表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
49/54

第48話 存在を賭けた戦いと、初めて動いた手

 ボス部屋は、白かった。


 


 壁も、床も、天井も、全部が白だった。光源が見当たらないのに、全体が均一に明るかった。第五層の他の場所とは違う、完全な白さだった。何も映らない。影すら落ちない。


 


「……何もない」とここなが言った。


 


「いる」とユリアが言った。「気配があります」


 


「どこに」


 


「中央です」


 


 部屋の中央に、何かが立っていた。


 


 白い部屋の中で、白いものが立っていた。だから最初は見えなかった。近づくにつれて、輪郭が見えてきた。


 


 人型だった。


 


 全身が白く、顔がなかった。目も鼻も口もない、ただの白い人型だった。でも、立っていた。立って、こちらを向いていた。


 


「……顔がない」とここなが言った。


 


「証明していない存在の形だ」とヴェルナが言った。初めて、自分から説明した。


 


「どういう意味だ」とユリアが訊いた。


 


「第五層のボスは、存在を証明できなかったものの集積だ。このゲームで消えていったプレイヤーたちの、証明されなかった部分が集まっている。顔がないのは、名前も形も持てなかったからだ」


 


「……消えていった人たちの、か」とここなが言った。声が低くなった。


 


「そうだ」


 


「……サトミさんの分も」


 


 ヴェルナが少し止まった。


 


「……サトミというプレイヤーは、最後に証明した。あの子の分は、ここには薄い」


 


 ここなが少し息を吐いた。


 


「……そうか」


 


「薄い、ということは、ゼロじゃないか」


 


「……ゼロじゃない。でも、他のプレイヤーよりは少ない」


 


「わかった」とここなは言った。「じゃあ、うちが戦う理由がある」


 


 ◆


 


 ボスが動いた。


 


 音がなかった。足音も、気配も、何もなかった。ただ、白い人型が、次の瞬間には別の位置にいた。


 


「……速い」とラヴィニアが言った。


 


「位置を読め」とユリアが言った。「移動する前に、わずかに空気が歪む。その歪みが移動先の予告になっています」


 


「そんな細かいもの、見えるか」


 


「慣れれば見えます。見てください」


 


 ボスが動いた。


 


 ユリアが言った通り、直前に空気が揺れた。揺れた方向に向かって、ボスが移動した。


 


「……見えた」とラヴィニアが言った。


 


「歌で全員に共有できますか」とユリアが訊いた。


 


「やってみる」


 


 ラヴィニアが歌い始めた。今回の旋律は、第四層の時とは違った。方向を伝える音だった。歌の中に、位置情報が乗っていた。


 


「……なにこれ」とここなが言った。「歌聴いてたら、ボスの位置がわかる」


 


「そういう使い方があった」とラヴィニアは歌いながら言った。「今日初めて試した」


 


「プロだ」


 


「当然よ」


 


 ◆


 


 ボスの攻撃が来た。


 


 白い腕が伸びた。腕の長さが、体の大きさに対して不自然に長かった。三メートルほど伸びて、聖夜に向かってきた。


 


「右」とラヴィニアが歌の中で言った。


 


 聖夜が右に跳んだ。腕がかすった。


 


 【HP:聖夜 100→89】


 


 かすっただけで十一削れた。直撃すれば即死に近い。


 


「……強い」と聖夜は言った。


 


「存在証明を賭けた戦いだから、強くて当然です」とユリアが言った。


 


「存在証明を賭けた、とはどういう意味だ」


 


「このボスは、証明されなかった存在の集積です。私たちが証明した存在として勝てば、証明の価値が確定する。負ければ、私たちの証明も崩れる可能性があります」


 


「……負けたら証明が消えるのか」


 


「そう設計されています」とヴェルナが言った。「否定はしない」


 


「正直だな」


 


「あなたたちに嘘をつく理由がない」


 


 ◆


 


 ここなが靄を出した。


 


 《靄継》だった。水色と透明の白が混ざった靄が広がった。ボスに向かって触れた。


 


 ここなの表情が変わった。


 


「……何かが混ざってる」


 


「何が」とユリアが訊いた。


 


「……消えていったプレイヤーたちの、証明されなかった感情が。でも、感情の質は……悪くない。恐怖じゃなくて、未完成なだけ。終われなかっただけ」


 


「届けられるか」とユリアが訊いた。


 


「……試す」


 


 ここなが靄を変えた。


 


