第18話 サクラの正体・信頼と疑惑の間
第二層六日目、廃都市の中心部へ向かう朝だった。
四人プラス仮合流の索敵男、合計五人で出発の準備をしていた。
その時、別グループから女が走ってきた。
三十代の、昨夜相談に来た女だった。顔色が悪い。
「……問題が起きた」
「何が」
「あの男が、うちらのグループの食料を独り占めしていた。見つかって、口論になった。今、グループがバラバラになりかけている」
聖夜は少し考えた。
「全員は集められるか」
「……今すぐなら。でも、あの男がいる限り、また同じことになる」
「あの男を特定して、排除できるか」
「どうやって。証拠がないと、あいつは否定するだけだ」
ここなが静かに言った。
「……うちに、やらせてほしい」
全員が振り向いた。
「昨夜、感情の靄を感じる練習をした。計算で動いている人間は、感情の流れが違う。本物と嘘の境目が、なんとなくわかってきた気がする」
「なんとなく、か」
「なんとなくだよ。失敗するかもしれない。でも、やってみたい」
聖夜はユリアを見た。ユリアが静かに頷いた。
「……やってみろ」
◆
全員を集めた。
別グループの三人と、聖夜のグループの四人と、索敵男。九人が廃墟の壁際に立った。
「……一人ずつ、話を聞く」
聖夜が言った。
「何の権限でそんなことを」
サクラ候補の男が言った。初めて声を上げた。
「権限はない。でも、お前が食料を独り占めしたという話を聞いた。事実なら説明してくれ。事実でないなら、それも説明してくれ」
「嘘だ。あいつらが俺を陥れようとしている」
「なぜ陥れる必要がある」
「……俺がこのグループに加わることが、面白くない人間がいる」
「誰が」
「お前たちだ」
男が聖夜を指した。
「お前たちは俺を断った。だから俺がここに来てうまくやっているのが気に食わない。工作したんだろ」
聖夜は返答しなかった。
ここなが前に出た。
「……一個だけ聞いていい?」
男がここなを見た。最初は軽く見ていた。珊瑚ピンクの髪のギャル。外見で判断した目だった。
「何だ」
「あんたは、このグループに来てから、何が怖かった?」
男が少し固まった。
「……怖い? 別に何も」
「本当に?」
「本当だ」
ここなが少し間を置いた。
目を閉じた。
両手を、自然に広げた。スキルを意識したのではない。感じ取ろうとしている姿勢が、自然にそうなった。
全員がここなを見ていた。
男も見ていた。少し、目が動いた。
「……嘘だ」
静かに言った。
「何かが怖かった。うちにはわかる。感情の揺れ方が、本当に怖くない人間のそれじゃない。何かを計算してる人間が、恐れている時の揺れ方だ」
「……何を感じ取ったって言うんだ」
男の声が低くなった。さっきまでの軽さが消えていた。
「靄みたいなもの。あんたの靄は、ここに来てからずっと同じ形をしてる。普通の人間は、状況によって靄の形が変わる。怖い時は縮む。安心した時は広がる。でも、あんたの靄は変わらない」
「……それが何を意味する」
「感情で動いていない証拠だと思う。計算で全部やってるから、靄が変化しない」
男が少し、表情を動かした。
怒りではなかった。評価するような、確認するような動きだった。
「……面白いな」
「面白い?」
「感情で正体を暴こうとするとは。思ったより厄介だ」
男が立ち上がった。
「……認めるのか」
聖夜が言った。
「認めも否定もしない。ただ、もう用がなくなった」
男が廃墟の奥に向かって歩き始めた。
「行かせるのか」
「……追いかけてどうする。危害を加えるつもりはない。姿を消すなら、それでいい」
男が廃墟に消えた。
◆
しばらく、全員が沈黙していた。
ここなが息を吐いた。
「……うちの感覚、合ってた?」
「合ってた」
「……よかった。自信なかったから」
別グループの女が言った。
「……あの男が、サクラだったということか」
「確認はできないが、そう見ていいと思う」
「……最初から、うちらのグループを崩すために来ていたのか」
「そうだ」
女が、少し疲れた顔をした。
「……何のために」
「ゲームを面白くするためだ。俺たちが感情を積み上げれば積み上げるほど、崩れた時の落差が大きくなる。それが、見ている側には娯楽になる」
「……最悪だ」
「最悪だ。でも、それが今いる場所だ」
◆
男が去った後、全員で昼食をとった。
別グループの三人が、聖夜たちと同じ場所で食べた。
初めて、全員が同じ空間で食事をした。
