103話 事前偵察(レコン)
まだ明るい夕方の鏡界、横須賀・YS02ベース近くのビルの一室――。
帰りのHRが終わると、ミアのお茶のお誘いを断腸の思いで断り部屋へ戻ったわたしは、登録したばかりの横須賀・YS02ベースへ移動。
そこからセバスティアナの狙撃ポイントに指定されたビルへとやって来ていた。
ステラさんの言うところの『言い訳のための証拠』依頼の事前偵察のためだ。
ステラさんに『失敗しても責めたりしない』と言われているので気は楽だが、やるからには完遂して、2200万MGを手に入れたいところである!
2200万MGだよ?
こんなチャンスもうないかもしれないし、頑張るしかないでしょ!
「『魚たち』や情報部、外事部の連中が鏡界に監視要員を配置しているかと警戒してたけど、大丈夫みたいだね。周りには誰もいないから安心していいよ」
狙撃ポイントとなる部屋の中、偵察から戻ってきたステラさんが報告してくれる。
宅飲み会で『実際の狙撃ポイントで試射しようと思ってる』と話したら、『現場を監視されている可能性があるから、周囲の偵察をしてあげるよ!』と強引に同行を迫られ、依頼主でもあるステラさんの要望を断り切れず、一緒に来るハメになったのだ。
「ステラさん、ありがとうございます」
本当は事前偵察の話も出ていて、今度ヴェイルさんとクロウさんと3人で下見に来る予定だったのだが――。
「下見はいいけど、実験するつもりなら、リリナが単独狙撃で任務を達成しようとしていることを見抜かれて、ヴェイルとクロウの動きが変わる可能性がある。エリスに気づかれる恐れがあるから止めてね」
と、ステラさんに言われてしまったのだ。
アレを使うつもりだったので、確かにヴェイルさんやクロウさんに不審がられる可能性はあると思い、ステラさんと一緒に来たのだが……。
「なるほど、ここから狙撃するんだね。あのビルとビルの間だよね。これは本当に視界が悪いね。あの向こうに見えてる道に車が停まるんでしょ? 車が邪魔だし、本当に1~2秒しか見えなそうだね。ああ、狙撃って撃つ場所が決まっていれば、1秒でも充分なんだっけ?」
「ええ、まあ。ヴェイルさんは、車が停まった時点で狙うポイントは決まるので、ターゲットが来たら引き金を引くだけって言ってましたけどね。確かに当てるだけなら簡単なんですけど……」
「セバスティアナの全周囲防御魔法が破壊されていれば、それでいいけど、エリスは必ず失敗すからね。リリナは1発で全周囲防御魔法を破壊した上で、セバスティアナを撃破しなければならないって訳だ」
そう、実際に現場を見ても、当てるだけなら問題ないという意見は変わらない。
問題は1発で魔法騎士に匹敵する防御魔法を貫通した上で、セバスティアナを仕留めなければならないことだ。
2重バリアではない分、魔法騎士相手よりは幾分マシだろうが、それでも難易度は高い。
「そろそろ『暗影の偵察兵』を出して実験してみたら? そのつもりで来たんでしょ?」
「………………」
わたしの考えていたアレ――誰にも言ったことのない『暗影の偵察兵』のことを、やはりステラさんは知っていた。
まあ、そんな気はしていたけどね……。
どうせメタルチョーカーかマギリングに、魔法少女の情報やログを取得できるような細工でもしてあるのだろう。
最初に違和感を覚えたのは、ニナのスパイ行為の確認がやたらと早かったことだ。
1日も経たずに、ニナとエミリーが過去に接触していた事実を突き止めるなんて、いくら何でも早すぎる。
次に、この前の宅飲み会での『現界で情報交換をした形跡はなかった』という話。
スパイの容疑者は、わたしが知っているだけで6名。しかも疑わしい時期は第4次黒狼戦役まで遡る。
そんな状況で、どうして『現界で情報交換をした形跡がなかった』と言い切れるのか?
