第12話 ここな・珊瑚ピンクの嘘と本音
第二層五日目の朝、食料の調達に出た。
美羽の地盤分析が安定してきていた。
どの建物に近づいていいか、どのルートを避けるべきか。数字や理屈ではなく、壁の傷み方や地面の沈み具合から判断する方法を、美羽は独自に構築し始めていた。
そのルートを歩きながら、ユリアが静かに言った。
「……美羽さんは、必要だったのだと思います」
「俺もそう思う」
「桐島さんは感知で空間を読んでいた。美羽さんは分析で空間を読んでいる。代替ではなく、別の軸で機能している」
「ただ、戦闘力が俺と同じくらいしかない」
「……私がいます」
「お前が全部やることになる」
「それは今も変わっていません。でも、それ以外の部分が補われています」
聖夜は少し黙った。
そうだった。第一層も、ユリアが前に出て、聖夜が判断して、桐島が感知した。今は桐島の部分が美羽の分析に変わっている。役割が変わっただけだ。
◆
北西のエリアで食料を探していると、声が聞こえた。
「あーし、こっちにいるよ!」
珊瑚ピンクの髪が、廃墟の建物の陰から出てきた。
天羽ここなだった。
「……なんでここにいる」
「食料探してたら迷子になった」
「……一人で来たのか」
「うん。みんなより早く起きちゃって、ちょっと探索してみようと思って」
聖夜は少し頭が痛くなった。
「一人で動くな。今は廃都市の中に、信用できないやつがいる」
「でも、うち大丈夫だと思って」
「大丈夫だと思うから危ない」
ここながしゅんとした。
「……怒ってる?」
「怒ってない。ただ、お前は感情を読める可能性がある。それがわかったなら、一人で動かせるには惜しいと思っている」
「……それ、怒ってないの?」
「評価してる」
ここなが少し考えた。
「……評価って、あーしのこと?」
「ここなのことだ」
「……あーしじゃなくて、うちのことね」
「そうだな」
ここなが少し笑った。
「……うち、あんたに『ここな』って呼ばれると、なんか変な感じがする」
「嫌か」
「嫌じゃないけど、なんか、本名で呼ばれてる感じがして」
「本名だからな」
「そうなんだけど、あーしって呼ばれることの方が多くて。学校でも、友達でも、みんなあーしって呼ぶから」
「あーしって呼んだ方がいいか」
ここなが少し考えた。
「……うちは、ここなでいい」
◆
拠点に戻りながら、ここなが話した。
「……ねえ、聖夜に聞いていい?」
「何を」
「あんた、なんで人を助けるの? 損じゃん、このゲームだと」
「損かどうかで考えてない」
「でも、リスクはあるじゃん。戦力が分散するとか、守る対象が増えるとか」
「ある」
「なのになんで」
聖夜は少し考えた。
「……見捨てた後が、嫌だからだと思う」
「見捨てた後?」
「廃墟の陰にいるやつを見て通り過ぎたとして、その後でどう生きていくかを想像した時、嫌だと思う。それだけだ」
ここなが少し黙った。
「……うち、それわかる」
「似たような経験があるか」
「あるよ。友達が孤立させられてた時、止められなかった。その後が、ずっと嫌だった。何年も」
「……それがここにいる理由か」
「一部は。もう一部は、賞金。うちの家、お金ないから」
あっさり言った。
感傷なく、事実として言った。
「……そうか」
「同情しなくていいよ。うちは慣れてるから」
「同情はしてない。お前が正直に言ったから、俺も正直に答えた」
ここながちらりと聖夜を見た。
「……あんた、なんで怒んないの? うち、朝一人で出て行ったじゃん」
「怒ったら次に一人で行かなくなるとは限らない。お前が一人で行きたくなる理由を聞いた方が有効だ」
「……賢いね」
「賢くはない。経験則だ」
「どんな経験?」
「……兄貴に怒られても、俺は同じことを繰り返していた。怒られる理由を理解しないと変わらない。理解すれば変わる」
「兄貴がいるの?」
「……いた」
一拍の間があった。
「……過去形?」
「死んだ。俺がこのゲームに来る前に」
ここなが黙った。
「……ごめん」
「謝るな。お前が謝ることじゃない」
