第47話 帰ってからのこと
ヴェルナが「先に進める」と言ったのは、名前を言った翌朝だった。
部屋の奥に、また扉があった。今度は金属製だった。木造の廊下から、また素材が変わった。金属の扉は重そうで、表面に何かが刻まれていた。
「……文字がある」とここなが言った。
「読めますか」とユリアが訊いた。
「……『最後の証明』と書いてある」
「最後の証明か」と聖夜は言った。
ヴェルナが答えた。
『その扉の先に、ボスがいる。でも、扉を開ける前に、一つだけ必要なことがある』
「何だ」
『帰ってから何をするかを、全員で言う。ここまでの証明は全部、自分についてのことだった。でも最後は、帰った後のことを言わなければならない。帰ることが本物だという証明だ』
「帰れると思っているかどうか、ということか」
『帰れると思っていなければ、帰った後のことは言えない。だから、これが最後の証明だ』
全員が顔を見合わせた。
「……帰れると思っているか」とここなが小声で言った。「ずっとそれが怖かった。帰れると思って、帰れなかったら」
「帰れなかった時のことを考えながら言う言葉は、本物じゃない」とラヴィニアが言った。「帰れると信じて言う言葉だけが証明になる」
「それが難しいんだけど」
「難しくて当然よ。最後の証明だから」
聖夜は金属の扉を見た。
「一人ずつ言う。順番は自由だ」
◆
最初に口を開いたのは、美羽だった。
「帰ったら、妹に会いに行きます。会って、ただいまと言います。それだけです。最初にやることは、それだけです」
声が揺れなかった。会長モードでも現実人格でもない、芯だけが残った声だった。
扉の表面が、わずかに光った。
ラヴィニアが続いた。
「帰ったら、ライブをする。客席を埋めるとか、評価されるとか関係なく、まず歌う。あの初めて歌った場所に戻って、もう一度歌う。それが最初にやること」
扉の光が少し強くなった。
ここなが少し息を吸った。
「帰ったら……友達に連絡する。言いかけて止めた言葉を言う。友達だよ、って。それと……サトミさんのことを、誰かに話したい。名前を出せる相手がいるかわからないけど、うちの中で終わらせたくない。うちのスキルに残ってるから、何か形にしたい」
扉の光がまた増した。
イリヤーナが前に出た。
「帰ったら……聖夜さんを探します」
全員がイリヤーナを見た。
「……現実では、まだ会ったことがないので。このゲームの外で、どこにいるかわからない。でも、探します。見つけて、もう一度、聖夜さんだけが理由ですと言います。今度は現実で」
扉の光が、また上がった。
イリヤーナが少し恥ずかしそうに「……変ですか」と言った。
「変じゃない」とここなが言った。「一番イリヤーナらしい」
「そうですか」
「そうだよ」
ユリアが前に出た。
「帰ったら……自分が何を望むかを探します。このゲームで、聖夜のそばにいることが私の理由だとわかった。でも、私自身が何をしたいかは、まだわかっていない。帰ってから、探します。それと」
ユリアが少し間を置いた。
「……聖夜に、現実で会います。どこにいても、会いに行きます」
「お前が探しに来るのか」とイリヤーナが訊いた。
「そうです」
「……かぶった」とイリヤーナが言った。
「かぶっても構いません」とユリアは静かに言った。「どちらが先に見つけるかは、帰ってから」
イリヤーナが少し目を細めた。
「……勝負ですか」
「そういうわけではありません。でも」
「でも」
「……先に見つけた方が、先に言える」
イリヤーナが、少し笑った。笑顔を見るのは、第四層でサトミが退場した後の一度だけだった。今回は、少し違う質の笑顔だった。柔らかかった。
「……負けません」
「私も負けません」
聖夜は二人の会話を聞いていた。
何も言わなかった。言わなくていい場面だった。
◆
聖夜が最後に残った。
金属の扉の前に立った。
扉の光が、待っているように揺れていた。
「帰ったら」と聖夜は言った。
声を出した瞬間に、部屋が静かになった。全員が聞いていた。ヴェルナも、部屋の端で聞いていた。
「兄が働いていた会社に行く。中に入るかどうかはわからない。でも、場所を見に行く。兄が毎日通っていた場所を、俺が見る。それが、兄への返事の最後の一部だと思っている」
扉が光った。
「それと、ここにいる全員に、現実で会う。ユリアがどこにいるかはわからない。ここなも、美羽も、ラヴィニアも、イリヤーナも。でも、会いに行く。デスゲームじゃない場所で、それぞれの名前を呼ぶ。それが、ここで生き残った理由の続きだ」
扉の光が強くなった。
「……ヴェルナ」
ヴェルナが少し動いた。
「お前が来られるなら、お前にも会いに行く。どこにいるかわからなくても、来られる形があるなら、探す」
ヴェルナが止まった。
長い沈黙があった。
部屋全体が静かだった。
『……覚えておく』とヴェルナは言った。昨日と同じ言葉だったが、今日の方が重かった。
扉の光が最大になった。
金属の扉が、音を立てて開いた。
重い音だった。今まで開いてきた扉の中で、一番重い音だった。
向こうに、広い空間が見えた。
「……ボス部屋だ」とここなが言った。
「そうだな」と聖夜は言った。
「怖い?」
「怖い」
「でも行く」
「ああ」
ここなが「それが聖夜っぽい」と言った。三度目だった。
「そうか」
「うん。ずっとそうだった。第一層から」
聖夜は少し考えた。
「……お前も、ずっとそうだったな」
「うちは?」
「怖くても、読んで、動いた。第二層からずっとそうだった」
ここなが少し黙った。
「……うちもそうか」
「そうだ」
ここなが少し笑った。
「……じゃあ、行こっか」
「ああ」
◆
全員が扉の前に並んだ。
六人と、ヴェルナ。
「ヴェルナも来るか」と聖夜が訊いた。
『……ボスの先に何があるか、私にも正確にはわからない。設計の外のことが増えすぎて、予測できない部分がある』
「そういうことじゃない。来るかどうかを聞いている」
ヴェルナが少し止まった。
『……来る』
「そうか」
七人が、ボス部屋に向かった。
【HP:全員100/100】
【LVR:聖夜 175、ユリア 109、美羽 94、ここな 120、ラヴィニア 101、イリヤーナ 127】
【第五層:最後の証明 完了】
【ボス部屋:開放確認】
――何かが、微かに笑った気がした。
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