第21話 クリアの夜・ユリアがここなを認める
第二層の鍵が完全に輝いた。
機械音声が告げた。
『第二層クリア。参加者の皆様、おめでとうございます。間もなく第三層へ転送されます。転送前に三十分の猶予を設けます』
広場のあちこちから、安堵の息が漏れた。
泣いているプレイヤーがいた。座り込んでいるプレイヤーがいた。誰かが誰かの肩を叩いていた。
シルエットは、静かに消えた。
次の層で会おう、という言葉だけ残して。
聖夜はLVRを確認した。
【HP:68/100】【LVR:78】
今日一番高い数値だった。告白ボーナスが効いた。
「……三十分」
ここなが言った。
「次に行く前に、やることがある」
「何を」
「ユリアに話す。告白のこと」
ここなの声が、少し緊張していた。「あーし」でも「うち」でもなく、ただのここなの声だった。
◆
ここながユリアの前に立った。
他のプレイヤーから少し離れた場所だった。広場の端、崩れた石の壁の前。聖夜は少し離れて、二人の様子を見ていた。
美羽が隣に来た。
「……見ていいんですか」
「お前も関係者だ」
「……関係者、ですか」
「ここながユリアに認められれば、陣営の形が変わる。美羽にも関係する」
美羽が少し黙って、二人の方を向いた。
「……ユリア、なんて言うんでしょう」
「わからない」
「……わたくし、ユリアさんが怖いです」
「なぜ」
「……全部見通している感じがして。わたくし自身のことも、わたくし以上にわかっているんじゃないかと思うことがあります」
「ユリアはそういうやつだ」
「……あなたは怖くないんですか」
「怖い。でも、それが頼りになるということでもある」
美羽が少し考えた。
「……なるほど。怖さと信頼は、別の話なんですね」
「そうだ」
◆
「……ユリア、話していい?」
「はい」
「……うち、聖夜のことが好き。昨夜も今日も、審判の時も、本物だった。でも、ユリアが正室だから、勝手に動くのは違うと思って」
ユリアが静かにここなを見ていた。
「……それを、私に言いに来たんですね」
「そう。断られたら諦める。嘘はつかない」
ユリアが少し間を置いた。
「……一つ聞いていいですか」
「何でも」
「あなたは、聖夜を本当に必要としていますか。LVRのためではなく」
「必要としてる。廃墟で一人だった時、声をかけてもらった。それだけで変わった。あの人がいると、うちはうちでいられる気がする」
「うちでいられる、というのは」
「……ずっと「あーし」でいないといけないと思ってた。陽キャとして、明るく、みんなのムードメーカーとして。でも、聖夜の前だとそれをしなくていい。うちのままでいられる」
ユリアが、静かに頷いた。
「……もう一つ聞きます」
「どうぞ」
「私のことは、どう思っていますか」
ここなが少し驚いた顔をした。
「……ユリアのこと?」
「はい。あなたが聖夜を好きなのはわかりました。でも、私との関係はどうありたいですか」
ここなが少し考えた。
眉を下げて、真剣に考えた。
「……うちは、ユリアのことが怖かった。最初。なんか、全部見通してるみたいで、自分が計算してたのがバレるんじゃないかって」
「バレていましたよ」
「……やっぱり」
「でも、あなたの計算は半分でした。もう半分は本物でした。だから私は、あなたに興味を持ちました」
ここなが、少し目を丸くした。
「……ユリア、うちに興味持ってたの?」
「はい。あなたの感情を読む能力は、本物だと思います。それは私にはない能力です。私は感情を分析することができますが、あなたのように直接感じ取ることはできない」
「……ユリアにできないことが、うちにはできるってこと?」
「そうです。私たちは補完関係にあると思っています」
ここなが、少し固まった。
「……補完関係って、なんか対等みたいな言い方だね」
「対等です。私が正室であることは、序列ではなく役割の話です」
「役割の違い」
「聖夜との関係において、最初に契約した者として、全体を見る責任があります。それが私の役割です。あなたにはあなたの役割がある」
「……うちの役割は何?」
「感情を読み、繋げること。あなたがいると、グループの空気が温かくなります。私には作れない温度です」
ここなが、今度は目が赤くなった。
「……うち、泣きそう」
「なぜですか」
「……こんなにちゃんと答えてもらえると思ってなかったから」
ユリアが、静かにここなの肩に手を置いた。
冷たい手だった。でも、震えていなかった。
「泣いていいですよ。ここは、本物の感情が出せる場所ですから」
