第24話 歌が神殿を動かす・ラヴィニアの距離感
第三層二日目。
神殿の探索が続いた。
昨日の七枚に続いて、今日も扉を突破していった。
八枚目は「懐かしさ」に反応した。ユリアが手を当てた瞬間に開いた。
九枚目は「怒りの後にある悲しみ」だった。聖夜と美羽が同時に触れた時、開いた。
十枚目は、また音楽的な感情だった。ラヴィニアが歌った。
ラヴィニアの歌は、昨日と同じように神殿に響いた。
でも、昨日とは少し違った。昨日より、迷いがなかった。
「……昨日より声が伸びてる」
聖夜が言うと、ラヴィニアは少し黙った。
「……そう?」
「ここなが読んでる」
ここなが頷いた。
「うん。昨日より密度が高い。何かが変わった」
「……昨日、本物だって言ってもらったから」
ラヴィニアが小さく言った。
「それだけで変わるのか」
「……変わるのよ。ずっと確信が持てなかったものに、確信が生まれると」
◆
昼、休憩を取っていた時、ラヴィニアが聖夜に話しかけてきた。
「……一つ聞いていい?」
「何を」
「あなたのスキル、何なの?」
「《エンプティ・リンク》だ」
「……聞いたことがない名前ね」
「珍しいスキルだ。異性との感情的な接触で、LVRと力が上昇する」
「感情的な接触、って」
「計算では効果が薄い。本物の感情が出る接触でないと、倍率がかからない」
ラヴィニアが少し考えた。
「……それって、つまり」
「このゲームのシステムと、スキルの設計が重なってる。感情が本物かどうかを、二重に試される」
「……大変なスキルね」
「そうだ。計算でやろうとしても無意味で、本物を出し続けるしかない」
「……それが、あなたのやり方の理由?」
「理由というより、結果だ。嘘をついても得がないと気づいた」
ラヴィニアが聖夜を見た。
「……あなた、何で「嫌いじゃない」って言わないの?」
「なぜそれを聞く」
「……私が言うたびに、あなたは「本物だ」とか「事実だ」って言う。好きとか嫌いとか言わない」
「お前のことが嫌いかと聞いてるか」
「……まあ、そういうこと」
聖夜は少し考えた。
「嫌いじゃない、じゃなくて、好きかどうかはまだわからない。でも、お前の歌が本物だということは確かで、それは価値があると思っている」
「……好きかどうかより、価値があると言う?」
「今の俺には、そちらの方が正確だ」
ラヴィニアが少し間を置いた。
「……正直ね」
「嘘をついても意味がない」
「……わかった。じゃあ私も正直に言う」
「聞く」
「あなたのグループ、最初は一時的のつもりだった。でも、昨日から少し変わってきてる」
「どう変わった」
「……居心地が、悪くない」
「「嫌いじゃない」と同じ言い方だな」
「……うるさい」
ラヴィニアが視線を外した。
「……私、人に頼るのが苦手なの。ずっと一人でやってきたから。歌も、感情も、全部一人で抱えてきた」
「それが、ここに来てから変わりそうになってるか」
「……変わりそう、という程度よ。まだ確信が持てない」
「それでいい」
「それでいいの?」
「確信が持てないまま動いている人間が、ここでは一番強い。確信を持とうとすると、計算が入る。計算が入ると感情の倍率が落ちる」
ラヴィニアが聖夜を見た。
「……あなた、このゲームのことをよくわかってるのね」
「体で覚えた」
「……経験から?」
「第一層から全部、本物じゃないと間に合わなかった。だから自然にわかった」
◆
午後、また別の扉が来た。
今日三枚目の音楽型だった。
でも、この扉は、紋様が複数の音符の形で構成されていた。
「……複数の声が必要かもしれない」
ラヴィニアが言った。
「複数で歌うのか」
「……私の声だけでは足りない扉だと思う。感情の種類が複数要求されてる」
「誰が歌える」
ここなが手を挙げた。
「うち、歌、まあまあ得意」
「まあまあで足りるかどうかわからないけど、試してみる?」
「うん」
ラヴィニアとここなが扉の前に立った。
