第23話 ラヴィニア・ワインレッドの歌姫
神殿の中枢部に入ると、別のプレイヤーがいた。
一人だった。
ワインレッドの髪。長いロールカールが背中に流れている。
騎士装束でも学生服でもない。肩出しのドレスに近い衣装を、神殿の中で着ていた。
グローブ。ヒール。廃都市のどんなプレイヤーとも、雰囲気が違った。
彼女は神殿の中央に立って、壁の紋様を見ていた。
こちらに気づいていない。
聖夜が近づいた。
「……何か見つけたか」
女が振り向いた。
顔が美しかった。吊り目気味のアーモンド形の目。ローズグラデの瞳。口角が、わずかに上がっている。
「……あら。いつの間に」
声が良かった。低めで、でもよく通る声だった。歌手か、あるいは舞台人か。
「一人か」
「見ての通りじゃない」
「LVRは」
女が少し間を置いた。
「……教える義理がないけど」
「教えなくていい。顔色で大体わかる」
「……失礼な人ね」
「事実を言っている」
女が聖夜を一瞥した。
値踏みするような目だった。でも、敵意ではなく、観察の目だった。
「……あなた、この神殿の扉を開いてきたの?」
「ここまで六枚開けた」
「六枚。私は四枚で止まってる」
「何で止まった」
「……二枚目から、一人では開かない扉だった。複数の感情が必要みたいで」
「そうだ。一人では限界がある」
女が少し考えた。
「……提案があるんだけど」
「聞く」
「私を、あなたたちのグループに入れて。一時的でいい。必要な扉を通り抜けたら、また別れても構わない」
「対価は何だ」
「……歌」
「歌?」
「この神殿、音に反応する扉があるのを知ってる? 私、まだ先の扉を確認してないけど、紋様の種類から推測すると、音楽的な感情に反応する扉があるはずよ」
「……お前は歌えるのか」
女が、少し口角を上げた。
「嫌いじゃない、という程度には」
「「嫌いじゃない」が歌で扉を開けるというのか」
「……まあ、そういうこと」
聖夜はユリアを見た。ユリアが静かに頷いた。
「……名前を聞く」
「ラヴィニア。ラヴィニア・ルクレツィアよ」
「聖夜だ。ユリア、ここな、美羽。以後よろしく」
ラヴィニアが、軽く頷いた。
「……よろしく、とは言っておく。期待に応えられるかは、わからないけど」
「期待してない。でも、機能するなら歓迎する」
「……正直ね」
「嘘をつく余裕がない」
◆
五人になった。
ラヴィニアの加入で、神殿の探索が変わった。
最初は、ラヴィニアと他の四人の間に、距離があった。
ラヴィニアは壁の紋様を観察しながら、他の四人とは少し離れて歩いていた。
「……ついてこないんですか?」
美羽が聞いた。
「ついてるわよ。距離を置いてるだけ」
「なぜですか」
「……あなたたちのグループに馴染む気はないから。使えるなら使う、使えなければ別れる。それだけよ」
「割り切っていますね」
「割り切らないと生き残れない」
美羽が少し考えた。
「……わたくしも、最初はそう思っていました」
「今は違うの?」
「……今は、少し違います。割り切ることと繋がることは、必ずしも矛盾しないと思い始めています」
ラヴィニアが美羽を見た。
少し興味を持ったような目だった。
「……賢そうな子ね」
「勉強はできます」
「勉強とは違う賢さよ」
「……どういう意味ですか」
「自分の変化に気づける、ということ」
◆
七枚目の扉で、ラヴィニアの出番が来た。
扉の紋様が、他と違った。
音符のような形が刻まれていた。
「……やっぱりあったわ」
ラヴィニアが扉に近づいた。
「歌えば開くのか」
「試してみるまでわからないけど。計算で歌っても開かないと思う。この神殿は、本物の感情にしか反応しないから」
「お前の歌は、本物か」
ラヴィニアが少し間を置いた。
「……どうかしら」
「自信があるのかないのか、どちらだ」
「……両方よ」
聖夜は少し黙った。
