17話 魔法少女研修2 ツンデレちゃん!
杏の監視付きでの着替えを終え、リビングに戻ると鏡張りのドアが開きくとスーツの女の子がワゴンで2人分の朝食を部屋に運んでくる。
このタイミングの良さ、絶対監視カメラで見られてるよね。気分はよくないが、仕方がないとあきらめスーツの女の子がテーブルの上に綺麗に配膳していくのを眺める。
今日の朝食は、スクランブルエッグ、ベーコン、デニッシュパン、オレンジにコーヒーというメニュー。
「いただきます♪」
杏と向かい合わせでテーブルに向かって座り、両手を合わせて食前の挨拶をする。食事が唯一の楽しみなので、さっそく食事にかかる。
「はぅ」
ふわりと湯気を立てるスクランブルエッグは、バターの香りとともに柔らかく仕上げられ、隣にはカリッと焼き上げられたベーコンが整列。脂のきらめきが食欲を誘う。
まずはパンから……。
籠に入れられたデニッシュパンは、層を重ねた生地が美しく、表面にはほんのりとした艶。サクッとした食感のあとに、バターの濃厚な風味が鼻孔へと広がる。
メッチャ美味い。
専任のシェフがいるのかもしれない。マギドールの身体は太らないが、この身体で食べすぎたら太りそうだ。
「美味しそうにお食事中すいませんが、これは研修ですので、三枝理奈として楽しくおしゃべりをしながらいただきましょう」
「んんっ……そうですね。それでは、何の話をしましょうか?」
「もっと13歳の女の子っぽく言ってください」
13歳の女の子の話し方なんか知らねーよ!
だが、いくら心の中で文句を言っても、ちゃんと魔法少女するぜ!
「えっと……何の話しをします?」
「ダメですね。ちゃんと13歳の女の子らしく、可愛く言ってください、可愛く言ってください。大事なことなので2回言いました」
なにこのクソ女。
「黙っていないで、早くしてください」
わ、わたしは13歳の女の子、わたしは13歳の女の子、わたしは13歳の女の子……。
「あ、杏お姉ちゃん、今日は何のお話しする?」
できる限り可愛らしいトーンで話しかける。13歳の女の子っぽい自信はないけど。
「そうですね、理奈さんが何か盛り上がる話題をふってください」
殴りたい、この無表情! お前の盛り上がる話題なんか知らねえよ!
落ち着け、落ち着け、心を落ち着かせろ……すぅはぁ、すぅはぁ、うん、OK、OK。大丈夫、問題ない。
せっかくだから、前から知りたかったことを聞いてみよう。
「杏お姉ちゃん、わたしのお友達のエステラとリレッタは元気ですか?」
目が覚めた時、2人共カプセルで治療中だったから心配してたんだよね。一応一緒に死線を潜り抜けた戦友だし。
「その件ですか。特に秘密でもありませんのでいいでしょう。リレッタさんはもう通常生活に復帰してます。エステラさんも快癒して、今は魔法少女研修中ですね」
「そう、よかったです」
よかった、2人とも完治したんだ。エステラは研修中か、大丈夫かなアイツ。いや、素直だから、意外に上手いこと女の子やってるかもな。
「しかし意外ですね。理奈さんは、あの方たちと仲がいいのですか?」
「命がけで一緒に戦った仲間ですからね。2人とも大怪我だったから、心配してたんです」
「なるほど。では、お姉ちゃんから一言忠告を。エステラさんはともかく、リレッタさんは評判がよろしくありません。理奈さんが不良になってしまいそうなので、リレッタさんとは距離を置くことをお勧めします」
あー、リレッタ、リレッタね。
艶やかな黒髪をなびかせ怜悧な美貌で日本刀を振り回す、ゲスな少女のことを思い出す。
遅刻した挙句、担当新人ほぼ全滅させた大戦犯だからな。そら評価は最悪だろう。普通、軍法会議とかのレベルじゃないの? 軍じゃないけど。