最後は、ズバリ今の『暗影の偵察兵』の話、これで確信した。
『暗影の偵察兵』を使ったのは1回だけで、誰にも話していないのだ。
つまり、『千桜』……か内務部は、何らかの手段によって魔法少女達の詳細な行動記録が残されており、それをステラさんが閲覧したとしか思えない。
全部ステラさんの言動からの推測だ。
内務部の職務に慣れ過ぎて、ステラさんのガードが緩くなっていたのか……もしかしたら、ステラさんが仕掛けた、わたしへの試験かもしれない。
気づくか、気づかないか、わたしの『フォーサイト』の力を試していた――そんな可能性もある。
「そうですね。じゃあ『暗影の偵察兵』出しますね……」
ステラさんの試験に合格して面倒くさいことに巻き込まれるのも御免なので、『なぜ知っているのか』という疑問は口にせず、ステラさんとの会話を続ける。
「あ、そうだ。リリナは現界であんまり魔法使ったことないでしょ。リリナの『フォーサイト』や身体強化魔法みたいな内向きの魔法には影響ないけど、それ以外の魔法を使う時は少し勝手が違うから、一応、注意点だけ教えておくね――」
ステラさんの話だと、マナ濃度の関係で現界では魔法が発動しにくいらしい。
「――つまり、現界で発動ワードだけで魔法を使おうとすると、失敗する可能性があるんだ。だから、確実に魔法を発動したいなら、呪文全部を詠唱して発動した方がいいよ」
魔法は慣れてくると呪文の詠唱をせずに、発動ワードだけで使うことができるようになる。
例えば、わたしの地獄の殺戮者を召喚する呪文は――
『我が永遠なる魂の盟友『地獄の殺戮者』よ、殺戮の時きたれり。地獄の底より我が元へ来たれ。『地獄の殺戮者』召喚!』
――と長いのだが、ある程度慣れてくると――
『『地獄の殺戮者』召喚!』
――だけで召喚できるようになるのだ。
だが、ステラさんの話だと、現界では魔法を発動ワードだけで使おうとすると、失敗することが結構あるとのこと。
もちろん現界でも『慣れ』てくれば発動ワードだけで魔法を発動できるようだが、その『慣れ』に必要なハードルが鏡界より格段に高いらしい。
魔法具の召喚魔法なら失敗しても魔力を消費するだけだが、戦闘中に攻撃魔法の発動に失敗することになればシャレにならないだろう。
「リリナは『暗影の偵察兵』の召喚に、まだ慣れていないでしょ。現界で召喚する時は、しっかり呪文を詠唱した方がいいね」
発動ワードだけで召喚できるかどうかは、フィーリング(『イケそう』とか)で何となく判断できるのだが、一応、注意だけはしておいた方がいいだろう。
「そうなんですね。気をつけます」
現界で『暗影の偵察兵』を召喚する時は、ちゃんと詠唱しよう……などと思っていると、ステラさんに通信が入ったようだ。
「あ、呼んでいた助っ人が着いたみたい。ちょっと待ってね――」
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『ステラ、リリナ、コッチはOKだよ。『セバスちゃん』の配置は終わったから、始める時は言ってくれ』
パーティー通信で話しているのは、ステラさんが連れてきた魔法少女・エヴァさんだ。
エヴァさんは外事部長のAAAランク魔法少女で、ステラさんの同期らしく、スパイ情報を共有する時に、この事前偵察に協力してくれるようにお願いしていたらしい。
初対面の時は、さすがAAAランク魔法少女という強烈なプレッシャーにビビったのだが、話してみると普通に気の良いねーちゃんという感じ。
今は標的人形や、実際の射撃の時に障害物となる車の設置などを1人でこなしてくれている。
ちなみに『セバスちゃん』というのは、射撃実験の時に使ったセバスティアナを模した、新型結界発生器付きのターゲット――そう、3分も経たずに『マナ結晶』130ユニットを消費する標的人形の妹ちゃん(?)の名前らしい。
スコープの向こうでは、狙撃状況を模して配置された自動車を背にし、黒に銀のグラデーションが入った髪に、黒地に銀の装飾が入ったスーツ風衣装のエヴァさんが、こっちに向かって手を振っている。
