第20話 桐島の声・ここなの決意
審判フェイズが終わった後、転送までの時間があった。
第二層の審判は、第一層とは形式が違った。
「視聴価値の低い者を選ぶ」のではなく、告白タイムの記録が精査された。本物の感情から来た告白か、計算から来た告白か。その判定結果が各自のLVRに反映された。
聖夜のLVRは審判後、増加していた。
【LVR:78】
前の層より高い数値だ。ユリアへの告白が複数回あり、そのたびに本物の感情倍率がかかっていたらしい。
でも、それより気になることがあった。
聖夜は人数を数えた。
第二層を生き延びた者が、何人残っているか。
六十一人から始まって、今は二十四人だった。
(……七人消えた)
廃都市で、七人が消えた。ボス戦では全員生き残ったが、探索中の戦闘や、LVRが尽きたプレイヤーが出た。
田中は生き残っていた。足を引きずっていたが、目は生きていた。
サクラの青年は、審判フェイズ中に姿を消した。証明はできなかったが、去り際に一度だけこちらを振り返った。「楽しかったよ」と言って、笑って消えた。
その笑いの意味が、ずっと引っかかっていた。
◆
転送前の最後の時間、広場を一人で歩いていた。
その時、桐島の声が聞こえた。
偶然だった。
広場の反対側で、別のグループが話しているのが聞こえた。その中に、知っている声があった。落ち着いた、少し硬い声。
「……桐島」
聖夜は声の方に向かった。
桐島がいた。
第一層で別れた時から、ずっと別のグループで動いてきた。少し痩せた気がした。左腕に包帯が巻いてある。でも、目が生きていた。あの感知の目が、まだ冷静に周囲を見ていた。
桐島が聖夜に気づいた。
一瞬、体が固まった。
「……生きてたか」
「生きてた」
どちらも、それだけ言った。
しばらく、沈黙があった。
廃都市の灰色の空気の中で、二人が立っていた。
「……第一層で別れた時、俺はひどい別れ方をした」
「……わたくしも、言い方がきつかったと思います」
「俺のやり方は正しかったかどうか、今でも確信が持てない」
「……わたくしも同じです。あなたのやり方と、わたくしのやり方、どちらが正解かは、今もわかりません」
「でも、どちらも生き残った」
「……はい」
桐島が少し間を置いた。
「……第二層で、あなたのことを何度か思いました」
「何を思った」
「……この状況で、あなたならどう判断するか、と。計算では答えが出ない時に、あなたの顔が浮かびました」
「俺は計算で動かないからな」
「……そうです。だから、参考になりました」
聖夜は少し笑った。
「……参考にされていたとは知らなかった」
「……言えませんでした。プライドがあったので」
「そういうやつだと思ってた」
桐島が、少しだけ表情を緩めた。
緩んだのか、それとも疲れが取れたのか、区別がつかないくらい小さな変化だった。
「……あなたの陣営、どうなっていますか」
「ユリアと美羽と、ここなというプレイヤーが加わった」
「ここな、というのは」
「珊瑚ピンクの髪だ。感情を読むスキルを持ってる」
「……感情を読む。そういうスキルがあるんですね」
「あった方が、このゲームでは強い。計算で動く人間を見分けられる」
桐島が少し頷いた。
「……なるほど。サクラへの対策として」
「そうだ。お前のグループには、そういう奴はいたか」
「……いませんでした。でも、似た状況はありました。誰かが誰かを疑い始める空気になったことが、一度」
「どう対処した」
「……私が全員の前で話しました。疑うなら根拠を出せ、根拠がないなら今は保留にしろ、と」
「上手く機能したか」
「……機能しました。ただ、そこで一人が単独行動を始めて、モンスターに遭遇して消えました」
聖夜は少し黙った。
「……それはお前のせいじゃない」
「……わかっています。でも」
「でも、引っかかってる」
「……はい」
桐島が左腕の包帯を無意識に触った。
「……第二層で、グループの一人が助けを求めた時、感知が間に合いませんでした。私が別の方向を読んでいて、その隙をモンスターに突かれた」
「それも、お前のせいじゃない」
「……でも、間に合えば助けられたかもしれない」