だいたい遅刻したってだけでも社会人失格だし……って、他人事じゃないな。わたしも寝坊しないようにしないと……。
「遅刻はダメですよね、うん。わたしも寝坊しないように気をつけます……」
「遅刻は論外ですが、それとは……まあ、いいでしょう、そのうち分かるでしょうし。ところで、その変身体ですが、動作に不具合とかはありませんか?」
動作に不具合ってパソコンか何かかよ……ああ、マギドールってそういうレベルのもんなのね。
ふんわりとしたスクランブルエッグと絶妙のコンビネーションを発揮するベーコンを堪能しつつ、手をにぎにぎしてみる。
今のこの変身体、外見だけじゃなく身体機能も普通の人間とほぼ同等になっており、魔法少女の人外のパワーはないし、病気もするし、お腹も減るし、眠くもなる。遺伝子検査でも人間と区別できないレベルらしい。
「うーん。特に問題はないみたいです……」
「そうですか。まずはその人間の身体に慣れてください。ああ、女の子の日が来たら報告してくださいね。疑似的なものですから本物の女性に比べると非常に軽いらしいですよ」
そう。この身体、女の子の日もあるらしいので戦々恐々している……。
「魔法少女の身体については、本来の教習カリキュラムだと鏡界で慣熟訓練を行うのですが、理奈さんの場合、教習の慣熟訓練より過酷な環境下での動作が実証されたと判断されていますので、慣熟訓練は省略されます」
まあ、あんだけ戦えたんだから、身体の方は大丈夫だろう。それより、PTSDにならないか心配してるんだよね……悪夢見るし。
「それでは、お姉ちゃんのターンは終わりましたので、次は理奈さんが盛り上がる話題を振ってください」
まだやんの、コレ? つーか、身体の具合を聞いたアレって杏のターンだったの!?
どうしよう。盛り上がる話題か……ああ、そういえばまだ言ってなかったな。一応、社会人だし、お悔やみ言っとくか。
「そう。戦闘といえば、ライナさんは残念でした。杏お姉ちゃんと仲良さそうだったのに……」
「えっ?」
「えっ?」
なんだ?
「理奈さん、私とライナさんの、どの辺がどう仲良さそうに見えたのか、具体的な事例をだして説明していただけますか?」
なんか怒ってる? 表情が変わらんからよく分らん。うーん、確かに思い返してみれば、仲良かったようにも見えなかったか……。表情が変わらんからよく分らんが。
「すいません、具体的な事例は思い浮かびません。もしかして仲が悪かったんですか?」
「いえ別に。私は良好な関係を築いていけたらと思っていましたよ」
いや、それ良好な関係じゃなかって言ってるじゃん。なんか怒ってるし……。
「あ、その、何というか、一応お悔やみを言っておこうと思っただけなんで……」
「ああ、理奈さんは、お姉ちゃんのことを気遣ってくれたんですね。失礼しました」
そう言って杏は軽く頭を下げた。
「これは先輩としての助言です。もう理奈さんは分かってると思いますが、ここでは死は身近なものです。昨日まで話していたのに、今日は居なくなっているとか普通にあります。鏡界だけでなく、現界で暗殺されることもありますし」
まあ、そうだろうな……。
「そこらへんは、みなさん理解していますで社交辞令的な気遣いは不要です。それより、理奈さんは1日でも長く生き残ってください。理奈さんが死んでしまうと、お姉ちゃんは悲しいです」
「はい……ありがとう、杏お姉ちゃん」
うーん、杏は結構真面目にわたしのこと心配しててくれたのかもしれない。他人の善意を信じられない自分が恥ずかしい……ゴメンね。
「理奈さんは素直で可愛いですね。ライナさんも、最初は可愛かったんですけどねぇ。ふわふわのピンクの髪で小動物みたいにオドオドしてて……なんと、ライナさんの指導教官はお姉ちゃんだったのですよ」
えっ、ライナって杏の後輩だったの!?