「……曲は私が決める。あなたは私の声に合わせて」
「わかった」
ラヴィニアが歌い始めた。
ここなが続いた。
最初はバラバラだった。声の質が違いすぎて、重ならない。
「……声を合わせるんじゃない。感情を合わせるの」
ラヴィニアが途中で言った。
「感情を?」
「何かを一緒に思い浮かべて。同じものを想いながら歌う」
「何を思えばいい」
「……帰りたいものを、思い浮かべて」
ここなが少し黙った。
リアルの友達の顔を思い浮かべた。止められなかった、孤立していった友達の顔を。
ラヴィニアが何を思い浮かべているのかは、わからない。
でも、声が変わった。
二人の声が、重なった。
紋様が光った。
今まで見た中で一番強い光が走り、扉が開いた。
「……開いた」
「開いたわね」
ここなが、ラヴィニアを見た。
「……ラヴィニア、何を思ってたの?」
「……教えない」
「なんで」
「……まだ、言えないから」
ここなが少し間を置いた。
「……わかった。言えるようになったら教えて」
「……かもしれない」
◆
夜、ラヴィニアが聖夜の隣に来た。
今日もシルエットの声がなかった。第三層では、審判フェイズまで干渉が少ないらしい。
「……一つ言っておきたいことがある」
「聞く」
「私、あなたのグループに正式に入ることを考えてる」
「仮合流ではなく?」
「……まだ決めてないけど、考えてる。でも、条件がある」
「何の条件だ」
「……私のことを、計算で判断しないで」
「どういう意味だ」
「歌が使えるから入れる、というのはわかる。でも、それだけじゃないと思ってほしい」
「歌だけで判断していない」
「……何で判断してるの」
「お前が、確信を持てないまま動いていること。それが今のこのゲームでは一番信頼できる」
ラヴィニアが少し黙った。
「……それって、私の弱さを評価してる?」
「弱さじゃない。正直さだ」
「……あなた、面倒ね」
「そうか」
「……嫌いじゃないって言ったわよね、前に」
「言った」
「……今も、嫌いじゃない。それは変わってない」
「聞いた」
「……何か言わないの」
「俺もお前のことが嫌いじゃない」
ラヴィニアが少し止まった。
「……それだけ?」
「それだけだ。好きかどうかは、まだわからない。でも嫌いじゃないは確かだ」
「……正直ね」
「嘘をつく理由がない」
ラヴィニアが少し笑った。
今日初めて、笑った顔を見た。
「……褒めても何も出ないわよ? まあ、気分は悪くないけど」
「褒めてない」
「……わかってる。でも、気分は悪くない」
ラヴィニアが立ち上がった。
「……明日、正式に言う。グループに入るかどうか」
「待つ」
「……ありがとう」
ラヴィニアが少し離れた場所に行った。
ここなが聖夜の隣に来た。
「……ラヴィニア、仲間になるね」
「そうなりそうだな」
「嬉しい。うち、ラヴィニアの歌、また聴きたい」
「これから何度でも聴ける」
「……うん」
ここなが、少し間を置いた。
「……聖夜、ラヴィニアのこと好きになりそう?」
「わからない」
「正直だね」
「わからないことはわからないと言う」
「……ユリアとはどう違うの?」
「ユリアは最初から俺の隣を選んだ。ラヴィニアは今選ぼうとしている。どちらも本物だが、種類が違う」
「……なんか、あんたって、みんなの違いをちゃんと見てるんだね」
「見ないと失うからな」
ここなが、少し寂しそうな顔をした。
「……桐島、どうしてるかな」
「元気だろう」
「……うちたちのことを、どう思ってるかな」
「会えば話せる」
「……第三層でも、どこかにいるのかな」
「いると思う」
「……うち、もし会ったら、ちゃんと話しかける」
「それがいい」
――どこか遠い場所で、何かが静かに見ていた。
◆◆◆
【第三層 2日目 夜】
【HP:68/100】【LVR:76】
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