第43話 存在証明の間と、最初の問い
第五層の扉を開けた時、光が来た。
橙色の温かい光だった。第四層の白い光とは全く違う。外の光に近い。息を吸うと、空気の質が変わっていた。閉じた空間の空気ではなく、どこかに繋がっている空気だった。
全員が扉をくぐった。
扉の向こうは、廊下だった。
長い廊下で、両側に扉が並んでいた。第三層の神殿の廊下に似ていたが、素材が違った。石ではなく、木だった。古い木造の廊下で、歩くたびに床が微かに軋んだ。天井は高く、窓が等間隔にあった。窓の外は光だけで、何も見えなかった。
「……木造だ」とここなが言った。「第一層から今まで、ずっと石か金属か鏡だったのに」
「最終層だからか」とラヴィニアが言った。
「最終層だから、何かが変わる」とユリアが言った。「第一層から第四層まで、それぞれのフィールドに対応した素材でできていました。木は、現実に最も近い素材です」
「現実に近い、ということは」
「最終層のテーマが、現実に繋がっているということだと思います」
聖夜は廊下を見た。
扉が左右に並んでいる。数えると、十二枚ある。六枚が左側、六枚が右側。全部で六人のパーティ。一人につき二枚の扉が割り当てられている、という構造かもしれなかった。
「……何も書いていないな」
扉の表面を確認した。第三層の神殿の扉には感情の記号が刻まれていた。でも、ここの扉には何もなかった。取っ手だけがついている。
システム通知が来た。
【第五層:存在証明の間 へようこそ】
【このフィールドでは、各プレイヤーは自分が何者であるかを証明する必要があります】
【証明の方法は問いません。言葉・行動・感情・記憶、全てが有効です】
【証明が完了した扉は開きます。全ての扉が開いた時、先に進めます】
【証明できない扉は、永遠に開きません】
「永遠に開かない、か」とここなが読んだ。
「脅しじゃないと思う」とラヴィニアが言った。「事実の告知だと思う」
「証明できない扉が一枚でもあったら、詰む」
「そういうことよ」
「……できない証明があったら」とここなが少し声を落とした。
「ある、と思って進む方がいい」と聖夜は言った。「できると思って証明できなかった時の方が、できないと思って諦めた時より、まだ動ける」
ここなが「それ、聖夜っぽい言い方だ」と言った。
「そうか」
「外向きに明るくなくても、前には進む、みたいな言い方」
◆
最初の扉を試した。
誰が最初に開けるかは決まっていなかった。ただ、ユリアが前に出た。聖夜の隣から、自然に前へ出た。
「……私が最初に試します」
「なぜ」
「あなたが最初に詰まると、全員が止まる。私が試して、どういう仕組みかを確認してから、あなたが動く方がいい」
「俺を守ろうとしているのか」
「役割の話です」
「本当に?」
ユリアが少し黙った。
「……両方です」
それだけ言って、扉の前に立った。
取っ手に手をかけた。
何も起きなかった。扉は動かなかった。ユリアが少し考えた。言葉を出さずに、何かを考えている。
「……私は何者か」とユリアは静かに言った。声が低く、自分に向けた言葉だった。「魔王の娘です。サキュバスの血を引いています。このゲームに入れられて、聖夜と出会った。今は、聖夜の正室です」
扉が、光った。
ゆっくりと、確実に、内側に開いた。
部屋があった。部屋の中には何もなかった。ただ、白い光があった。入った瞬間に何かが起きる部屋ではなく、「証明した」という事実を受け取る空間のように見えた。
「……開いた」とここなが言った。
「自分が何者かを、正確に言えばいい」とユリアが戻ってきて言った。「正確に、ということは、嘘がない、ということだと思います」
「嘘がなければ開く」
「そうだと思います。正確でなくても、嘘がない言葉なら」
◆
ここなが次に動いた。
扉の前に立って、少し間を置いた。
「……うちは何者か」
外向きのギャルの声ではなかった。「うち」の声で言った。
「うちは、天羽ここな。珊瑚色の髪のギャル。でも、外向きと内向きが違う。本音で話せる人間が少なかった。このゲームで、本音で話せる人間に初めて会った。靄スキルを持ってる。第四層でサトミさんの靄を引き継いだ。《靄継》になった。うちは、読む人間から、届ける人間になりたいと思ってる」