「ありがと、エヴァ。ちょっと待ってね……リリナ、準備はどう?」
わたしの作戦はこうだ。
『フォーサイト』は『暗影の偵察兵』の視界を通じても収束する。
つまり、ターゲットがわたしの視界に入っていなくても、『暗影の偵察兵』の視界にさえ入っていれば、『フォーサイト』の収束が始まるのだ。
隣室からはターゲットが車に乗る位置は見えないが、角度の違いからわたしの位置より奥まで見える。これを利用して隣室に『暗影の偵察兵』を配置し、『フォーサイト』が収束するまでの時間を1秒でも長く確保しようというワケである。
800m以上の長距離射撃だと照準時間が1秒増えたくらいでは厳しいかもしれないが、今回は150m。完全に視界外の時点から『フォーサイト』を発動し、照準時間が1秒増えれば、何とか収束が間に合うと思っている。
すでに隣室へ『暗影の偵察兵』の配置は完了している。
今、わたしの視界の中央にはビルの隙間の向こうにエヴァさんと自動車。
視界の右側・アルファの視界にはエヴァさんの左後ろ、そして左側・ブラボーの視界にはエヴァさんの右後ろ側の壁が映っている状況だ。
「あの、エヴァさん、本当に撃っちゃっていいんですか? 多分『セバスちゃん』、壊れちゃうと思いますよ?」
実際に射撃して全周囲防御魔法を抜けるかどうか実験したいのは山々ではあるが……本当なら1人で『フォーサイト』のタイミングを図るだけの予定だったので、わざわざ手伝ってくれたエヴァさんの『セバスちゃん』を破壊してしまうのは気が引ける。
『いいの、いいの。こういうのは使う時に使わないと、倉庫の肥やしになるだけだから。それに、ちゃんと使わないと次の制作予算が降りなくなっちゃうからね』
外事部の予算て、使わないと縮小される、お役所の年度予算みたいなものなのかな?
そう言えば、ルビーさんが興味を示していた射撃実験の時のターゲットって外事部製だったよな。エヴァさんが造ったのかな?
「エヴァがいいって言ってるんだから、遠慮しないで撃っちゃいなよ!」
『『セバスちゃん』を破壊できれば、セバスティアナの狙撃も成功するってことだから、ババーンと派手にぶっ壊しちゃって!』
「ありがとうございます、エヴァさん。お言葉に甘えさせていただきます」
わたしは伏射姿勢で弾倉を確認してから地獄の殺戮者を構え直し、スコープを覗き込む。
「エヴァさん、こちらは準備OKです。後、魔法少女なら大丈夫だとは思いますけど、衝撃があると思うので、距離は十分に取ってくださいね」
エヴァさんはわたしの忠告通り距離を取ってくれたようで、スコープのフレームから外れてくれている。
わたしは『フォーサイト』を発動。
『フォーサイト』はターゲットが見えなくても発動できるが、その分、多量の魔力を消費する。長時間続ければ魔力切れになるが、今回は数秒だけなので思い切って全力を注ぎ込む――ジリジリと魔力が消費されていく感覚。
同時に、視界に入っていないターゲットの結界発生装置の存在を感じ取った。
『じゃあ行くねー!』
視界には入っていないが、エヴァさんの声と共に台車の上に据え付けられた『セバスちゃん』が移動を開始するのが『フォーサイト』の感覚で分かる。
わたしの視界の左側に表示されているブラボーの視界に『セバスちゃん』が入り、『フォーサイト』が収束を開始する――わたしの視界ではまだ捉えていないが、『フォーサイト』の導きに従い照準を微調整――1秒経過。
すぐに、本来のわたしの視界の中央に『セバスちゃん』が入ってくる……。
時間の流れがゆっくりに感じる中、『フォーサイト』が『セバスちゃん』の頭部へと収束していく――2秒経過。
よしっ!!
魔力の消費は思っていたよりかなり多いが、『セバスちゃん』の頭部へと『フォーサイト』の収束が完了――3秒経過。
わたしは地獄の殺戮者の引き金を――絞る!
ガァァァァァーーーーーーン!