 送る方向で使った。《靄継》の、本来の使い方だった。靄の中に混ざっていた未完成の感情を、受け取って、届ける。どこに届けるかを、ここなは少し考えた。


 


「……このボスに届ける。未完成だったものを、ここで完成させる」


 


 靄がボスに向かった。


 


 触れた瞬間、ボスの動きが止まった。


 


 白い体の中から、何かが揺れた。波紋のように、内側から何かが広がった。顔がなかった白い表面に、何かが浮かびかけた。形になりかけて、また消えた。


 


「……届いた」とここなが言った。「でも、まだ足りない」


 


「どうすれば足りる」


 


「うちだけじゃ足りない。みんなの感情が要る。みんながここで証明した感情を、全部束ねて届ける」


 


「やれるか」


 


「さっきより量が多い。でも……サトミさんの時に一回やってる。やれる」


 


「全員、聞いたか」と聖夜が全員に向かって言った。


 


「聞いた」とラヴィニアが歌を止めずに答えた。


 


「了解です」と美羽が答えた。


 


「うん」とイリヤーナが言った。


 


「わかりました」とユリアが言った。


 


「ヴェルナ」と聖夜は呼んだ。


 


 ヴェルナが止まった。


 


「お前も持っているはずだ。感情を」


 


『……私の感情が使えるかどうか、わからない』


 


「試してくれ」


 


 ヴェルナが少し動いた。


 


 今まで戦闘に介入したことは一度もなかった。このゲームを通じて、ヴェルナは観察するだけだった。でも今、ヴェルナが前に出た。


 


 ここなの靄が広がった。


 


 全員の感情が、靄に溶けていった。ユリアの感情。美羽の感情。ラヴィニアの感情。イリヤーナの感情。聖夜の感情。


 


 そして、ヴェルナの感情が溶けた。


 


 ここなが少し驚いた顔をした。


 


「……ヴェルナの感情、本物だった。量も、ちゃんとあった」


 


「そうか」と聖夜は言った。


 


「うん。羨ましかった、って言ってたの、本当だった。温度があった」


 


 ヴェルナが何も言わなかった。


 


 でも、揺れていた。


 


 ◆


 


 ここなが靄を全力で送った。


 


 七人分の感情が束になって、ボスに向かった。


 


 ボスの体が、内側から光り始めた。


 


 白い体の中に、色が生まれた。一つではなく、複数の色だった。誰かの赤、誰かの青、誰かの橙、誰かの白、誰かの黒、誰かのピンク。それが全部混ざって、白い体の中で渦を巻いた。


 


 顔が、浮かんだ。


 


 一つではなかった。複数の顔が、ボスの表面に浮かんでは消えた。名前も形も持てなかった人たちの顔が、一瞬だけ現れた。


 


「……みんな、いた」とここなが言った。声が、かすれていた。


 


 ボスの体が、割れた。


 


 光が散った。白い体が砕けて、色の欠片になった。欠片が天井に向かって上がっていった。消えていった。


 


 静かになった。


 


 【存在証明のボス:討伐完了】


 


 部屋が変わった。


 


 白かった壁が、橙色になった。窓が現れた。外の空が見えた。空は青かった。


 


「……外が見える」とここなが言った。


 


「第五層の空だ」とユリアが言った。


 


「きれい」


 


「そうですね」


 


 ここなが座り込んだ。両手が、また白くなっていた。肩まで白くなっていた。


 


「ここな」と聖夜が来た。


 


「……大丈夫。でも、少し待って」


 


「待つ」


 


「……うちね」とここなは言った。声が、静かだった。「みんなの感情を束ねた時、サトミさんの分もあった。ヴェルナの感情に混ざって、サトミさんの靄が動いた。届いたと思う」


 


「そうか」


 


「……うちのスキル、最初は読むだけだった。でも今は、届けられる。サトミさんが残してくれたから」


 


「ああ」


 


「……よかった」とここなは言った。「うちが届ける人間になれた」


 


 聖夜は何も言わなかった。


 


 言わなくていい場面だった。


 


 【HP:聖夜 89、ユリア 91、美羽 95、ここな 72、ラヴィニア 88、イリヤーナ 86】


 【LVR:聖夜 175、ユリア 112、美羽 97、ここな 124、ラヴィニア 104、イリヤーナ 130】


 【第五層ボス:討伐完了】


 【ヴェルナ:初めて戦闘に介入 記録】


 【ここな:《靄継》完全発動 確認】


 


 ――その音を、遠い場所の何かが聞き届けた。




少しでも続きが気になったら、ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