット中、生還2ユニット……。私が回復剤から戦意高揚剤への変更に、あれだけ反対した理由が、ご理解いただけましたか?」
白い空間は息苦しいほどに整然としており、わずかな物音すら反響する。その重苦しい空気の中、最初に口を開いたのは、敵地への潜入、破壊工作、特殊作戦を統括する特殊作戦部長のエミリーだ。
透明感のある氷青色の長髪を三つ編みにし、神秘的な六花が宿った水色の瞳のクールな印象を与える容姿のエミリーが、テーブルに座る1人に鋭い視線を向ける。
「………………」
「戦略作戦部の報告書によれば、戦意高揚剤を投与していなければ6割は退却に成功、さらに回復剤を投与していれば7割以上は退却に成功していた可能性が高かったという分析結果が上がっています」
「…………」
エミリーに睨まれ、可愛い顔を苦虫かみつぶしたように歪めて声もなく呻いたのは、濃紺の髪をサイドでまとめ、輝く星を金色の瞳に宿した、美しいというよりは可愛らしい容姿の内務部長のステラだ。
可愛い容姿のステラだが、千桜の創立メンバーの5人の内の1人で、内務部部長という千桜の通常任務の管理運営、防諜、内部監査を統括する要職につくAAAランクの魔法少女だ。
統合参謀本部の下部組織にすぎない特殊作戦部の、新参と言っていい経歴のエミリーに、ステラがここまで好き勝手に言われるのには理由があった。
「前線戦っている者達の意見を無視し、わずかな支出を惜しんで命を繋ぐ重要な薬剤を安価な戦意高揚剤に変更。結果、38ユニットもの魔法少女を失う大損害。発案者の責を問うべきではないでしょうか?」
黒狼戦で損耗したユニットの補充と戦力の大幅増強のため、今期は予備費まで全て使い切り、通常の数倍の魔法少女を生産した。
不足する予算を捻出するため、新造魔法少女のメタルチョーカーに封入する薬剤を安価な戦意高揚剤に変更することを提案したのがステラだった。
「前線では回復剤1つで生死が分かれるのです。賛成なされた、前線に出ない方達には理解できないかもしれませんが、詳しく説明したはずです」
「まあまあ。予算面から、あの時点で薬剤を変更するのは仕方がない判断だと思いますよ。聖導連盟の奇襲は、統合参謀本部でも予測できなかったではないですか、そうでしょう?」
ステラに助け船を出したのは、千桜の最高意思決定機関である統合総括会議の議長を務めるルナだ。
月光色の瞳に、銀白の長髪を後ろで束ねたルナは、統合参謀本部麾下の戦略作戦部部長クララ、航空機動部部長のミヤと順番に視線を移し、最後に特殊作戦部のエミリーへ視線を投げる。
「回復剤の重要性を説いていたエミリーさんが怒るのも無理はありません。結果論ですが、確かに統合総括会議の判断が誤っていたとも言えるでしょう。ですが、後方任務を軽視するような発言は容認できません」
ルナはジロリとエミリーを睨みつける。
「前線で戦う者は重要です、ですが後方でそれを支援する者もまた必要不可欠。千桜は戦うための組織です。前線で戦う者も、後方で支援する者も戦うために必要な両輪です。どちらが欠けても戦い続けることはできません」
「申し訳ございません。前線の実情を理解して頂きたかっただけで、後方任務を軽視したわけではありません。誤解を招く発言を謝罪し、撤回します」
ルナの叱責に、エミリーは素直に立ち上がると優雅に首を垂れた。しかし椅子に座りなおしたエミリーは、ステラから視線を逸らさず見つめている。最長老の1人であるステラに対するには不遜ともいえる態度だったが……。
建前上、前線も後方支援も同等に重要とはいうものの、戦うための組織である千桜では前線組偏重主義が根付いている。
前線組とは、統合参謀本部麾下の3部門(戦略作戦部、航空機動部、特殊作戦部)のことで、戦時に最前線で戦う精鋭魔法少女達だ。
戦時には前線で共に戦う一般魔法少女達から支持も厚く、ユニット数も多いため、前線組の千桜内での影響力は大きかった。統合総括会議においても、彼女らの発言力は後方支援の古参魔法少女達を凌駕していた。
ただメタルチョーカー封入薬剤変更の議決の時は、予算の枯渇によりどうしてもどこかの予算を削減する必要があった。
それは統合総括会議メンバーにとって周知の事実であり、エミリーの回復剤の重要性の説明は、前線組のいつもの我儘としか思われず、ステラ発案の安価な戦意高揚剤への変更が決まったのだ。
結果、新造魔法少女38ユニットを失う大失態。
とはいえ状況分析、対策、今後の方針などはすでに決定されており、統合総括会議で発議者の責任を問うことは本来必要のないことだ。
