第51話 着いた場所と、銀白の髪
光が、消えた。
一瞬だった。
白い光が全部消えて、次の瞬間には別の場所に立っていた。
足元に感触があった。草だった。地面に草が生えていた。踏んだ瞬間、湿った土の匂いがした。現実の土の匂いに似ていたが、少し違った。もっと濃い。空気に密度がある。
聖夜は立っていた。
一人で立っていた。
周囲を見た。
広い場所だった。草原に近い地形で、遠くに山が見えた。山の形が、日本のどこでも見たことがない形をしていた。尖り方が急すぎる。天然の山ではないような、作られたような形だった。
空が、青かった。
現実の青より少し深い青だった。雲が流れていた。風があった。草が揺れた。
音があった。
風の音。草が揺れる音。遠くで鳥のような生き物が鳴く音。全部が、現実に近い音だった。でも、現実ではなかった。
「……着いた」と聖夜は言った。
声が、草原に吸い込まれた。
誰もいなかった。
◆
少し待った。
転送が分散したのかもしれない、と思った。全員が同じ場所に着いているかどうかわからない。設計の外への転送だとヴェルナが言った。誤差が出る可能性はある。
草の上に立ったまま、周囲を見回した。
草原は広かった。端が見えない。遠くに山があって、その向こうに何かあるのかもしれないが、今の位置からは見えない。空は晴れていて、光は温かかった。現実の秋の晴れた日に似ていた。
一分ほど待った。
「……一人か」と聖夜は言った。
声に出してみたが、答えは返らなかった。
草が揺れた。
風が来た方向を見た。
草の中に、何かが動いた。
人だった。
草の中から立ち上がった。転送の衝撃で倒れていたのか、あるいは草が深くて見えなかったのか、膝をついた状態から立ち上がった。
銀白の髪が、風に揺れた。
ユリアだった。
目が合った。
十メートルほどの距離で、草原の中で、目が合った。
ユリアの氷色の瞳が、聖夜を見ていた。逸らさなかった。いつも通りの、感情を外に出さない目だった。でも、今は違う何かが混ざっていた。
「……聖夜」とユリアが呼んだ。
「ああ」と聖夜は答えた。
「着きました」
「ああ」
「ここは」
「世界Bだ」
ユリアが少し周囲を見た。山の形を見た。空の色を見た。草の質感を確認するように足元を見た。それから、また聖夜を見た。
「……知っている場所かもしれません」
「そうか」
「でも、今は確認できません。後で話します」
「わかった」
ユリアが聖夜の方に向かって歩いてきた。
草を踏みながら、まっすぐに来た。
五メートル、三メートル、一メートル。
聖夜の隣に立った。
「隣にいていいですか」とユリアは言った。光の中で言ったのと同じ言葉だった。
「ずっといろ」と聖夜は言った。光の中で言ったのと同じ言葉だった。
ユリアが少し頷いた。
それだけだった。
◆
草の中から、声が来た。
「いたー!」
ここなだった。
少し遠い場所から、珊瑚色の髪が草の上に見えた。走ってくる足音がした。草を踏む音が近づいてきた。
ここなが来た。
「聖夜、いた! ユリアも!」
「ここな」
「よかった、同じ場所だった。あーし一人で着いたら、ちょっとだけ泣きそうだった」
「泣いたか」
「泣いてない。泣きそうだっただけ」
「そうか」
ここなが周囲を見た。
「……広いね」
「ああ」
「空、きれい」
「そうだな」
ここなが深呼吸した。草の匂いと、風の匂いを吸い込んだ。
「……ここ、現実じゃないけど、現実っぽい」
「そうだな」
「悪くない」とここなは言った。「あーし、悪くないと思う」
◆
美羽が来た。
走ってはいなかった。でも、足取りが速かった。草の中から現れて、全員の顔を確認して、少し息を吐いた。
「……全員いますか」
「まだ三人だ」と聖夜は言った。
「ラヴィニアさんとイリヤーナさんは」
「まだ来ていない」
美羽が周囲を見た。草原の遠い方向に目を向けた。
「……いました」
指を差した方向に、二つの人影があった。
ラヴィニアとイリヤーナだった。二人は別々の場所に着いたらしく、少し離れた場所から互いに気づいて、こちらに向かって歩いてきた。
ラヴィニアが来た。
「……全員いるわね」
「ほぼ全員だ」と聖夜は言った。
「ほぼ?」
「ヴェルナがまだ来ていない」
ラヴィニアが少し周囲を見た。
「……来ると思う?」
「来ると言った」
「そうね」
イリヤーナが来た。
聖夜を見て、少し表情が緩んだ。
「……いました」
「ああ」
「よかったです」
「ああ」
「……隣に来ていいですか」
聖夜はユリアを見た。
ユリアが少し聖夜の方に向いたが、何も言わなかった。
「来い」と聖夜は言った。
イリヤーナが聖夜の左側に来た。ユリアが右側にいた。
六人が草原に立っていた。
◆
草の中から、また何かが動いた。
今度は人型ではなかった。光だった。
黒い光だった。
黒い光が草の上を走って、全員の前で止まった。光が収束して、人型を取った。
輪郭だけの人型。顔のない、黒いシルエット。
「……ヴェルナ」と聖夜が言った。
シルエットが揺れた。
『……着いた』
「遅かった」
『設計の外への転送は、私には計算が難しかった。誤差が出た』
「全員揃った」
ヴェルナが周囲を見た。
六人の顔を、一人ずつ確認するように見た。
『……全員いる』
「ああ」
ヴェルナが少し止まった。
「ヴェルナ」とここなが呼んだ。
『何だ』
「靄で読んでいい?」
少し間があった。
『……読んでいい』
ここなが靄を出した。
触れた。
すぐに戻ってきた。
「……安心してる」とここなは言った。「ヴェルナ、安心してる」
ヴェルナが揺れた。
『……そうかもしれない』
「設計の外に来て、安心してるって面白いね」
『……設計の外だから、安心なのかもしれない。設計の中にいる時は、全部が自分の責任だった。ここは、違う』
「責任を降ろせた、ということか」とユリアが言った。
『……降ろしたわけではない。でも、共有できる』
「それが安心の理由ですね」
『……そうかもしれない』
六人が揃った。
草原に、六人と一つのシルエットが立っていた。
風が来た。
全員の髪が、それぞれの方向に揺れた。
ユリアの銀白が、ここなの珊瑚色が、ラヴィニアのワインレッドが、美羽の黒が、イリヤーナの漆黒とワインレッドが、風に揺れた。
聖夜は空を見た。
青い空だった。
現実より深い青だった。雲が流れていた。速くも遅くもない速度で、空を横切っていた。
「……ここはどこだ」と聖夜は言った。
誰かが答える前に、ユリアが静かに言った。
「……確認してから、話します。でも、たぶん」
「たぶん、何だ」
「……うちが知っている場所だと思います」
それ以上は言わなかった。
聖夜も、続きを促さなかった。
【世界B:浮遊島 着地確認】
【全員生存確認】
【LVR:全プレイヤー 保持】
【次の目的地:未確定】
――何かが、静かに見ていた。それが誰なのかは、もうすぐわかる。
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