第13話 廃都市の罠・チームが引き裂かれる
第二層二日目の朝、廃都市の探索が本格化した。
【HP:74/100】【LVR:61】
昨夜から減衰が続いている。第二層に入ってLVRの減衰速度が一時間七に上がった。聖夜は倍速なので十四。寝ている間も削れていく。
三人になった拠点を出た。
聖夜、ユリア、美羽。
美羽が地図を広げた。
「……昨日の偵察で、廃都市の中心部への道が二本あることがわかりました。北ルートと南ルートです」
「どちらが安全だ」
「……北ルートは建物の密度が低く、視界が開けています。ただ、昨日別のグループがモンスターに遭遇したという情報が入りました」
「南は」
「……南ルートは密度が高く、建物が複雑に絡み合っています。視界は悪いですが、隠れながら動けます」
「南を行く」
南ルートを選んだ。
◆
進んで三十分で、異変に気づいた。
廃墟の建物が、想定より密集していた。
路地が迷路のように入り組んでいる。美羽の地図では読み取れなかった細かい構造が、実際に入ると全然違った。
「……地図と合っていません」
美羽が少し焦った顔で言った。
「どれくらい違う」
「……だいぶ違います。建物の配置が、表から見えている構造と内部構造が乖離しています。地盤の調査だけでは把握できなかった」
「わかった。慎重に行こう」
路地を進んでいると、足元から音がした。
カチン、という小さな音。
ユリアが即座に叫んだ。
「跳んでください!」
三人が跳んだ。
聖夜の足元、踏んだ石畳の一枚が沈んだ。
次の瞬間、その石の周囲から鉄の網が飛び出した。プレイヤーを捕捉する罠だった。
網が、ユリアの外套の端を掠めた。
ユリアは無事だった。でも、美羽が着地した場所に、別の罠があった。
「美羽!」
美羽の右足が、罠の金属に絡まった。
切断するほどではない。でも、足が動かせない。
「……っ、離れません」
「ユリア、切れるか」
「やります」
ユリアが剣を抜いた。
凍結させて金属を脆くして、一撃で断ち切った。
美羽の足首に、赤い跡が残った。皮膚は切れていないが、圧迫で痛むはずだ。
「歩けるか」
「……歩けます」
「本当か」
「……少し痛いですが、動けます」
聖夜は周囲を見渡した。
罠が仕掛けられている。一つではない。路地全体に、気づきにくい形で設置されていた。
「……誰かが仕掛けた罠か、最初からある仕掛けか」
「わかりません。ただ、この精度は人工的だと思います」
ユリアが静かに言った。
「このゲームの設計者が仕掛けたか、あるいは先行したプレイヤーが仕掛けたか」
「どちらにせよ、前に進めないか」
「……前に進めますが、全員が同時に移動するのは危険です。一人が先に行って安全を確認してから、次が進む方が良いと思います」
◆
慎重に進んだ。
一人ずつ、前の人間の足跡を確認してから踏む。
聖夜が先頭で枝を使って地面を叩き、罠がないかを確認しながら進んだ。
十分かけて、五十メートルを進んだ。
その時、声が聞こえた。
「助けてくれ!」
右の建物の奥から、男の声がした。
聖夜は立ち止まった。
「……行くか」
「確認してから」
ユリアが建物の方を見た。
「……人の気配が、一人。罠の気配は、今のところなし」
「行く」
建物に入った。
薄暗い内部に、男が一人いた。足が罠に挟まれていた。聖夜たちが踏んだのと同じ種類の罠だ。
「……助かった。もうだめかと思った」
男が息を切らしながら言った。
「いつから」
「昨日の夕方から。一晩ここにいた。LVRが」
男のLVR表示を見た。
【LVR:22】
警告ラインをとっくに割っていた。強制排除まで、もう時間がない。
「ユリア、罠を外せるか」
「やります」
ユリアが罠を外した。男の足首から血が出ていた。圧迫で皮膚が破れていた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」
男が涙をこぼした。
「LVRが22だ。今すぐ動かないと消える」
「わかってる。でも、一人じゃ……どうすればいいか」
「俺たちと来い。一緒に動けば共闘でLVRが稼げる」
◆
四人になった。
男の名前は田中、と言った。スキルは物理強化系だった。消耗していたが、足の傷以外は大きなダメージがない。
罠だらけの南ルートを抜けようとしていた時、別の異変が起きた。