ここなが、泣いた。
声を出さずに泣いた。肩が震えた。
少し離れた場所で、美羽が静かに言った。
「……ユリアさん、すごい人ですね」
「そうだな」
「……わたくしも、いつか同じように話せる日が来るでしょうか」
「来る」
「根拠は?」
「美羽も変わってきてるから」
美羽が少し黙った。
「……そうでしょうか」
「そうだ。最初にここに来た時より、言葉が増えた」
「……増えましたか」
「増えた。最初は必要なことしか言わなかった。今は余計なことも言う」
「……余計なことですか」
「余計なことが言えるようになるのは、信頼が生まれた証拠だ」
美羽が、眼鏡の奥で少し目を細めた。
「……なるほど。そういう見方をするんですね」
「するな」
「……はい」
◆
二人の会話が終わった後、ここなが聖夜の元に来た。
目が少し赤かった。
「……承認された」
「そうか」
「……ユリア、すごいね」
「そうだな」
「うちが言いたいことを全部先に言われた。うちが聞きたいことも全部答えてもらった。なんか、頭が追いつかなかった」
「それがユリアだ」
「……あんた、こんな人と一緒にいるんだね」
「一緒にいる」
「……うちでよかった? ユリアと比べると、うちって全然大したことないじゃん」
「比べるものじゃない」
「でも」
「ユリアはユリアで、お前はお前だ。俺が必要なのは、どちらか一方じゃない」
ここなが少し間を置いた。
「……それ、正直に言えるの、すごいね」
「正直に言わないと意味がないからな」
「……うちも、ちゃんと言える人になりたい」
「なれる」
「根拠は?」
「今日のユリアへの話し合いを見てた。十分言えてた」
ここなが、今度は目が赤くならずに笑った。
「……ありがとう」
◆
転送の直前、ユリアが聖夜の隣に来た。
「……報告があります」
「ここなのことか」
「はい。承認しました」
「聞いた」
「あなたに確認しておきたいことがあります」
「何を」
ユリアが聖夜を真っ直ぐ見た。
「……私が承認したことで、あなたの中で何かが変わりますか」
「変わらない」
「本当に?」
「ユリアが正室であることは変わらない。ここなへの気持ちが生まれても、それはユリアへの気持ちとは別だ」
「……別に持てるということが、私には不思議です」
「俺にも不思議だ。でも、そうなってる」
ユリアが少し黙った。
「……私は、記憶が少しずつ戻っていますが、「愛」というものがどういうものか、まだ完全にはわかりません。でも、あなたといる時に生まれる感情は、他の何とも違います。それが愛なのかもしれないと思っています」
「……そうだと思う」
「根拠は?」
「お前が俺のために剣を向けた時、それが何かわかった」
ユリアが、少し瞳を揺らした。
「……あの時は、無意識でした」
「無意識でそれができるのが、愛だと思う」
ユリアが、しばらく聖夜を見ていた。
「……覚えておきます」
光が来た。
転送が始まる。
聖夜はユリアの手を握った。
ユリアが握り返した。
【LVR:78 → 89】
【《エンプティ・リンク》:感情倍率 更新】
青白い光が腕に走った。
今度は翼の形だけが残った。鎖の形は消えていた。
(……少し、変わってきてる)
スキルが、積み上がった感情に応じて形を変えている。
最終層で何になるのか、まだわからない。
ここなが光の中で聖夜に言った。
「……ユリアに承認された。だから言う」
「何を」
「うち、聖夜のことが好き。今度は「かもしれない」じゃない。確信してる」
聖夜は少し間を置いた。
「……ユリアに聞いてから言う」
「ユリアに確認した。昨夜」
「何と言った」
「……「受け取り方はあなたが決めていい」って。ユリアらしい答えだった」
聖夜はユリアを見た。
ユリアが静かに頷いた。
「……受け取った」
「それだけ?」
「お前が確信してるなら、俺も確信できる日が来ると思う。今は、それだけだ」
ここなが少し考えた。
「……それって、好きになりそうってこと?」
「なるかもしれない」
「……なんか、正直すぎてかわいいね」
「かわいくはない」
「かわいいよ」
【LVR:ここな +17】
ここなの確信が、数字を動かした。
光が全てを包んだ。
――どこか遠い場所で、何かが静かに見ていた。
◆◆◆
【第二層 クリア】
【HP:68/100】【LVR:89】
【承認完了:ここな】
【第三層へ転送】
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