索敵男が言った。
「……俺も疑われてたよな」
「ああ」
「今も疑ってるか」
「今は疑っていない。さっきの反応で、本物のプレイヤーだとわかった」
「どんな反応が決め手だった」
「ここなが感情を読んでいる間、お前は少し怖そうな顔をしていた。自分も読まれるんじゃないかと思った顔だ。やましいことがある人間とは、怖がり方が違う」
「……そんなに見てたのか」
「全員見てた」
索敵男が少し黙った。
「……名前、言ってなかったな。松本だ」
「聖夜だ。以後よろしく」
◆
午後、廃都市の中心部への行動を一日先延ばしにした。
別グループの三人が、今日のうちに態勢を整えたいと言ったからだ。
サクラに内部を荒らされた後遺症が残っていた。誰かを信頼することへの戸惑いが、まだある。
「……一緒に来るか」
聖夜が女に聞いた。
「中心部の攻略に?」
「ボスを倒せれば、第二層がクリアになる。一人でも人数が多い方がいい」
「……でも、あなたたちの足を引っ張る」
「引っ張ってない。足を怪我した男は今日随分良くなったはずだ。もう一人は何のスキルを持ってる」
「……防御系だと言っていた。壁を張るような」
「十分だ。盾役が一人増える」
女が少し考えた。
「……一緒に行く」
合計七人になった。
◆
夜、出発前の最後の夜に、ここなが聖夜に話しかけた。
「……あんた、さっき、自分で全員見てたって言ったじゃん」
「ああ」
「うちも見てた。でも、うちと聖夜じゃ、見てる場所が違う気がした」
「どう違う」
「聖夜は動き方を見てた。うちは感情を見てた。同じ人を見てるのに、情報が違う」
「補い合えるな」
「そう思う。うちと聖夜、相性いいかもしれない」
「……そうかもしれない」
「あんた、そういうこと素直に認めるね」
「認めた方が早いからな」
ここなが少し笑った。
「……うち、聖夜のそういうとこ、好きかもしれない」
言ってから、少し固まった。
「……今のは、告白とかじゃなくて」
「わかってる」
「ただの感想で」
「わかってる」
「……よかった。なんかやばいこと言っちゃったと思って」
「やばくはない」
「……そう?」
「そうだ。感情が本物なら、言っていい。このゲームでは特に」
ここなが少し考えた。
「……じゃあ、もう一回言う」
「聞く」
「うち、聖夜のことが好きかもしれない。まだ「かもしれない」だけど、本物だと思う」
【LVR:ここな +12】
数字が動いた。
「かもしれない」でも、本物の感情からだったから。
「……受け取った」
「それだけ?」
「それだけだ」
「……なんかもっとリアクションあると思ってた」
「ユリアに確認してからだ」
「……そうか、正室制度があるんだった」
「ある」
「……うち、正室制度、最初聞いた時おかしいと思ったけど」
「今は?」
「……今は、なんか理解できる気がする。ユリアが全員を認めるってことは、ユリアが一番あんたを信じてるってことだから」
「……そういう解釈か」
「違う?」
聖夜は少し考えた。
「……正確かどうかはわからないが、間違ってはいないと思う」
「じゃあ、うちはユリアに頼んでみる」
「それはお前が聞いてくれ」
ここなが少し間を置いた。
「……うち、勇気出して聞いてみる。でも、ユリアに嫌と言われたら?」
「それはユリアが決める話だ」
「聖夜は?」
「俺の気持ちは、ユリアの承認があってから話す」
「……その順番、守るんだね」
「ユリアが正室だからな」
ここなが、少し笑った。
さっきより少し違う笑いだった。本気の笑いだった。
「……うちさ、ゲームの中でこんなに本気で話すとは思ってなかった」
「このゲームはそういう場所だ」
「でも、だからこそ本物が出る気がする。リアルだと、うちはもっと計算してる。陽キャとして振る舞うために、ずっと計算してた。でも、ここだと計算してる余裕がない」
「……それがこのゲームの設計なのかもしれない」
「怖い設計だね」
「最悪の設計だ。でも、結果として本物が出る」
ここなが少し黙った。
「……うち、帰ったら、リアルでも本物を出せるようになってるかな」
「なれると思う」
「根拠は?」
「ここで出せてるから」
――その音を、遠い場所の何かが聞き届けた。
◆◆◆
【第二層 6日目 夜】
【HP:74/100】【LVR:55】
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