第16話 廃都市中心部・ボス前の全員集合
第二層三日目の夕方、廃都市の中心部に着いた。
広場があった。
第一層のセーフポイントの広場とは違う。ここは、廃都市が廃都市になる前の名残だった。かつて市場か何かだったらしく、石造りの台座が並んでいた。台座の上に積まれていたはずのものは、とっくに崩れて瓦礫になっている。でも、台座の石だけがまだ残っていた。何十年も、あるいは何百年も、誰かの商売の痕跡を支え続けた石が。
その広場に、他のプレイヤーが集まってきていた。
大グループの十二人。聖夜たちの四人。他にも散らばっていた小グループが何組か来ていた。
総勢で二十二人だった。
「……全員が、ここを目指していたんだな」
ユリアが静かに答えた。
「そうだと思います。廃都市のボスは中心部にいる。誰もがそれに気づいている」
聖夜は広場を見渡した。
二十二人。
最初は二百人いた。一層で百十三人が消えた。二層に来て三十一人になった。そこからさらに減って、今は二十二人だ。
(……それでも、ここに来た人間が二十二人いる)
生き延びてきた人間の顔が、それぞれに疲れていた。でも、誰も諦めていなかった。
◆
大グループのリーダーが聖夜に声をかけた。
「……昨日、田中から話を聞いた。あなたたちのことを」
「何を聞いた」
「サクラについて。うちのグループにいるかもしれないということ」
「田中が話したか」
「話してくれた。おかげで、少し意識して観察できた」
「何か気づいたか」
リーダーが少し間を置いた。
「……あの青年の動きを一日見ていたら、確かにおかしいことに気づいた。何かを言うわけじゃない。でも、会話の中で、あと一言多い。その一言が、なぜかいつも誰かを傷つける方向に働く」
「わかった。対処するか」
「……まだ直接的な証拠がない。でも、うちのグループには話しておく。明日の戦闘が終わったら、改めて話し合うつもりだ」
「それでいい。戦闘中は使えるものは全部使う。青年の索敵スキルも含めて」
「……割り切るんだな」
「戦闘中に動きがおかしければ、そこで判断する。疑いだけで今夜排除しても、それで陣営が割れたら本末転倒だ」
リーダーが少し考えた。
「……あなたの言い方は、いつも計算的に聞こえるのに、結論が人間的だ」
「計算と人間的なものは、別じゃない」
◆
広場に集まった全員で、情報を共有した。
廃都市のボスは、中心部の最も大きな建物にいる。
ここなとリーダーの索敵系スキルで確認済みだ。建物の中に、強い反応がある。
「……どう戦う」
聖夜が聞くと、リーダーが答えた。
「人数があるなら、囲んで各方向から攻める」
「モンスターのタイプによっては逆効果だ。廊下型を思い出せ。密集していると、一頭が全員に当たり続ける」
「……なら、散開して各自が独立して動くか」
「それも問題だ。単独では脆い」
美羽が静かに言った。
「……二人一組のペアを複数作る方がいいと思います。完全な散開でも密集でもなく、ペアで連携しながら動く。ボスがどちらかに向かったら、別のペアが側面を取る」
「具体的には」
「……ボスの動きに応じて、役割を流動的に変える。攻撃役と囮役を固定しない。そのためには、全員が互いの位置を常に把握する必要があります」
「それはここなの感知で補える」
ここなが頷いた。
「……うちが全体の感情と位置を読む。危ない方向に感情の変化が来たら声を出す」
「あの青年の動きも読んでくれ」
「……わかった。戦闘中もずっと読んでる」
「決まった」
◆
作戦会議が終わった後、ここなが聖夜の隣に来た。
「……ねえ、一個聞いていい」
「何を」
「あの青年のこと、戦闘中に使うって言ったじゃん。サクラかもしれないのに」
「そうだ」
「……それって、割り切れる?」
聖夜は少し考えた。
「割り切れてない。でも、今夜排除したら二十二人の連携が崩れる。崩れた状態で明日ボスに挑むより、疑いを持ちながら全員で挑んだ方がいい」
「……でも、ボス戦中に裏切られたら」
「それはその時に判断する。お前が感知してくれれば、動きがおかしくなった瞬間にわかる」
「……うちに全部かかってるじゃん」
「かかってる。だから頼んでる」
ここなが少し間を置いた。
「……うち、プレッシャーに弱いんだけど」
「弱くない。廃都市に一人でいた三日間を乗り越えた人間が、弱いわけがない」
「……それ言われると、なんか反論できない」
「言えないのは、本当だからだ」
ここなが少し笑った。