扉が光った。開いた。
「……言いたいこと全部言ったら開いた」とここなが少し驚いた顔で言った。
「嘘がなかったからだと思います」とユリアが言った。
ラヴィニアが前に出た。
「私は歌姫よ。歌が私で、私が歌。長いこと、歌を評価されることと自分が評価されることを切り離していた。でも第三層でそれが同じだとわかった。ラヴィニア・ルクレツィア。それが私」
扉が開いた。
間を置かない開き方だった。確信があった証拠だった。
美羽が進み出た。少し足を止めてから、扉の前に立った。
「……わたくしは、川上美羽です。現実人格と会長と姉とメイドの四つの顔があります。全部が本物です。でも、今ここで一番前に出ているのは現実人格です。妹に会いたい。それだけが、今一番大きい感情です」
扉が光った。開いた。美羽が少し目を閉じた。それから開けた。
イリヤーナが扉の前に立った。
「……うちは、イリヤーナ・ネメシエル。感情が大きすぎると言われてきた。重いと言われてきた。でも、重くても大丈夫と言ってくれた人がいた。うちは、聖夜さんを見つけるためにここまで来た。それが全部です」
扉が開いた。
イリヤーナが少し目を伏せた。それから聖夜を見た。
「……開きました」
「開いたな」
「……うちが何者かは、聖夜さんと繋がっている部分が大きいと思います。それでも開いた」
「それがお前の本当のことだからだ」
◆
最後に聖夜が残った。
扉の前に立った。
全員が見ていた。見ていることはわかっていた。でも、全員に向けて話すつもりではなかった。扉に向かって、自分に向かって言う言葉だった。
「俺は神酒聖夜だ。兄が死んで、家を出て、このゲームに入れられた。守りたい奴ができた。帰れなかった時のことを考える前に、帰ろうとしている。兄に返せなかった言葉がある。それを返すために、現実に戻る必要がある」
扉が光らなかった。
聖夜は続けた。
「……このゲームで、何かが変わった。一人で動いていた時と、今とでは、何かが違う。何が違うかを、言葉にするのが難しい。でも」
少し間を置いた。
「隣に誰かがいることが、当たり前になった。それが変わったことだ。それは、悪いことではないと思っている」
扉が光った。
ゆっくりと、今までの扉より少しだけ時間をかけて、開いた。
「……時間がかかった」とここなが言った。
「考えながら言ったからだと思う」と聖夜は言った。
「でも開いた」
「ああ」
ユリアが聖夜の隣に来た。
「……隣にいることが当たり前になった、と言いましたね」
「言った」
「……私も、そうです」
それだけだった。でも、それで十分だった。
◆
十二枚の扉のうち、六枚が開いた。
残りの六枚が、まだある。
「……もう六枚か」と美羽が廊下を見た。
「一人につき二枚ずつだ」と聖夜は言った。「最初の一枚は、自分が何者かだった。次の一枚は、何が来るかわからない」
「試してみないとわかりませんね」
「ああ」
ここなが「明日試そっか。今日は休む」と言った。
「賛成」とラヴィニアが言った。「体力は問題ないけど、頭が疲れた」
「存在証明は体力より精神を使う」と美羽が言った。
全員が廊下の壁際に座った。
木造の廊下は、石の床より温かかった。それだけで少し安心できた。
聖夜は窓の外を見た。光だけがある。何も見えない。でも、温かい光だった。
「……もうすぐ終わる」とここなが言った。
「そうだな」
「終わった後のこと、考えてる?」
「考えてる」
「何を」
「言ったことの続きだ」とユリアが言った。「帰ってから会いたい人たちに会う。それだけ」
「それだけ、か」とここなが言った。「でも、それだけが全部だよね」
「そうだ」と聖夜は言った。
窓の外の光が、少し揺れた気がした。
【HP:全員100/100(回復済み)】
【LVR:聖夜 152、ユリア 101、美羽 84、ここな 110、ラヴィニア 91、イリヤーナ 118】
【第五層:存在証明の間 第一フェイズ 完了】
【残余扉:六枚】
――どこかで、何かが静かに見ていた。
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