「……でも、なんか言いたくなっちゃう」
「何も言わなくていい」
二人で少し歩いた。
ここなが、小さく言った。
「……うちも、誰かに「いた」って言わなきゃいけない人、できたくない」
「そうならないようにしろ」
「する。ぜったいする」
◆
拠点に戻ると、ユリアと美羽が何かを話していた。
「……どうした」
「廃都市の中心部について、美羽さんから情報が出ました」
美羽が地図を広げた。
「……昨夜から構造を分析していました。廃都市の中心に向かうほど、建物の密度が増しています。ただ、一カ所だけ密度が低い場所があります。人工的に空けられたような形跡があります」
「広場か」
「……そうだと思います。ここながゲームの知識でボスは広場の正面にいると言っていました。それと一致します」
「距離は」
「……今の拠点から、ゆっくり歩いて二時間ほどだと思います。途中に、危険なエリアが一カ所」
「どんな危険が」
「……建物が崩れかけていて、足場が不安定です。音を立てると崩れる可能性があります。振動タイプのモンスターがいれば、最悪の状況になります」
ここなが言った。
「うち、そこ通る時に感情読んでみる。何かいるかどうか」
「精度は」
「……わかんない。でも、昨夜、試してみたら、なんか靄みたいなものが感じ取れた気がした。本物かどうかはまだわからないけど」
「それは、まずやってみろということだな」
「うん。失敗してもいいって言ったじゃん」
「言った」
◆
夜、ここなとユリアが話していた。
聖夜は少し離れた場所で、美羽と地図を確認しながら、その会話を耳で追っていた。
「……ユリアって、聖夜のこと、好きなの?」
ここなが聞いた。
「……好き、という言葉の定義が、私にはまだ不明確です」
「えっと、一緒にいたい、とか、いなくなったら嫌、とかそういう感覚?」
「それは、あります」
「それが好きってことだよ」
「……そうなのですか」
「そうだよ。うちはそう思う」
ユリアが少し間を置いた。
「……では、私は彼のことが好きなのかもしれません」
「『かもしれない』じゃなくて、好きなんだよ」
「……まだ確認中です」
「確認って何を確認するの」
「自分の感情が、本物かどうか。記憶がない状態で感じている感情が、正しく機能しているかどうか」
ここなが少し黙った。
「……ユリアって、すごく真面目なんだね」
「真面目ではなく、慎重です」
「うちには同じに見えるけど。でも、その慎重さが聖夜には合ってるんだと思う。あいつも、どこか慎重じゃん。感情で動いてるけど、いつも後のことを考えてる」
「……よく見ていますね」
「うち、人見るの好きだから。陽キャって、みんなを見渡せないといけないから、自然と得意になる」
「それが、あなたのスキルの元かもしれません」
「……そうかな」
「感情を読む能力は、日常的に感情を観察していた蓄積から生まれるはずです。あなたはリアルで、ずっと周囲の人を見てきた」
ここなが少し黙った。
「……なんか、そう言われると、陽キャやってきたのも無駄じゃなかった気がする」
「無駄ではありません。全部、今ここで機能しています」
聖夜は地図から目を上げて、二人の方を見た。
ここなとユリアが、静かに話していた。
(……いい組み合わせだ)
美羽が隣で言った。
「……ユリアさんは、ここなさんに対して、誰かに似ている対応をしていますよね」
「誰かに?」
「……聖夜さんに、です。見ていないようで見ている。言わないようで、ちゃんと言っている」
聖夜は少し黙った。
「……ユリアはそういうやつだ」
「……あなたが教えたのかもしれませんよ」
「俺が?」
「……あなたのそばにいると、人は少し変わる気がします。わたくしも、そう思います」
聖夜は何も言えなかった。
――何かが、微かに笑った気がした。
◆◆◆
【第二層 5日目 夜】
【HP:74/100】【LVR:58】
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