「……あんた、ほんとにそういうとこあるよね」
「どういうとこだ」
「うちが一番言われたいことを、さらっと言ってくる」
「……計算じゃない」
「わかってる。だから嬉しい」
◆
夜、ボス戦の前夜だった。
二十二人のプレイヤーが、廃都市の中心広場に集まっていた。
翌朝、一斉にボスに挑む。
聖夜は広場の端に座って、LVRを確認した。
【HP:71/100】【LVR:49】
また警告ラインに近づいていた。昨日より削れている。
「……ユリア」
「はい」
「今夜、少し話したいことがある」
「聞きます」
聖夜は少し考えた。
「……ここまで来て、思うことがある。俺は最初、お前一人しか守れていなかった。今は、ここなも美羽も、田中も、このグループ全体も守りたいと思ってる」
「変化ですね」
「変化だと思う。でも、お前が正室であることは変わらない。それだけは確認しておきたかった」
ユリアが、静かに頷いた。
「……変わりません。あなたが守りたい人間が増えることは、私も同じです。でも、私があなたの隣にいることは、変わりません」
「そうか」
「……明日の戦闘が終わったら、少し話したいことがあります」
「何を」
「……記憶が、また少し戻ってきています。今夜の夢で、何か来るかもしれないと思っています。もし変な様子だったら、声をかけてください」
「わかった。起きてる」
「……眠らなくていいです。あなたが疲弊したら、明日の戦闘に響きます」
「俺が心配だから起きてたい、という話だ」
ユリアが少し間を置いた。
「……わかりました。ありがとうございます」
【LVR:49 → 58】
数字が上がった。
◆
深夜、広場の中を歩き回っている男がいた。
あの青年だった。
用を足しに行くような自然な素振りで、広場の端に向かっている。でも、聖夜には別の動きに見えた。
ここなが聖夜の袖を引いた。
「……靄が動いた」
「どういう動き方だ」
「……何かを確認してる感じ。周囲のプレイヤーの配置を、ひとつひとつ見てる感じの靄の動き方」
「偵察か」
「……たぶん。うちの感知だと、本気で寝てる人間と、起きてて何かを考えてる人間って、靄の形が違う。あの人は、全員分の靄を読んでる」
「わかった」
「……どうする」
「今夜は動かない。ただ、明日の戦闘中は目を離すな」
「うん」
青年が広場の端から戻ってきた。
何事もなかったような顔で、自分のスペースに戻った。
聖夜はその背中を見た。
(明日、全部はっきりする)
◆
深夜、ユリアが眠りについた後、ここなが聖夜の隣に座った。
「……眠れない」
「俺もだ」
「明日が怖い?」
「怖い。でも、怖いまま行く」
ここなが膝を抱えた。珊瑚ピンクの髪が、広場の薄い光の中で少し赤みがかって見えた。
「……うちさ、廃墟で一人でいた時のことを今でも思い出すんだよね」
「何を思い出す」
「……あの時、LVRが32まで落ちてた。あと二日いたら死んでた。でも、誰かが来てくれるって信じることができなかった。諦めてたわけじゃないけど、期待することも怖くて」
「そこに俺たちが来た」
「うん。声かけてもらえると思ってなかった。特に、ちゃんと名前で呼んでもらえるとは思ってなかった」
聖夜は少し考えた。
「名前で呼ぶのは当然だ」
「……リアルだとそうじゃなかった。あーしって呼ばれてた。うちじゃなくて、あーし」
「お前は天羽ここなだろ」
「……そう言ってくれるのが、あんただけだったんだよね」
ここなが少し間を置いた。
「……明日、怖いけど、あんたがいるから行ける。それだけ言いたかった」
「言った」
「……受け取った?」
「受け取った」
ここなが、少し息を吐いた。
「……じゃあ、眠ってみる」
「眠れ」
「……おやすみ、聖夜」
「ああ」
ここなが横になった。
広場に、静けさが戻った。
◆
夜が更けた。
翌朝のボス戦に備えて、広場に灯り代わりの石が並んだ。
二十二人のプレイヤーが、それぞれに体を休めていた。
誰も知らない。
明日の戦闘が終わった後、審判フェイズが来る。
その審判で、誰かがまた消えるかもしれない。
でも今夜は、生きている。
それで十分だった。
――どこか遠い場所で、何かが静かに見ていた。
◆◆◆
【第二層 3日目 夜】
【HP:71/100】【LVR:58】
【廃都市中心部・全員集合】
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