第26話 引き離された夜・ユリアじゃなきゃ嫌だ
指名制の二日目が来た。
今度は組み合わせが変わった。
【本日の指名:神酒聖夜→ペア指定:真壁美羽 ユリア・ヴァルシュタイン→ペア指定:ラヴィニア・ルクレツィア 天羽ここな→ペア指定:松本】
また引き離された。
昨日と違うパートナーに。
ユリアがラヴィニアの方に向かう前に、聖夜の隣に立った。
「……また別々です」
「ああ」
「昨日は大丈夫でしたか」
「大丈夫だった。ラヴィニアとの行動は悪くなかった」
「……それは、よかったです」
ユリアが少し間を置いた。聖夜を見ていた。
「一つだけ言っておきます」
「聞く」
「昨日、ここなさんと話した。私の覚醒が近いこと、今後変化があるかもしれないこと。でも、あなたへの感情は変わらないこと。それを確認しました」
「……お前が自分で確認したのか」
「はい。変わらないと思っていても、確認することが大事だと思ったので」
「そうか」
「……今日も、別々です。でも、繋がっています」
昨日の扉を思い出した。
引き裂かれそうになっても繋がっている感情、という紋様。
「……ああ。繋がってる」
◆
聖夜と美羽で、神殿の南側を探索した。
朝の神殿は、昼と違う空気を持っていた。
光が廊下の端から斜めに差し込んでいる。石の表面に積もった霜が、光を受けて細かく光っていた。
美羽は昨日の松本との行動で少し変わっていた。
黙っていることは変わらない。でも、聖夜が何かを言う前に、自分から口を開くことが増えた。
「……南側の地形は、北側と構造が違います。壁の石の種類が変わっています。より古い建材です」
「どういう意味がある」
「……この神殿は、時代が違う部分が混ざっています。古い部分ほど、感情に対する要求が複雑になるかもしれません」
「難しい扉が来るか」
「……可能性があります」
聖夜は美羽を見た。
眼鏡の奥のアメジストの瞳が、神殿の壁を観察していた。
「……美羽、お前は怖くないのか」
「何がですか」
「このゲーム全体が。生死がかかっている状況が」
美羽が少し考えた。
「……怖いです。ただ、怖さの感じ方が、おそらく他の人と違います」
「どう違う」
「……わたくしは、感情を分析することで怖さを処理しています。怖い、という感情が生まれた時に、なぜ怖いかを考えます。理由がわかると、少し怖さが減ります」
「それは、感情を遠ざけているのか」
「……最初はそうでした。でも今は、少し違います」
「どう違う」
「……ここに来てから、感情を分析するだけでなく、感じることが増えてきました。あなたが怒りの扉の前で兄のことを話した時、わたくしは悲しかった。分析ではなく、ただ悲しかった」
「……そうか」
「それが正しいことかどうか、まだわかりません。でも、本物だとは思っています」
◆
昼過ぎ、難しい扉が来た。
美羽の予想通りだった。紋様の複雑さが、今まで見た中で一番だった。
「……読めますか」
美羽が聖夜に聞いた。
「……複数の感情が、同時に存在することを要求している気がする」
「複数の感情が同時に?」
「矛盾した感情だ。悲しいのに嬉しい、怖いのに前に進める、そういう種類の」
美羽が少し考えた。
「……それは、複雑な感情状態ですね。単純な感情では届かない」
「お前は、今そういう感情があるか」
美羽が少し間を置いた。
「……あります」
「どんな」
「……このゲームにいることが、悲しい。帰りたい。でも、ここに来なければあなたたちに会えなかった。それは嬉しい。矛盾しています」
「矛盾してない」
「しています。悲しいと嬉しいは、同時には成立しないはずです」
「成立する。お前が今それを感じてるから」
美羽が聖夜を見た。
「……そうですね」
二人で扉に手を当てた。
複雑な光が走った。
矛盾した感情が絡み合うように、紋様全体が輝いた。
扉が開いた。
「……開きました」
「ああ」
「……矛盾した感情を持つことが、この扉の鍵だったんですね」
「そうだと思う。単純な感情しか持てない存在には、開けられない扉だ」
美羽が少し黙った。
「……わたくし、ここに来てよかったのかもしれません」
「よかった、というのは」
「こういう感情が、自分の中にあることを知れたから」
◆