「変身体は、栗色の髪色でリスみたいで可愛かったのですが……それが、あっという間にお姉ちゃんのランクを追い抜き、体格も態度も大きくなって、先輩であるはずのお姉ちゃんを呼び捨てにし、挙げ句にはパワハラまがいに顎で使うように」
ああー、そら仲良くないわなぁ。無条件で先輩を立てろとは言わんが、せめて他者には最低限の敬意をもって接するべきだよね、人として。
「相手が魔法少女だという意味を、あの頃はまだ理解していなかったのです。どこかで人の善意を信じていたんでしょうね。おかげで、相手は人じゃなくて魔法少女だってことがよく分かりました」
あ、人じゃなかったわ。うーん、魔法少女になるようなヤツは人でなしが多いんだろうけど、エステラとリレッタは結構良いヤツだったな。魔法少女にも色々いるんだろ……多分。
「あー、なんかすんません。ヘンなこと思い出させちゃったみたいで……」
「別に構いませんよ。では、次はお姉ちゃんのターンですね」
コレ、いつまで続けるんだ? まあいいけど。
最後のスクランブルエッグとベーコンを口の中にへ入れる。うん、デリーシャス! メシが美味いのがココのただ一つの良いところだな。メシが不味かったらくじけそう……。
「理奈さんは、先日受けてもらった心理検査で妙に現実感が感じられないとおっしゃっていましたが、今はどうですか?」
現実感がないってのは治ったみたいだけど、ずっと自分が自分だと思えないんだよね。なんか、どっかに居る本当の自分が操作してるアバターキャラって感じ。
「現実感がないってのは治ってきました。ただ、自分が自分でないっていうか、アバターキャラを操作してるみたいっていうか……」
「そうですか……魔法少女はマギドールのボディに魂を強制的に接続している不自然な状態です。魂と肉体がうまく適合しないと、精神疾患を発症する可能性が高くなるのです」
ああ、講義で聞いたな。ぶっちゃけ、何の説明もなく別の身体に入れられたら頭おかしくなるだろ、普通。やっぱり『ホンモノ』になることが前提のシステムなのかもしれない、ヤダねぇ。
「理奈さんのは、ストレスによる離人感・現実感消失症の初期症状のようですね。魔法少女は肉体的には強化されていますが、精神的な強化はされていませんからね。あれだけの戦闘を経験すれば、仕方がないことです」
パンをつまんでいた手が止まる。
何かヤバい病気なの!? メンタルあんまり強くないんだよね。メンタルボロボロで、ろくに契約内容の確認もせずに魂売っちゃうくらいだし……。
「えーと、ソレってどうなるんです?」
「そうですね。悪化すると、うつ病、パニック障害、自殺に追い込まれたりします」
「あの、治すにはどうすればいいんでしょう?」
「しばらくの間、過度なストレスを受けなければ大丈夫ですよ。いい感じに錯乱した魔法少女でも、研修期間が終わるころには大抵落ち着きますので」
いい感じってどんな感じだよ……。
「本当ですよね? 信じますよ?」
この無表情女、どこまで本気かいまいちよく分からないんだよね。ちゃんと確認しとかないと、ジョークでしたとか平気で言いそうだし。
「はい。信じてください。今は、お姉ちゃんと可愛い女の子研修を頑張りましょうね」
「魔法少女研修ですよね!?」
「そうとも言いますね」
大丈夫か、コイツ……。
「フフフ。やっぱり理奈さんは可愛いですね。理奈さんの指導教官に志願して正解でした」
可愛いって、確かに自分で見てもツインテールの小悪魔系美少女だけどさ、魔法少女って基本みんな美少女じゃん。
目の前にいる無表情女も、客観的に見てテレビに出てるアイドルが霞むレベルの美少女だし。でもさぁ、出迎えてくれた黒服の女の子達も、ココの配膳の女の子達も全員美少女なのよ。
