第19話 廃都市のボス・そして桐島がいない
第二層七日目、廃都市の中心部へ向かった。
七人で動いた。
聖夜、ユリア、美羽、ここな、松本(索敵)、防御系の男、足の怪我が回復した男。
【HP:74/100】【LVR:51】
LVRが五十台に入った。今日中に何かを積み上げないと、明日が危うい。
美羽が先頭で地図を確認しながら歩く。
松本が索敵スキルで周囲を確認する。
ここなが感情の靄を感じ取ろうとしながら歩く。
桐島がいれば、この三つが一人でできた。
(……改めて、あいつはすごかった)
◆
崩れかけた建物のエリアを通過した。
美羽が全員に囁いた。
「……足音を最小限にしてください。このエリアは地盤が特に不安定です。大きな振動が来ると、建物が崩れる可能性があります」
七人が息をのんで、一歩ずつ確かめながら進んだ。
ここなが前に出た。
「……何かいる。でもこっちに気づいていない感じ。靄が……静止してる」
「静止?」
「うちの感覚だと、モンスターが動いている時は靄が揺れる。今は揺れてないから、たぶん眠ってるか、静止してる」
「信じる。急いで通過する」
七人で急ぎ足で通り抜けた。
何も起きなかった。
「……通過できました」
美羽が静かに言った。
「ここなの感知、使えたな」
「うち、嬉しい」
「次からも頼む」
「うん」
◆
廃都市の中心部に着いた。
ここながゲームの知識で予測した通りだった。
広場があった。直径四十メートルほどの空間。その正面に、廃都市で一番大きな建物の残骸が立っていた。
広場に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
湿った冷気だった。廃都市の他のエリアとは質が違う。
水気の多い冷たさではなく、熱を吸収するような冷たさ。近づくほど、体の中から熱が抜けていく感覚がある。
「……寒い」
美羽が呟いた。廃都市に入って初めて、彼女が感覚的な言葉を発した。
「ここなの感知は?」
「……靄が、全部あの建物に向かって流れてる。まるで吸い込まれてる感じ。あんな靄、見たことない」
「中に入る。全員、固まって動くな」
七人で建物に入った。
中は暗かった。
でも、光がある。建物の奥から、青白い光が漏れていた。脈打つように、周期的に明暗を繰り返している。
その光に近づくほど、さっきの冷気が強くなった。息をするたびに、白い靄が口から出る。
「……あれは生きています」
ユリアが静かに言った。
「ボスか」
「違います。もっと根本的な意味で。感情のない存在が、それでも生きようとしている。その意志だけがあります」
◆
ボスは、人型だった。
廃都市の建物の中心に浮かんでいた。
全身が青白い光に包まれている。顔はあるが、表情がない。まるで、感情が空白になっているような顔だった。
大きさは人間と同じくらい。でも、地面から一メートルほど浮いている。
腕が、ゆっくりと横に広がっていた。十字架のような姿勢だった。
光が脈打つたびに、床が振動した。
石の床が、ごく微かに震えている。その振動が、靴の裏から骨に伝わってくる。
「……LVRが低い存在だ」
ユリアが言った。
「どういう意味だ」
「あれは、感情がない。だから光も揺れない。計算だけで動いている。第二層のテーマと関係しているかもしれません。繋がることの意味──繋がれない存在が、このフロアのボスとして設置されている」
「そういうことか」
「倒せるかどうか、わかりません。感情のない存在に、感情から来る攻撃が完全に通じるとは限らない」
ボスが動いた。
腕が動いた。ゆっくりと、でも確実に。
青白い光が、床を伝って広がった。聖夜の足元に達した瞬間、足首に絡みついた。
冷たい。
冷たいというレベルではなかった。骨が砕けるような冷たさが、足首から膝まで一気に上がってきた。
「っ──」
声が出た。痛みではなく、あまりの温度差に体が反応した。
「……動きを止めようとしている」
ユリアが前に出た。
氷の剣を構えて、ボスに向かった。
剣先が届いた。青白い光の表面に触れた。
通った。でも浅い。
氷結が表面を凍らせたが、内部までは届かない。まるで、感情のない存在には感情から来る力が半減するかのように。