夜、全員が合流した時、聖夜はユリアの隣に座った。
今日も別々だった。でも、また合流できた。
「……今日のラヴィニアとの行動は、どうだった」
聖夜が聞くと、ユリアが静かに答えた。
「……ラヴィニアは、歌で感情を出すことが得意な人です。でも、言葉で感情を出すことが苦手です」
「それが今日わかったか」
「はい。一日一緒に動いて、わかりました。彼女の歌には、言葉にできない感情が全部乗っています。だから歌が本物なんだと思います」
「……お前とラヴィニアは、どうなった」
「どう、とは」
「距離は縮まったか」
ユリアが少し間を置いた。
「……少し。彼女は、私のことを最初「機能的に優秀な人間」として見ていたと思います。でも今日、私も感情で動いていることを、少し理解してもらえた気がします」
「どんなことで?」
「……私が、あなたのことを話した時です」
「俺のことを話したのか」
「はい。引き離された状態で、あなたのことを話す私を見て、ラヴィニアが少し驚いた顔をしました」
「なぜ驚く」
「……彼女の言葉では、「感情を見せない人だと思っていた」と」
「お前が感情を見せないのは、知ってたが」
「でも、あなたのことを話す時だけ、見せてしまう、と」
聖夜は少し黙った。
「……ユリア、俺のことが好きか」
ユリアが一瞬止まった。
「……はい」
「前に聞いた時より、確信が強くなってるか」
「……強くなっています」
「それでいい」
「……なぜそれを聞いたんですか」
「昨日の扉の紋様を思い出した。引き裂かれても繋がっている感情。お前がそれを持ってくれているなら、今日も明日も怖くない」
ユリアが、少し目を伏せた。
「……今日、引き離されて」
「ああ」
「……ユリアじゃなきゃ嫌だ、と思ったか?」
聖夜は少し間を置いた。
「思った」
ユリアが、ゆっくり顔を上げた。
「……ありがとうございます」
「礼を言うことか」
「言いたいから言います」
【LVR:74 → 82】
数字が動いた。
ラヴィニアが少し離れた場所から、二人を見ていた。
ここながラヴィニアの隣に来た。
「……ラヴィニア、二人を見て何思う?」
「……嫌いじゃない関係だと思う」
「それ以外は?」
「……羨ましい、かもしれない」
ここなが少し驚いた顔をした。
「ラヴィニア、正直に言った」
「……言い過ぎた」
「言い過ぎじゃないよ。うちも羨ましい。あんな関係、リアルで作ったことない」
「……作れると思う? リアルで」
「……わからない。でも、ここで少しわかってきた気がする。どういう感情が本物かってことが」
ラヴィニアが少し黙った。
「……そうね。私も、少しわかってきた」
「……ラヴィニアはリアルで好きな人いたことある?」
「……いたわよ」
「どうなったの」
「……歌を聴いて好きになった人だった。でも、私の歌を聴いて好きになったんじゃなくて、私という人間に好きになってほしくて、うまくいかなかった」
「歌と人間が別だと思われたってこと?」
「……そう。私の歌が好き、というのはよく言われる。でも、私が好き、とはあまり言われない」
「聖夜は?」
「……何?」
「聖夜は、ラヴィニアの歌が好きって言ってた?」
ラヴィニアが少し考えた。
「……本物だった、と言った。歌が好きとは言わなかった」
「そっちの方がよくない?」
「……どういう意味?」
「本物だった、っていうのは、歌そのものじゃなくて、歌を生んだあなたのことを見てる言葉だと思う。うちはそう読んだ」
ラヴィニアが少し間を置いた。
「……あなた、感情を読むだけじゃなく、言葉も読むのね」
「うち、人を見るのが好きだから」
「……嫌いじゃないわよ、その読み方」
「ありがとう」
「褒めてない」
「嫌いじゃないって言ってくれたから、ありがとうって言った」
ラヴィニアが少し目を細めた。
「……面倒な子ね」
「そう言ったじゃん。最初から」
「……嫌いじゃないけどね」
――どこか遠い場所で、何かが静かに見ていた。
◆◆◆
【第三層 4日目 夜】
【HP:68/100】【LVR:82】
【指名制:2日目完了】
【ラヴィニア:聖夜・ユリアへの理解が深まる】
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