第29話 第三層ボス決戦・ユリアの覚醒が戦況を変える
第三層七日目、ボスのいる場所に辿り着いた。
神殿の最奥部だった。
廊下が終わり、大きな扉が現れた。
扉の紋様は、今まで見た全ての紋様が混ざったような複雑な形だった。
「……全部の感情が必要か」
「そうだと思います」
ユリアが言った。
六人が扉に手を当てた。
光が走った。
廊下全体が輝いた。扉が、ゆっくりと開いた。
◆
扉の向こうは、巨大な空間だった。
天井が高い。神殿の中のどこより広い。
空間の中央に、ボスがいた。
第二層のボスとは違った。
人型ではなく、氷で作られた獣の形だった。
四本の脚が氷でできている。全身が透明で、内側に何かが流れているのが見える。感情、あるいは力のようなもの。
大きさは、第一層のボスより一回り大きい。
「……あれは」
ユリアが少し止まった。
「……私に近い種類の存在です。氷の力を持っている」
「戦えるか」
「……わかりません。同じ力同士では、打ち消し合う可能性があります」
「それが問題だ」
ラヴィニアが言った。
「……私の歌が、あれに通じるかもしれない」
「同じ力同士では打ち消し合う。でも、歌はそれとは別の軸だ」
「そう思う。試してみる」
◆
ボスが動いた。
最初に来たのは、音だった。
氷の脚が床を叩いた音は、金属が金属を叩く音に近かった。硬くて、甲高くて、神殿の天井まで響いた。
次に来たのは、冷気だった。床が凍った。霜が走った。石の目地に沿って白く広がっていく。
氷の波が、外側に向かって広がってくる。
臭いがあった。
水の底にあるような、無機質な冷たい臭い。何かを凍らせた後の空気の臭い。
「跳べ」
聖夜が叫ぶと同時に、全員が跳んだ。
氷の波が床を走った。触れた部分が、見る間に凍りついた。
「……速い」
「松本、索敵で次の動きを先読みしろ」
「わかった」
「ここな、ボスの感情の靄を読んでくれ」
「読む。……靄が、すごく濃い。でも、均質じゃない。左の方が薄い」
「左側が弱点か」
「……たぶん」
ラヴィニアが前に出た。
歌い始めた。
氷の神殿に、声が響いた。
昨日より、一段強い声だった。感情の密度が、最大になっていた。
神殿の壁が共鳴した。石の壁が、音楽を増幅した。
ボスが動きを止めた。
氷の存在が、音楽に反応した。
感情のある歌に、感情を持たない氷が乱れた。内部を流れていたものが、不規則になった。
ここなが言った。
「……左の靄が、さらに薄くなった。今」
「今です」
ユリアが飛んだ。
覚醒片鱗の力が、体の奥から引き出された。
昨夜、玉座を手放した時に解放されたものが、今ここに来た。
青白い光ではなく、より深い、白銀の光が剣先に集まった。
左側に向かって、今まで溜めてきた全ての凍気を解放した。
覚醒片鱗の力が加わった。
昨日、玉座を選ばなかった時のユリアの力が、今ここで出た。
過去を手放し、今を選んだことで生まれた力だった。
ボスの左側に、氷結が走った。
内側を流れていたものが、凍りついた。
ボスが崩れ始めた。
「全員、後退」
六人が一斉に後退した。
ボスが倒れた。
氷の破片が散った。冷気が一気に広がり、それから消えた。
神殿が静かになった。
◆
戦闘後、全員が広い空間の中に立っていた。
誰もケガがなかった。
「……倒した」
ここなが言った。
「ああ」
「……ラヴィニアの歌が鍵だったね」
「そうだ」
ラヴィニアが静かに言った。
「……ユリアの覚醒が、本当の鍵だったと思う。私の歌は、きっかけを作っただけ」
「どちらも必要だった」
「……そうね」
ユリアが聖夜の隣に来た。
「……少し、力を使い過ぎました」
「大丈夫か」
「大丈夫です。でも、覚醒の度合いが上がりました。今まで片鱗と呼んでいたものが、次の段階に入りました」
「制御できるか」
「……今は、できています。あなたが手を掴んでいたから、戻ってこられました」
「また変化が来たら、手を掴む」
「……はい。頼ります」
◆
美羽が静かに言った。
「……次は第四層ですね」
「ああ」
「……第四層の特性について、少し考えていました」
「何がわかった」
「……第一層は生存、第二層は繋がり、第三層は感情の深さでした。第四層は、もっと内側に入ると思います」
「内側、というのは」
「……自分自身の中に向かう感情です。誰かへの感情ではなく、自分が何のためにここにいるか、という問いに向かう感情です」
松本が言った。
「……それは、きついな」
「きついかもしれません。でも、避けられないと思います」
聖夜は少し考えた。
「……俺は、兄貴への怒りを第三層で少し出せた。自分の存在理由については、まだ曖昧なままだ」
「守りたい奴がいる、という存在理由は、第四層でより深く試されると思います」
「誰を守るかが問われるか」
「……守るとはどういうことか、が問われるかもしれません」
◆
机代わりにした石の上に、六人が座った。
ラヴィニアが、珍しく自分から話し始めた。
「……うち、今日一番歌えた気がする」
「「うち」?」
ラヴィニアが少し固まった。
「……言い方が移った。やめる」
「嫌いじゃないよ、その言い方」
ここなが笑った。
「うるさい」
「移るってことは、うちのこと気に入ってるってことじゃん」
「……嫌いじゃないわよ、あなたのことが」
「やっぱり!」
神殿の奥で、笑い声が響いた。
六人分の笑いが、石の壁に当たって反響した。
ユリアが、聖夜の隣で静かに言った。
「……笑えました」
「ああ」
「……第二層では、笑えませんでした。ずっと警戒していたから。でも今日は」
「笑える場所になったな」
「……あなたたちのおかげです」
「俺だけじゃない。ここなとラヴィニアと美羽と松本がいたからだ」
「……全員のおかげです。でも、最初はあなたのおかげでした」
聖夜は少し黙った。
「……ユリア、俺はお前のことが好きだと思う」
言ってから、少し驚いた。
自分でこういうことを言うとは思っていなかった。
ユリアが少し間を置いた。
「……いつから、そう思っていますか」
「わからない。でも、今確信した」
「……なぜ今?」
「笑顔を見たからだ」
ユリアが、また少し口角を上げた。
「……今日二回目です」
「二回?」
「笑いました。一回目はさっき、六人で笑った時。二回目は今です」
「……そうか」
「……あなたも、好きです。前から言っていましたが、今日はあなたと同じ言い方で言います」
「同じ言い方、というのは」
「確信した、という意味で」
【LVR:聖夜 88 → 96】
数字が、今日の最高値を更新した。
――どこか遠い場所で、何かが静かに見ていた。
◆◆◆
【第三層 7日目 夕刻】
【HP:64/100】【LVR:86】
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