建物の奥から、モンスターの気配がした。
「……いくつかいます」
ユリアが言った。
「数は」
「……三頭以上。廊下型の細長いモンスターです。第一層の獣とは違う種類」
「廊下型、というのは」
「細い場所を素早く動くことに特化した体型だと思います。こういう密集した廃都市で有利な種類でしょう」
「……向こうにとってホームグラウンドか」
「そうだと思います」
聖夜は状況を整理した。
前後左右に建物がある。上からも来られる。視界が悪い。モンスターは素早い。
四人。うち一人は足首に傷がある。
「美羽、美羽が一番後ろに下がれ。田中もだ。ユリア、前に出る。俺は中間で判断する」
「はい」
「田中、物理強化スキルで何ができる」
「……壁を殴ると崩せます。あとは自分の体を強化して、盾になれます」
「盾役をやれ。でも無理はするな。LVRが低い状態で無謀な行動をすると、感情が乱れてさらに下がる」
「……わかった」
◆
戦闘が始まった。
廊下型モンスターは、壁を使って跳ね回った。
天井から飛び降り、床を這い、壁を走る。方向が読めない。
「左上!」
ユリアが叫んだ。
聖夜は跳んで右に避けた。
モンスターが空中を通過した。着地した瞬間、ユリアの凍結が当たった。
「次、右壁!」
美羽が叫んだ。
「美羽、見えてるのか」
「……建物の構造から、次に来られる方向が絞れます。右壁しか来られない」
田中が右壁の前に立って盾になった。
モンスターが田中に体当たりした。田中が吹き飛んだ。でも、後ろに美羽がいないことを確認してから倒れた。
「田中!」
「……大丈夫。まだ動ける」
ユリアが残った二頭を凍結で処理した。
◆
戦闘後、四人で廃墟の壁際に座った。
田中のLVRを確認した。
【LVR:22 → 31】
「……共闘で上がった」
「少しだが、警告ラインを越えた」
「……助かった。本当に」
田中が手を震わせていた。
美羽が、田中の足首の傷を確認した。
「……止血します」
「お前も足を痛めているだろ」
「……わたくしより田中さんの方がひどいです」
美羽が自分のスカーフの端を切り取った。
丁寧に、傷口に当てた。
聖夜は美羽を見た。
第一層で見たユリアの動きと同じだった。
外套を切って傷口に当てる。自分のものを削ってでも、目の前の人間の傷を手当てする。
「……美羽、お前もそういうやつだったのか」
「……? 何がですか」
「何でもない」
ユリアが聖夜の隣に来た。静かに言った。
「……美羽さんは、変わってきていますね」
「ああ」
「第六話で会った時とは、別の人間みたいです」
「このゲームが変えるのか、俺たちが変えるのか」
「……どちらもだと思います。でも、変えられる芯が彼女の中にあったということでもあります」
◆
南ルートをなんとか抜けた頃には、昼を過ぎていた。
廃都市の中心部が、少し近くなった。
田中が言った。
「……北ルートから来た別のグループと、昨日合流した時に聞いた話がある」
「何を」
「廃都市の中心に、別のプレイヤーグループがいる。かなり大きなグループだ。十人以上いるらしい。でも、そのグループの中に、おかしいやつが一人いるって噂がある」
「おかしい、というのは」
「……感情がない、というか。他のプレイヤーと話してるのに、なんか嚙み合わない。でも、何かをしているわけじゃないから、誰も証明できないでいる」
聖夜はユリアを見た。
ユリアが静かに頷いた。
「……サクラかもしれません」
「そうだ。でも、今は確認できない」
「……会いに行くか」
「向こうのグループとは、いずれ顔を合わせることになる。その時に判断する」
田中が言った。
「……俺を拾ってくれたことに礼を言う。あなたたちがいなければ、今頃消えていた」
「礼はいい」
「でも言いたい」
「……帰ってから言え」
田中が少し首を傾けた。
「……それ、どういう意味ですか」
「今は生き延びることが先だ。帰ってから言うことの方が、意味がある」
田中が少し黙って、頷いた。
「……わかった。帰ってから言う」
――どこか遠い場所で、何かが静かに見ていた。
◆◆◆
【第二層 2日目 昼】
【HP:71/100】【LVR:54】
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