第15話 廃都市の深部・罠と心理戦の夜
第二層三日目。
夜明けとともに動き始めた。
廃都市の中心部まで、あと半日の距離だ。でも、昨日の罠だらけの南ルートを見て、中心部への道がどれだけ危険かを改めて実感した。
「……今日は中心部を目指す前に、安全なルートを確認する」
「はい」
「美羽の地盤分析と、ここなの感情感知を組み合わせる。二人が気になる場所は迂回する」
美羽が地図を広げた。
「……昨日の経験から、地図の精度を上げました。建物の内部構造を考慮すると、廃都市の中心への最も安全なルートは北西経由だと思います。ただ、一か所だけ、建物が崩れかけているエリアを通る必要があります」
「崩れかけているエリアで何が問題だ」
「……地盤が不安定で、大きな音を立てると建物が崩落する可能性があります。振動感知型のモンスターがいれば、最悪の状況になります」
ここなが目を閉じた。
「……そのエリア、どこにあります?」
「……ここです」
美羽が地図の一点を指した。
ここなが少し考えた。
「……うち、そっちの方向の靄を今から読んでみる。遠くても、密度が高い場所はわかるかもしれない」
目を閉じて、しばらく集中した。
「……何かいる。でも、静止してる。靄が揺れてない。静止してるモンスターは、今は起きていないか、何かを待ってる状態」
「待ってる?」
「……うちの感覚だと、何かの振動を待ってる感じ。音か、揺れか」
「やはり振動感知型か」
「……たぶん。あのエリアを静かに通れれば、気づかれないと思う」
◆
北西ルートを進んだ。
崩れかけた建物のエリアに入る前に、四人で確認した。
「……一人ずつ、間隔を空けて進む。前の人間が安全を確認してから、次が動く。声ではなく、手振りで合図する」
全員が頷いた。
聖夜が先頭で入った。
足音を殺した。靴の裏で地面の感触を確認しながら、体重を均等にかけて進む。
崩れかけた石壁が頭上にある。
亀裂が入った柱が、両側に立っている。いつ崩れても不思議じゃない状態だ。
十メートル進んだ。手振りで後ろに合図した。
ユリアが続いた。音もなく進む。騎士の体捌きで、足音が最小限だった。
美羽が続いた。少し慎重すぎるくらい慎重に、一歩ずつ確かめながら進んだ。
ここなが最後だった。
ここなが中間地点に差し掛かった時、外から音が聞こえた。
別のプレイヤーが、南側の路地を走っていた。
走る足音が、崩れかけた建物に反響した。
天井の石が、一つ落ちた。
次の瞬間、ここなが跳んだ。
石が落ちてきた場所から、ぎりぎりで外れた。
着地の音が少し出た。
全員が止まった。
モンスターの気配が、動いた。
「……来ます」
ここなが小声で言った。
「何頭だ」
「……一頭。でも大きい」
◆
振動感知型のモンスターが来た。
見た目は第一層の獣に似ていたが、耳がなかった。代わりに、体の表面全体に微細な感知器官が並んでいた。
それが振動を感知して動く。視覚がない。
「……音を立てるな。静止する」
四人が動きを止めた。
モンスターが、ゆっくりと廃墟の中を動き回った。
聖夜の二メートル前を通過した。
息を止めた。心臓の鼓動が、体の外に漏れそうなくらいうるさく感じた。
モンスターが止まった。
聖夜の方向を向いていた。
(……心臓の音を感知しているのか)
そう思った瞬間に、思考を止めた。考えれば考えるほど緊張する。緊張すれば心拍が上がる。
ただ、今ここにいる。それだけだ。
三十秒。
モンスターが、別の方向を向いた。
外の路地から、また音がした。別のプレイヤーの足音だ。
モンスターがそちらに向かった。
廃墟を出ていった。
聖夜は息を吐いた。
膝に力が入らなかった。
「……抜けた」
ここなが壁に寄りかかった。
「……うち、あの三十秒、死ぬかと思った」
「俺もだ」
「……でも、あんたが静止しろって言ったから静止した。あんたが動かなかったから、うちも動かなかった」
「それが正解だった」
「……あんた、怖くなかったの?」
「怖かった」
「なのに、なんで平静でいられるの」
聖夜は少し考えた。
「……怖いのと、動かないのは別の話だ。怖くても動かない判断ができれば、生き残れる」
「……それ、どうやって身につけるの」
「……死にそうになりながら、慣れる」
「最悪な身のつけ方だ」
「そうだな」
◆
崩れかけたエリアを抜けた後、大グループの田中から情報が入った。
別のプレイヤーが橋渡し役として来た。
「田中さんから伝言です。グループの中のあの青年について、昨夜から動きがあった、と」
「動き、というのは」
「……グループの中で、誰かが誰かの悪口を言いはじめた。でも、誰が最初に言い出したか、誰もわからない。空気が変わってきている、と」
「やはり動き始めたか」
「田中さんは、リーダーの男に話すべきかどうか、迷っているそうです」
「話した方がいい。証拠がなくても、観察していることを共有するだけで、グループ全体の意識が変わる」
「……そう伝えます」
使者が去った後、ここなが言った。
「……サクラって、自分では何も悪いことをしないんだね」
「そうだ。空気を変えるだけだ」
「……一番たちが悪い」
「ああ。でも、止める方法がある」
「何?」
「感情で読むことだ。計算で動く人間には、感情の動きがない。お前にはそれが見える」
ここなが少し考えた。
「……うちの感知が、このゲームで一番使えるのって、こういう場面なのかもしれない」
「モンスターとの戦闘より、人間との心理戦の方が得意か」
「……たぶん。うち、ずっと人を見てきたから」
「それがここで生きてる」
ここなが、少し笑った。
「……うち、廃墟の陰で一人でいた時、自分には何もないと思ってた。でも、あんたが声をかけてくれて、こうして使える場面が増えてきた」
「一人でいても見えなかっただろうからな。誰かと一緒にいないと発揮できないスキルだ」
「……それって、弱点じゃない?」
「弱点じゃない。一人で完結するよりも、誰かと組んで強くなる方が、このゲームの設計に合ってる」
ここなが少し間を置いた。
「……このゲーム、嫌いだけど、一個だけ認めたいことがある」
「何を」
「……人と繋がることの意味を、ちゃんと教えてくれてる。リアルでは怖くてできなかったことが、ここではできてる」
「帰ったら、リアルでもやれ」
「……やる。ぜったいやる」
――その音を、遠い場所の何かが聞き届けた。
◆◆◆
【第二層 3日目 昼】
【HP:71/100】【LVR:51】
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