「間に合わなかった。それだけだ。間に合わなかった事実と、お前が悪いかどうかは別の話だ」
桐島が、聖夜を見た。
「……あなたは、いつもそういう言い方をしますね」
「そうか」
「……第一層で、見捨てるのが嫌だと言っていた。俺のやり方じゃ全員は救えない、と私が言った時も、お前は「そうだな」と言って前を向いた」
「覚えてる」
「……あなたは、救えなかった事実を、引きずらないんですか」
聖夜は少し考えた。
「引きずってる。ただ、引きずりながら前を向くしかない。立ち止まると、今いる人間まで守れなくなる」
桐島が、少し間を置いた。
「……私は、立ち止まっていたんだと思います。第一層でも、第二層でも。計算が外れるたびに、少しずつ止まっていた」
「でも生き残ってきた」
「……生き残れたのは、周りの人間のおかげです」
「それでいい。一人で全部できると思わなくていい」
二人の間に、また沈黙があった。
この沈黙は、第一層で別れた時の沈黙とは違った。
あの時は、言えないことが多すぎる沈黙だった。
今は、言わなくてもわかる沈黙だった。
◆
ここなが桐島の傍に来た。
「……初めまして。天羽ここなです。聖夜から話は聞いてました」
「真壁桐島です」
「……第一層で別れたって聞いた。喧嘩みたいな感じで」
「……そうです」
「仲直りしないの?」
桐島が少し黙った。
「……仲直り、というより」
「なに」
「……謝りたい、と思っていました。でも、どう謝ればいいかわからなかった」
「謝り方なんか何でもいいじゃん」
「……そういうものですか」
「そういうものだよ。ごめん、って言えばいい。それだけ」
桐島が聖夜を見た。
「……ごめんなさい。言いたいことを言えないままでいました」
「俺もだ。お前が言いかけた言葉、今でも気になってる」
「……第一層で別れる時、言いかけた言葉ですか」
「ああ」
桐島が少し間を置いた。
「……ありがとう、と言おうとしていました。声をかけてくれたこと、桐島として見てくれたことへの礼を」
「……お互い様だ」
ここなが、桐島を見た。
「……桐島さんって、ちゃんとした人なんだね」
「……どういう意味ですか」
「感情が本物。靄が揺れてる。怖かったんだなって、見てわかる」
桐島が少し戸惑った顔をした。
「……あなたのスキルで、そこまでわかるんですか」
「わかる。桐島さん、今ちょっと安堵してる。聖夜と話せてよかったって思ってる」
「……そう、ですね」
「よかったじゃん。うちも、桐島さんに会えてよかった。話に聞いてたより、ずっといい人だった」
桐島が、また少し表情を動かした。
「……あなたのような人が陣営にいると、聖夜さんはいい影響を受けますね」
「逆だよ。うちが影響受けてる」
◆
転送の直前、ここなが聖夜の隣に来た。
「……うち、決めた」
「何を」
「第三層では、もっと本物を出す。ユリアへの話も、ちゃんとしたい。うちの気持ちを、正式に伝えたい」
「それがここなの存在理由になってきたな」
「……存在理由?」
「生き残ろうとする理由だ。言いたいことがある人間は、帰ろうとする力が強い」
「……そうかな」
「そうだ。お前は今、桐島と話せて、ユリアに話したくて、リアルに帰りたい理由が増えた。それが一番強い動機になる」
ここなが、少し笑った。
「……あんたって、なんかいつもそういう言い方するよね」
「どういう言い方だ」
「……うちの中にあるものを、ちゃんと言葉にしてくれる言い方」
「言葉にしてるだけだ。お前の中にあったものだから」
「……うち、あんたのことが好きだって、また言っておく」
「また受け取った」
「……ユリアへの報告、次の層に入ったらすぐする」
「そうしろ」
光が来た。
第三層への転送が始まる。
桐島が少し離れた場所から、こちらを見ていた。
視線が合った。
桐島が、小さく頷いた。
聖夜も頷いた。
第三層でも、どこかで生きていてくれ。
声には出さなかった。でも、そう思った。
――その音を、遠い場所の何かが聞き届けた。
◆◆◆
【第二層 審判後・転送前】
【HP:64/100】【LVR:78】
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