第6話 第三セーフポイント・美羽という謎
四人で第三セーフポイントに着いた時、太陽が傾いていた。
到達者数が壁に表示されていた。
【現在到達者数:六十一名】
二百人が、六十一人になっていた。
聖夜はその数字を見て、何も言わなかった。
ユリアも、桐島も、美羽も、何も言わなかった。
言えることが、もうなかった。
◆
セーフポイントの中は、静かだった。
最初のセーフエリアとは違う。あの時は恐慌と混乱があった。今は違う。
生き残った六十一人は、それぞれに疲れ果てて、壁に寄りかかったり、床に座ったり、ただ存在していた。
笑っている者はいなかった。
でも、泣いている者もほとんどいなかった。
三日間で、泣くことも贅沢になったのかもしれない。
桐島が壁際に座って、腕の変色を確認していた。
ユリアがその隣に座り、処置の確認をしている。
美羽は少し離れた場所に一人で座っていた。
膝を抱えて、床を見ている。聖夜たちの輪に入っていない。
聖夜は美羽の隣に行って、壁に背を預けた。
「……食えるか」
配給の乾燥食料を差し出した。
美羽が顔を上げた。眼鏡の奥の目が、少し警戒している。
「……いただきます」
受け取って、噛んだ。
表情は変わらない。丁寧語で、感情が見えない。
「一人でいたのは、誰かを信用できなかったからか」
聖夜が聞くと、美羽は少し黙った。
「……スキルのせいです」
「スキル?」
「わたくしのスキルは、指揮系の魔法です。命令を受けると、指揮範囲の味方を強化できます。でも、その……副作用があって」
彼女は言いかけて、止めた。
「言いにくければいい」
「……いえ」
美羽が眼鏡を押し上げた。
「命令を受けると、人格が変わります。わたくしには制御できない。それが、誰かと行動するのを避けていた理由です」
「人格が変わる、というのは」
「……説明が難しいです。わたくし自身は、その状態の記憶が断片的にしかなくて」
彼女はそこで口を閉じた。
これ以上は言えない、という顔だった。
「……わかった。聞かない」
「……申し訳ありません」
「謝るな。お前の事情はお前のものだ」
美羽が、少し目を伏せた。
眼鏡の奥で、アメジストの瞳が揺れた。
「……あなたは、変わった人ですね」
「そうか」
「普通は、スキルの詳細を聞き出そうとします。戦力として使えるかどうかを判断するために」
「俺は別に戦力が欲しいわけじゃない」
「……では、なぜ声をかけたんですか」
聖夜は少し考えた。
「廃墟の影で一人でいるやつを、見て通り過ぎるのが嫌だった。それだけだ」
美羽は答えなかった。
ただ、膝を抱えた手の力が、少しだけ緩んだように見えた。
◆
夜になった。
聖夜はセーフポイントの隅で、LVRの数字を見ていた。
【LVR:41】
美羽と合流してから少し動いた。でも焼け石に水だ。
ユリアとの契約で今は保っているが、減衰は止まらない。
一時間で10減る。
次のエリアに何が待っているかわからない。
(……この先、何話になる)
ゲームを俯瞰しようとして、やめた。
俯瞰できる立場じゃない。今を生き延びることしかできない。
「眠れないんですか」
美羽が声をかけてきた。
少し離れて座ったままだったが、聖夜の方を見ていた。
「お前こそ」
「……わたくしは、あまり眠れないのが普通です。考えすぎてしまうので」
「何を考える」
「……ここに来た理由とか、帰れるかどうかとか」
「帰れる。クリアすれば帰れる」
「……本当に、そう思いますか」
聖夜は少し黙った。
「……思いたい」
「正直なんですね」
「嘘ついても意味がない」
美羽が少し、表情を緩めた。
笑顔ではない。でも、固かった何かが少し溶けたような顔だった。
「……わたくし、勉強は得意です。成績はトップです。でもこういう場所では、何も役に立てなくて」
「感知スキルの子も、最初は同じことを言ってた」
「……あの、桐島さんですか」
「感知で、今日ボスを無傷で倒した。役に立てないスキルなんてない」