「感情のない存在に、感情から来る氷は完全には通じません」
「じゃあ何が通じる」
ここなが言った。
「……うち、試していい?」
「何を試す」
「回復スキルを、ボスに向けてみる。感情がない存在なら、感情を与えることで不安定にできるかもしれない。うちのスキルは感情状態を動かす。本物の感情で使えば、あいつの空白に何かを埋め込めるかもしれない」
「根拠は」
「……うちの感覚だけ」
「やってみろ」
◆
ここなが前に出た。
目を閉じた。
廃都市の冷気が全身に当たっている。足元から振動が来ている。でも、それを全部遮断した。
昨夜、聖夜に「好きかもしれない」と言った時の感覚を思い出した。
「かもしれない」でも、本物だと思った。その感覚。
桐島が別れていった時に感じた、止められなかった悔しさ。
廃墟の陰で一人でいた三日間。暗くて、寒くて、誰の声も聞こえなかった夜。
それでも声をかけてくれた人がいた。
本物の感情が、体の奥から出てきた。
胸の中心が、温かくなった。
スキルを発動した。
何かが飛んだ。目には見えない。でも、確かに何かが飛んだ。
青白い光が揺れた。
均一だった光の脈打ちが、乱れた。
ボスの「顔」に、何かが走った。表情ではない。でも、空白に何かが入り込んだ瞬間のような揺れがあった。
「今」
ユリアが飛んだ。
今日一番の凍気を、剣先一点に集中させた。
乱れた青白い光の中心、核に向かって突き刺した。
白い光が爆ぜた。
ボスの表面の青白い光が、内側から崩れた。
脈打つリズムが止まった。
浮いていた体が、ゆっくりと落ちた。
床に触れた瞬間、光が散って、消えた。
冷気が、一瞬で消えた。
建物の中が、普通の廃墟の温度に戻った。
七人が、しばらく無言で立っていた。
◆
戦闘後、七人が広場に出た。
機械音声が告げた。
『第二層ボス撃破を確認。第二層クリア条件達成まで、あと一つ』
「あと一つ?」
「……審判フェイズです」
ユリアが言った。
「また来るのか」
「はい」
聖夜は少し考えた。
「……まずは拠点に戻る。全員消耗している」
七人で拠点に戻り始めた。
その途中で、気づいた。
桐島のグループが、昨日とは別の場所に移動していた。
遠くに見えた。五人のグループだ。桐島の姿が、その中にあった。
元気そうだった。
少し離れた場所から見ると、グループの先頭で両手を広げている。感知を使っている姿勢だ。変わっていない。
「……桐島がいる」
ここなが言った。
「ああ」
「声かけないの?」
「……あいつが声をかけてこないということは、今は別々でいいということだ」
「でも」
「帰ってから言えばいい。今はそれぞれのやり方がある」
ここなが少し黙った。
桐島の方向を見ながら、黙っていた。
「……桐島さん、うちたちのこと見てると思う?」
「見てるかもしれない。でも、近づいてこないということは、今は距離を置く判断をしている」
「……あんたと別れた時、何かを言いかけたんでしょ」
「ああ」
「何を言いかけたんだと思う?」
聖夜は少し考えた。
「……わからない。でも、言いたかったことがあったのは確かだ」
「聞かなかったの?」
「聞けなかった。あいつが閉じたから」
「……寂しいね」
「ああ」
「聖夜って、寂しいってちゃんと言うんだね」
「言わないより言う方が正確だからな」
ここなが少し笑った。
「……うち、あんたのそういうとこ好きだよ。また言っとく」
「また受け取った」
「ユリアへの報告、まだしてないんだけど」
「してこい」
「今夜する。ちょっと怖いけど」
「怖くない。ユリアは正直に話せばわかる」
「……そうかな」
「そうだ」
ここなが深呼吸した。
「……よし。今夜、言う」
二人は歩き続けた。
桐島のグループが、遠ざかっていった。
聖夜は桐島の背中を見た。
まだ、両手を広げたままだった。感知を続けている。生き延びようとしている。
(……あいつは大丈夫だ)
根拠はなかった。でも、そう思った。そう思いたかった。
それで十分だった。
――どこか遠い場所で、何かが静かに見ていた。
◆◆◆
【第二層 7日目 夕刻】
【HP:68/100】【LVR:49】
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