「両方、というのは」
「歌は自信がある。でも、本物かどうかは、自分ではわからない。自分の感情が本物かどうか、いつも確信が持てないから」
「……それは、正直な答えだ」
「褒めても何も出ないわよ」
「褒めてない。事実を言っている」
ラヴィニアが少し、聖夜を見た。
「……あなた、さっきもそう言ったわね」
「本当のことしか言わないからな」
「……嫌いじゃない、そういう人」
ラヴィニアが扉に向かった。
深呼吸した。
歌い始めた。
◆
声が、神殿に響いた。
ゴスペルとオペラが混ざったような声だった。高くも低くもない、でも空間全体に広がる声。
石の天井に当たって反響し、廊下全体が共鳴した。
紋様が光り始めた。
音符の形に沿って、光が流れた。
聖夜は聞いた。
うまい、という次元ではなかった。
何か別のものだった。声に、感情が乗っていた。計算では出せない種類の感情が。
(……こいつ、本物だ)
ここなが聖夜の隣に来た。
「……すごい。うち、靄が読めないくらい声が大きい」
「どういう意味だ」
「声の中に、感情が混ざりすぎて、靄の境目がわからなくなってる。あれほどの密度は初めて読んだ」
扉が開いた。
光が一気に広がり、石の扉が音を立てて引いた。
ラヴィニアが歌を止めた。
振り向いた。
「……開いたわ」
「ああ」
「……どうだった?」
ラヴィニアの声が、少し低かった。
珍しい聞き方だった。感想を求めているのではなく、確認しているような。
「本物だった」
聖夜が言った。
「……どうしてわかるの」
「ここなが読んだ。感情の密度が、読めないくらい大きかったと言った」
ラヴィニアが、ここなを見た。
「……感情を読めるの?」
「うん。靄みたいな感じで見える。ラヴィニアの歌は、今まで見た中で一番密度が高かった」
ラヴィニアが少し黙った。
「……本物だった、ということ?」
「本物だよ」
ラヴィニアが、窓の外を見るような目をした。
窓はないが、その方向に何かがあるかのように。
「……そう。そうなら、よかった」
「自分では確信が持てなかったのか」
「……ずっと。歌は続けてきたけど、本物かどうかを誰かに判断してもらったことがなかった」
「今判断した」
「……ありがとう」
短く言った。
でも、その短い言葉に、何か長いものが込められていた。
◆
夜、五人で神殿の一室に身を落ち着けた。
ここながラヴィニアの隣に座った。
「……ラヴィニア、歌、すごかった。うち、感動した」
「……感動、ね」
「うん。ちゃんとそう思った。計算とかじゃなく」
「……わかってる。あなたは計算が半分しかできない人ね」
「半分? うちって計算できてないの?」
「できているけど、感情の方がいつも上回る。だから計算が半分になる」
「……それ、褒めてる?」
「嫌いじゃない、という意味よ」
ここなが笑った。
「……ラヴィニアって、なんでも「嫌いじゃない」って言うね」
「好き、と言うのが苦手なのよ」
「なんで」
「……好きと言って、否定された時が怖いから」
ラヴィニアが少し黙った。
言ってしまった、という顔だった。
「……聞かなかったことにしていいわ」
「聞いた。でも、しつこく追わない」
「……珍しいわね」
「うちは、人が話したいことを話すまで待つタイプだから」
ラヴィニアが少し目を細めた。
「……あなた、思ったより面倒な子ね」
「面倒じゃないよ」
「面倒な子は自分が面倒だと思わない。それが面倒なのよ」
「……それ、ラヴィニアも同じじゃない?」
ラヴィニアが少し止まった。
「……嫌いじゃない答え方をするわね」
――その音を、遠い場所の何かが聞き届けた。
◆◆◆
【第三層 1日目 夜】
【HP:68/100】【LVR:79】
【ラヴィニア合流(仮)】
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