美羽は黙った。
「……あなた、リーダー向きですね」
「違う。ただ見捨てるのが嫌なだけだ」
「それがリーダーだと思いますが」
◆
深夜、ユリアが聖夜の隣に来た。
「……LVRが落ちています」
「見てる」
「明日、審判フェイズに入ります。第一層のクリア条件が提示されます」
「聞いてるか」
「……情報として。詳細は不明です」
聖夜はユリアを見た。
薄暗い中で、銀白の髪が光っている。
「……怖いか」
「はい」
「どんな条件が来るか、わからないから?」
「……それもあります。でも」
ユリアが少し間を置いた。
「あなたがどんな選択をするかが、わかりません。それが怖いです」
「俺が変な選択をするとでも」
「変ではなく……あなたは、自分を後回しにします。いつも。それが、怖いです」
聖夜は何も言えなかった。
「……俺は、ちゃんと生き残ろうとしてる」
「わかっています。でも、誰かが危険になった瞬間に、あなたの体が先に動きます。桐島さんの時がそうでした。今日の腐食の森でも、私が核に向かった瞬間、あなたは別の方向に注意を向けていた。囮を出す前から、何かあった時のことを考えていた」
「……それの何が怖い」
「あなたが誰かのために死んでしまうことが、怖いです」
静かな声だった。
感傷ではなく、事実として言っていた。
聖夜は少し黙って、それからユリアの手に触れた。
「……死なない」
「根拠は」
「お前がいるから」
ユリアが、短い沈黙を置いた。
それから、握り返した。
【LVR:41 → 43】
わずかだが、上がった。
感情が本物だったから。
◆
夜明け前、美羽が聖夜に近づいてきた。
聖夜はまだ起きていた。ユリアは目を閉じている。桐島は眠っている。
「……少し、聞いてもいいですか」
「何を」
美羽が膝をついて、聖夜の横に座った。声を低くしている。他の人に聞かれたくないらしい。
「わたくしの人格のこと、さっき話しました」
「ああ」
「……正確に言うと、三つあります。今のわたくし、それから会長モードと、もう一つ」
「もう一つ」
「……言いにくいんですが」
美羽が眼鏡を外した。金縁のフレームを手に持って、少し俯いた。
「命令を強く受けると、わたくしじゃない何かになります。その状態の時、わたくしは……あなたに向かっていくかもしれません。その時は、無視していただいて構いません」
「無視はできない」
「でも、あれはわたくしじゃないので」
「お前の体だろ」
美羽が、少し顔を上げた。
「……あなた、本当に変わっていますね」
「三回目だぞ、その台詞」
「……そうですね。でも本当に変わっているので」
聖夜は壁を見た。
「お前がどんな状態になっても、俺は無視しない。ただ、俺に向かってくる理由が「命令されたから」だけなら、それには応じない。本物の感情からなら、話は別だ」
美羽は長い間黙っていた。
「……どうしてそこまで」
「わからん。でも、それが俺のやり方だ」
美羽が眼鏡をかけ直した。
アメジストの瞳が、聖夜を真っ直ぐ見た。
「……わかりました。覚えておきます」
◆
朝になった。
機械音声が告げた。
『本日より審判フェイズに移行します。第一層生存者は全員、指定エリアに集合してください。移動しない場合、強制転送となります』
セーフポイントの空気が変わった。
六十一人が、一斉に顔を上げた。
「……審判フェイズ」
桐島が呟いた。声が硬い。
「来た」
聖夜は立ち上がった。
ユリアがすでに立っていた。美羽も立った。桐島が最後に立ち上がった。
「……行きましょう」
ユリアが言った。
四人で扉の外に出た。
霧の向こうに、新しい光が見えた。指定エリアの方向だ。
――どこか遠い場所で、何かが静かに見ていた。
◆◆◆
【4日目 朝】
【HP:74/100】【LVR:40】
【審判フェイズ開始】【生存者:61名】
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