『セバスちゃん』の頭部が消し飛ぶ!
『フォーサイト』の収束まで3秒と少しといったところか……見事、結界発生装置ごと『セバスちゃん』を撃破することに成功!
周囲に細かな破片が飛び散るが、結界発生装置の影響だろうか、『セバスちゃん』の後方のビルも自動車も無事である。
「おおーー! 凄い!」
『リリナ、『セバスちゃん』の頭部は完全に消失したよ! これなら1発で防御魔法を抜いてセバスティアナを撃破できる!』
排莢、装填……身体が勝手に癖になっているいつもの動作を行う。
これが本番での成功を保証するものではないが、とりあえず事前偵察は、エヴァさんとステラさんの協力で、大成功をおさめ、後は実行の日を待つだけとなったのである――。
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夕方、現界、新宿、某高級ホテル、上層階の一室――。
狙撃地点の痕跡を消すためのお掃除と、『セバスちゃん』の残骸の回収を終えたわたし達は、エヴァさんの提案でお食事会をすることになった。
「ステラは知ってると思うけど、ココは知り合いが所有してるホテルで、予約してあるから安心して大丈夫だよ」
わたし達がやってきた……というか、鏡界から帰界で入り込んだのは、息をのむほど豪華なホテルの一室。
シックなインテリアで統一された室内の大きなガラス窓からは、夕闇に染まる新宿の高層ビル群が一望でき、重厚な防音構造と洗練されたラグジュアリー感が極上のプライベート空間を醸し出している。
こういう所にまったく縁がなかったのでよく分からないが、多分スイートルームというやつだろう。
「もうすぐルームサービスが来るから、ちょっと待ってねー」
エヴァさんが人の良さそうな笑顔を浮かべる。
「あの、変身体しなくて大丈夫ですかね? 」
鏡界から帰界で来たので、当然、全員魔法少女姿である。
ルームサービスが来るなら、魔法少女姿はマズくないか?
「大丈夫だよ。ルームサービスは食事を部屋まで持ってきてもらうだけで、配膳はボク達でやるからね。それくらいはいいでしょ?」
それなら、問題ないか……。
まあ、ステラさんとエヴァさんは、『千桜』の指導者である12名いるAAAランク魔法少女のうちの2人――つまり『千桜』の超重要魔法少女だ。
現界での暗殺とかも日常茶飯事っぽい魔法少女界隈。不用意に無力な変身体を他人に晒すのは危険なのだろう。
ステラさんとエヴァさんは、かなり仲が良いみたいだし、AAAランクの魔法少女達は現界でも接触してるのかな?
「そう言えば、エヴァさんって外事部のトップなんですから、エリスの件を知っていたなら、ヴェイルさんと情報共有していれば……」
「タイミングが悪かったんだよ。ステラがエリス達4ユニットを特定した時には、もうヴェイル達がエリスに狙撃任務を依頼していたんだ。
今さら情報部と外事部の現場に情報を降ろして、エリス達を逃がすリスクは取れない。
それで、セバスティアナの狙撃に失敗しても、情報部も外事部も納得させられる、内務部が狙撃任務に協力していたという『言い訳のための証拠』依頼をリリナにしたってワケさ。
さっきの射撃を見ると、セバスティアナの狙撃も上手くいきそうだから、何も問題ないよ」
「いや、まだ成功したわけでは、ありませんので……」
「大丈夫、私のリリナなら絶対成功するって、ね☆」
なぜそこでウインクする!? そして、わたしはステラさんのじゃない!
さらに言わせてもらうと、心の弱いわたしにプレッシャーかけるのやめて欲しい……お願いだから……。
「努力はしますけど、狙撃が失敗する可能性はあるんですからね」
「ステラから聞いてると思うけど、失敗しても、それはそれでかまわないよ。新造魔法少女の増産計画も上手くいっているしね。リリナは気楽にやってくれればいいからね」
「まあ、私のリリナが失敗するとは思えないけどね☆」
「はあ……」
などと3人で話しているうちに、ルームサービスが到着したのであった――。
お食事会と三宅剛造氏との遭逢 へ続く!
※連休なので連続投稿!
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