第31話 審判の広場・それぞれの存在理由
審判フェイズの告知は、ボスクリアから七時間後に来た。
『第三層審判フェイズに移行します。全プレイヤーは一時間以内に指定エリアへ集合してください』
聖夜はLVRを確認した。
【HP:聖夜 78/100】【LVR:94】
昨夜のユリアの指先の接触と、サトミとの一件を経て、LVRが六上がっていた。94は第一層から数えても最高値に近い。残り六で100に届く。
「行くか」と聖夜は言った。
全員が立ち上がった。サトミも、少し離れた場所で立っていた。ここなが「一緒に来る?」と声をかけた。サトミが少し間を置いて、頷いた。
◆
指定エリアは神殿の外だった。
出口を抜けると、開けた場所があった。石畳ではなく、空中に張り出した広場だった。見渡すと、神殿が山の上に建っていることがわかった。第三層の世界は山岳地帯で、神殿の下には霧の海が広がっている。空は赤黒い。でも、足元から立ち上る霧が白いので、コントラストが強烈だった。
美羽が「第三層の外に出たのは初めてです」と言った。
「ずっと神殿の中にいたからな」
「……想像より高い場所にいたんですね」
「第四層に近づいてる分、上に来てるはずだ」とユリアが言った。
広場に他のプレイヤーたちも集まってきた。第三層を生き延びた者たちだ。聖夜は人数を数えた。二十一人。第一層に入った時は二百人いた。その数字を毎回意識する。意識するたびに、その重さが少しずつ違う形に変わっていく気がする。
◆
声が来た。
今回は、声と同時にシルエットが現れた。
第二層の審判よりはっきりしていた。頭から腰まで、ほぼ完全な輪郭が見えた。腕の形がわかる。体の厚みがわかる。顔だけが、まだ黒い。
「……近くなってる」とここなが囁いた。
「ああ。第四層でフルに出てくると思う」
『おはよう。第三層、楽しかったよ。特に昨日の最後のシーンと、今朝のやり取り』
「全部見てたか」
『全部見てる。それが仕事だからね』
シルエットが動いた。今回は広場全体を一周するように歩いた。プレイヤーたちを、一人ずつ確認するように。品定めの動きだと、ラヴィニアが静かに言った。
シルエットが聖夜の前で止まった。
『第三層審判の前に、聞かせて。あなたは何のためにここにいる?』
「……守りたい奴がいるからだ」
『それは今も?』
「今も」
『誰を?』
「ここにいる全員だ」
シルエットが、少し動いた。笑ったように見えた。
『そう言えるようになったのはいつから?』
「第一層で、ユリアが俺の隣を選んだ時から、だと思う」
『守りたい奴が一人から全員になった』
「成長と呼びたくはない」
『なぜ?』
「……ここで変わったことが、外に出た時にも有効かどうかわからないからだ。このゲームで身についたものが、現実で使えるかどうか、まだ判断できない」
シルエットが止まった。
今まで聞いたことのない、長い沈黙があった。広場の全員がその沈黙を聞いていた。シルエットが黙る、という光景は今まで一度もなかった。
ここなが聖夜の隣で小声で言った。
「……あいつ、また靄が揺れた」
「ああ」
『……正直な答えだ。確信してる、と言わなかった。でも、帰りたいと思っている。その感情は本物だ』
◆
審判の条件が告げられた。
『第三層審判の条件。各プレイヤーは今ここで、自分がなぜ生き残ろうとしているかを声に出して言う。全員が言い終わった時、LVRの状態に応じて次の層へのポイントが配分される』
「言葉だけでいいのか」
『言葉でいい。ただし、嘘は計算と同じで効果が薄い。本物の理由だけが、高い倍率で反映される』
プレイヤーたちが互いを見渡した。誰も動かなかった。
最初に言ったのは、ここなだった。
「うちは、帰りたいから。リアルで、ちゃんと言えなかったことを言いに帰りたい。それだけ」
ここなが言うと、他のプレイヤーたちが少しずつ動き始めた。
松本が言った。
「俺は、生き残ることに意味があるかどうかわからないけど、消えたくないと思ってる。今の自分に価値があるか、帰ってから確かめたい」
美羽が、一度目を閉じてから言った。
「……わたくしは、妹に会いたい。それだけです。理由は、それ以上でも以下でもありません」
ラヴィニアが背筋を伸ばして言った。
「私は、歌が本物かどうかをもっと試したい。ここで少しわかってきた。帰って、もっとわかりたい」
それからラヴィニアは少し間を置いた。
「……それと、一つだけ言っていいですか」
誰かが頷いた。
「私は長いこと、歌と自分を別のものだと思っていた。歌が評価される時、私が評価されているとは思えなかった。でも、この層で初めて、歌が私そのものだと思えた瞬間があった。そのために帰りたい」
シルエットが、わずかに揺れた。
ユリアが言った。
「……私は、あなたの隣にいたいから。他の理由はありません」
全員の前で、聖夜を見て言った。その声には感情の装飾がなかった。平坦で、だからこそ重かった。
最後にサトミが言った。
全員が振り向いた。サトミは少し俯いていたが、顔を上げて言った。
「私は……一人でいるのが嫌だから。ゲームの中でも、外でも。それが理由です。計算とかじゃなくて、ただ、怖いから」
シルエットが少し止まった。
『……正直だ』
「聞いてくれるんですか」とサトミが言った。
『全員の言葉を聞いている。それが審判だから』
◆
最後に聖夜の番が残った。
シルエットが、聖夜の正面に立った。
「……俺が生き残ろうとしているのは、守りたい奴がいるからだ。第一層からそれは変わらない」
シルエットが聞いていた。
「でも今は少し変わった。ここで会った全員に、帰ってからも会いたい。デスゲームの外で、それぞれの人間として会いたい。そのためにも生き残りたい」
少し間を置いた。
「……それと、兄貴に言えなかったことがある。死んだ兄貴には言えないが、お前らには言える。ありがとう、と。俺はここにいる、と。それを言い続けたい。帰ってからも」
言い終わってから、広場が静かになった。
誰かが泣いているのが聞こえた。どこかで、息を飲む音がした。
シルエットが動いた。
ゆっくりと、確認するように聖夜に近づいた。
「手」が伸びた。
聖夜の肩に触れた。
冷たかった。でも、不思議な温度があった。敵意ではない。何か別のものだった。悲しみとも違う。記憶に近い、何か。
「……お前は何だ」
『まだ教えない。でも、一つだけ言う』
「聞く」
『あなたの存在理由は本物だ。計算じゃない。だから、このゲームが終わった時、それが残る』
「残るとはどういう意味だ」
『最終層で教える』
手が離れた。
ユリアが静かに言った。
「……シルエットの靄が、また揺れました」
「感情があるのか」
「……観察だけしている存在だと思っていました。でも今日触れた時、それだけではない何かがあった気がします」
聖夜は少し黙った。
「最終層で会う時に、聞く」
「はい」
【LVR:聖夜 94→100】
LVRが、初めて100に届いた。
システム通知が出た。
『第三層審判、完了。全プレイヤーのLVRポイント配分を計算中……』
広場の光が変わった。
――その音を、遠い場所の何かが聞き届けた。
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