統合参謀本部内でも切れ者と評価の高いエミリーが、それを理解していななどということはあり得ないのだが、エミリーは前線組の影響力を利用し、わざわざ統合総括会議でステラをあげつらった。
その理由が、今回の件とは全く関係のない別の理由があることをメンバー全員が知っていたが、エミリーに同情している者も多く、それを口に出す者はいなかった。
「エミリーくんの怒りはもっともだが、今ステラに辞められても現場が混乱するだけだ。今回はこれで終了としよう。それでいいね、エミリーくん」
落ち着いた口調でエミリーを窘めたのは、焔を宿す橙色の瞳に、赤と黒のメッシュを入れたショートヘア。赤い軍服風の衣装に黒いマントを纏い、軍人然とした威容を放つ統合参謀本部長ノヴァだ。
ノヴァは、ステラと同じ千桜創立メンバーの5人の内の1人で、情報部、戦略作戦部、航空機動部、特殊作戦部の4部門を統括する統合参謀本部長を務める、エミリーの直属の上司だ。
ノヴァの言葉に、エミリーは黙って頷くとステラから視線を逸らせた。
「この件はこれで終わりだ。それより、OJTの当日に実習地を奇襲されるなんて、偶然とは思えない。情報漏洩の線はどうなってるんだい?」
「OJTの日程は任務発行時に告知していましたが、実習地を通知したのは当日です。事前に実習地を知りえたのは……内部監査をすすめていますので、報告をお待ちください」
ノヴァの問いに答えたのはステラだ。内務部は防諜と内部監査も担当している。可愛い顔を苦虫をかみつぶしたように歪め続けたまま、ステラは目を瞑った。
「歯切れが悪いじゃないかステラ。事前に実習地を知りえたのは誰なんだい?」
「総務課の数名と、この統合総括会議の12名です。総務課の方は白でした」
「なるほど、この中に裏切者がいる……と?」
「いえ。防諜課ではOJTの日程を掴んだ聖導連盟が、それに合わせて可能性のある複数地区を同時攻撃した可能性が高いと考えています。統合総括会議のメンバー内に裏切者がいる可能性があれば、この場でこんなことは言いません。一応、引き続き内部監査はすすめますが……」
「ふむ……」
ステラの言葉に、ノヴァは考え込むように黙り込んだ。
「ステラさん、一応、引き続き内部査察を続けてください。それでは、今日の最重要議題である、聖導連盟への対応を話し合いましょう」
議長のルナが議事の進行を促す。
「今回の戦闘で合計46ユニットを失い、魔法騎士5ユニットを撃破しました。聖導連盟の戦力レベルが低いため、現在は航空機動部隊と特殊作戦部隊の投入で優勢を保っていますが、本格的に反撃するとなると未制圧の中立エリアを通過する必要があるため、戦力的に……」
「失礼します! 聖導連盟について新しい情報が入りました。マギリングにデータを送りましたのでご覧ください」
戦略作戦部のクララの言葉を遮ったのは、黒に銀のグラデーションの長髪に銀灰色の瞳で、黒いスーツのような衣装をまとう外事部部長のエヴァだ。緊張した面持ちで説明を始める。
「たった今、聖導連盟から休戦の申し入れがありました。条件はお送りしたデータの通り、静岡と神奈川西部の割譲です……」
感嘆ともため息ともとれる声なき声が会議室に満ちる。
「対黒狼同盟締結の条件だった静岡と神奈川西部の所有権をウチに割譲するとなると、黒狼戦での戦果が何もなくなってしまうでしょうに」
そう言ったのは、千桜の戦略・作戦立案を担当し、戦時には指揮官として最前線で戦う戦略作戦部長のクララだ。
外事部を差し置いて、千桜と聖導連盟との対黒狼同盟を成立させた立役者で、煙るような水色の髪に淡い水色の瞳、修道服を思わせる白と水色の衣装は神秘的なオーラを放っている。
「ああ、西に行きたいのね。関西の『神環協盟』が聖導連盟にちょっかいだしてたみたいだから」
「そうですね。黒狼戦の最中から、神環協盟による聖導連盟への侵攻が確認されていました」
クララの呟きに答えたのは、藤色のロングヘアーに虹色の神秘的な瞳をもつ情報部長アイリスだ。聖導連盟の奇襲を許してしまったのは情報部の完全な失態だったため顔色はよくない。
「神環協盟と戦う間、千桜が確実に介入できないように戦力を削ったのね。はぁ、一緒に黒狼と戦った仲だというのに、信用がないわね」
元々、黒狼を倒すまでという条件での同盟だったが、自らが尽力した同盟関係があっけなく瓦解、それどころか奇襲まで受けたクララは落胆を隠しきれない。