右見ても左見ても美少女ばっかり。で、正直、美少女見慣れちゃって、あんまり希少価値を感じないんだよね、自分の容姿含めて……。
「ありがとうございます。でも、杏お姉ちゃんの方が綺麗だと思います。杏お姉ちゃんの綺麗な瞳、羨ましいです」
みんなが美少女だと美少女でも価値が下落するんだなぁ、などとDS曲線の偉大さを感じながら、一応社会人として最低限のリップサービス。具体的個所を上げて褒めるのがいいらしいぞ。
「魔法少女の外見はパーツをランダムで組み合わせてるだけらしいですよ。お姉ちゃんが可愛いと言ったのは、理奈さんのその性格です」
「えっ!?」
魔法少女の外見て、パーツのランダム組み合わせなの!? AI彼女アプリみたいだな、オイ……って、違う違う。わたしって可愛い性格してたか? 何か、そこはかとなくバカにされてる感じが……。
「どこらへんが可愛い性格だなんて思ったの!?」
あ、素の口調で聞いちゃった。まあ、13歳の理奈っぽくしたってことで……。
「理奈さん、みんなの前でツンデレ娘やったでしょう? あの時から、お姉ちゃんは理奈さんにベタ惚れなのです。フフフ」
「………………………………………………………………」
やーーーーーめーーーーーてーーーーー!!!
一瞬であの人生最大の恥辱の時間を思い出し一瞬で耳まで真っ赤になる。耳まで赤くなってるのが自分で分かるって……あぅあぅあぅぅぅぅ!?
「か、可愛い。理奈さん、お耳まで真っ赤です。フフフ、ツンデレちゃん」
両手を頬に当ててウットリした顔するのやめてもらっていいですか! てか、杏が笑ったの初めて見たぞ! なんだよ、バカにしやがってこの野郎!
「あれは、ライナに無理やりヤらされたんりぇすぅ……」
噛んだ……。
「あれは、ライナに無理やりヤらされたんです……」
急いで言い直したわたしを、杏がウットリとした笑顔で見つめてくる……。
「ヤらされたんりぇすぅ、ツンデレちゃん可愛い……フフフ」
うわぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? やめて下さい、死んでしまいますぅぅぅ!!
「『あんたの為じゃないんだから、カン違いしないでよね』フフ、可愛かった。言い終わった後のドヤ顔が最高に……」
ドヤ顔なんかしてねーよ! バーカ、バーカ、バーカ、バーカ! 死んじゃえ!
「あれは『どう、ちょっと良くない?』とか思ってた顔ですね、間違いありません。それなのに、ああ、可哀そうな理奈さん。水を打ったような静けさとか、空気が凍るってのはああいうことを言うんですね。フフフ」
やめて、わたしのライフはもうマイナスですよ……。
「そうそう、ここはスマホ使えるんですよ?」
うぇおっ!? 冗談じゃねーぞ! あんなの録画されたら、もう一度死ぬまでバカにされ続ける運命決定じゃねーか! やんねーからな! 絶対やんねーからな!
「フフフ……」
「ゴメンなさい。本当ゴメンなさい。わたしが悪かったです。何でもしますから、もうその話はカンベンしてください。ホント、マジでカンベンしてください……」
ジャンピング土下座で杏に許しを乞う。
「本当に何でもしてくれるんですか?」
「はい、だから勘弁してください……」
「では、件のツンデレちゃんを……」
「うわぁぁあぁぁぁあぁぁっ!?」
ねえ、どうして人の心の傷口を両手で押し開いて、ハバネロ塗り込むような酷いことできるの……? いくら人でなしの魔法少女でも限度あるよね……。
「フフフ。理奈さん、泣かないでください。ヘンな性癖が目覚めそうです」
「ううっ……」
魔法少女研修は続くのであった――。
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