「聖導連盟としては、西に戦力を集中している時に千桜が神環協盟と結んだら、挟撃を受けて滅んだ黒狼の二の舞ですからね。千桜の侵攻はないと確信できるレベルまで我々の戦力を削りたかったのでしょう」
飛行能力を持つ魔法少女で編成された航空機動部隊を統括する、航空機動部長のミヤが、友人であるクララを慰めるように言う。
「今現在、神環協盟と交戦中ということも考えられます。今回の奇襲にCランク以上の魔法騎士が確認されていないのは、主戦力を西に移動させていたからでしょう。神奈川に主戦力が存在しなかったせいで奇襲を想定できなかったのですが……」
言い訳のように呟いたアイリスの言葉だが、奇襲を許してしまった遠因は、確かに神奈川に聖導連盟の主戦力が存在しない情報を得ていたためだ。
戦略作戦部は、聖導連盟が千桜との友好関係を維持するため、千桜に配慮し主戦力を後方に下げた可能性が高いと分析していたのだ。
鏡界では、ただでさえ支配地域外の状況を把握する手段は少ない。しかも、特殊な関係にある関西方面の正確な情報を入手することはほぼ不可能に近い。情報部と戦略作戦部のミスを非難する者はいなかった。
「しかし、Dランク以下の魔法騎士で千桜を奇襲とは、ずいぶんと舐められたものじゃないか。いや、現状の千桜の戦力を正確に把握していたということかな?」
ノヴァが愉快そうに微笑みながら、防諜を統括するステラを見つめる。
「………………」
「今の千桜の戦力だと、業腹だが聖導連盟との休戦は受けざるをえないと思うが、みんなはどう思う? 色々と負担が大きくなるだろうが、このまま戦争を続けることも不可能じゃない」
「聖導連盟との戦争継続を望む方はいますか?」
ノヴァの言葉に、ルナがメンバーの意見を確かめるが、戦争継続を望むものは1人もいなかった。防衛だけでも戦力が不足していることは全員が理解している。
「では、聖導連盟の休戦を受け入れましょう。次は休戦条件です」
「将来的に聖導連盟にお返しすることは確定として、今の千桜の戦力だと、神奈川東部だけでも制圧までに相当な時間がかかる。さらに静岡と神奈川西部まで制圧するとなると、どれだけの時間がかかるか……静岡と神奈川西部をどうするかだね。くれると言うが、毒饅頭ということも十分あり得る」
ノヴァは考え込むように腕を組む。名目上の領土は増えるが、増えた領土を制圧する魔法少女が今の千桜には存在しないのだ。
「リリーさん、戦力の増強は可能ですか?」
議長のルナが千桜の財務を統括するリリーへ声をかける。リリーも千桜創立メンバー5人の内の1人で、千桜の財務全般を統括する財務部長の要職を担う千桜でも最古参の魔法少女の1人だ。
「新造ユニットの製造に予備費まで全て使い切ったことは、皆さんご存じのはずでは?」
当初から40ユニットの生産に反対し、最後まで20ユニットのに抑えようと主張していたリリーはそれだけ言うと、言わなくても分かってるでしょうとばかりに黙り込む。
40ユニットの生産は、長期間エリアを放置するリスクと、増強された戦力を使い短期間で製造費を回収できると主張する前線組に押し切られる形で決定したのだが、財務状況の全てを把握しているリリーとしては不本意極まる決定だった。
実際には40ユニットの製造費は予備費を全て使っても足りず、他の様々な予算を削って何とか捻出したのだった。回復剤から戦意高揚剤への変更はその余波といえる。
今や千桜の金庫は空っぽで、リリーとしては無い袖は振れないというしかない。
「はぁ……それでは、現状では戦力の増強が不可能だという前提で、今後の方針について話し合いましょう――」
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統合総括会議の結果、千桜は聖導連盟の休戦提案の静岡、神奈川西部の割譲を受け入れ、当面は神奈川東部の制圧に注力。戦力増強を図りながら期限を決めずに神奈川西部、静岡へと制圧地域を順次拡大していくとう基本方針が決まる――。
※こんな感じ。AAAランクの魔法少女は統合総括会議への参加資格が与えられる。
■千桜統合総括会議:ルナ
└●統合参謀本部 :ノヴァ
│ └◆情報部 :アイリス
│ └◆戦略作戦部:クララ
│ └◆航空機動部:ミヤ
│ └◆特殊作戦部:エミリー
└●人事部 :ソフィー
└●勤務部 :アリス
└●財務部 :リリー
└●内務部 :ステラ
└●外事部 :エヴァ
└●技術研究部 :ルビー
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